慟哭のシヴリングス

ろんれん

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姦邪Ⅰ -ルィリア編-

第62話 メイドと俺

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 蜘蛛の糸の拘束を破った後、俺はネルフィラ達を追う為に一旦ルィリア邸の中へ戻って、道を覚えていないのにリビングに向かった。
 どうやら覚えていないと思っていたのは杞憂だったようで、俺はすんなりリビングに辿り着いた。

「……シャーロット」
「来ると思っていましたよ、シン様」

 リビングではシャーロットがソファに座って俯いており、俺の声を聞くとこちらに顔を向けずにそう告げた。

「だったら俺の要件はわかるよな」
「……ええ、先程の女についてでございますよね」
「それだけじゃない……シャーロットが昔勤めてた研究所の場所もだ」
「……何故です?」
「俺の仲間が捕まってる。きっと解剖されるんだ、早く助けに行かないと」
「仲間……まさか幽霊、とは仰いませんよね」
「もし色々あって幽霊に触れられるようになったとしたら、シャーロットの知ってる研究者はどうすると思う?」
「……狡い人ですね、シン様は」
「生憎手段は選んでいられないんだ」
「ふふ……そうですか」

 シャーロットは何故か笑みを浮かべながら頷くと、ソファから立ち上がって俺の方に身体を向けた。

「かしこまりました、では研究所へ案内いたします。あの女……アルラフィーネ・リドリーユゥについては、道中お伝えします」
「ああ」
「では、参りましょう」

 シャーロットのその声で、俺達は足を一歩踏み出して、リビングを出ていった。

「……で、アルラフィーネについてなんだが」

 道中、俺はネルフィラの母親……アルラフィーネについてシャーロットに聞く事にした。

「ええ。アルラフィーネとはそこまで絡みがあった訳ではございませんが……当時の彼女は、まさに“マッドサイエンティスト”でした」
「マッドサイエンティスト……」
「何の研究をしていたかは不明でした。何せ、当時の拙には魔術研究に関する専門知識はありませんでしたから」
「そうなのか……しかし随分若そうに見えたが、アルラフィーネって何歳なんだ?」
「具体的には知りませんが、拙より歳上のはずです。恐らく相当の若作りをしているのでしょうね……容姿は22年前と一切変わっていませんでしたから。しかしまさか娘がいるとは思いませんでした」
「……ネルフィラ、か」
「あの女の娘を知っているんですか?」
「知ってるも何も、3年前のルィリア暗殺の依頼主だよ。動機は、リヒトを奪われた事と母親の仇らしいけど」
「何ですって……!? 何故そこまで……」 
「あの夜、俺はネルフィラと戦ってたんだよ……その末に、ネルフィラは命を落としたんだ」
「娘を殺したのですか」
「いや……ネルフィラが使役してた使い魔に裏切られて、喰われたんだ。そして俺はその使い魔と契約したんだ」

 その後、俺はわかっている事と謎をシャーロットに伝えた。
 喰われて死んだ筈のネルフィラが復讐するべく俺の部屋の窓から姿を現した事、そのネルフィラが俺の使い魔となったネフィラの身体を乗っ取った事、ネルフィラの母親であるアルラフィーネは死亡疑惑があるという事。

「……そういう事だったのですね。まさか拙達の知らないところで、そんな事が起こっていたとは」
「リヒトの件は除いて、人が蘇るだとか、身体を乗っ取るなんてあり得ない事が起こってる。研究所に行ったら、全部明らかにしよう」
「そうですね」
「……何を明らかにするんですか?」

 一通り話がついたところで、まだ髪が乾いていない寝巻き姿のルィリアが俺達の前に立ち塞がった。その表情は真剣で、言葉にせずとも行かせまいという思いを感じ取れた。
 ……だが、今回の件に関しては少なからずルィリアの過去に関係する。極力、ルィリアには関わらせたくない。それは恐らくシャーロットも同じだろう。

「ルィリア……」
「戦う用事があるのなら、ワタクシが行きます。シャーロットとレイ君はこの家に居てください」
「事情も場所もわからず、どう行くというのです?」
「ならば教えてくださいシャーロット」
「何故拙が知っていると?」
「魔術を使えない、つまり戦う事が出来ないシャーロットがわざわざ出向くなんておかしいですから。恐らくこれは、シャーロットの過去に関する事態なんでしょう……ワタクシも、シャーロットについては知りたい事が沢山ありますから」
「……いけません。ルィリア様はどうか、ここに残ってください」
「じゃあどうしてレイ君は良いんですか!? 確かにレイ君はワタクシよりもポテンシャルはあります、ですがまだ10歳ですよ!?」
「今回は俺にも関係があるんだ。頼む、ルィリアはここに残って久遠を守っていてほしい」
「レイ君……」

 ルィリアは暫く俺を見つめた後、ため息を吐きながらそっと目を閉じた。

「……ワタクシは、今何も見えてません。だから君達が何処か行っても、気付けませんから」

 ルィリアは目を閉じたまま、そう告げた。
 これはつまり、“行け”という事なのだろうか。

「シン様、行きましょう」
「……ああ」

 俺達は互いに頷くと、立ちはだかるルィリアの横を走り抜けていった。背後から微かに、深いため息が聞こえたような気がした。

 長い廊下を走って玄関に辿り着くと、そこには久遠が立っていた。

「あっ、零にぃちゃんとシャーロット」
「久遠……ちょっと行ってくる」
「えっ?! ……うん、そっか。いってらっしゃい」

 久遠は驚くような声を出したが、その後の沈黙の後、納得したようにそう告げて、俺達に手を振った。
 俺達は久遠に見送られながら、玄関の扉を勢いよく開けて外に駆け出していった。

「シャーロット、俺を背負ってくれ!」
「もう疲れたのですか?」
「違う! 飛ぶんだよ!」
「と、飛ぶ……?」
「いいから早く!」
「承知しました……っ」
「よしっ……飛ぶぞ!」

 俺はシャーロットの背中に乗ると、炎の翼を展開して飛翔した。

「なっ……熱くないのですか?」
「熱いけど今はそれどころじゃないから……で、研究所はどこだ!?」
「えっ、ああ……えーっと……向こう! ですが……あのような外観では無かった気が」
「あ、あれって……魔術アカデミーか!?」

 シャーロットが指さした方向には、3年前に暗殺依頼者を調査する為にカナンと共に行った魔術アカデミーが建っていた。
 まさか…‥と思ったが、よく見ると巨大な影……大蜘蛛が魔術アカデミーに向かって動くのが見えた。恐らく研究所は一旦取り壊され、魔術アカデミーとして再建されたのだろう。

「よし……しっかり捕まってろよシャーロット!」
「は、はい!」
「行っくぜぇえええええええっっ!!」

 俺は炎の翼を最大出力で飛ばし、シャーロットと共に魔術アカデミーへ向かった。
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