慟哭のシヴリングス

ろんれん

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姦邪Ⅰ -ルィリア編-

第59話 心の隠し味

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 その日の夜、俺はキッチンにて料理をしていた。今日の料理はこの異世界のスパイスを用いた、通称“異世界カレー”だ。
 ルィリア邸のみんなはこれがやたら好きなようで、毎日作ってくれとせがまれるが……当初は分量などが全く把握出来ていない状態で作っていた為、料理が出来上がる頃には度重なる味見によって舌が痺れ、全く味がわからないという本末転倒な事になっていた。今はもう大丈夫だが。
 美味しい料理を作る為に、自らの味覚を壊すなんて……まさに悪魔の契約のようである。

「……」

 日中に遭遇した、俺達を尾行していた謎の人物……それが気になって仕方ない。悪魔教の人間だろうか? いや確かに似たような服装ではあったが、悪魔教は黒装束で今日のは黒コートだ。まぁこの3年で服装を一新したという可能性はあるが。

「シン様。手が止まっておりますよ」
「え? うわぁっ」

 俺は我に帰り、目の前の調理に集中した。しかし無理に軌道修正しようと焦ったからか何もかもが上手くいかず、結果的に失敗してしまった。

「もしや、あの尾行者についてお考えでしたか?」
「ああ……何か引っ掛かるんだよ」
「これは拙の推測ですが……あれは、シン様を尾行しているように見えました」
「俺を?」
「ええ。それにあの目……相当な憎悪を感じました」
「あの距離と時間でよくそこまでわかったな」
「拙はメイドですから」
「メイドって凄いな……」

 俺はシャーロットの洞察力に思わず感心してそう呟いた。
 しかし、あの謎の人物が俺に対して憎悪を抱いている……とは言われても、心当たりが無い。考えられるとすれば、あの混沌の即位式から消息を絶っているアーシュだろうか。あの性格なら、俺を憎んでいても何ら不思議ではない。
 アーシュは今現在、反逆者として指名手配されている。だから黒コートで容姿がわからないようにしているのだろう。
 しかし国も憎んでいるアーシュが、あんなコソコソと尾行なんてするだろうか? 周りの被害を顧みず俺を殺そうとしてきそうなものだが。

「どちらにせよ今のシン様なら、ルィリア様に魔術を教わっているのですから、どんな相手が来ようと対処出来るのでは?」
「魔術の基礎知識は教えてくれたけど、実践は一向にさせてくれないんだよ。だから教わる3年前から対して実力は変わってない」
「ふふ……ルィリア様はシン様に魔術を教えて、自分より凄い存在になってしまう事を恐れているんですよ」
「そんな事だろうと思った……ルィリアって今29歳とかだろ?」
「まぁいいじゃありませんか、年齢なんて関係ありません。幾つになっても子供のようにはしゃげるのは、とても素晴らしい事だと思いますよ」
「……シャーロットが言うと、重くなるんだよ」
「拙はルィリア様が生きて、子供のようにはしゃいで、養子とはいえシン様達のような子供がいて、人々から求められる存在になっているだけで」
「だから重いってば! わかって言ってるだろ!?」
「ふふふ、どうでしょう?」

 その時のシャーロットは、楽しそうに微笑んでいた。聞いているこっちとしては笑えないが、どんなに辛い過去があっても、それを踏まえて笑い話にするというのは……とても凄い事だと思う。少なくとも、俺には出来ない事だから。

「はい、出来ました」
「え?」
「異世界カレーですよ」
「えっ、シャーロット……作れたのか!?」
「ええ。シン様の技術を盗ませていただきました」
「マジか……あれだけ時間掛けて考えて、舌ぶっ壊して作ってた異世界カレーを……いとも簡単に」
「しかし常々思っていたのですが、カレーなのにこんな甘口でよろしいのでしょうか。辛いからカレーという名前なのでしょう?」

