慟哭のシヴリングス

ろんれん

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姦邪Ⅰ -ルィリア編-

第69話 紅の氷柱

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 俺は久遠と共に魔術アカデミー前に着地するが、そこにルィリアの姿は無かった。何処かへ行ってしまったのか、或いはシャーロットを助ける為にアルラフィーネの研究所に戻ったのか。

「……ここ、何?」

 ふと、久遠が魔術アカデミーを見上げながらそう告げた。そういえば久遠はここに来るのは初めてか。

「ここは魔術アカデミー、魔術の勉強や研究をする人達が集まる場所だ」
「そういえば零にぃちゃんってシャーロットと一緒に家出ていったよね。て事はここに用事があったの?」
「ああ。俺は仲間を助けに、シャーロットは過去の因縁に決着をつけに来たんだ」
「シャーロットの……過去?」
「そう。俺達が家を出る前に、訪問してきた女がいるだろ」
「うん、シャーロットが明らかに敵意剥き出しにしてたあの人だね」
「実はソイツとはかなりの因縁があって……っ!?」

 シャーロットの過去を話そうとしたその時、まるでそうはさせないと言わんばかりに魔術アカデミーの建物の内側から突然氷柱が飛び出してきて、俺は咄嗟に久遠を庇った。

「きゃああっ!!? もう何っ!?」
「この魔術は……もしかして」
「心当たりあるの、零にぃちゃんっ!?」
「……きっとルィリアだ。ルィリアは中にいる、行こう」
「行くって、絶対危険だよ!」
「じゃあ久遠はここで待ってるか? どのみち、誰かは行かなきゃいけない」
「……守ってよ、零にぃちゃん」
「任せろ」

 俺はそう言って久遠の手を握ると、鞘がついたままの刀で氷柱を破壊しながら魔術アカデミーの地下……アルラフィーネの研究所へ降下していった。
 エレベーターのような機械は氷柱による影響か、グラグラと小刻みに揺れている上に、ガガガガという明らかに正常ではない音が聞こえてくる。

「こっ、これ大丈夫なのっ!?」
「……最悪の場合、戻れなくなるかもな」
「えぇええっ!? どうしよう……もし戻れなくなったら……きゃぁっ!?」

 久遠が不安げな表情を浮かべながらブツブツと何かを呟いている。するとガタンと機械が大きく揺れ、久遠はよろめいて俺にしがみついてきた。

「大丈夫か?」
「う、うん……零にぃちゃん、全く動じないね」
「これよりヤバい事にたくさん遭遇してきたからな、慣れたよ」
「……嫌な慣れ」
「だな」

 その後は、これから何が起こるかわからない不安と緊張からか久遠は俺にしがみついたまま喋ることは無く、機械の歪な音だけが聞こえてくる。そして漸く視界が明け、アルラフィーネの研究所へ到達する……が。

「な……なに、これ……」

 アルラフィーネの研究所を見た久遠が真っ先にそう言った。

「中々荒れてるな……」

 研究所に一度訪れた俺も、同じような感想だった。というのも、氷柱によってありとあらゆる研究器具が破壊され、周囲には完全に機能停止したクローンがバラバラになっていた。
 まるで……というかきっとそうだろうが、ルィリアがここに戻ってきてシャーロットを助けるべくクローン達と戦闘をしたのだろう。いや、戦ったというより、この空間そのものを破壊しようとしたかのようにも見える。
 だが不可解な事が一つ、それはシャーロットの死体が見当たらない事だった。もしかしたら、ルィリアが本当に間一髪で助けたのかもしれない。

「ルィリアがやったのかな、これ」
「……」

 というか、先程からアルラフィーネからの反応が一切無いのも不可解だ。まぁ俺達の触れられない領域……マスターコンピュータになったとしても所詮は機械、どんなに高性能であったとしても、壊されたら終わりだ。

