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姦邪Ⅰ -ルィリア編-
第28話 氷結の魔女と蒸血の獣
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辺りには、俺の血が飛び散っている。
調子に乗った結果だ。
対して力も無いのに、炎と水を覚えてるだけでまともに戦闘経験も無いのに。
ああ……俺って馬鹿だ。
「……つまらない」
暗殺者はため息を吐いて愚痴をブツブツと言いながら、俺の身体に杭打ちされたナイフと剣を引き抜いていく。俺は地面にどちゃ、という音を立てながら落ちていった。
まだ、かろうじて意識はあった。
「……」
「ツギはシオン……アトあのオサナゴ……ギヒヒッ……おっと、ムこうからおデましだ……」
「零にぃちゃんッッ!!?」
「シン様……!?」
「れ、レイ……君……!」
ドタドタと複数の足音が聞こえた後、みんなの俺を呼ぶ声が聞こえてきた。ぶっ倒れていたはずのルィリアも、どうやら力を振り絞って来たようだった。
「ンホォ……シオンとオサナゴにクワえ、イいオンナもいる……ギヒヒッ」
「君がレイ君を……何故です……!? 狙いはきっと、わたしの筈です……!!」
「ジャマだったから……コロした」
「っ……!! そうだったんですか……ずっと1人で戦ってくれていたんですね……レイ君は」
「……」
「きっと怖かったでしょうに……わたしなんかの為に……どうして……どうしてわたしの大切な人は、みんな……」
震えた声でルィリアは言った。
きっと、俺と出会う前からルィリアは色んな大切な人を失ってきたのだろう……それを、全て自分のせいだと思い込んで今まで生きてきたのだろう。自責の念に駆られながら、明るく振る舞っていたんだ。
「そう……シオンのタイセツなヒト、みんなシオンのせいでシぬ! ツギはどっちにしようかなァ」
「……シャーロット、クオンちゃん。離れていてください」
「え?」
「ルィリア様、無茶です! 病み上がりの身体では!」
「聡明なシャーロットなら、どうせざるを得ないか理解出来ているはずです」
「ルィリア様……」
「大丈夫です、わたしは死にません。何故なら…………ワタクシは天才ですから」
「……わかりました。フェリノート様、行きましょう」
「えっ、ま、待って……! 零にぃちゃんは……!」
久遠の俺を気にかける声が、足音と共に徐々に遠のいていく。きっとシャーロットが久遠を抱き抱えるなり手を引っ張るなりしてルィリアとの距離を離しているのだろう。
「……わたしの事を旧名であるシオンと呼ぶという事は、君……もしくは君の依頼主はわたしの過去をよーく知っている人物という事になりますね」
「どうだろうかなァ……」
「その汚らしいボロ布で隠れた顔、拝ませてもらいましょうか……!」
ルィリアは今まで聞いた事のないような、怒りが伝わってくるようなドスの効いた声でそう言った。
俺は力を振り絞ってルィリアの方に顔を向ける。そこで見たのは、廊下がルィリアを中心に凍り始めているという光景だった。
「こ、コオリマジュツ……!?」
「ええ。数多に存在する属性の中で最も扱いが難しいとされている氷属性です……まぁ、ワタクシの頭脳であれば扱うなんて……容易いッ!」
ルィリアは喋りながらネクタイを解いて、それを自身の手に一回りして巻きつけ、一振りする。するとネクタイが一瞬で凍り、まるで氷の剣のようになった。加えて、廊下なのに天井から雪が降ってきた。
俺は魔術に関しての知識はゼロに等しいが、この一瞬でルィリアが自らを“天才”と称する事と、グリモワールなんとか賞を受賞した事に納得した。
「グゥッ……」
「——Shall we dance?」
ルィリアは氷の剣を向けながらその言葉を発すると、氷の張った地面を普通にゆっくりと歩いて、暗殺者との距離を詰める。
「ウワァッ!?」
暗殺者も動こうとするが、氷の上の移動に慣れていないからかその場で情けなく転んでしまった。その時も頭のボロ布が取れないように手で押さえて自分の顔が露わにならないよう徹底していた。
そして暗殺者が転んだ瞬間、ルィリアは指をパチンと鳴らす。途端、空中に氷柱が生成された……かと思いきや、一瞬にして氷柱が水に変化し、暗殺者に集まっていった。やがてドーム状になった水の中に閉じ込められ、暗殺者は水の中でもがき苦しんでいた。そして暗殺者を閉じ込めたドーム状の水は徐々に空中に浮き始め、1メートルくらい浮いたところで、
「はいっ、どーーんっ!!」
ルィリアは腕を上に掲げた後、勢いよく振り下ろす。するとドーム状の水に閉じ込められた暗殺者は勢いよく地面に叩き落とされた。
そして飛び散った水は瞬時に氷柱となり、倒れる暗殺者の元へ飛んでいって拘束した。
「動けなくて冷たいでしょう? ねぇっ!!」
