慟哭のシヴリングス

ろんれん

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姦邪Ⅰ -ルィリア編-

第35話 夜空の下のひととき

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「何だ、この家は?」

 カナンは目の前のボロ家を見上げてそう言った。
 改めて見ると外観は完全に廃墟みたいで、たった数時間だけとはいえこの家に居た俺も“何だこの家”と思ってしまった。

「ルィリアが昔住んでた家らしい」
「なるほど……しかし何の用があるのだ?」
「ちょっと忘れ物」

 意味もなくあやふやに返答すると、俺はまるで我が家のように平然と玄関を開けて家へと入っていった。
 家の中は流石にルィリア邸ほど広くないので、を見つけるのはそんなに時間掛からなかった。……まぁルィリア邸を基準にしたら、どの家も広くないという認識になるか。

「あった!」
「これは……剣か? 随分汚れているようだが」
「汚れてるんじゃなくて、多分こういう色なんだよ。あとこれは剣じゃなくて刀だ」
「いやそういう訳ではなくてだな……何というか、嫌な気を纏っているな。その剣」
「まぁ特級呪物だしなこれ。あと刀な」
「何故そんな危険なものを!?」
「知らない奴から貰ったんだよ」
「知らない人から何故特級呪物を貰ってしまったのだ!?」
「……とにかく、これで護身用の武器も戻ってきた」
「その特級呪物というのもなかなかだが、まさかシンも暗殺者と戦うつもりか?」
「うん……まぁ、ね」
「確かに騎士団は人手不足とは言ったが……猫の手も借りたい程ではない。無茶してシンが戦う必要は微塵もない」
「……」
「だがいずれ戦わざるを得ない時が来ると考えれば、武器を備えておくのも悪くはないな。まぁもっとも、その武器が特級呪物という事を除けばの話だが」
「何とか使いこなしてみせるさ」
「そうか……そろそろ日が暮れそうだ、早く帰ろう」

 目的を達成し外へ出て、空を見上げながらカナンがそう言うと、何気ない動作で俺の手を握って歩き出そうとする。

「だから何で俺の手を握るんだよ」





 空はすっかり夕暮れ時でオレンジ色に染まっていた。しかし帰る道中、特に何か異変が起こる事もなく俺達はルィリア邸へ帰ってきた。

「むーっ……」

 帰ってきて玄関の扉を開けた瞬間、明らかに機嫌の悪そうな久遠が唸り声を上げながら俺を睨みつけてきた。

「久遠……ただいま」
「おかえり零にぃちゃん。どこ行ってたの」
「カナンと調査に行ってたんだ、ルィリア暗殺を依頼した人物についてな。あ、あとついでにこれも!」

 明らかに声色を低くする久遠に対して、俺は刀を見せつけて平然を装いながら説明した。

「……私との約束、覚えてる?」
「…………」
「——“目が見えるようになっても、“何があろうとずっと一緒”って」
「……はい」
「何で私を置いていったの?」
「いやー……だってその場に久遠居なかったし……まさかこんなに時間掛かると思ってなかったんだ」
「……カナンさんも何で零にぃちゃんを連れていったの? 確かに零にぃちゃんは頼りになるけど、私達まだ子供だよ?」

 久遠の睨む視線は、俺からカナンの方へ向いた。

「私はただシンの意志を尊重したまでだ」
「それで零にぃちゃんの身に何かあったらどうするつもりだったの?」
「そうなれば、私は騎士団総団長失格だな」
「……」

 カナンの覚悟が表れた言葉と瞳に、久遠は何も言い返せず黙り込んだ。

「まぁ、久遠は俺達のことを心配してくれてたんだな……ありがとう」
「当たり前だよっ! これで何かあって帰ってこなかったらって……すっごく心配したんだから!! うう……」

 久遠は内で滾っていた感情を俺に向けて爆発させた後、その反動なのか涙を流して俺に抱きついてきた。俺は安堵の涙を流す久遠の頭を、ただ優しく撫でた。

「……愛されているのだな」
「愛って言葉で俺達を纏めるのはやめてくれ……できれば」
「魔術アカデミーでもそうだったが、シンは“愛”という言葉に嫌悪感を抱いているな……いったい何があったのだ?」
「愛が人を狂わせ翻弄し、やがて命をも左右する……単に、愛が良い物だと思えないだけだ」
「そうか……」

 カナンは俺の言葉に色々突っ込みたい点はあっただろうが、敢えて何も聞かずにただ頷いた。

 ◇

 リビングに戻ってくると椅子は殆ど団員達に占拠されており、シャーロットが作った料理を頬張っていた。元々このルィリア邸に住んでいるルィリアはリビングの端っこでお皿を片手に食べており、シャーロットは言わずもがな忙しそうにキッチンとリビングを行き来していた。

