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姦邪Ⅰ -ルィリア編-
第47話 混沌の即位式
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即位式当日。俺は今、カナンに手を握られながら王宮前の広場に立っていた。ドタキャンする気はハナから無かったが、かなり早朝にカナンがルィリア邸にやってきて俺をここまで連れてきたのだ。
直視出来ないほど真っ赤な太陽がこの異世界を照らす。周りの国民の熱量も相まって、のぼせそうだった。
「……なぁ、カナン」
「何だシン」
「俺達かなり目立ってるぞ」
俺は周りからの目線に耐えながらそう告げた。
周りからすれば、あの厳しいイメージの騎士団総団長であるカナンが、黒と赤のパーカーを着た謎の少年と手を繋いで立っているのだ。珍妙にも程がある。
「それは、シンの服の影響だと思うぞ。その服、どこで買ったのだ?」
「ルィリアが作ったらしい。まぁ9割くらいはシャーロットだと思うが……あと、この目線は多分俺が原因じゃないと思うぞ」
「私が原因とでも言うのか? それは無いな、私は普段恐れられて皆からは距離を置かれているからな」
「自分で言ってて悲しくならないかそれ」
「悲しい……」
「……そんな恐れられて距離を置いている騎士団総団長が、子供の手を握って立ってたら“何があったんだ”ってなるだろ」
「ああ……確かにな。では私個人でもシン個人でもなく、私達の組み合わせが原因という事か」
「そういう事だ。というか、こんな所に居て良いのか? 一応、新国王護衛とかするんだろ?」
「ああ……暫くしたら私は行かなければならない。シンと即位の儀の感動を共有できないのは残念だが、これも騎士団総団長としての使命だと考える事にするよ」
「お、おう……」
……一緒に居たとしても感動は共有出来ないと思うぞ。だって本当に興味ないのだから、心なんて微塵も動かないんだもの。
「……そろそろ時間だ。行ってくるよ」
「おう。緊張し過ぎてヘマするなよ」
「善処する」
カナンは俺の言葉に頷くと俺の手を離し、騎士団総団長としての背中を俺に見せながら王宮内へと入っていった。めちゃくちゃ怖そうな門番にビビられながら敬礼されているところを見ると、改めてカナンは本物の騎士団総団長なのだと実感させられる。
……何故だかわからないが、物凄く嫌な予感がしてならない。
今この国は、事実上国王の居ない無法地帯も同然……公の場に新国王が出てくるという事は、誰もが注目をしている。つまり、アピールポイントでもあるという訳だ。成人式で調子こいて暴れる奴が居るのと同じ考えだ。
しかし、改めて一人になった訳だが……王宮前の広場には初めて来たからか、カナンが居なくなった途端、急に心細くなってきた。本当は久遠も一緒に来るつもりだったのだが、何故だかシャーロットが頑なに止めたのだ。だが久遠も中々引かなくて、シャーロットは段々と焦っているような表情に変わっていっていた。流石に何かを察したのか、久遠は渋々手を引いたが……あんなに焦っているシャーロットを見たのは初めてだった。
恐らくシャーロットも俺と同じく、この即位式では何かが起こると危惧していたのだろう。それで久遠を外に出さまいと躍起になっていたんだと、そう思う事にした。
改めて、俺は付近を見渡した。
清潔感のある白いレンガ調の地面に、植物の緑のコントラスト。中心部には大きな噴水があり、ベンチも配置されているため休憩がてらここに来るのも悪くは無いだろう。
王宮は……もはや城だ。昔のアニメとかで王子様とかお姫様が住んでそうな雰囲気のアレだ。
「……?」
即位式が始まるまでとりあえずベンチに座って待機していると、辺りがざわついている事に気付いた。
そろそろ始まるのかと思い、ベンチの上でくつろいでいると、大勢の不規則な足音が聞こえてきた……が、それは王宮の方からではなく、その逆方向からであった。
「なんだ……あれ……」
その足音の正体は、肌を一切晒さず顔もわからない、まるで光そのものを忌み嫌っているかのような謎の黒装束集団であった。
……どう見ても、王宮側の人間ではなさそうだ。
「何者だ、お前達」
すると近くの騎士団数名が黒装束集団の前に立ち塞がってそう言った。流石にあの集団を“一般人”として通す訳にはいかないのだろう。不気味で怪し過ぎるし。
「我々は……ただの愚か者達ですよ……新しい国王様が即位なされるんでしょう……? ならばその神聖なお姿を一目見ようと、絶望から這い上がってきたのです……」
