慟哭のシヴリングス

ろんれん

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姦邪Ⅰ -ルィリア編-

第63話 ネルフィラの真実

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 かなりの速度で魔術アカデミーへ向かい、出入り口付近で炎の翼の出力を落とし、シャーロットを安全に着地させた後、俺も地面へ足を付けた。
 魔術アカデミーはかなり縦長の建物で、王都から少し離れた森の中にポツンと聳え立っているので目立つと思っていたのだが、それはあくまで空から見たらの話であって、地上から見るとちょうど分かりづらくなっていた。

「ここにアルラフィーネが」
「……参りましょう」
「ああ」

 俺は頷いて魔術アカデミーへ入っていき、エレベーターのような機械へ乗って上へ昇っていく……と思いきや、何故か下へ降りていった。
 どうやらアルラフィーネの本拠地は魔術アカデミーの地下にあるようだが……まるで俺達を誘っているかのようだ。暫くして、チーンというベルの音が鳴り、扉が開かれた。

「この場所……一部見慣れないカプセルがございますが、間違いありません。ここはかつて拙が勤めていた研究所です」

 入って、シャーロットが周囲を見渡しながらそう言った。
 扉の先は薄暗く、様々な薬品や道具が散らかって、薬品と血の混じった不快な香りが漂う……まさに“研究所”というにぴったりな場所だった。

「っ……!?」

 ふと目線の先の光景に、俺は血の気が引いていくような……戦慄するような感覚になった。
 奥にポツンと置かれた手術台。その上に横たわる……血塗れのネフィラの姿だ。人間の姿ではあったが、一部が本来の姿である大蜘蛛に戻っている。
 それだけではない……片方の目玉はくり抜かれ、腹からはドス黒い臓器のような物が垂れている。少なくとも、あの状態では生きている方が難しいだろう。

「……もしやあの手術台に、シン様の使い魔が」
「手遅れ、だった……」

 俺はその現実に、その場に膝から崩れてしまった。
 ……侮っていた。まさか到着してから解剖を終えるまでのスピードがここまで早いとは思わなかった。
 ネフィラとは、契約関係ではあったがそこまで深く関わりがあった訳ではない。実際ここ3年、全くと言っていいほど関わりがなかった。
 だが、リヒトの死体を蜘蛛の糸で守ってくれたり、アーシュとの戦いで陰ながらサポートしてくれたり、忠告してくれたりと、一個一個の物事は小さいけれど、ネフィラには借りがある。

 “とにかく泣きたくなったり助けが必要になったら呼んでや? ウチの胸と手、貸したるから”

 素直になれなくて、結局……借りる事は無かった。あの裏の無いであろう善意は、もっと信頼しても良かったのかもしれない。

「ウフフッ……大妖怪の身体、実に面白かったですわ。そして貴方のその絶望した顔も……堪らないですわ」
「アルラフィーネ……!」

 何処からともなく、アルラフィーネがまるで悪の女王のような不敵な笑みを浮かべながら姿を見せ、俺とシャーロットは宿敵かのように睨みつけた。しかしすぐに洗ったり着替えたりしたのか血などは一切付着していなかった。

「自らの好奇心の為に解剖して、犠牲と不幸を生んで……気分はどうですか、アルラフィーネ」
「まるでわたくしの研究が無駄だとでも言いたいようですわね」
「代弁してくれて助かります」
「であれば見せて差し上げますわ……わたくしの研究が齎した、人類の新たなる可能性を!」

 そう言ってアルラフィーネは指をパチンと鳴らした後、まるでショーの幕開けかのように両手を広げる。
 するとシャーロットが見慣れないと言っていたカプセルが内側から割れ、中から出てきたのは死んだ筈で、ネフィラの身体を乗っ取っていた筈のネルフィラだった。

「もう、なんなんだ……!?」
「簡単な話ですわ。わたくしの研究は、死ぬ事も老いる事もない……人間の不老不死を実現させたのですわ!」
「不老不死だと……!?」
「それだけではありませんわ。この技術を応用すれば、死んだ者も完璧に蘇らせる……死を恐れる必要は、もう無いのですわ!」

 アルラフィーネは意気揚々と告げた。
 不老不死に加え、死んだ人間を完璧に甦らせることができる……それが、アルラフィーネの生み出した技術。そんな事はありえないと言い返してやりたいが、実際にネルフィラの起死回生を目の当たりにしてきた。
 ……しかし、俺はそれどころでは無かった。

「何故ネフィラを解剖した……! どうやってネフィラの身体を乗っ取ったんだッ!!」
「一つずつ答えていきますわね。ネフィラを解剖した理由は実に単純明快、人間に化ける事ができる大妖怪の身体構造が気になったからですわ」
「そんな理由で……!」

 その余裕面が実に癪に触り、俺はアルラフィーネを睨みつけながらそう言った。

「好奇心なんてそんなものでしょう。そしてわたくしの娘がネフィラの身体を掌握出来た理由……それは、太古の昔に存在していたと言われている技術によるものですわ」
「太古の昔……?」
「“ナノマシン”という技術をご存知かしら?」
「なっ、ナノマシンだと……!?」

 俺は思わずそう告げた。
 ナノマシン。端的に言えば、目で見えないほどの小さな機械の事である。そこまで詳しくはないが、前世で俺が生きていた時代では試験段階だったらしく、まだファンタジーの域だった。
 どうやらこの異世界は、俺の前世よりも科学が発展していたようだが……その割に医療技術が発展していなかったりと技術面においてムラがあるのは何なんだ?

