慟哭のシヴリングス

ろんれん

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姦邪Ⅰ -ルィリア編-

第34話 魔術アカデミーの調査

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 重い荷物を両手で持って帰ってくるまでの道は、これは何かの修行ではないかと思う程に疲れるもので、ルィリア邸のキッチンに買ってきた食材達を置いた後しばらくの間は動けなくなってしまった。

「あぁ……疲れた……」
「よく頑張ったぞシン」
「ええ、お疲れ様でした。しかしこの量では足りませんね……」
「嘘だろ……あと何往復くらいすれば足りる?」
「最低でもあと5回は」
「悪い無理だ」

 シャーロットの返答に、俺は食い気味にそう言った。たった一回でもキツかったのだ、それを5回なんてやったら多分1週間くらいは動けなくなるだろう。
 だが、それに比べてカナンは日々鍛えているのかピンピンしている。何だか俺が体力無い奴みたいに見えるのが癪だが……考えてみれば俺まだ子供だし。

「ふむ、流石に団員を使おう。ここに集まっているのは精鋭部隊とはいえ、囮にもならない足手纏いが半数居るしな……こういう時でしか使えんだろう」
「幾ら何でもそんな言い方は無いだろ」
「私のような小娘が総団長になれてしまうような騎士団だぞ?」
「……カナンって、何歳なんだ?」
「16だ」
「じゅっ……!? まぁ見た目だけなら相応か」
「つまり騎士団が人手不足というのは人が足りない訳ではなく、腕の立つ者が少ないと?」
「左様だ」

 シャーロットの問いに、カナンは呆れたような表情で頷いた。
 カナンが総団長になれたのは、単に実力があったからでもあるのだろうが……きっと謙遜しているのだろう。だがどうやら、今の騎士団には腕の立つ者が居ないから実質人手不足というのは事実らしい。

「では後の買い出しは団員様に任せましょう」
「ああ。では私はルィリア殿の通っていた魔術アカデミーへ行くとしよう」
「え、何でだ?」
「調査だ。ルィリア殿の旧名を知るものの大半はそこに居る……暗殺を依頼した人物も居る可能性が高い」
「とは言っても、何を聞くつもりなんだ? “ルィリア暗殺を依頼しましたか?”なんて聞いて素直に“はい”と答える奴は居ないと思うけど」
「そんな直球には聞かないさ。ルィリア殿自身の事を聞くんだ」
「……じゃあ、俺も行く」

 俺はカナンにそう告げた。
 これは純粋な興味によるものだ。あくまで直感だが、ルィリアはまだ俺達に何かを隠しているような……そんな気がするのだ。だがそれはきっと、ルィリアにとって辛いものだろうから……だから別方向から知りたいのだ。
 ——一応、俺の母親な訳だし……隠し事は無しでいきたいし。

「良いだろう。では行こう」

 カナンは深く聞く事はせず、俺に優しく微笑みながら言ってルィリア邸を出て行った。俺もその背中を追うようにして、出ていった。



 そんなこんなで、俺とカナンは魔術アカデミーに辿り着いた……のだが。

「何か、凄い場所にあるんだな……魔術アカデミー」

 俺は辺り一帯が森に囲まれた場所に聳え立つ塔を真下から見上げながらそう言った。
 なんというか街中にドンとあって敷地がかなり大きい、偏差値の高い大学のようなイメージだったのだが、実際は王都から少し離れた人気ひとけのない森にポツンと塔が建っていた。
 因みにこの道中にはルィリアが元々住んでいたボロ家があった。そこまで距離が離れていた訳でもなかったので、魔術アカデミーに通っていたのならあのボロ家に住んでいたのも納得だ。

「恐らく魔術による事故が起きても問題ない位置としてここに建てられたのだろうな」
「いや周辺森だぞ、火が燃え移ったら大惨事だぞ」
「だから塔になっているのではないか」
「だったら王都の中でも良かったんじゃ」
「もし事故で爆発などした際に瓦礫が落ちてきたら危ないだろう」
「じゃあ塔じゃなくていいだろ」
「わ、私に聞かれても困る! 私は創設者ではないのだぞ!」

