慟哭のシヴリングス

ろんれん

文字の大きさ
上 下
64 / 93
姦邪Ⅰ -ルィリア編-

第64話 ネフィラの最期

しおりを挟む

 それからというもの、スフィアは毎日のようにイアン様に会いに行くようになった。

 ミラベルさんいわく、自分の仕事や薬師やくしとしての勉強など、やるべきことは全てやっているそうだし、彼女との交流は間違いなくイアン様にいい影響を与えているだろう。

 なので、わたしも何も言わなかった。

 その一方で、わたしたちはイアン様に処方する薬を作るため、その薬材やくざい集めに精を出していた。

 いかんせん必要な種類が多いので、どうしても足りない薬材が出てくる。

 というわけで、今日もわたしは皆に協力してもらいながら、西の森で採取を行っていた。

「エリンさん、オバケソウモドキというのは、これで合っているんですか?」

 ミラベルさんと一緒に茂みから出てきたクロエさんが、手に持っていた植物を見せながら訊いてくる。

「あっ、いえ、それはオバケソウです。よく似ているのですが、今回の薬に使うのとは別の植物になります」

「そうですか……むむ、わかりにくいですねぇ」

「す、すみません。でも、オバケソウも薬材になりますので」

 クロエさんは手元の植物を凝視しながら眉をひそめる。

 細い茎の先に白い綿毛のような花がついたそれは、風が吹くとゆらゆらと大きく揺れる。

 かつて、どこかの誰かがその様子をオバケと見間違えたことが由来となり、オバケソウという名前がついているのだ。

「エリンさーん! オッポ草って、これで合ってる!?」

 その直後、反対側の茂みからマイラさんが勢いよく飛び出してきた。その手には薄緑色をした、毛玉のような花があった。

「あ、合ってます。マイラさん、ありがとうございます」

「へへー、この草は覚えたよ! 変わった見た目だしね!」

「そ、そうなんです。それこそ動物の尾っぽに見えるので、オッポ草という名前がついているんです」

「しかし、これが薬の材料になるとは誰も思わないぞ」

 マイラさんの手にある草に視線を送りながら、ミラベルさんが怪訝そうな顔をする。

「オッポ草は虚弱体質や食欲不振に効果があります。解熱作用もあるので、熱冷ましに入れられることもあり、変わったところでは、おしりの薬にも……」

「わ、わかったわかった。相変わらず薬のことになると饒舌になるな」

「す、すみません」

 つい熱弁を振るいかけたところを、ミラベルさんにたしなめられる。うう、恥ずかしい……。

「これで、残る薬材はいくつだ?」

「えっと、あとはオバケソウモドキだけですね。リクルル豆は街の市場でも買えますので」

 わたしがそう告げると、ミラベルさんは安堵の表情を見せる。

 今回、イアン様に作る薬は別名、薬の王様とも呼ばれるもので、使用する薬材は10種類。さすがに集めるのに時間がかかってしまった。

「なら、あと一息だな。最後は皆で探すとしよう。私たちでは見分けがつかないから、よろしく頼むぞ。エリン先生」

「は、はひ……!」

 軽く背中を叩かれて、わたしは思わず背筋が伸びる。

 生育場所はすでに見当がついているし、そこまで時間はかからないはずだ。


 ……その後、無事にオバケモドキを採取し、わたしたちは街へと戻った。

 西日を受けてオレンジ色に染まりつつある市場を、皆と一緒に歩く。

「せっかくですし、夕飯の買い物をしていきましょうか。体力自慢の荷物持ちもいることですし」

「クロエさーん、荷物持ちって、あたしのことだよね? まだ持たせるつもりなの?」

「夕方になると、市場では在庫を抱えたくないお店の割引合戦が始まるので、買い時なんですよー。せっかくなので、保存が利くものはできるだけ買っておきたいんです」

 すでに薬材が詰まった袋をかつぐマイラさんを横目に、クロエさんはクスクスと笑う。

「さすが商人志望、抜け目がないな……いいだろう。買い物は任せる」

