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姦邪Ⅰ -ルィリア編-
第39話 ネフィラの目覚め
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突然目の前のネルフィラを包むネフィラから骨を砕く音、骨を削る音、肉を食う音、血を吸う音……恐ろしい音が聞こえてきた。一体、何が起きてるんだ。
「ガリッ、ガッ、ボキッ、グリグリ、ヂヂッ」
先程まで瀕死だったはずのネフィラは、まるで元気を取り戻したかのように必死に主人であるネルフィラに食いつく。すると徐々に風穴が塞がっていき、俺は戦慄してしばらく動けなかった。
そしてある程度捕食した後、ネフィラの内から何かが吐き出されるように飛び出してきた。
——それは、蜘蛛の糸でぐちゃぐちゃに丸められたネルフィラだった。
「うわぁああああああああっ!!?」
ネルフィラの成れの果てを見せられた俺は恐怖で絶叫して、情けなくその場に尻餅をついた。目の前で使い魔が人間を捕食するなんて、誰だって恐ろしくて腰を抜かしてしまうだろう。
その時、巨大蜘蛛ネフィラの身体が徐々に縮小していった。そして2本の足は引っ込んで無くなり、4本の足の先からそれぞれ5本の細い指が生えてきた。上の2本は人間の手のようになり、下の2本は人間の足のようになり、表面の色も明るくなっていった。
巨大蜘蛛だったネフィラは、パール掛かったような艶のある白いボブヘア、目元まで伸びた前髪からチラリと見える血のような紅い瞳、透き通るような白い肌……そう、人間の女性の全裸姿になっていた。
「っ……!」
俺は、数秒前まで巨大蜘蛛だったとはいえ目の前の全裸の女を見ないようにと、尻餅をついたまま目を手で覆った。
「さっきまで男らしかったんに……ウチのハダカ見た途端顔真っ赤にして目ぇ隠すなんて、所詮は子供、可愛ええなぁ」
「あ、アンタ何者だ!!」
俺は目を隠しながら、エセ関西弁で喋る女に向けてそう言った。
「ふふ……さっきまで殺し合っとった仲やろ? 名前くらい、当ててくれへんとなぁ?」
「は……? ね、ネフィラ……」
「正解! ほら、キチンと目ぇ合わせてくれへん? でないとウチ、見えへん間にどっか行ってあの女みたいに食ってまうかも」
「そ、それは!!」
俺は目を覆っていた手を離した瞬間、視界に入ってきたのは……いつの間にか距離を詰め、息が当たるくらいまで顔を近づけて俺の顔を覗き込むネフィラだった。よく見ると、ネフィラの顔つきは少しネルフィラに似ていた。
「ふぅん……やっぱウチ好みの可愛らしい顔しとるなぁ」
「アンタ……本当に何なんだよ」
「だからぁ、さっきから言っとるやろ?」
「違う! 巨大蜘蛛が人間になるなんて……あり得ない!」
「この世界は二足歩行の……猿が進化したような生物によって支配されている。この世界を支配してはる生命体に擬態する能力を持ってはるのは、当然やろ?」
ネフィラの言い分は、理にかなってはいる。
人間は自身と姿が異なる存在を無意識に格下と認識する。虫に対しても、動物に対しても。ならばこの世界で生きていく上で、この地球を事実上支配している人間に擬態できる能力を、人間ではない生物が持っているのは……当然とは言えないが、かなり重要だろう。
「で、でも……アンタ……あ、主人を……!」
「長い間従順なフリした割に……こんなもんなんか。不純物が混じり過ぎて味が悪うなっとる」
「っ……」
“何とも思わないのか!”と言おうかと思って言葉を用意していたが“従順なフリ”というネフィラの発言が、意図せず返答を出していた。
「数ヶ月も待ったんよ? 踊り食いが一番美味やのに、あの女ったら自殺しようとしはるなんて……酷いとは思わへんか?」
「だから助けたのか……自分の欲の為に」
「欲というか本能やな……って、もしかしてウチの事知らんの?」
急にネフィラは、きょとんとした顔で俺にそんな事を言ってきた。
「し、知るかよ! 蜘蛛の生態なんて、小さい頃図鑑でちょっと見た程度だし」
「そういう事ちゃうよ! えっ、ホンマに聞いた事無いんか? “主人喰らいのネフィラ”って!」
「だから知らないよ!」
「えぇえ~っ!? 嘘やろ!? どうやらウチが封印されてだいぶ経つみたいやなぁ……ショック……」