 俺の問いかけに答えきれなくなったカナンは、少し頬を膨らませてキレた。

「お、おう……悪い、じゃあ入ろう」

 突然キレたカナンに少し驚いて、しかし納得もしながら俺は謝って、魔術アカデミーに入っていった。
 入ってすぐに、エレベーターのような機械に乗って上へ上がっていく。チーンとベルの音が鳴って、扉が開かれる。
 そこには、変わった制服を身に纏った生徒が行き交う学園が広がっていた。塔の幅はそこまで大きくなかったはずだが、不思議と広く見える。

「ほう。これが魔術アカデミーの中か」
「思ったより普通だな……」
「学校なんて偏差値が高かろうが低かろうが、何処も同じような内装だろう?」
「確かに……ていうか、部外者の俺達が入ってきても何も言われないんだな」

 俺は辺りを見回しながらそう言った。
 制服を着ていない完全なる部外者である俺達は、この空間において明らかに浮いており目立つ筈なのだが、生徒達はこっちに目を向けはするものの特にリアクションは無く素通りしていく。
 すると、制服を着ていない高身長の男が微笑みながらこちらに近づいて来た。

「これはこれは意外なお客様だ、まさか騎士団総団長のカナン・リゼルベラ様がこんな辺境の地に訪れるとは」
「貴殿は?」
「申し遅れました。私はこの魔術アカデミーの16代目校長、カールス・ルールイェでございます」

 校長を名乗る男……カールスはそう言って一礼する。なんか胡散くさいな、こいつ。

「改めて、私はカナン・リゼルベラだ。この子はシン」
「よ、よろしく」
「しかし何故このような場所に?」
「ルィリア殿の事について聞きたいと思ってな」
「ルィリア……ああ彼女ですか。厳密には、このアカデミーの元生徒……シオン・トレギアスの事ですか」
「シオン・トレギアス……」

 俺はルィリアの本名を思わず呟く。
 ——。何気にちゃんとした本名を初めて聞いたが……どこが普通だよ、めちゃくちゃ厨二病みたいな苗字じゃないか。まぁ……あのネルフィラもこのカールスも独特な苗字だったし、そんな環境に居れば感覚が麻痺するのも納得……か?

「ああ」
「もしや、例の噂を確かめるためにですか?」
「例の噂?」
「とぼけても無駄ですよ。かなり有名ではありませんか、“ルィリアは不正をして受賞した”という噂ですよ」
「あぁ……そ、そうだ。私達はそれを調べるべくここまで足を運んだという訳だ」

 カナンはここに来た理由を、例の噂が本当かどうかを確かめる為という事にした。
 確かにもしかしたら依頼人が近くにいるかもしれないし、安易に“暗殺者に狙われているようでな”とは言わない方がいいだろう。

「確かに彼女はあまり良い成績ではありませんでしたが……真面目ではあったので不正はしていないと思いますよ。まぁもししていたとしたら、私のアカデミーの名に傷がつきますからね」
「……そうか、情報提供感謝する。次行くぞ」
「ええ。あぁ因みに制服の貸出は24時間無料ですので、入学希望や気分だけでも味わいたい等のご利用の際は申し付けくださいませ」

 校長の言葉を半ば無視するような形でカナンは早く切り上げると、アカデミーの奥へ向かっていき、手当たり次第に声を掛けてルィリアについて聞き取り調査を始めた。

「すまない、一つ尋ねたいのだが」
「シオンの事っすよね! さっきちょっと聞いてたけど、俺は絶対不正してると思うッス!」
「ほう、理由は?」
「何の実績もない奴が急にあのグリモワール・レヴォル賞を受賞するなんてあり得ない! あのグリモワール・レヴォル賞ッスよ!?」
「因みにどういった魔術研究をしていたかはわかるか?」
「ああ、確か俺の聞いた話だと、傷を治す魔術とかって」
「一緒に研究する仲間とかは?」
「悪い、そこまではわからないッス。ぶっちゃけシオンの事なんてグリモワール・レヴォル賞を受賞した時に初めて知ったくらいだし……あ、因みに俺の名前はヴィアス・ラケンシェーっていうッス! いつか騎士団に入ろうと思ってるんで、待っててくださいッス!」
「そうか……感謝する。あ、すまない。一つ尋ねてもよろしいか?」