「貴様らぁあああああああああッッッ!!!!」

 そんな場面を目撃したカナンは、顔を真っ赤にして団員達に向けて怒声を浴びせた。途端、一部を除いて団員達は体をビクッとさせ、恐る恐るカナンの方に顔を向けた。

「だ、団長……」
「まず何故このルィリア邸の主人であるルィリアが端に居て、椅子を貴様らが占拠しているのだッ!! そして貴様らは誰の許可を得て食事をしているのだッ!!」
「だ、だって……」
「“だって”だと? 目上の相手にそのような口の利き方をしても良いと教わったのか貴様はッ!」
「す、すいませんっ!! お、お言葉ですが団長、許可はルィリア邸のメイドであるシャーロット様からキチンと得ました!」
「ほう……では貴様らは騎士団の人間ではなく、メイドだったのか?」
「い、いえ……」
「貴様らの上司はこの私だ。私の許可無く勝手な行動は慎め……いいなッ!」
「で、ですが人間は食事をしないと生きていけないと思うんですが……それに、腹が減っては戦はできぬとも言いますし……」
「“腹が減っては戦はできぬ”だと? フッ、腹が減っていなくても戦など碌に出来ぬ貴様らが何を抜かしている? では問おう……私が不在の間、貴様らは何をしていた?」
「………………」
「ルィリア殿は命を狙われているのだぞ? まさか出入り口の見張りや周辺のパトロールすらしていないとは言わせんぞ」
「……団長の許可無く勝手な行動は慎めと……」
「では聞くが……何故貴様らは私の許可無く呼吸をしている?」
「そっ、それは人間が生きていく上でっ!」
「私は一度も貴様らに“呼吸しろ”とは命令していないが……どうした、私が許可しなければ動かないんじゃないのか? さっきと言い分が違うじゃないか」

 カナンは団員達に向けて、かなり厳しい言葉を投げつける。まるで学校の高圧的な先生みたいだ。
 何故カナンが周りから怖がられているのかを今この瞬間で理解した。もしこの世界が俺が生きていた前世の世界だったら、カナンはきっとパワハラで訴えられている事だろうが……国を守る騎士団がこんな体たらくでは、カナンの厳しさも当然と言える。
 まぁ、呼吸云々の話は流石にどうかとは思うが。

「……久遠、カナン、ちょっと出よう」
「うん……」
「はぁ……了解した」

 俺達はリビングを後にしてそのままルィリア邸を出て庭のベンチに座り、段々と暗くなっていく空を見上げた。

「なんかカナンが人手不足って言った理由、分かった気がするよ」
「はぁ……本当に、今の騎士団を見ていると心底反吐が出る」
「前任者がそういうのんびりした方針だったのかもな」
「確かに父上は平和主義で戦いを嫌う男だったが……まさかあそこまでとは」
「カナンの父親も総団長だったのか?」
「ああ。リゼルベラ家は代々、長男が騎士団総団長を受け継いできた……だが、私の母は私を産んですぐに病気で亡くなってしまった。長男が生まれなかったから、唯一の子孫である私に総団長を受け継がせざるを得なかったのだ」
「その言い方だと、まるでリゼルベラ家はカナンを総団長にさせたくなかったみたいだな」
「そうだ。女が総団長だなんて、騎士団としての面子が立たないであろう? しかしこの代では私しかリゼルベラ家の血を受け継ぐ者が居なかった……だからリゼルベラ家は、私を男として厳しく育てた。だから戸籍上、私は男ということになっている」
「イカれてるな……そこまでするかよ普通」
「次期総団長として女を捨てさせられ、青春を殺し、男として厳しく育てられてきた結果がこのザマとはな……笑えるだろう?」
「確かにな……」

 俺はカナンの言葉に、ただ頷いた。
 16という若さ、しかも戸籍は男とはいえ体は女で、厳しく育てられ総団長になった結果、騎士団は体たらくばかりになっていた……なんて、そりゃカナンもあのような態度をなるのも納得だ。

「……空、綺麗だね。零にぃちゃん」

 ふと、久遠が空を指差しながらそう言った。
 俺とカナンは目線を上に向けると、綺麗な星空が広がっていた。優しく吹く風が、一層ロマンチックにさせる。

「ああ、そうだな。あの星一つ一つに、それぞれの世界があるんだもんな……」
「シンはそう考えるのか。私はあの星達は皆、死んでいった人の魂だと思っているよ」
「なんか嫌だなその考え」
「そうか? あれだけの数の人が死んでいる……そう捉えれば、あまり良いものではないかもしれない。だが例え死んでも、あの空の上には死んだ者達が私達を見ている。遠すぎて触る事も話す事も出来ないが、確かにそこにはあるんだ。だから……うん、頑張らねばと思える」
「……そうか……じゃあ、その考えも悪くないな」
「ああ、だろう?」
「……なんか零にぃちゃんとカナン、ちょっといい雰囲気。零にぃちゃんは私のものだからね!」

 すると突然、久遠がそう言ってカナンに見せつけるように俺の腕にギュッとしがみついてきた。

「……ああ、そうだったな。奪ってしまって悪かったな」
「分かればいいのっ!」
「おー、なんかお熱い感じですねー。あ、その剣! わざわざ取ってきたんですかー!?」

 すると、今度はルィリアがニヤニヤ笑いながら俺達の元にやってきた後、俺の手に握られている黒い刀を見て驚くような表情に変わった。

 “メンヘラ女は治癒魔術の研究をしていたんですがぁ……自分で付けた傷で治癒魔術の実験をしていたんです”

 ふと、魔術アカデミーでのミェーラの言葉を思い出してしまった。別にこれを聞いたからと言ってルィリアに対して何かが変わる訳でもないのだが、何というか……いつものように気軽く振る舞えないかもしれない。

「ルィリア殿。団員達は?」
「あー……これ話してしまっても良いんですかね」
「団員達の愚行は私の責任だ、話してくれ」
「酒に酔った人が当然暴れ出して、今シャーロットが説教中です」
「……~~~~!!!」

 ルィリアの言葉にカナンは俯いて身体をプルプルと振るわせ、今にも吹き出しそうなやかんのように声にならない声を出した。

 ——今の騎士団……ホント救いようがないな。
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