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姦邪Ⅰ -ルィリア編-
第30話 騎士団の総団長
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「ん……あ、零にぃちゃん!?」
ふと、俺の手を握って眠っていた久遠が目を覚まして、俺の姿を見るや否や驚いて、飛びついて抱きしめてきた。
「久遠……」
「良かった……零にぃちゃんが生きてて……! 本当に死んだと思ったんだから!!」
「大丈夫だって言っただろ? ほら、もう傷一つない」
「うぅ……ばかぁ……」
久遠は涙で俺の服を濡らしながら、弱々しい声でそう呟いた。
そうか、久遠は俺の特殊体質の事を知らないんだった。いや、仮に知っていたとしても久遠の反応は変わらないか。だって逆の立場で考えれば、久遠が確実に死ぬレベルの傷を負っている事になるんだから。
「そういえば、俺がぶっ壊した廊下はどうなってるんだ?」
「ワタクシとシャーロットが掃除しました。窓や壁とかの修理は……急拵えですが」
「……悪い」
「構いませんよ! お陰であの暗殺者も恐れをなして撤退させたんですから」
「暗殺者っていえば、奴は誰かに依頼されたみたいだった……心当たりは無いか?」
「正直あり過ぎて分かりませんね……まぁ実を言うと絞れてはいるんですが、候補が多いのでどちらにせよって感じです」
「ルィリアの旧名がシオンだと知ってる奴、って事か」
「……はい」
俺が暗殺者に依頼をした者の特徴としてルィリアの旧名について言及すると、ルィリアは少し嫌そうな表情になった。どうやらあまり旧名に関しては触れてほしくはないらしい。
「あまり聞かれたくない事かもしれないが、何で名前を変えたんだ?」
「な、なんか……普通だったからです」
「そんな理由!?」
俺はあまりにもしょうもない理由に、思わず驚くような声でそう言った。意味ありげに旧名を隠すから何か意味でもあるのかと思っていたが、そんな事は無かった。
「“そんな”とか言わないでください!! せっかく表彰されるのに普通過ぎる名前じゃ覚えてもらえないじゃないですか!」
「……いやそんな理由!?」
俺はあまりにもしょうもない理由に、再び驚くような声でそう言った。てっきり何個か複雑な理由が重なって改名せざるを得なかったのかと思っていたが、やっぱりそんな事は無かった。
「だから“そんな”とか言わないでくださいってば!!」
「……まぁ理由はさておき、改名したのはいつ頃なんだ?」
「グリモワール・レヴォル賞を受賞した事が知らされた頃だったので……学生の頃ですね」
「学生って……ルィリア何歳だよ?」
「ワタクシが通っていた魔術アカデミーは年齢関係無く入学出来て、卒業も任意で出来るんです。まぁワタクシの場合はグリモワール・レヴォル賞を受賞したという事で特例で強制卒業という形でしたが」
「つまり学生だった頃は旧名だったって訳か……じゃあ依頼した奴はルィリアの学生時代を知ってるって事か」
「そうですね。まぁ本当に変な人が多かったですねー。方向性の違いで生徒同士が喧嘩なんて日常茶飯事でしたし、それで一つの研究室が消し飛んだこともありましたねー」
「中々なマッドサイエンティストの集まりだったみたいだな……」
「その分魔術においてはみんな優秀でしたけどね。だからこそ暗殺者に依頼をした人物は、きっと地味で何の成績も残せていなかったワタクシがグリモワール・レヴォル賞を受賞した事が気に入らなかったんでしょうね」
「そんな理由で……って、うーん」
俺は途中まで言い掛けて、唸り声をあげた。
自分が一番成績優秀だと思い込んでいて、ある日突然地味で全く知らないような奴に成績で負けたって考えたら、確かにちょっとイラッとするかもしれない。だがそれで暗殺者に頼んでまで死んでほしいとは、やはり思わないが。
