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姦邪Ⅰ -ルィリア編-
第31話 ルィリアの覚悟
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騎士団総団長を名乗るカナン・リゼルベラに、暗殺者に襲われた時の事や暗殺者の特徴、本体は頭に被さっているボロ布である事など、あの短い時間で得られた情報を事細かに伝えた。
「ふむ……情報提供、感謝する。どうやら昨晩貴殿らが襲われた一件と、これまでの不可解な殺人事件の犯人は同一と見て間違いないようだな」
カナンは俺の話を聞いて、そう断定する。漸く調査が進んだ事が嬉しかったのか、カナンは少しニヤリと笑みを浮かべた。自分の計画が順調に進んで思わず笑みを浮かべてしまった悪者みたいな顔にしか見えないが。
「……」
「……?」
しかし、俺がカナンに昨日の事……暗殺者に襲われた件について話している間、ルィリアが俯いたまま黙り込んでいるのが少し気になった。
まぁ……内で何を考えているかは、ある程度見当はつく。
「ルィリア殿。確認なのだが……」
「……」
「ルィリア殿?」
「……え? あ、何ですか?! ごめんなさい、寝てました」
「はぁ……貴殿は当事者なのだから、もう少し自覚を持ってもらいたいものだな」
寝ていたと言うルィリアに、カナンはため息を吐きながら呆れるようにそう言った。
俺にはわかる……アレは嘘だ。本当は寝てなんかいなくて、暗殺者が乗っ取っていた……ルィリアの恋人だったリヒトの死体について葛藤していたのだろう。
もう2度と会えないと思っていた、話せないと思っていた愛人と再会したのだ。暗殺者の魂が宿ったボロ布を外して少しの間は、死体本人の意識が戻っている訳だ。だから短い間とはいえ会話も出来る……事実上、蘇っているようなものだ。だがもし事が順調に進み、暗殺者の魂が宿ったボロ布が処分されたりしたら……また話せる機会を失ってしまう。でも暗殺者の魂が宿ったボロ布を何とかしなくては、犠牲者が増えるだけ。
失ったからこそ、再び得た時の幸福感は大きい。そしてまた失った時の喪失感は倍になる。一度喪失感を味わっているからこそ、同じ思いはしたくないとそれ以上の幸福とその可能性に縋ろうとする。
——もしかしたら、ルィリアが俺達を養子として迎え入れたのは……恋人という存在が無くなった喪失感を埋める為でもあるのかもしれない。
「す、すいません……で、何でしたっけ」
「昨晩襲われた時、暗殺者の顔は見たか? もしその顔が直近で亡くなった人物の顔をしていれば、確定するのだが」
「…………」
「ルィリア殿?」
「……ええ、この目で確かに見ましたよ。死んだ筈の恋人が……わたしの前に居たんですから」
「……!」
ルィリアは、意外にも素直に明かした。
確かにここで真実を告げなければ、後で変に怪しまれる結果になっていただろうから、その判断は正解ではあるのだが……覚悟を決めたという事なのか、それともヤケクソになっているだけなのか……それはわからない。
「ほう……ではやはり、頭に被さったボロ布が本体という訳だな。しかし、死体を乗っ取って犯行に及ぶとは……人の感情を弄ぶ下衆な考えだ」
「……あの」
「どうしたルィリア殿? まさかとは思うが、この件から手を引けとは言わないであろうな」
「そういう訳じゃありません……寧ろ暗殺者の調査に、ワタクシも協力させてくれませんか」
「一般人を巻き込むのは望ましくはないが……貴殿はグリモワール・レヴォル賞の受賞者だ、実力は申し分ない。騎士団は現状、人手不足なのでな……協力してくれるというのなら非常に助かる」
「あ、ありがとうございます!」
「だが良いのか? 恐らく暗殺者は再び貴殿の前に現れるだろうが……死んでいるとはいえ身体は恋人なのだぞ? 再び死ぬ瞬間を見る事になるが」
「…………覚悟は、出来ています」
ルィリアは決意の固まった目でカナンを見つめながらも……震えた声でそう言った。
本当は、完全に覚悟を決めた訳では無いのだろう。だがルィリアは、敢えて自分を苦しめる選択をした。それは恋人を真に弔う為なのか、完全に決別する為なのか……。
「貴殿の覚悟、確かに受け取った。ではこちらから一つ提案があるのだが」
「なんでしょう」
「暗殺者はきっとまたここに襲撃しに来るだろう。それに備え、ここを騎士団の臨時拠点としたい」
「でもそれやったら暗殺者は警戒して来ないんじゃ?」
「犯人は依頼されて人を殺している、つまりは依頼主がいるという訳だ。当然向こうも焦る事だろう……焦った者は、冷静に判断が効かなくなる。例え敵の本拠地であろうと単身で乗り込んでくる事だろう……実際、昨日がそうだっただろう?」
「まぁ……うん」
カナンの言い分に、俺は微妙な反応をしながら頷いた。
一度侵入していたら確かに内部構造は把握してそうだし、今まで失敗をして来なかった暗殺者が失敗したという事で依頼主も暗殺者も焦ってそうだが……そんな簡単にノコノコやってくるか?