「な、何を言っている……お前達のような怪しい人物を通す訳にはいかない。せめて顔を見せるのだ」
いくら不気味で怪しい集団とはいえ、それだけで敵意を向けてはいけないという教えでもあるのだろうか、騎士団の団員はあくまで冷静にそう告げた。まぁ顔を見せたところでって感じはするけど。
「我々は宗教の制約によって……外では肌を晒してはならないのです……これは、我々は他の誰でもない、多くの不幸な人間のうちの一人である、という教えによるモノ。申し訳ありません、こればかりはお許しください……」
「そ、そうか……」
黒装束集団の見た目に反した低い姿勢と、宗教という単語を出され、団員は少し困惑するような仕草を見せる。
いくら騎士団とはいえ、このご時世もあって宗教だとか言われちゃうと対応に困るだろうな。だってこればかりは本人達の意思でそうしている訳じゃないんだから。
「しかし黒装束を着なきゃいけないなんて宗教、聞いた事がないですけどね。黒色は熱を吸収するから、暑いでしょう?」
すると、他の団員が黒装束集団に向けてフランクに話しかけてきた。
「暑いですが……これは我々の為なのです……こうする事で、自らを苦しめているのです」
「自分で自分を苦しめる宗教ねぇ……どんな神様を信仰してるんです?」
「——我々が進行しているのは神様などではなく……悪魔です」
「っ!?」
その瞬間、まるでその単語がトリガーだったかのように、王宮の一部が爆発した。
「きゃあああああああああああっ!!!」
「うわぁああああああああ!!!」
「なっ、何だ……何が起こってるんだ!?」
即位式を心待ちにしていた国民達は、突如として身の回りで起こった事に混乱し悲鳴を上げ、逃げ惑う。
……やはり、俺の嫌な予感は的中してしまった。
「き、貴様ら!! 王宮に何をした!!」
当然、騎士団の団員達は腰に携えた剣を引き抜き、黒装束集団に刃を向けた。
「ご……誤解です……我々はただ、新国王様の神聖なる肉体を頂戴しようかと……」
「何が誤解だ! 新国王様に手を掛けようなど、所詮は悪魔に手を染めた罪人という訳かッ!!」
「ああ……おやめください……! 我らが悪魔様にそのような事を……ああ……あああ……!!」
「ぉおおお……ぁああああ……!!」
突然、黒装束集団が全員不気味な呻き声を発し始める。するとその呻き声に呼応するように、周囲に魔法陣が展開され始める。
——この展開は……まさか!
「みんな逃げろぉおおッッ!!!」
俺はそう叫んで、騎士団の団員達に向かって走り出した。そして、数多の魔法陣から狼のような魔獣の頭が顕現した。
「え……ぐぎゃあああ!!!」
「なっ、何だこいつはっ……ぁあああああ!!!」
「やっ……やめ……ぉ……」
「っ……!」
魔法陣から顕現した魔獣の顔は、飢えた獣のように眼中にある人間にその強靭な顎で齧り付き、ぐちゃぐちゃと肉を引き千切って喰らった。
目の前で、数秒前まで普通に動いて、息をして、話していた騎士団の団員達が、血の匂いを放つただの肉塊と化していく様子を見せつけられ、その凄惨な光景に俺は思わず足を止めて硬直してしまった。
……あれが、悪魔。
「ああ……悪魔の怒りは……収まらぬ……!!」
「収まらぬ……!!」
「ウォオオオオオオオオオン!!!」
黒装束集団の怒りの声に呼応するように悪魔は雄叫びを上げると、今度は周辺で逃げ惑う一般国民達を襲い始めた。
「うぅっ! 俺が止めなきゃ……!」
俺は自分の頬を引っ叩くと、腰に携えた刀を引き抜いて、人々を襲う悪魔に向かって走り出して刃を振り下ろした……が、傷がすぐに再生してしまった。
「なっ……コイツもあのボロ布と同じ……!」
「ウゥ…………」
悪魔は斬られた事に一切動じず、唸り声を上げながらゆっくりとこちらに振り向いた。だが俺は即座に悪魔をサッカーボールのように蹴り飛ばした。
襲われてもなお蹲っている女性に駆け寄ろうとしたが、他の至る箇所でも襲われている人がいる為、俺はやむを得ず後にして、悪魔を斬りつけていくが……やはりどの個体も傷をつけてもすぐに再生してしまう。
それでも、何とかして注意をこちらに引きつけて、少しでも被害者を減らさなくては。
「くそっ、キリがない!」
「おーおー……随分派手なコトになってんなァ」
すると火の海となっている王宮の中から、高貴そうな鎧と赤いマントを身に纏い、腰にはやたらと豪華な剣を携えた男が出てきた。騎士団の人間だろうか?