「でも、肝心のルィリアはどこに居るんだろう? それに、シャーロットも」
「っ……」

 久遠はそう言って、研究所内を見渡す。
 ……俺は、シャーロットが死んだ事を久遠にはまだ伝えていない。というのは不謹慎かもしれないが、死体が無かったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。だが遅かれ早かれ久遠はシャーロットの死を知る事になる。そうなった時、久遠は何を思うのだろうか。

「あ、奥に何か入り口がある。行ってみよ、零にぃちゃん」
「……ああ。でも危ないから俺の背後にいてくれ」
「わかった、けど……何か零にぃちゃんを盾にしてるみたいであまり良い気分じゃないなぁ」
「まぁ我慢してくれとしか……」

 そんな会話をしながら俺達は、まるで隠されていたかのような奥の入り口に向かって歩き出す。前回来た時はこんな入り口は……いや、それどころじゃなかったから憶えていないというのが本音だ。
 扉は壊されているのかそもそも無いのか不明だが、俺達は恐る恐る奥の入り口へ入っていった。
 奥の入り口へ入ると、そこはネフィラのクローンが入っていたのと同じようなカプセルが壁中に配置されており、あとは机とベッド等といった生活感のある家具が置かれていた。ただ照明が周囲のカプセルと一つだけぶら下がっている電球のみの為、不気味な印象を受ける。

「あ、ルィリアっ!」

 ふと、久遠が声を出す。
 部屋の中心には、まるで捨てられた人形のように座るルィリアの姿があった。しかし目は開いているものの、燃え尽きたかのように無表情で俯くだけであった。
 久遠はそんなルィリアに向かって走り出す。その時、俺はルィリアの向こうのに気付く。

「……久遠っ、そっち行くなッ!!」
「えっ、何…………っ!?」

 俺の声が届いたものの、久遠はルィリアの向こうにある物を目にしてしまった。

「あぁ……くそっ」
「え……なんなの、これ……何で……何で」

 を見た久遠は、困惑と絶望に満ちたような声でそう言った。
 そこにあったのは、地面から生えた無数の氷柱に体の至る箇所を貫かれたシャーロットの姿だった。碧い氷柱にはシャーロットの紅い血が伝っており、色彩と照明も相まって芸術作品のようだった。
 だが問題は久遠がシャーロットの死体を見てしまった事ではない。シャーロットは氷柱に貫かれている……という事はつまり、ルィリアがやったという事になる。
 ……何故だ、ルィリアはシャーロットを助ける為にここに戻ってきたんじゃなかったのか。アルラフィーネの計画を滅茶苦茶にする為に研究所を破壊したんじゃなかったのか。

「……ここで何があったか、キミ達は知りたいかい?」
「ッ!」

 突然、背後から知らない声が聞こえ、俺は即座に振り返って刀を構えた。

「おぉっと……随分野蛮な子だね。刃物を人に向けてはいけないと教わっていないのかな?」

 声の主は刀に対して何の恐怖も抱いていない様子で、寧ろ嘲笑うようにニヤニヤと口角を釣り上げてそう言った。
 コイツは不思議とよく憶えている。頬杖をつきながらずっと傍観していた、黒い羽根が生えた謎の人物。ルィリアを引っ張ってここから退散した時に一瞬目にした奴だ。

「……お前、人じゃないだろ」
「フハっ、流石だね。そうさ、ボクは人じゃない。有り体に言えば悪魔というヤツ。人々からは、と呼ばれているよ」
「ッッッ!!」

 暴食のグラトニー。
 目の前の悪魔はそう名乗った。

 ……コイツの名前は、知っている。
 厨二病だった過去を持つ者なら誰しもが通る、七つの大罪。そのうちの一つの、“暴食”。
 だが、コイツの名前をよく憶えている理由は……シャーロットの過去の話に出てきた名前。シャーロットを洗脳し、シオンを解剖へ唆した張本人。

 ——これまでの悲劇の、元凶……!
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