だが最悪、暗殺者はリヒトの死体を乗り換えて別の人間に乗り移れば良い訳だし……あり得ると言えばあり得るか。まぁそもそも生きた人間にも乗っ取れるのかはわからないし、仮に死体にしか乗っ取れないのだとしても殺してから乗っ取ればいい訳だし。
「……あ、あの……ちょっといい、かな」
「ん、どうした久遠?」
「暗殺者はボロ布本体を燃やすなりすれば良いと思うけど……依頼主はどうするの?」
「ふむ……そうだな。考えてみれば今までの事件にも依頼主が居たという事になる……だがその暗殺者本人に直接問いただす以外に調べる手段がないな……ひとまず、今回の事件に集中しよう」
「騎士団総団長とは思えない判断だな、人殺しを他人に頼んだ奴を逃すなんて」
「……合理的に判断したまでだ」
カナンは悔しそうにそう告げた。
まぁ確かに過去の事件に関しては暗殺者に直接問いただす以外に調べようがない。わからない事をずっと考えるよりも、今の事件の解決に専念した方が効率はいいかもしれない。
——だがこういう判断をせざるを得ない事態が多いから、見逃されている罪が多いのだと感じた。
「ふむ……情報提供、感謝する。どうやら昨晩貴殿らが襲われた一件と、これまでの不可解な殺人事件の犯人は同一と見て間違いないようだな」
カナンは俺の話を聞いて、そう断定する。漸く調査が進んだ事が嬉しかったのか、カナンは少しニヤリと笑みを浮かべた。自分の計画が順調に進んで思わず笑みを浮かべてしまった悪者みたいな顔にしか見えないが。
「……」
「……?」
しかし、俺がカナンに昨日の事……暗殺者に襲われた件について話している間、ルィリアが俯いたまま黙り込んでいるのが少し気になった。
まぁ……内で何を考えているかは、ある程度見当はつく。
「ルィリア殿。確認なのだが……」
「……」
「ルィリア殿?」
「……え? あ、何ですか?! ごめんなさい、寝てました」
「はぁ……貴殿は当事者なのだから、もう少し自覚を持ってもらいたいものだな」
寝ていたと言うルィリアに、カナンはため息を吐きながら呆れるようにそう言った。
俺にはわかる……アレは嘘だ。本当は寝てなんかいなくて、暗殺者が乗っ取っていた……ルィリアの恋人だったリヒトの死体について葛藤していたのだろう。
もう2度と会えないと思っていた、話せないと思っていた愛人と再会したのだ。暗殺者の魂が宿ったボロ布を外して少しの間は、死体本人の意識が戻っている訳だ。だから短い間とはいえ会話も出来る……事実上、蘇っているようなものだ。だがもし事が順調に進み、暗殺者の魂が宿ったボロ布が処分されたりしたら……また話せる機会を失ってしまう。でも暗殺者の魂が宿ったボロ布を何とかしなくては、犠牲者が増えるだけ。
失ったからこそ、再び得た時の幸福感は大きい。そしてまた失った時の喪失感は倍になる。一度喪失感を味わっているからこそ、同じ思いはしたくないとそれ以上の幸福とその可能性に縋ろうとする。
——もしかしたら、ルィリアが俺達を養子として迎え入れたのは……恋人という存在が無くなった喪失感を埋める為でもあるのかもしれない。
「す、すいません……で、何でしたっけ」
「昨晩襲われた時、暗殺者の顔は見たか? もしその顔が直近で亡くなった人物の顔をしていれば、確定するのだが」
「…………」
「ルィリア殿?」
「……ええ、この目で確かに見ましたよ。死んだ筈の恋人が……わたしの前に居たんですから」