ネフィラは時の流れにかなりショックを受けたようで、俺に背を向けてその場に座り込んでしまった。
そんな話は全く知らないが、どうやらネフィラは大昔“主人喰らいのネフィラ”という異名を持っており、やがて封印されるほどかなり恐れられていたようだ。
……で、その長年の封印をネルフィラが解いて、あろう事か使い魔にした……という事か。色々気になる事が増えたが……
「そ、その……なんかごめん」
「それより左手大丈夫やった? 熱かったなぁ、ウチが舐めたろか?」
ネフィラは案外早く開き直ってこちらに振り向くと、急にそんな事を言い出して俺の左手を掴み、自身の口元まで持ち上げた。
恐らくネルフィラの使い魔として動いていた時に炎の糸で俺の左手を燃やした事を言っているのだろう。
「い、いいよ別に!」
「……あれ、変やなぁ? 火傷一つ付いとらんやないの」
「俺は傷の治りが早い体質なんだよ」
「……ふぅん。お前さん、名前は?」
「……シン」
「シンっていいはるんね。それじゃ、おおきに」
ネフィラは関西人っぽく言って、俺に背を向けて何処かへ去ろうとする。
「お、おい! どこ行くんだよ!」
俺はネフィラのぷるんとしたお尻に……じゃなく、綺麗な背中に向けてそう叫んだ。
「ウチの名が轟いていた時代からだいぶ時が進んどるみたいやからなぁ、今の時代を見て回ろうかと」
「……服どうするんだよ!」
「うーん、優しいおじさんにでも恵んでもらおうかねぇ?」
「それ絶対ダメなやつ! ちょっと待ってろ!」
俺はそう言って一旦ルィリア邸の中に戻り、適当に部屋に入ってクローゼットを開ける。すると偶然、昨日俺達が寝巻きとして着ていたのと同じような浴衣があった。俺はそれを取ってネフィラの元に戻ると、浴衣を渡した。
「はい、せめてこれ着ろ!!」
「あ、ありがとなぁ?」
ネフィラは浴衣を受け取ると、早速それを身に纏う。これまた偶然にも俺達が着ていた浴衣とは違った柄で、紫を基調とした和風な柄が特徴的な……漢字一文字で表すなら“雅”って感じの浴衣だった。
「うふふっ……どやろか、似合っとる?」
「おう。アンタにピッタリって感じだ」
「ほんまありがとなぁ。これでもウチ、大昔は恐れられてたんよ?」
「そうらしいな。聞いたことないけど」
「知らぬが仏、とはまさにこの事やんね。もしウチの事知っとる者やったら、きっと失禁しておったやろうに」
「まぁ流石にっ……アレは、ヤバいけどな」
俺は蜘蛛の糸でぐちゃぐちゃに丸められたネルフィラの方に一瞬目を向けて、やっぱり直視出来ないくらいグロすぎて再び目を背けて、言った。
「アレも昔は見せしめの為にやっとったんやが……ウチの名が忘れられたこの時代じゃ何の意味も持たへんな……いる?」
ネフィラはそう言って、ネルフィラを更に蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにして取っ手を付けると、バッグのように持って俺に差し出してきた。よく見ると、ネルフィラは包まれた糸の中でウニウニと蠢いていた。
「い、いらないよそんな気味悪いの!!」
「そっか……そんな事より、ウチにばっか時間使っててええんか?」
「どういう事だ?」
ネフィラの言葉に疑問を抱いた途端、後ろのルィリア邸からガラスの割れる音と爆発音が響き渡る。
「おうおう、派手にやっとるのぉ。あの死体好きのボロ布如きが」
「うぐっ……うわぁあああああああ!!」
爆風によって俺はネフィラの方向へ吹き飛ばされてしまった。が、ネフィラは飛んできた俺の身体をガッチリと受け止めた。
「あらあら……ウチの身体にそんながっついちゃって……ちゃんと心は男の子なんやなぁ? ウチがママになってあげよか?」
「ふざけるなっ! 蜘蛛に人間の母親が務まるか!」
「……かぷっ、ちゅっ」
するとネフィラは何の突拍子もなく俺のうなじに歯を立てて噛みついてきた。
「痛ったァ!? 何するんだよ!?」
「ん~、シンのは不純物が少なくて美味やなぁ……ほら、うなじ綺麗やなぁと思ってな?」
「それで噛むなよ!」
「まぁウチなりの愛情表現ってやつ。それに傷の治りが早いんやろ? なら気にせんでもええやろ」
「あ、アンタには聞きたい事が山程あるが……今は急を要する、人間食うなよ!!」