しかしこの状況を見ても、焦るどころか寧ろそれが喜ばしい事かのように笑っていた。
「な、何だアイツ……何で笑ってるんだ!?」
「オレが助けねーとこうも簡単にやべー事になるって事、よく分かっただろクソエアトベル王国よぉ」
男は呑気に耳をほじりながらそんな愚痴のような事を言って、人が悪魔に襲われているのを平気で素通りしていく。
「……あ? オイオイ、コイツはどういうこった? あんな小せぇガキがたった一人で戦ってやがんぜ!! おーい騎士団さーん!! 子供が一人で戦ってますよー!! なーんで大人であるテメェらが戦わないんですかねぇえ!? まぁ、半分オレのせいなんだけどなぁ!! ギャハハハハハ!!」
男は楽しそうな声色でそう叫んで、笑った。
“半分オレのせい”という事は……どうやら、あの男が王宮を爆発させた人物と見て間違いないようだ。
「貴様ァアアアアアアアアッッッ!!」
すると怒りに満ち溢れた叫び声と共に、再び火の海の王宮の中から何者かが飛び出してきた。その次の瞬間には、その男に向けて剣を振り下ろす。
男は剣を引き抜いて、片手で振り下ろされた剣を受け止めてみせた。
「くっ……!」
「これはこれは……無能騎士団の総団長カナン様じゃねぇかァ……女のくせにしぶといヤローだなァ。その無駄にデケェ胸も筋肉で出来てんのか?」
「貴様どういうつもりだ……選定の剣を受け取った途端、新国王の顔を斬りつけるだけでなく、神聖な王宮を火の海にするなど……!!」
「顔がムカつくから傷付けた、そんだけだァ!!」
そう言うと、男はカナンを王宮の壁に向けて勢いよく蹴り飛ばした。しかしカナンは吹っ飛ばされながらも空中で体勢を立て直して壁に張り付き、足をバネのように動かして壁を蹴り、再び男に向かって飛んでいった。
「はぁああっ!!」
「テメェの攻撃パターンは把握してんだよ」
男は指を上にクイっと向けると、地面が突然競り上がり、カナンの腹に直撃した。
「うぐぅっ!? んぶぇえっ……」
腹にかなりの力で瞬時に押し付けられた為、カナンは口から胃液を吐き出しながら、成す術無く空中に飛ばされてしまった。
「汚ねぇなァ……おら、消毒消毒」
男は呑気に耳をほじりながら、空中に飛ばされたカナンに向けて手を翳す。すると空が突然曇り始め、豪雨が降り始め、雷がゴロゴロと轟く。そして狙ったかのようにカナンに雷が直撃する。更に追い討ちをかけるように黒い雲から流星群のようなものが降り注いできて、カナンに直撃した。
流星群は王宮周辺の悪魔や逃げたり襲われたりする国民問わず、辺り一帯をくまなく破壊していく。
そして流星群に直撃したカナンは急降下し、俺の近くの地面に叩きつけられた。
「カナンッッ!!! お、おい……!! しっかりしろカナンッッ!! ねぇってば!!!」
俺はボロボロになったカナンに駆け寄って、声を掛けたり身体を揺すったりするが、返答は無かった。口元に耳を傾けると、辛うじて息はしていた。
鎧は一部崩壊していたり歪な形に歪んでいたりしており、顔には大きな青痰、手や足は逆方向に曲がり、肌は焦げ、雷の影響か全身が痙攣しており、かなり痛々しい姿になっていた。
周辺でも、人間や悪魔が流星群によって叩き潰されていく。噴水もベンチも白いレンガ調の地面も壊し、植物達も焼き尽くし、色彩を失っていく。
黒装束集団に至っては皆、受け入れるように両手を広げて流星群に叩きつけられるのを待っているかのようだった。しかし殆どの教徒は、運良く叩きつけられることは無かった。
まるで、世界の終わりのような光景だった。
王宮は黒焦げになり、その周辺は流星群によって崩壊し、天気は豪雨で雷鳴が轟いている。それら全てが、あのよくわからない男一人によって引き起こされたのだ。
「あーあ、すげぇなこりゃ。オレ勇者やめて、代わりに魔王にでもなろうかなァ? そうすれば……ギャハハハッ、ハハハハハハッッ!!」
——豪雨の中、あの高笑いだけは……確かに聞こえていた。
直視出来ないほど真っ赤な太陽がこの異世界を照らす。周りの国民の熱量も相まって、のぼせそうだった。
「……なぁ、カナン」
「何だシン」
「俺達かなり目立ってるぞ」