その時、突然チーンという風鈴のような音が何処からともなく聞こえてきた。
「ん、なんだこの音?」
「来客の音ですね……何者かが敷地内に足を踏み入れた際、自動的にこの音が家中に反響するようになっているんです」
「へぇ……」
「とにかく行ってみましょう」
ルィリアに言われるがまま、俺達は玄関へ向かう事にした。
要するにインターホン的な感覚なのだろうが、そうなると暗殺者はどうやってルィリア邸に入ってきたのだろうか? 当然、ルィリア邸の中にいた俺はこんな音を聞いていない。
長い廊下を歩き、やっと玄関に辿り着いて、シャーロットが先行して扉を開けると、そこには鎧を身に纏った随分若い少女が居た。
「……どちら様でしょうか?」
「お初にお目にかかる。私は騎士団総団長、カナン・リゼルベラだ。以後お見知り置きの程を」
少女は自らを騎士団総団長カナン・リゼルベラと名乗ると、小さく一礼した。
覇気のある声に、随分整った顔、そしてパステルグリーンの髪色にピンク色の瞳……まるで騎士団の人間、ましてや総団長にはとても見えなかった。というか騎士団とかあるんだ……まさに異世界って感じだ。
「騎士団総団長が直々にいらっしゃるとは、何の御用でしょうか」
「昨晩、この付近で物凄い音が聞こえてきたとの通報があった。貴殿らは何か知らないか?」
「実は暗殺者の襲撃に遭ったんだ」
カナンの問いに、俺は素直に答えた。
ここで暗殺者に狙われている事を伝えれば、もしかしたら騎士団の力を借りて色々と調査が出来る上に、上手くいけば騎士団と良好な関係を築け、ルィリアの評判も良くなるかもしれない。
「暗殺者? まさか……」
「何か心当たりがあるのか?」
「ここ最近、この王都では殺人事件が多発しているんだが、現場に駆けつけると犯人の痕跡はなく、死体だけが残されているんだ」
「殺人現場に死体だけが残されてるって当たり前じゃないか?」
「だが問題は、一部の死体は亡くなってからある程度日数が経っているものだという事と、その死体は殺された人物と深い関係を持っている事が多かったんだ」
犯人が逃げた痕跡は無く、現場には死体だけが残されている。だが一部の死体は死んでからある程度日数が経っていて、殺された人物と交流があった……。
まさに、昨日の暗殺者に当てはまるじゃないか。
逃げた痕跡が無いのは、本体が暗殺者の魂が宿ったボロ布だから。一部の死体が死んでから日数が経っているのは、ターゲットに関係する(直近で亡くなった大切な)人物の死体を乗っ取って犯行に及んでいるから。
「あのー、ずっとここで話すのもアレですし、中で話しません?」
ふと、ルィリアが割って入ってくる。
「それもそうだな……何処で例の暗殺者が聞いているかわからんしな。失礼する」
カナンはそう呟くと、特に警戒する様子もなくルィリア邸に入ってきた……が、俺の前を通り過ぎた後に、何故か振り向いて俺を見つめてきた。
「……な、何だ?」
「いや……複雑な事情があるのなら答えなくても構わないが、ルィリア殿の子にしては容姿が異なり過ぎていると感じてな」
「この子達は森で倒れているのをワタクシが発見して保護した後に、養子として迎え入れたんです。なので血は繋がってません」
「そうか……この娘もそうなのか?」
「ええ。この子達は兄妹なんです」
「……複雑な事情を抱えているようだな、貴殿らは」
「っ……」
カナンは、無表情でそう言った。それが感情の無い冷酷な人物に見えたのか、久遠は少し怯えて俺の背後に隠れた。
「あっ……その、私は感情を顔に出すのが苦手なんだ……怖がらせてしまったのならすまない」
「気にするな。初対面の人には誰にだってこうだから」
「そ、そうか。なら早く慣れてほしいものだな……」
カナンは少しだけ悲しげに言うと、シャーロットに案内されるがままにリビングへと入っていった。
