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姦邪Ⅰ -ルィリア編-
第29話 幸せの総量
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目を覚ますと、俺は見慣れたような部屋のベッドに寝転がっていた。横に目を向けると、久遠が俺の手を握ったままうつ伏せになって眠っていた。
どうやら俺が意識を失っている間、ずっと側に居てくれたようだった。
「……」
俺は自分の身体を見回すが、あれだけの傷を負っていたにも関わらず跡すら残っていなかった。
“でも唯一の救いは、シンがシェリルに一度も暴力を振るわれてないって事かな”
“それがどんな傷もすぐ治るとかなら……尚更な”
俺はかつての会話を思い出す。
そういえば俺って、どんな傷もすぐ治るという特殊体質だった。ツイてないって思っていたこの異世界転生者特有のチート能力が、まさかあんな場面で役に立つとは思わなかった。
——いや、本当に俺の能力ってどんな傷もすぐ治るだけだろうか?
身体から煙が出たのは、傷を塞ぐ為に細胞が強制的に修復しようとした負荷によるものだった……としても、俺が雄叫びを上げてあらゆるものを破壊したのは何だったのだろう。
「……おや、目を覚ましていたのですね。シン様」
ドアが開いて、入ってきたシャーロットが俺を見て少し驚いた表情をしながらそう言った。
「ああ。心配かけたみたいだな」
「レイ君っっ!! 生きてる!? 生きてますよね!? 生きててください絶対に!!」
すると冷静なシャーロットとは裏腹に、その背後からうるさいのが現れて俺に駆け寄ってきた。
「生きてる、生きてるから!! まぁ、あんな状態じゃ死んだって思われてても納得だけど……」
「良かったぁ……本当に死んだと思ったんですからね!?」
「わかったから! 結果生きてたんだから安心してくれよ」
「……でも不思議です。あんな状態だったのに、まるで最初から怪我なんてしてなかったみたいですよね」
「そういう体質なんだ。どんな傷を負っても、寝れば治る」
お陰で虐待されても気付いてもらえなかった訳だが、それは敢えて言わなかった。あの夜の一件はルィリアにとって悪い意味で大きな出来事だったと思うし、無理に気を負わせる必要もない。
「素晴らしいですね……1年くらい早くレイ君と出会っていれば、完全治療はもっと早く発明できたでしょうに」
「どちらにせよ発明出来て受賞したんだから同じだろ。それよりも、あの暗殺者だ」
「っ……レイ君なら、きっと聞いてくると思ってました」
俺がその話題に切り替えた途端、ルィリアは少し重苦しい表情に変わった。
「厳密には暗殺者の魂に乗っ取られていたあの男の事だが……ルィリアはその人の事を知ってるみたいだな」
「ええ、彼はリヒト・シュリーデルク。かつてわたしと一緒に完全治療を発明しようと一緒に研究していた……わたしの、恋人でした」
「へぇ、ルィリアが恋人ねぇ」
「何ですかその言い方っ!!」
「いやだって昨日ルィリアが自分で“人付き合いは苦手”って言ってたから……!」
「それは……その……」
俺の言葉に、ルィリアは言葉を詰まらせてモジモジし始めた。だが別に恥ずかしがっているという訳ではなさそうで、どちらかというとあまり自分の口からは言いたくない事のようだった。
「——苦手というより、関わらない方がいいと思っている……という方が正しいでしょうか」
言いたくないルィリアに代わって、シャーロットが代弁した。
「ち、ちょっとシャーロット……!」
「これから一緒に暮らす仲だから隠し事は無し、なのでしょう?」
「っ……そう、ですね」
「無理して言わなくてもいいぞ。ルィリアがそうなる理由はなんとなくわかる」
俺はルィリアにそう言った。
恐らくリヒトという人物は何らかの理由があって亡くなり、それをルィリアは自分のせいだと思い込んでいる。そしてその経験から“自分と関わった人は不幸に見舞われる”と思い込むようになり、人付き合いを避けるようになった。
そんな最中にグリモワールなんとか賞を受賞した事で理不尽なジンクスによって人々から避けられるようになって、本当に人付き合いが苦手になってしまった……という感じだろう。
「察しが良くて助かります……小生意気なメイドとは大違いですね」
「小生意気なメイドで申し訳ありません。精進する気は毛頭ございません」
「少しは有ってください!?」
「でもそれなのに、なんで俺達を養子になんて」
「目の前で死んでしまいそうな子供達を見つけたら、助けるのは当然でしょう? それに……君達と関わって、人と関わる事の温かさ……みたいなのを思い出してしまったんです。例えイジられても、馬鹿にされても……君達なら全くもって不快じゃなかったんです。有り体に言えば……楽しかったんです。ずっと一緒に居たい、ずっと楽しくありたいって……思ってしまったんです。そんな資格は、わたしには無いのに」
「——あるさ。誰にだって、幸せになる資格は」
ルィリアの発言に、俺は異議を唱えた。
まぁ……この言葉は、俺が好きなヒーローの受け売りなのだが。
「……」
「確かに幸せの総量は決まっていて、その上、不平等かもしれない。でも俺は、頑張ってればいつか報われる日が来るって信じているよ」
「……」
「恋人を失ってもなお、完全治療を発明する為に1人で頑張ったから、グリモワールなんとか賞を受賞できたんだろ?」
「……」
「大丈夫。今が辛いんだ、きっと乗り越えれば……とびきりの幸せが待ってる筈だ」
「…………レイ君を励ますつもりが、励まされちゃいましたね」
ルィリアは今にも泣きそうな、弱々しい声でそう言った。強がっているのだとすぐにわかった。だがルィリアが俺に見せた表情は泣きそうでも、無理に笑おうとしている訳でもなく、ただただ優しく微笑んでいた。
どうやら俺が意識を失っている間、ずっと側に居てくれたようだった。
「……」
俺は自分の身体を見回すが、あれだけの傷を負っていたにも関わらず跡すら残っていなかった。
“でも唯一の救いは、シンがシェリルに一度も暴力を振るわれてないって事かな”
“それがどんな傷もすぐ治るとかなら……尚更な”
俺はかつての会話を思い出す。
そういえば俺って、どんな傷もすぐ治るという特殊体質だった。ツイてないって思っていたこの異世界転生者特有のチート能力が、まさかあんな場面で役に立つとは思わなかった。
——いや、本当に俺の能力ってどんな傷もすぐ治るだけだろうか?