俺は周りからの目線に耐えながらそう告げた。
周りからすれば、あの厳しいイメージの騎士団総団長であるカナンが、黒と赤のパーカーを着た謎の少年と手を繋いで立っているのだ。珍妙にも程がある。
「それは、シンの服の影響だと思うぞ。その服、どこで買ったのだ?」
「ルィリアが作ったらしい。まぁ9割くらいはシャーロットだと思うが……あと、この目線は多分俺が原因じゃないと思うぞ」
「私が原因とでも言うのか? それは無いな、私は普段恐れられて皆からは距離を置かれているからな」
「自分で言ってて悲しくならないかそれ」
「悲しい……」
「……そんな恐れられて距離を置いている騎士団総団長が、子供の手を握って立ってたら“何があったんだ”ってなるだろ」
「ああ……確かにな。では私個人でもシン個人でもなく、私達の組み合わせが原因という事か」
「そういう事だ。というか、こんな所に居て良いのか? 一応、新国王護衛とかするんだろ?」
「ああ……暫くしたら私は行かなければならない。シンと即位の儀の感動を共有できないのは残念だが、これも騎士団総団長としての使命だと考える事にするよ」
「お、おう……」
……一緒に居たとしても感動は共有出来ないと思うぞ。だって本当に興味ないのだから、心なんて微塵も動かないんだもの。
「……そろそろ時間だ。行ってくるよ」
「おう。緊張し過ぎてヘマするなよ」
「善処する」
カナンは俺の言葉に頷くと俺の手を離し、騎士団総団長としての背中を俺に見せながら王宮内へと入っていった。めちゃくちゃ怖そうな門番にビビられながら敬礼されているところを見ると、改めてカナンは本物の騎士団総団長なのだと実感させられる。
……何故だかわからないが、物凄く嫌な予感がしてならない。
今この国は、事実上国王の居ない無法地帯も同然……公の場に新国王が出てくるという事は、誰もが注目をしている。つまり、アピールポイントでもあるという訳だ。成人式で調子こいて暴れる奴が居るのと同じ考えだ。
しかし、改めて一人になった訳だが……王宮前の広場には初めて来たからか、カナンが居なくなった途端、急に心細くなってきた。本当は久遠も一緒に来るつもりだったのだが、何故だかシャーロットが頑なに止めたのだ。だが久遠も中々引かなくて、シャーロットは段々と焦っているような表情に変わっていっていた。流石に何かを察したのか、久遠は渋々手を引いたが……あんなに焦っているシャーロットを見たのは初めてだった。
恐らくシャーロットも俺と同じく、この即位式では何かが起こると危惧していたのだろう。それで久遠を外に出さまいと躍起になっていたんだと、そう思う事にした。
改めて、俺は付近を見渡した。
清潔感のある白いレンガ調の地面に、植物の緑のコントラスト。中心部には大きな噴水があり、ベンチも配置されているため休憩がてらここに来るのも悪くは無いだろう。
王宮は……もはや城だ。昔のアニメとかで王子様とかお姫様が住んでそうな雰囲気のアレだ。
「……?」
即位式が始まるまでとりあえずベンチに座って待機していると、辺りがざわついている事に気付いた。
そろそろ始まるのかと思い、ベンチの上でくつろいでいると、大勢の不規則な足音が聞こえてきた……が、それは王宮の方からではなく、その逆方向からであった。
「なんだ……あれ……」
その足音の正体は、肌を一切晒さず顔もわからない、まるで光そのものを忌み嫌っているかのような謎の黒装束集団であった。
……どう見ても、王宮側の人間ではなさそうだ。
「何者だ、お前達」
すると近くの騎士団数名が黒装束集団の前に立ち塞がってそう言った。流石にあの集団を“一般人”として通す訳にはいかないのだろう。不気味で怪し過ぎるし。
「我々は……ただの愚か者達ですよ……新しい国王様が即位なされるんでしょう……? ならばその神聖なお姿を一目見ようと、絶望から這い上がってきたのです……」
「な、何を言っている……お前達のような怪しい人物を通す訳にはいかない。せめて顔を見せるのだ」
いくら不気味で怪しい集団とはいえ、それだけで敵意を向けてはいけないという教えでもあるのだろうか、騎士団の団員はあくまで冷静にそう告げた。まぁ顔を見せたところでって感じはするけど。