 この世界にも、当然ながらカレーという料理は存在する。しかし俺が作る異世界カレーは、一応中辛くらいのつもりで作っているのだが、この世界の住人からしたらかなりの甘口なようだ。
 一度、シャーロットが作ったカレーも食べた事があるのだが、辛過ぎて食べれたものではなかった。

「名前の由来は知らないけど……でもみんな美味しいって言ってるんだから辛さはこんなもんでいいんじゃないか?」
「そうですね、では皆様のところへ持っていきましょう。拙が作った異世界カレー……一体どんな反応が見れるでしょうか」

 シャーロットは微笑みながら、異世界カレーを皿に盛り付けてみんなが待つリビングへ運んでいった。

「お、やっときましたね! レイ君の作るカレーは何度食べても飽きません!」
「私もうお腹すいちゃったよー、早く食べよ零にぃちゃん!」
「お、おう」

 リビングには、スプーンを片手に俺の作った異世界カレーを待つルィリアと久遠の姿があった。因みにカナンはいつも食事時に王宮へ定期報告しに行くので、居ない。まぁ本音は“気まずいから”だそうだ。
 しかし今日の異世界カレーは俺が作った訳じゃないから、まだ食べていないが……何かこう、騙しているような気分だ。
 そして、カレーがルィリアや久遠の前に置かれた。

「いただきまーす!」

 カレーを置かれた途端、久遠とルィリアは瞬時にスプーンでカレーと白米を掬って口に頬張り始めた。

「んーっ! やはりいつ食べても美味しいです! 本来カレーって辛味が強く、中々手を出しづらい料理なんですが、レイ君のはそこまで辛い訳ではなく、更に肉の脂や野菜の甘みがルーに溶け込んでいてとても食べやすいです!」
「……そうか」

 俺はルィリアの食レポに頷いた。
 まぁ要はいつもと同じく美味しいという事なのだが、あれだけ時間を掛けて舌を痺れさせて作った渾身の一品を、こうも簡単にシャーロットに完全再現されると……何だか、虚しい。

「……ねぇ、これ本当に零にぃちゃんが作ったの?」
「おや?」

 ふと久遠がカレーを食べながらした発言に、シャーロットは少し眉を顰めた。

「いや美味しいよ。美味しいけど……いつもと比べて辛味が強い気がする。食べられないってほどじゃないけど、私は前の方が好きかな」
「久遠……」
「……流石、フェリノート様ですね」
「ふぇ?」
「実は今回の異世界カレー、拙が作ったのです。先ほどルィリア様が仰ったように、本来カレーは辛味が強いもの……ですので、アレンジで従来の異世界カレーよりも辛味を強くしてみたのです」
「そ、そうだったのか……」
「しかしシン様の作る異世界カレーの辛味の強さは、どうやらそれぞれの食材本来の味と上手く調和するよう計算されていたようですね……お見事です」

 シャーロットはそう告げると、俺に向けて一礼した。
 辛味が強いと食材本来の味が死んでしまったり、もしくは舌が痺れて食材本来の味を感じられなくなってしまう。前世ではよくテレビで真っ赤な激辛料理を見てきたが、毎度“これ絶対味感じないだろ”と思ってしまうのだ。

「えぇ……全然気付きませんでした……そんな違います?」
「劇的に変わってる訳じゃないけど、普段から食べてるならわかるくらいには」
「嘘ぉ……ワタクシ、実は重度のバカ舌だったのでしょうか」
「まぁ子供の舌は、拙達大人より繊細ですから」
「うぅ……」

 シャーロットのフォローは届かず……いや寧ろ心を抉ったのか、ルィリアは自分が歳を取って大人ではなく、老人への階段に片足を突っ込み始めているという現実に泣いて、カレーをやけ食いした。辛味を感じないのか、ルィリアは汗一つ流さず完食した。
 しかし、シャーロットが従来(この世界では俺の創作料理ということになっている)の料理を大胆にアレンジなんてするだろうか?
 そんな疑問を胸にシャーロットの方に顔を向けると、俺からの視線に気付いたのか、シャーロットもこちらを向いて、優しく微笑んだ。

 ——まさか、わざと……?
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