最初は騎士団総団長という肩書きと身に纏っている鎧も相まって高圧的で付き合うには難しそうな人だと思ったが、感情を顔に出すのが苦手なだけでカナンは実は割と優しい人なのかもしれない。
ふと、俺の手を握って眠っていた久遠が目を覚まして、俺の姿を見るや否や驚いて、飛びついて抱きしめてきた。
「久遠……」
「良かった……零にぃちゃんが生きてて……! 本当に死んだと思ったんだから!!」
「大丈夫だって言っただろ? ほら、もう傷一つない」
「うぅ……ばかぁ……」
久遠は涙で俺の服を濡らしながら、弱々しい声でそう呟いた。
そうか、久遠は俺の特殊体質の事を知らないんだった。いや、仮に知っていたとしても久遠の反応は変わらないか。だって逆の立場で考えれば、久遠が確実に死ぬレベルの傷を負っている事になるんだから。
「そういえば、俺がぶっ壊した廊下はどうなってるんだ?」
「ワタクシとシャーロットが掃除しました。窓や壁とかの修理は……急拵えですが」
「……悪い」
「構いませんよ! お陰であの暗殺者も恐れをなして撤退させたんですから」
「暗殺者っていえば、奴は誰かに依頼されたみたいだった……心当たりは無いか?」
「正直あり過ぎて分かりませんね……まぁ実を言うと絞れてはいるんですが、候補が多いのでどちらにせよって感じです」
「ルィリアの旧名がシオンだと知ってる奴、って事か」
「……はい」
俺が暗殺者に依頼をした者の特徴としてルィリアの旧名について言及すると、ルィリアは少し嫌そうな表情になった。どうやらあまり旧名に関しては触れてほしくはないらしい。
「あまり聞かれたくない事かもしれないが、何で名前を変えたんだ?」
「な、なんか……普通だったからです」
「そんな理由!?」
俺はあまりにもしょうもない理由に、思わず驚くような声でそう言った。意味ありげに旧名を隠すから何か意味でもあるのかと思っていたが、そんな事は無かった。
「“そんな”とか言わないでください!! せっかく表彰されるのに普通過ぎる名前じゃ覚えてもらえないじゃないですか!」
「……いやそんな理由!?」
俺はあまりにもしょうもない理由に、再び驚くような声でそう言った。てっきり何個か複雑な理由が重なって改名せざるを得なかったのかと思っていたが、やっぱりそんな事は無かった。
「だから“そんな”とか言わないでくださいってば!!」
「……まぁ理由はさておき、改名したのはいつ頃なんだ?」
「グリモワール・レヴォル賞を受賞した事が知らされた頃だったので……学生の頃ですね」
「学生って……ルィリア何歳だよ?」
「ワタクシが通っていた魔術アカデミーは年齢関係無く入学出来て、卒業も任意で出来るんです。まぁワタクシの場合はグリモワール・レヴォル賞を受賞したという事で特例で強制卒業という形でしたが」
「つまり学生だった頃は旧名だったって訳か……じゃあ依頼した奴はルィリアの学生時代を知ってるって事か」
「そうですね。まぁ本当に変な人が多かったですねー。方向性の違いで生徒同士が喧嘩なんて日常茶飯事でしたし、それで一つの研究室が消し飛んだこともありましたねー」
「中々なマッドサイエンティストの集まりだったみたいだな……」
「その分魔術においてはみんな優秀でしたけどね。だからこそ暗殺者に依頼をした人物は、きっと地味で何の成績も残せていなかったワタクシがグリモワール・レヴォル賞を受賞した事が気に入らなかったんでしょうね」
「そんな理由で……って、うーん」
俺は途中まで言い掛けて、唸り声をあげた。
自分が一番成績優秀だと思い込んでいて、ある日突然地味で全く知らないような奴に成績で負けたって考えたら、確かにちょっとイラッとするかもしれない。だがそれで暗殺者に頼んでまで死んでほしいとは、やはり思わないが。
その時、突然チーンという風鈴のような音が何処からともなく聞こえてきた。
「ん、なんだこの音?」
「来客の音ですね……何者かが敷地内に足を踏み入れた際、自動的にこの音が家中に反響するようになっているんです」