「我々は宗教の制約によって……外では肌を晒してはならないのです……これは、我々は他の誰でもない、多くの不幸な人間のうちの一人である、という教えによるモノ。申し訳ありません、こればかりはお許しください……」
「そ、そうか……」
黒装束集団の見た目に反した低い姿勢と、宗教という単語を出され、団員は少し困惑するような仕草を見せる。
いくら騎士団とはいえ、このご時世もあって宗教だとか言われちゃうと対応に困るだろうな。だってこればかりは本人達の意思でそうしている訳じゃないんだから。
「しかし黒装束を着なきゃいけないなんて宗教、聞いた事がないですけどね。黒色は熱を吸収するから、暑いでしょう?」
すると、他の団員が黒装束集団に向けてフランクに話しかけてきた。
「暑いですが……これは我々の為なのです……こうする事で、自らを苦しめているのです」
「自分で自分を苦しめる宗教ねぇ……どんな神様を信仰してるんです?」
「——我々が進行しているのは神様などではなく……悪魔です」
「っ!?」
その瞬間、まるでその単語がトリガーだったかのように、王宮の一部が爆発した。
「きゃあああああああああああっ!!!」
「うわぁああああああああ!!!」
「なっ、何だ……何が起こってるんだ!?」
即位式を心待ちにしていた国民達は、突如として身の回りで起こった事に混乱し悲鳴を上げ、逃げ惑う。
……やはり、俺の嫌な予感は的中してしまった。
「き、貴様ら!! 王宮に何をした!!」
当然、騎士団の団員達は腰に携えた剣を引き抜き、黒装束集団に刃を向けた。
「ご……誤解です……我々はただ、新国王様の神聖なる肉体を頂戴しようかと……」
「何が誤解だ! 新国王様に手を掛けようなど、所詮は悪魔に手を染めた罪人という訳かッ!!」
「ああ……おやめください……! 我らが悪魔様にそのような事を……ああ……あああ……!!」
「ぉおおお……ぁああああ……!!」
突然、黒装束集団が全員不気味な呻き声を発し始める。するとその呻き声に呼応するように、周囲に魔法陣が展開され始める。
——この展開は……まさか!
「みんな逃げろぉおおッッ!!!」
俺はそう叫んで、騎士団の団員達に向かって走り出した。そして、数多の魔法陣から狼のような魔獣の頭が顕現した。
「え……ぐぎゃあああ!!!」
「なっ、何だこいつはっ……ぁあああああ!!!」
「やっ……やめ……ぉ……」
「っ……!」
魔法陣から顕現した魔獣の顔は、飢えた獣のように眼中にある人間にその強靭な顎で齧り付き、ぐちゃぐちゃと肉を引き千切って喰らった。
目の前で、数秒前まで普通に動いて、息をして、話していた騎士団の団員達が、血の匂いを放つただの肉塊と化していく様子を見せつけられ、その凄惨な光景に俺は思わず足を止めて硬直してしまった。
……あれが、悪魔。
「ああ……悪魔の怒りは……収まらぬ……!!」
「収まらぬ……!!」
「ウォオオオオオオオオオン!!!」
黒装束集団の怒りの声に呼応するように悪魔は雄叫びを上げると、今度は周辺で逃げ惑う一般国民達を襲い始めた。
「うぅっ! 俺が止めなきゃ……!」
俺は自分の頬を引っ叩くと、腰に携えた刀を引き抜いて、人々を襲う悪魔に向かって走り出して刃を振り下ろした……が、傷がすぐに再生してしまった。
「なっ……コイツもあのボロ布と同じ……!」
「ウゥ…………」
悪魔は斬られた事に一切動じず、唸り声を上げながらゆっくりとこちらに振り向いた。だが俺は即座に悪魔をサッカーボールのように蹴り飛ばした。
襲われてもなお蹲っている女性に駆け寄ろうとしたが、他の至る箇所でも襲われている人がいる為、俺はやむを得ず後にして、悪魔を斬りつけていくが……やはりどの個体も傷をつけてもすぐに再生してしまう。
それでも、何とかして注意をこちらに引きつけて、少しでも被害者を減らさなくては。
「くそっ、キリがない!」
「おーおー……随分派手なコトになってんなァ」
すると火の海となっている王宮の中から、高貴そうな鎧と赤いマントを身に纏い、腰にはやたらと豪華な剣を携えた男が出てきた。騎士団の人間だろうか?
