慟哭のシヴリングス

ろんれん

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姦邪Ⅰ -ルィリア編-

第41話 最後の言葉

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 暗殺者による、文字通り捨て身の自爆に俺は巻き込まれてしまった。だがこの暗殺者は操っている死体が負った傷をすぐに再生する事ができる。オマケに痛みも感じないらしい為、何度自爆しようが暗殺者本体にダメージはないのだ。

「グィヒヒ……ィギッ!?」

 黒煙の中、完全に油断した暗殺者は本体のボロ布をガシッと掴まれてしまった……他の誰でもない、俺によって。

「残念だったな……俺はこれくらいじゃくたばれないんだよ……!!」

 俺は勝ちを確信して、そう言った。
 負った傷をすぐに再生出来る……それは、俺にも言える事だ。ただ暗殺者と違って、俺にはちゃんと傷を負った時には痛みを感じるし、身体が治っていく時の焼けるような熱も感じる。

「オ、オマエ……ナンなんだッ!?」
「アンタと同じバケモノさ……! うぉらぁああっ!!」

 そう告げて、俺は声を上げながら掴んだボロ布……暗殺者に向けて刀を遂に突き刺し、魔力を吸収し始めた。

「ンなァァァァァァァアっ!! オレはァッ……オレ、はァアアア!」

 暗殺者の叫びを最期に、俺はボロ布を真っ二つに切り裂いてリヒトの死体から完全に分離する。この短い間で根こそぎ魔力を抜き取られたからなのか、リヒトの死体から分離した途端、ボロ布は燃えカスとなって散っていった。

「……マズイッ!!」

 ふと、暗殺者の魂が宿ったボロ布と分離した事でリヒトの死体は力無く地面に向けて落下している事に気付き、俺は急降下して回収しようと試みる。
 ここまできて、ルィリアに別れの挨拶をしてやれなかったなんてオチは絶対に駄目だ。何としてでもルィリアに……!

 “やめてくれ。死者のために命を懸ける必要はないよ”

「!?」

 突然、何処からともなく声が聞こえてきた。まるで頭の中に響き渡るかのようで、どこか聞き覚えのある声だった。

「アンタは……リヒトか!?」

 “どうやらシオンから僕の事は聞いているみたいだね”

「ああ……! アンタとルィリアを、絶対に会わせる!」

 “……駄目なんだ。彼女は、僕に会ってはいけない”

「なっ、何で!?」

 “死んだ僕と会った所で、却ってシオンの悲しみを増幅させるだけだ。君だって本当はわかっているんだろう?”

「っ……」

 “別れの言葉を言えたから満足、気が済んだ……なんて、人の心はそんな単純じゃない、もっと脆いんだ。メンヘラ気質なシオンなら尚更ね”

「……確かに、人の心は弱く脆い。過去に縋る事でしか、自分を保っていられない」

 “……そう。シオンには、もう僕という亡霊に縛られてほしくないんだ”

「でもルィリアは覚悟決めて、虚しくなるのをわかってて、かつて言えなかった別れを告げようとしてるんだ! アンタ彼氏なんだろ!? 彼女の覚悟を無碍にするのかよッ!」

 “……っ!”

「ルィリアはな!! アンタが居なくなってもなお、完全治療クーア・アスクレピオスの研究を……アンタとの悲願を、たった1人で続けたんだ!! そして、グリモワールなんとか賞を受賞したんだよ!!」

 “シオンが……?”

「ルィリアはずっとアンタの事を一途に思い続けてきたんだ!! なのにアンタが自ら突き放そうとしてどうすんだよ!! このまま言葉も交わさず終わる方がよっぽど悲しいに決まってんだろうが!!」

 “……”

「だからもう一度言うぞ……! アンタとルィリアを、絶対に会わせるッ!!」

 俺はそう宣言し、更に速度を上げてリヒトの死体に向けて手を伸ばす……が、地面はもうすぐそこまで迫ってきていて、このままではリヒトの死体は地面に叩きつけられてただの肉塊と化してしまう。

 ……諦めかけたその直後、真下に蜘蛛の巣が一瞬にして形成され、リヒトの死体は蜘蛛の巣に引っかかって地面に叩きつけられる事は無かった。

「蜘蛛の巣……まさか!」
「そう、そのまさかや」

 すると、蜘蛛の巣の下からエセ関西弁で聞き覚えのある声が聞こえてきた。そこには、蜘蛛の巣に引っかかったリヒトの死体を見上げてニヤニヤと微笑むネフィラの姿があった。

「ネフィラ……まだ居たのか」
「街を歩いてたら炎の鳥が飛んでるのを見つけてな? ウチは好奇心旺盛やから近くまで来てみたんよ。そしたらシンが誰かを助けようとしとるのを見て、ウチも協力せんといかんなぁと思ったんよ」
「……その、助かった。ありがとうな」
「構わへんよ。ほら、早よ行き……と、向こうから来たみたいやね」