 その様子を見ながら、半ば呆れ顔でミラベルさんが頷く。

 そろそろスフィアも工房に戻っている頃だろうし、今から買い物をして帰れば、ちょうど夕飯時だ。

「あっ、それなら、わたしはリクルル豆を買ってきます」

「え? 一緒に行こうよ」

「い、いえ、すぐに済みますので。買い物、していてください」

 そのまま買い出しの流れになる中、わたしは一人皆の輪から外れる。

 野菜売り場に行けばリクルル豆自体は売っているのだけど、それらは全てサヤから実を取り出して、量り売りされているもの。

 薬材として使うのは実ではなくサヤのほうで、サヤつきのリクルル豆は、市場の端にあるお店にしか売っていないのだ。

「そ、それでは、行ってきます」

 懐にお財布があるのを確認してから、わたしは皆とは反対方向へと歩いていく。

 やがて見えてきたのは、おばあさんが一人で切り盛りする本当に小さなお店だった。

「こ、こんにちは。リクルル豆、ありますか」

「ああ、いらっしゃい。あるにはあるけど、ちょっとねぇ……」

 勇気を振り絞って声をかけると、おばあさんはなんともいえない顔をした。

「え、どうしたんですか」

「一袋でねぇ、250ピールもするんだよ。サヤつきでだよ?」

 するとそんな言葉が返ってきて、わたしは固まってしまう。

 リクルル豆は普段、100ピールほどで買える。それが倍以上になっているなんて、どういうこと?

「あ、あの、なんでこんなに高いんですか? ここのところ、ずっと天気も良かったですよね?」

「商人さんがねぇ。一袋200ピールじゃないと売れないって言うんだよ。値上がりしてるんだってさ」

 おばあさんはため息まじりに言って、「これでも、うちも頑張らせてもらってるんだよ。原価ギリギリさ」と続けた。

「……わ、わかりました。それ、買わせてください」

「おや、いいのかい? もう一度言うけど、サヤつきなんだよ? 食べられる部分は、かなり少ないよ?」

「か、構わないです。むしろ、サヤのほうを使うので」

 そう伝えるも、おばあさんは首を傾げていた。

 説明し始めると長くなると思ったわたしは、すぐさま代金を支払い、お店をあとにする。

「予想外の出費だったけど、薬を作るためだし、仕方ないよね」

 青々としたリクルル豆の入った袋を見つめながら、自分を納得させるように呟く。

 ……それにしても、どうして急にリクルル豆の値段が上がったんだろう。

 この街ではスイートリーフに並んでポピュラーな食材だし、スープにキッシュにと、その用途も多彩だ。下手に価格が高騰すれば、家庭の食卓を直撃しかねない。

「あっ! エリン先生ー!」

 そんなことを考えながら歩いていると、背後からスフィアの声がした。

「あれ、スフィアも市場に用事ですか?」

「違います! 追われているんです! かくまってください!」

 振り返りながら尋ねるも、そんな言葉が返ってきた。

 ……え、なにこの状況。いつか見た光景なんだけど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

最弱パーティのナイト・ガイ

フランジュ
ファンタジー
"ファンタジー × バトル × サスペンス" 数百年前、六大英雄と呼ばれる強者達の戦いによって魔王は倒された。 だが魔王の置き土産とも言うべき魔物達は今もなお生き続ける。 ガイ・ガラードと妹のメイアは行方不明になっている兄を探すため旅に出た。 そんな中、ガイはある青年と出会う。 青年の名はクロード。 それは六大英雄の一人と同じ名前だった。 魔王が倒されたはずの世界は、なぜか平和ではない。 このクロードの出会いによって"世界の真実"と"六大英雄"の秘密が明かされていく。 ある章のラストから急激に展開が一変する考察型ファンタジー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

処理中です...