しかしこの状況を見ても、焦るどころか寧ろそれが喜ばしい事かのように笑っていた。
「な、何だアイツ……何で笑ってるんだ!?」
「オレが助けねーとこうも簡単にやべー事になるって事、よく分かっただろクソエアトベル王国よぉ」
男は呑気に耳をほじりながらそんな愚痴のような事を言って、人が悪魔に襲われているのを平気で素通りしていく。
「……あ? オイオイ、コイツはどういうこった? あんな小せぇガキがたった一人で戦ってやがんぜ!! おーい騎士団さーん!! 子供が一人で戦ってますよー!! なーんで大人であるテメェらが戦わないんですかねぇえ!? まぁ、半分オレのせいなんだけどなぁ!! ギャハハハハハ!!」
男は楽しそうな声色でそう叫んで、笑った。
“半分オレのせい”という事は……どうやら、あの男が王宮を爆発させた人物と見て間違いないようだ。
「貴様ァアアアアアアアアッッッ!!」
すると怒りに満ち溢れた叫び声と共に、再び火の海の王宮の中から何者かが飛び出してきた。その次の瞬間には、その男に向けて剣を振り下ろす。
男は剣を引き抜いて、片手で振り下ろされた剣を受け止めてみせた。
「くっ……!」
「これはこれは……無能騎士団の総団長カナン様じゃねぇかァ……女のくせにしぶといヤローだなァ。その無駄にデケェ胸も筋肉で出来てんのか?」
「貴様どういうつもりだ……選定の剣を受け取った途端、新国王の顔を斬りつけるだけでなく、神聖な王宮を火の海にするなど……!!」
「顔がムカつくから傷付けた、そんだけだァ!!」
そう言うと、男はカナンを王宮の壁に向けて勢いよく蹴り飛ばした。しかしカナンは吹っ飛ばされながらも空中で体勢を立て直して壁に張り付き、足をバネのように動かして壁を蹴り、再び男に向かって飛んでいった。
「はぁああっ!!」
「テメェの攻撃パターンは把握してんだよ」
男は指を上にクイっと向けると、地面が突然競り上がり、カナンの腹に直撃した。
「うぐぅっ!? んぶぇえっ……」
腹にかなりの力で瞬時に押し付けられた為、カナンは口から胃液を吐き出しながら、成す術無く空中に飛ばされてしまった。
「汚ねぇなァ……おら、消毒消毒」
男は呑気に耳をほじりながら、空中に飛ばされたカナンに向けて手を翳す。すると空が突然曇り始め、豪雨が降り始め、雷がゴロゴロと轟く。そして狙ったかのようにカナンに雷が直撃する。更に追い討ちをかけるように黒い雲から流星群のようなものが降り注いできて、カナンに直撃した。
流星群は王宮周辺の悪魔や逃げたり襲われたりする国民問わず、辺り一帯をくまなく破壊していく。
そして流星群に直撃したカナンは急降下し、俺の近くの地面に叩きつけられた。
「カナンッッ!!! お、おい……!! しっかりしろカナンッッ!! ねぇってば!!!」
俺はボロボロになったカナンに駆け寄って、声を掛けたり身体を揺すったりするが、返答は無かった。口元に耳を傾けると、辛うじて息はしていた。
鎧は一部崩壊していたり歪な形に歪んでいたりしており、顔には大きな青痰、手や足は逆方向に曲がり、肌は焦げ、雷の影響か全身が痙攣しており、かなり痛々しい姿になっていた。
周辺でも、人間や悪魔が流星群によって叩き潰されていく。噴水もベンチも白いレンガ調の地面も壊し、植物達も焼き尽くし、色彩を失っていく。
黒装束集団に至っては皆、受け入れるように両手を広げて流星群に叩きつけられるのを待っているかのようだった。しかし殆どの教徒は、運良く叩きつけられることは無かった。
まるで、世界の終わりのような光景だった。
王宮は黒焦げになり、その周辺は流星群によって崩壊し、天気は豪雨で雷鳴が轟いている。それら全てが、あのよくわからない男一人によって引き起こされたのだ。
「あーあ、すげぇなこりゃ。オレ勇者やめて、代わりに魔王にでもなろうかなァ? そうすれば……ギャハハハッ、ハハハハハハッッ!!」
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