俺はネフィラにそう忠告すると、少しズキズキと痛むうなじを手で押さえながらルィリア邸の爆発した場所へ急いでいった。
「——人間、ねぇ……」
「ガリッ、ガッ、ボキッ、グリグリ、ヂヂッ」
先程まで瀕死だったはずのネフィラは、まるで元気を取り戻したかのように必死に主人であるネルフィラに食いつく。すると徐々に風穴が塞がっていき、俺は戦慄してしばらく動けなかった。
そしてある程度捕食した後、ネフィラの内から何かが吐き出されるように飛び出してきた。
——それは、蜘蛛の糸でぐちゃぐちゃに丸められたネルフィラだった。
「うわぁああああああああっ!!?」
ネルフィラの成れの果てを見せられた俺は恐怖で絶叫して、情けなくその場に尻餅をついた。目の前で使い魔が人間を捕食するなんて、誰だって恐ろしくて腰を抜かしてしまうだろう。
その時、巨大蜘蛛ネフィラの身体が徐々に縮小していった。そして2本の足は引っ込んで無くなり、4本の足の先からそれぞれ5本の細い指が生えてきた。上の2本は人間の手のようになり、下の2本は人間の足のようになり、表面の色も明るくなっていった。
巨大蜘蛛だったネフィラは、パール掛かったような艶のある白いボブヘア、目元まで伸びた前髪からチラリと見える血のような紅い瞳、透き通るような白い肌……そう、人間の女性の全裸姿になっていた。
「っ……!」
俺は、数秒前まで巨大蜘蛛だったとはいえ目の前の全裸の女を見ないようにと、尻餅をついたまま目を手で覆った。
「さっきまで男らしかったんに……ウチのハダカ見た途端顔真っ赤にして目ぇ隠すなんて、所詮は子供、可愛ええなぁ」
「あ、アンタ何者だ!!」
俺は目を隠しながら、エセ関西弁で喋る女に向けてそう言った。
「ふふ……さっきまで殺し合っとった仲やろ? 名前くらい、当ててくれへんとなぁ?」
「は……? ね、ネフィラ……」
「正解! ほら、キチンと目ぇ合わせてくれへん? でないとウチ、見えへん間にどっか行ってあの女みたいに食ってまうかも」
「そ、それは!!」
俺は目を覆っていた手を離した瞬間、視界に入ってきたのは……いつの間にか距離を詰め、息が当たるくらいまで顔を近づけて俺の顔を覗き込むネフィラだった。よく見ると、ネフィラの顔つきは少しネルフィラに似ていた。
「ふぅん……やっぱウチ好みの可愛らしい顔しとるなぁ」
「アンタ……本当に何なんだよ」
「だからぁ、さっきから言っとるやろ?」
「違う! 巨大蜘蛛が人間になるなんて……あり得ない!」
「この世界は二足歩行の……猿が進化したような生物によって支配されている。この世界を支配してはる生命体に擬態する能力を持ってはるのは、当然やろ?」
ネフィラの言い分は、理にかなってはいる。
人間は自身と姿が異なる存在を無意識に格下と認識する。虫に対しても、動物に対しても。ならばこの世界で生きていく上で、この地球を事実上支配している人間に擬態できる能力を、人間ではない生物が持っているのは……当然とは言えないが、かなり重要だろう。
「で、でも……アンタ……あ、主人を……!」
「長い間従順なフリした割に……こんなもんなんか。不純物が混じり過ぎて味が悪うなっとる」
「っ……」
“何とも思わないのか!”と言おうかと思って言葉を用意していたが“従順なフリ”というネフィラの発言が、意図せず返答を出していた。
「数ヶ月も待ったんよ? 踊り食いが一番美味やのに、あの女ったら自殺しようとしはるなんて……酷いとは思わへんか?」
「だから助けたのか……自分の欲の為に」
「欲というか本能やな……って、もしかしてウチの事知らんの?」
急にネフィラは、きょとんとした顔で俺にそんな事を言ってきた。
「し、知るかよ! 蜘蛛の生態なんて、小さい頃図鑑でちょっと見た程度だし」
「そういう事ちゃうよ! えっ、ホンマに聞いた事無いんか? “主人喰らいのネフィラ”って!」
「だから知らないよ!」
「えぇえ~っ!? 嘘やろ!? どうやらウチが封印されてだいぶ経つみたいやなぁ……ショック……」
ネフィラは時の流れにかなりショックを受けたようで、俺に背を向けてその場に座り込んでしまった。
そんな話は全く知らないが、どうやらネフィラは大昔“主人喰らいのネフィラ”という異名を持っており、やがて封印されるほどかなり恐れられていたようだ。