「知っているのですか、シン様」
「ああ……簡単に言えば、目で見えないほどの小さな機械の事だ」
「猿でもわかる要約感謝しますわ。わたくしはこのナノマシンの技術に目をつけ、現代の魔術と技術を用いて再現することに成功したのですわ! そしてわたくしは……ナノマシンのお陰で、グリモワール・レヴォル賞を受賞したのですわ!」
「グリモワール・レヴォル賞……!?」
「当然ですわ、わたくしの頭脳を持ってすれば。そして、このナノマシンを使えば、不老不死が得られるのですわ!!」

 アルラフィーネはニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべながらそう言った。
 ルィリアが受賞するまで、16年もの間、女性の身でグリモワール・レヴォル賞を受賞した者は居なかった。その理由は、女性は不正をしているという理不尽なジンクスによるもの。ルィリアの前に受賞した女性は、世間からの評価や目に耐えきれず自ら命を絶った。
 ネフィラがルィリアを母親の仇と言っていた事から、アルラフィーネは死亡疑惑があった。しかし実際は生きていた。
 アルラフィーネは不老不死に加え、死んだ人間を完璧に甦らせることができる技術を研究していた。この技術によって、ネフィラは何度も蘇っていた。

「……まさか」

 俺の中で、点と点が次々と繋がって一つの線になっていった。
 ネフィラが言っていた、ネルフィラの動機で唯一の謎だった“栗”……あれは、モワール・レヴォル賞の事だったんだ。
 そしてアルラフィーネは実際に一度死んでおり、ナノマシン技術を用いる事で自身を甦らせたのだ。自分自身すらも実験台にするとは……本当のマッドサイエンティストだ、こいつは。

「話を戻しますわ。実はナノマシンにはもう一つ機能が搭載されているのですわ」
「もう一つの、機能だと?」
「……これは見てもらった方が早いですわね」

 そう言って、アルラフィーネは指をパチンと鳴らす。

「ぅ……ァアアア……」
「う、嘘……だろ……!?」

 すると、手術台の上で凄惨な姿となっていたネフィラが呻き声を上げながら動き始めた。誰がどう見ても動けるような状態ではない筈なのに。

「ナノマシンのもう一つの機能……それは、体内に入った者の身体を操るという機能ですわ。まぁ……寄生、とも言えますわね」

 アルラフィーネは気色悪そうには嫌悪するような顔をしながら説明した。
 つまり“主人喰らい”の異名を持つネフィラをナノマシン技術によって甦らせたネルフィラと契約させ、最終的にネルフィラを喰わせる事でネフィラの体内にナノマシンを寄生させた……という訳か。身体を乗っ取ったのは、ナノマシンにネルフィラの意思が残留していたからだろうか。

「全部計算済みだったって事かよ……」
「ええ。わたくしの娘の残骸を回収する為に、ネフィラを操って無意識のうちに残骸を置いていかせていたのですわ。本人は無くした、と思い込んでいるでしょうね。……まぁ、回収した残骸で蘇らせられないか試してみた結果、酷い出来になってしまいましたわ」

 回収した残骸で甦らせた……それが、今日の夜に窓から現れたあのツギハギのネルフィラか。ネフィラが本質は同じって言っていたのは、そういう事だったのか。

「……お、おい……ちょっと待て。そのネルフィラは何なんだよ!?」

 俺は先程カプセルから飛び出して以降ずっと黙り込んだまま突っ立っているだけの、まるで人形のようなネルフィラに指を差しながらそう問う。
 ナノマシン技術で人を蘇らせる、というのはなんとなくわかった。
 しかしネルフィラはツギハギ状態の筈だが、目の前のネルフィラはツギハギなんてない綺麗な状態であった。それにネルフィラはネフィラの身体を乗っ取って……だめだ、頭が混乱してくる。

「ふふ……これこそがわたくしのナノマシン技術の真髄。これが不老不死の意味ですわッ!!」

 そう言って、アルラフィーネは再び指をパチンと鳴らした。すると辺りの照明が次々と灯っていき、研究所は明るくなっていく。

「なっ……!?」

 よく見ると、辺りに灯っているのは照明ではなく、数えきれないほどのカプセルであった。その一つ一つに、ネルフィラと同じ顔をした人間が入っていた。

「——ナノマシンを細胞代わりとして人の形に形成した、ですわッッッ!!!」
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