「へぇ……」
「とにかく行ってみましょう」
ルィリアに言われるがまま、俺達は玄関へ向かう事にした。
要するにインターホン的な感覚なのだろうが、そうなると暗殺者はどうやってルィリア邸に入ってきたのだろうか? 当然、ルィリア邸の中にいた俺はこんな音を聞いていない。
長い廊下を歩き、やっと玄関に辿り着いて、シャーロットが先行して扉を開けると、そこには鎧を身に纏った随分若い少女が居た。
「……どちら様でしょうか?」
「お初にお目にかかる。私は騎士団総団長、カナン・リゼルベラだ。以後お見知り置きの程を」
少女は自らを騎士団総団長カナン・リゼルベラと名乗ると、小さく一礼した。
覇気のある声に、随分整った顔、そしてパステルグリーンの髪色にピンク色の瞳……まるで騎士団の人間、ましてや総団長にはとても見えなかった。というか騎士団とかあるんだ……まさに異世界って感じだ。
「騎士団総団長が直々にいらっしゃるとは、何の御用でしょうか」
「昨晩、この付近で物凄い音が聞こえてきたとの通報があった。貴殿らは何か知らないか?」
「実は暗殺者の襲撃に遭ったんだ」
カナンの問いに、俺は素直に答えた。
ここで暗殺者に狙われている事を伝えれば、もしかしたら騎士団の力を借りて色々と調査が出来る上に、上手くいけば騎士団と良好な関係を築け、ルィリアの評判も良くなるかもしれない。
「暗殺者? まさか……」
「何か心当たりがあるのか?」
「ここ最近、この王都では殺人事件が多発しているんだが、現場に駆けつけると犯人の痕跡はなく、死体だけが残されているんだ」
「殺人現場に死体だけが残されてるって当たり前じゃないか?」
「だが問題は、一部の死体は亡くなってからある程度日数が経っているものだという事と、その死体は殺された人物と深い関係を持っている事が多かったんだ」
犯人が逃げた痕跡は無く、現場には死体だけが残されている。だが一部の死体は死んでからある程度日数が経っていて、殺された人物と交流があった……。
まさに、昨日の暗殺者に当てはまるじゃないか。
逃げた痕跡が無いのは、本体が暗殺者の魂が宿ったボロ布だから。一部の死体が死んでから日数が経っているのは、ターゲットに関係する(直近で亡くなった大切な)人物の死体を乗っ取って犯行に及んでいるから。
「あのー、ずっとここで話すのもアレですし、中で話しません?」
ふと、ルィリアが割って入ってくる。
「それもそうだな……何処で例の暗殺者が聞いているかわからんしな。失礼する」
カナンはそう呟くと、特に警戒する様子もなくルィリア邸に入ってきた……が、俺の前を通り過ぎた後に、何故か振り向いて俺を見つめてきた。
「……な、何だ?」
「いや……複雑な事情があるのなら答えなくても構わないが、ルィリア殿の子にしては容姿が異なり過ぎていると感じてな」
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「そうか……この娘もそうなのか?」
「ええ。この子達は兄妹なんです」
「……複雑な事情を抱えているようだな、貴殿らは」
「っ……」
カナンは、無表情でそう言った。それが感情の無い冷酷な人物に見えたのか、久遠は少し怯えて俺の背後に隠れた。
「あっ……その、私は感情を顔に出すのが苦手なんだ……怖がらせてしまったのならすまない」
「気にするな。初対面の人には誰にだってこうだから」
「そ、そうか。なら早く慣れてほしいものだな……」
カナンは少しだけ悲しげに言うと、シャーロットに案内されるがままにリビングへと入っていった。
最初は騎士団総団長という肩書きと身に纏っている鎧も相まって高圧的で付き合うには難しそうな人だと思ったが、感情を顔に出すのが苦手なだけでカナンは実は割と優しい人なのかもしれない。
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