「……!」
ルィリアは、意外にも素直に明かした。
確かにここで真実を告げなければ、後で変に怪しまれる結果になっていただろうから、その判断は正解ではあるのだが……覚悟を決めたという事なのか、それともヤケクソになっているだけなのか……それはわからない。
「ほう……ではやはり、頭に被さったボロ布が本体という訳だな。しかし、死体を乗っ取って犯行に及ぶとは……人の感情を弄ぶ下衆な考えだ」
「……あの」
「どうしたルィリア殿? まさかとは思うが、この件から手を引けとは言わないであろうな」
「そういう訳じゃありません……寧ろ暗殺者の調査に、ワタクシも協力させてくれませんか」
「一般人を巻き込むのは望ましくはないが……貴殿はグリモワール・レヴォル賞の受賞者だ、実力は申し分ない。騎士団は現状、人手不足なのでな……協力してくれるというのなら非常に助かる」
「あ、ありがとうございます!」
「だが良いのか? 恐らく暗殺者は再び貴殿の前に現れるだろうが……死んでいるとはいえ身体は恋人なのだぞ? 再び死ぬ瞬間を見る事になるが」
「…………覚悟は、出来ています」
ルィリアは決意の固まった目でカナンを見つめながらも……震えた声でそう言った。
本当は、完全に覚悟を決めた訳では無いのだろう。だがルィリアは、敢えて自分を苦しめる選択をした。それは恋人を真に弔う為なのか、完全に決別する為なのか……。
「貴殿の覚悟、確かに受け取った。ではこちらから一つ提案があるのだが」
「なんでしょう」
「暗殺者はきっとまたここに襲撃しに来るだろう。それに備え、ここを騎士団の臨時拠点としたい」
「でもそれやったら暗殺者は警戒して来ないんじゃ?」
「犯人は依頼されて人を殺している、つまりは依頼主がいるという訳だ。当然向こうも焦る事だろう……焦った者は、冷静に判断が効かなくなる。例え敵の本拠地であろうと単身で乗り込んでくる事だろう……実際、昨日がそうだっただろう?」
「まぁ……うん」
カナンの言い分に、俺は微妙な反応をしながら頷いた。
一度侵入していたら確かに内部構造は把握してそうだし、今まで失敗をして来なかった暗殺者が失敗したという事で依頼主も暗殺者も焦ってそうだが……そんな簡単にノコノコやってくるか?
だが最悪、暗殺者はリヒトの死体を乗り換えて別の人間に乗り移れば良い訳だし……あり得ると言えばあり得るか。まぁそもそも生きた人間にも乗っ取れるのかはわからないし、仮に死体にしか乗っ取れないのだとしても殺してから乗っ取ればいい訳だし。
「……あ、あの……ちょっといい、かな」
「ん、どうした久遠?」
「暗殺者はボロ布本体を燃やすなりすれば良いと思うけど……依頼主はどうするの?」
「ふむ……そうだな。考えてみれば今までの事件にも依頼主が居たという事になる……だがその暗殺者本人に直接問いただす以外に調べる手段がないな……ひとまず、今回の事件に集中しよう」
「騎士団総団長とは思えない判断だな、人殺しを他人に頼んだ奴を逃すなんて」
「……合理的に判断したまでだ」
カナンは悔しそうにそう告げた。
まぁ確かに過去の事件に関しては暗殺者に直接問いただす以外に調べようがない。わからない事をずっと考えるよりも、今の事件の解決に専念した方が効率はいいかもしれない。
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