 ネフィラに言われ、ルィリア邸の方に目を向けると、カナンとその肩を借りて片足で歩くルィリアがこちらに向かって歩いてきていた。

「……じゃ、ウチはとんずらするわ」
「あ、おい……って、もう居ない?!」
「れ、レイ君……その、リヒトは?」

 ふと、カナンの肩を借りたルィリアが俺を期待感のある目で見つめながら恋人の事を聞いてきた。するとまるで狙ったかのように、蜘蛛の巣からリヒトの死体がゆっくりと落ちてきた。

「リヒトっ!!」

 ルィリアはカナンの肩から離れて、片足が使い物のにならない為かその場に倒れてしまうが、両手と片足だけで地面を這いつくばりながらリヒトの死体に駆け寄った。

「リヒト……ねぇ、何か喋ってよ……なんでもいいよ……お願い……!」
「…………」
「……やっと正式に、ちゃんとお別れを言えるって思ったのに……また……」
「…………」
「うっ……く……うぁあああああああっっ!!!」

 ルィリアはもうとっくに動かないリヒトの死体を抱きかかえながら、慟哭した。その悲痛な嘆きは、外にも関わらず周囲に響き渡った。

「……ルィリア」
「……れ、レイ、君……ごめんなさい、今は……」
「じゃあ動くな」

 ルィリアに向けてそう言うと、俺はリヒトの死体にとどめを刺すようにピンク色の光を発する刀を突き刺した。

「っ……!」
「なっ……シン!?」
「これが最善だろ」

 吐き捨てるようにそう言って、俺はリヒトの死体から刀を引き抜くと、その場からゆっくりと去っていった……が、何者かに肩を引っ張られ、振り返った拍子に胸ぐらを掴まれた。目の前には、こちらを睨みつけるカナンの顔があった。

「何のつもりだシン……! 何故ルィリア殿の心に追い討ちをかけるような事を!」
「……リヒトはもう死んでるんだ。だからああするしか方法はなかった。喋らない死体を抱えるなんて、虚し過ぎるから」
「言っている事が滅茶苦茶だぞ貴様ッ!!」

 カナンはそう言って、遂には俺を殴ろうと拳を振りかぶってきた。そりゃそうだ、側から見たら俺は改めて恋人が死んでいるという事実を突きつけた、ただの酷い奴だから。

「……リヒト!?」
「う、うぅん……シオ、ン?」

 すると、ルィリアが抱きかかえていたリヒトの死体が目を覚ました。

「ど、どうして……!?」
「こっちのセリフだよ……どうして僕は」
「困惑してる場合か? 時間は限られてる、お互い言い残した事があるんだろ!」

 俺は死別してしまったはずの恋人2人に向けてそう告げると、カナンの肩を掴んでその場を離れて、二人きりの状況を作り出した。

 ——後は、シオンとリヒトに任せる。



「まさか……ううん、ここは彼の意見に賛同しよう。シオン……まさかこうして会えると思ってなかった」
「う、うん……わたしもだよ」
「僕からは一つだけ。もう君が一人になる事はないよ。あの世からは僕が見守っているし、この世には……彼らがいる。だから……もっと自分に自信を持って」
「……うん、大丈夫。だってわたし……天才だから」
「天才って……フフッ、うん。シオンは僕と研究してた完全治療クーア・アスクレピオスを発明して、受賞したんだろう? ならそれくらい言っちゃっても良いと思う」
「でしょ? でもやっぱり……ちょっと恥ずかしいかな」
「だろうね。でも、誇っていい。その魔術で、沢山の人を助けるんだ……それが、僕と君の願いだからさ」
「…………」

 すると、当然リヒトの身体が消え始める。

「……どうやらタイムアップみたいだ」
「ま、待ってリヒト……! わたしまだ大事な事言えてない!」
「じゃあ手短に頼むよ。僕が消えちゃう前に」
「——ずっと、愛してるからっ!!」
「……フフッ、僕も愛しているよ。ずっとね」
「えへへ……じゃあ、またね」
「うん」

 リヒトは最後に微笑むと、光の粒子となって消えていった。シオンの手には、何も残らなかった。

 ——しかし、シオンは満足げに微笑んだ。
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