 カナンはヴィアスの言葉を軽く流すと、さっさと次の人物に聞き取り調査を始める。今度は女性だ。

「なんでしょう?」
「ルィリア殿……あぁ、シオン殿の事についてなのだが」
「あのメンヘラ女のことぉ……?」
「め、めんへら……? なんだそれは」
「精神的に不安定な人……そう、まさにあの女の為にあるような言葉ですよ」
「詳しく聞いてもよろしいか?」
「ええ。あのメンヘラ女にはリヒトさんっていう彼氏が居たんですけどぉ……事故で亡くしてからリスカをするようになったんです」
「り、りすか……? すまない、最近の流行語には疎いものでな……」
「要するにぃ……自分で自分の体に傷を付けたりする事です。メンヘラ女は治癒魔術の研究をしていたんですがぁ……自分で付けた傷で治癒魔術の実験をしていたんです」
「っ……!?」

 ルィリア……もとい、シオンの治癒魔術の実験をする為に自分自身で傷を付けて自分自身に施していたという事実に俺は絶句した。

「リヒト殿が亡くなった事故というのは?」

 俺が絶句してもなお、カナンは淡々と澄ました表情で質問を続けた。

「原因は未だわかってませんけどぉ……魔術研究室のN棟が突然爆発したんです」
「ほう……それでシオン殿とリヒト殿が巻き込まれたという事か」
「他にも色んな人が巻き込まれましたけどぉ……亡くなったのはリヒトさんだけでした」
「なるほど。最後に二つほど質問をいいか?」
「良いですよぉ」
「一つは、事故現場には誰が居たのだ? 二つは……シオン殿とリヒト殿の交際はこの魔術アカデミー内では有名な話だったのか?」
「そうですねぇ……事故現場にはそこまで人は居ませんでした。シオンとリヒトさんはもちろん、あの場にはカルミエラとマァシーさん、レミシスとネルフィラさんに……実は私、ミェーラも」
「爆発事故が起きた後、どうした?」
「校長が駆けつけて来てくれて、ネルフィラさんと一緒に瓦礫で動けなくなったみんなを救出してくれましたぁ……ですが、リヒトさんだけは瓦礫の下敷きになってしまったみたいで」
「何故ネルフィラが?」
「詳しくは聞いてませんけどぉ……多分校長が最初に助けたか、偶然助かっていたかのどっちかだと思うんですけど」
「ほう……」
「で、二つ目の質問についてですけどぉ……今でこそ有名な話ですけど、爆発事故が起こる前まではあくまで噂程度でした。だってリスカしながら、まるでリヒトさんと話してるようにニヤニヤしながら独り言言ってて不気味だったんですから」
「……愛、か」

 俺は誰にも聞こえないような小さい声で、吐き捨てるようにそう言った。
 恐らくシオンとリヒトが交際関係にあったのが明らかになった理由は、リヒトを失った後のシオンの豹変っぷりによるものだろう。
 大切な人を失った事がどれだけ苦しい事かは俺にも痛いほど理解出来る。ましてや、それが突然で別れの言葉も無いのだ。何気ない会話が遺言になってしまうなんて、やるせない。

「情報提供感謝する。貴殿のお陰でかなり情報を得られた」
「いえいえ、全然構いませんからぁ……では失礼します」

 ミェーラは終始フワフワしたような雰囲気を纏いながら、ゆっくりとした動きで何処かへ歩いていってしまった。

「……さて一旦戻ろうか、シン」
「ああ……」
「どうした、お腹でも痛いのか? 私がお腹なでなでしてやろうか?」
「いやいいよ別に! そうじゃないんだ……ただ」
「ただ?」
「今回の件の真相は、もしかしたら俺の一番嫌なパターンかもしれない」
「どういう事だ?」
「愛は人を狂わすって事だよ」
「……そうか。シンはそういう認識なのだな」

 真顔で俺の言葉にそう返答すると、あのエレベーターのような機械に乗った。俺も便乗するように機械へ乗ると、地上へ向かって降下し始めた。

「あ、そういえば」
「ん? どうしたのだシン」
「ちょっと寄り道していいか?」
「ああ、構わないぞ。特に重い荷物も無いしな」

 カナンはすんなり了承してくれた。直後、チーンというベルの音が鳴って、地上へ着いた事を知らせた。魔術アカデミーを出ると、俺達は道中にあったボロ家——かつてルィリアが住んでいたあの家へと足を運んだ。
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