身体から煙が出たのは、傷を塞ぐ為に細胞が強制的に修復しようとした負荷によるものだった……としても、俺が雄叫びを上げてあらゆるものを破壊したのは何だったのだろう。
「……おや、目を覚ましていたのですね。シン様」
ドアが開いて、入ってきたシャーロットが俺を見て少し驚いた表情をしながらそう言った。
「ああ。心配かけたみたいだな」
「レイ君っっ!! 生きてる!? 生きてますよね!? 生きててください絶対に!!」
すると冷静なシャーロットとは裏腹に、その背後からうるさいのが現れて俺に駆け寄ってきた。
「生きてる、生きてるから!! まぁ、あんな状態じゃ死んだって思われてても納得だけど……」
「良かったぁ……本当に死んだと思ったんですからね!?」
「わかったから! 結果生きてたんだから安心してくれよ」
「……でも不思議です。あんな状態だったのに、まるで最初から怪我なんてしてなかったみたいですよね」
「そういう体質なんだ。どんな傷を負っても、寝れば治る」
お陰で虐待されても気付いてもらえなかった訳だが、それは敢えて言わなかった。あの夜の一件はルィリアにとって悪い意味で大きな出来事だったと思うし、無理に気を負わせる必要もない。
「素晴らしいですね……1年くらい早くレイ君と出会っていれば、完全治療はもっと早く発明できたでしょうに」
「どちらにせよ発明出来て受賞したんだから同じだろ。それよりも、あの暗殺者だ」
「っ……レイ君なら、きっと聞いてくると思ってました」
俺がその話題に切り替えた途端、ルィリアは少し重苦しい表情に変わった。
「厳密には暗殺者の魂に乗っ取られていたあの男の事だが……ルィリアはその人の事を知ってるみたいだな」
「ええ、彼はリヒト・シュリーデルク。かつてわたしと一緒に完全治療を発明しようと一緒に研究していた……わたしの、恋人でした」
「へぇ、ルィリアが恋人ねぇ」
「何ですかその言い方っ!!」
「いやだって昨日ルィリアが自分で“人付き合いは苦手”って言ってたから……!」
「それは……その……」
俺の言葉に、ルィリアは言葉を詰まらせてモジモジし始めた。だが別に恥ずかしがっているという訳ではなさそうで、どちらかというとあまり自分の口からは言いたくない事のようだった。
「——苦手というより、関わらない方がいいと思っている……という方が正しいでしょうか」
言いたくないルィリアに代わって、シャーロットが代弁した。
「ち、ちょっとシャーロット……!」
「これから一緒に暮らす仲だから隠し事は無し、なのでしょう?」
「っ……そう、ですね」
「無理して言わなくてもいいぞ。ルィリアがそうなる理由はなんとなくわかる」
俺はルィリアにそう言った。
恐らくリヒトという人物は何らかの理由があって亡くなり、それをルィリアは自分のせいだと思い込んでいる。そしてその経験から“自分と関わった人は不幸に見舞われる”と思い込むようになり、人付き合いを避けるようになった。
そんな最中にグリモワールなんとか賞を受賞した事で理不尽なジンクスによって人々から避けられるようになって、本当に人付き合いが苦手になってしまった……という感じだろう。
「察しが良くて助かります……小生意気なメイドとは大違いですね」
「小生意気なメイドで申し訳ありません。精進する気は毛頭ございません」
「少しは有ってください!?」
「でもそれなのに、なんで俺達を養子になんて」
「目の前で死んでしまいそうな子供達を見つけたら、助けるのは当然でしょう? それに……君達と関わって、人と関わる事の温かさ……みたいなのを思い出してしまったんです。例えイジられても、馬鹿にされても……君達なら全くもって不快じゃなかったんです。有り体に言えば……楽しかったんです。ずっと一緒に居たい、ずっと楽しくありたいって……思ってしまったんです。そんな資格は、わたしには無いのに」
「——あるさ。誰にだって、幸せになる資格は」
ルィリアの発言に、俺は異議を唱えた。
まぁ……この言葉は、俺が好きなヒーローの受け売りなのだが。
「……」
「確かに幸せの総量は決まっていて、その上、不平等かもしれない。でも俺は、頑張ってればいつか報われる日が来るって信じているよ」
「……」
「恋人を失ってもなお、完全治療を発明する為に1人で頑張ったから、グリモワールなんとか賞を受賞できたんだろ?」
「……」
「大丈夫。今が辛いんだ、きっと乗り越えれば……とびきりの幸せが待ってる筈だ」
「…………レイ君を励ますつもりが、励まされちゃいましたね」
ルィリアは今にも泣きそうな、弱々しい声でそう言った。強がっているのだとすぐにわかった。だがルィリアが俺に見せた表情は泣きそうでも、無理に笑おうとしている訳でもなく、ただただ優しく微笑んでいた。
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