……で、その長年の封印をネルフィラが解いて、あろう事か使い魔にした……という事か。色々気になる事が増えたが……
「そ、その……なんかごめん」
「それより左手大丈夫やった? 熱かったなぁ、ウチが舐めたろか?」
ネフィラは案外早く開き直ってこちらに振り向くと、急にそんな事を言い出して俺の左手を掴み、自身の口元まで持ち上げた。
恐らくネルフィラの使い魔として動いていた時に炎の糸で俺の左手を燃やした事を言っているのだろう。
「い、いいよ別に!」
「……あれ、変やなぁ? 火傷一つ付いとらんやないの」
「俺は傷の治りが早い体質なんだよ」
「……ふぅん。お前さん、名前は?」
「……シン」
「シンっていいはるんね。それじゃ、おおきに」
ネフィラは関西人っぽく言って、俺に背を向けて何処かへ去ろうとする。
「お、おい! どこ行くんだよ!」
俺はネフィラのぷるんとしたお尻に……じゃなく、綺麗な背中に向けてそう叫んだ。
「ウチの名が轟いていた時代からだいぶ時が進んどるみたいやからなぁ、今の時代を見て回ろうかと」
「……服どうするんだよ!」
「うーん、優しいおじさんにでも恵んでもらおうかねぇ?」
「それ絶対ダメなやつ! ちょっと待ってろ!」
俺はそう言って一旦ルィリア邸の中に戻り、適当に部屋に入ってクローゼットを開ける。すると偶然、昨日俺達が寝巻きとして着ていたのと同じような浴衣があった。俺はそれを取ってネフィラの元に戻ると、浴衣を渡した。
「はい、せめてこれ着ろ!!」
「あ、ありがとなぁ?」
ネフィラは浴衣を受け取ると、早速それを身に纏う。これまた偶然にも俺達が着ていた浴衣とは違った柄で、紫を基調とした和風な柄が特徴的な……漢字一文字で表すなら“雅”って感じの浴衣だった。
「うふふっ……どやろか、似合っとる?」
「おう。アンタにピッタリって感じだ」
「ほんまありがとなぁ。これでもウチ、大昔は恐れられてたんよ?」
「そうらしいな。聞いたことないけど」
「知らぬが仏、とはまさにこの事やんね。もしウチの事知っとる者やったら、きっと失禁しておったやろうに」
「まぁ流石にっ……アレは、ヤバいけどな」
俺は蜘蛛の糸でぐちゃぐちゃに丸められたネルフィラの方に一瞬目を向けて、やっぱり直視出来ないくらいグロすぎて再び目を背けて、言った。
「アレも昔は見せしめの為にやっとったんやが……ウチの名が忘れられたこの時代じゃ何の意味も持たへんな……いる?」
ネフィラはそう言って、ネルフィラを更に蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにして取っ手を付けると、バッグのように持って俺に差し出してきた。よく見ると、ネルフィラは包まれた糸の中でウニウニと蠢いていた。
「い、いらないよそんな気味悪いの!!」
「そっか……そんな事より、ウチにばっか時間使っててええんか?」
「どういう事だ?」
ネフィラの言葉に疑問を抱いた途端、後ろのルィリア邸からガラスの割れる音と爆発音が響き渡る。
「おうおう、派手にやっとるのぉ。あの死体好きのボロ布如きが」
「うぐっ……うわぁあああああああ!!」
爆風によって俺はネフィラの方向へ吹き飛ばされてしまった。が、ネフィラは飛んできた俺の身体をガッチリと受け止めた。
「あらあら……ウチの身体にそんながっついちゃって……ちゃんと心は男の子なんやなぁ? ウチがママになってあげよか?」
「ふざけるなっ! 蜘蛛に人間の母親が務まるか!」
「……かぷっ、ちゅっ」
するとネフィラは何の突拍子もなく俺のうなじに歯を立てて噛みついてきた。
「痛ったァ!? 何するんだよ!?」
「ん~、シンのは不純物が少なくて美味やなぁ……ほら、うなじ綺麗やなぁと思ってな?」
「それで噛むなよ!」
「まぁウチなりの愛情表現ってやつ。それに傷の治りが早いんやろ? なら気にせんでもええやろ」
「あ、アンタには聞きたい事が山程あるが……今は急を要する、人間食うなよ!!」
俺はネフィラにそう忠告すると、少しズキズキと痛むうなじを手で押さえながらルィリア邸の爆発した場所へ急いでいった。
「——人間、ねぇ……」
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