ルィリアは拘束して動けない暗殺者に駆け寄ると、囁くような優しい声で喋った後に足を大きく上げて、暗殺者の股間を思いっきり踏みつけた。
「ぐっ……!」
「悶絶するくらい痛いと思いますよ……男でも女でも、ここは弱点ですからね。でもレイ君は……いや、君が殺してきた人達はもっと痛かったはずです」
「グッ……ギヒヒヒヒヒッ!!」
「笑える余裕があるみたいですね」
ルィリアは冷酷にそう言うと、再び氷柱を生成して暗殺者の太腿に突き刺した。
「あがぁっ……!! ヒヒ、ヒヒヒ!」
「……」
絶体絶命のピンチに何故か笑う暗殺者に、ルィリアはもはや何も言わずに氷柱を体の至る箇所に突き刺していく。
しかしそれでも暗殺者は痛々しい声を上げた後、何故か嬉しそうに笑うだけだった。
「キヒヒ、ヒヒヒヒヒ」
「強がってるんですか、それとも単にドMなだけ……? まぁ、狂ってなきゃ暗殺者なんて出来っこありませんからね。でも悪いですが、君にはワタクシの評判向上に利用させてもらいます。数々の人を殺してきた暗殺者を捕まえれば、少しは世間からの評判も良くなるでしょう……さぁ、その顔を晒してください」
そう言って、ルィリアは暗殺者の顔を隠すボロ布に手を伸ばした。途端、暗殺者は自身を拘束し杭打ちされている氷柱を破り、ルィリアに向けてナイフを突き刺そうとした。
「……君の考えなんてお見通しですよ。どうやったら破ったかの原理は知りませんが」
ルィリアは一切物怖じせず淡々とそう告げると、ずっと手に持っていた氷の剣を暗殺者の脇腹に突き刺した……だが、暗殺者のナイフは狙いは外れたもののルィリアの肩に突き刺さってしまった。
「くっ……今ですッ!」
「んなッッ!?」
ルィリアは肩にナイフを突き刺されたまま、顔を隠すボロ布を剥いで暗殺者の顔を露わにした。
俺はもう一度見たので知っているが、ルィリアの目には、目が大きくて茶髪の男が映っている事だろう。
「……え?」
途端、ルィリアは驚愕の表情をして、動きを止めてしまった。それと同時に、手にあった氷の剣が溶けてしまい、ただの濡れたネクタイへ戻ってしまった。
「くっ、ううっ!」
ルィリアが硬直してしまった隙を見て、暗殺者は氷の上で何とか動いて距離を離した。
「な……何で……何で君が……?」
「き、きっと驚いているよね……死んだ僕がここに居るんだから」
カタコトだった筈の暗殺者は、突然流暢に喋り始めた。優しそうな顔に相応しい声色にも変わった。
「ち、違う……君は偽物……! 死者が蘇るなんて……いやそんな事よりも……あり得ません……! 君はわたしを騙そうと彼を演じているだけです!!」
「そう思われても仕方が無いよね……ただ、厳密に言うと僕は蘇っていないんだ」
「どういう事……?」
「この布には、暗殺者の魂が宿っている。これを被ると、身体を乗っ取られてしまうんだ」
「じゃあそのボロ布を捨てれば……!」
「でも定期的にこれを被らないと、僕は再び死体に戻ってしまうんだ。だから……うわぁあっ!?」
すると突然、顔を隠していたボロ布が意思を持っているかのように動き始め、ルィリアと何かしらの縁がある男の顔に被さってしまった。
「……ンハァアアッ!! さぁコロしあおう……!! さっきみたいにツララをツきサしてみろォ……!」
「くっ……」
暗殺者はルィリアを煽りながら、距離を徐々に詰めていく。俺の目線からでないと見えないが、ナイフを隠し持っている。
しかしルィリアは相手が知り合いの身体を使っているという事もあってか、手を出す事に躊躇してしまっているようだった。
このままではルィリアが殺されてしまう。暗殺者は今ルィリアに夢中で、俺の方には死んだと思い込んでいるのか一切気が向いていない。だから窮地を脱する為には、死んだ筈の俺というイレギュラーが必要だ。
——動け……俺の身体……!!
俺はまるで全身に鉛を詰め込まれたかのように重い身体を、無理矢理にでも動かそうと力を振り絞る。一瞬でもいい、あの暗殺者を一瞬でも気をこっちに向けられればいいんだ……!
そう思って、声にならない声を上げて身体を動かそうとしたその時。
突如、全身を駆け巡る血が蒸発するんじゃないかと思うほど身体が熱くなり、節々から煙が上がってきた。それだけでなく、ナイフによって開けられた手足の傷穴が徐々に塞がっていった。
「うぅうううっ……ぅうううううウッ!!!」
「ナッ、なんだ……!?」
「レイ……君……?!」
獣のような唸り声を上げ、全身から煙を出しながら俺は重い身体を徐々に立ち上げた。
身体が熱い。熱い。熱すぎて焼け死にそうだ。
内で何かが煮えたぎっていて、それが今にも外へ溢れてしまいそうだった。感覚的には、気持ち悪くなって嘔吐しそうになった時によく似ている。
「ウァアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
俺は中にあったものを外に吐き出すように、本能のままに叫んだ。
すると廊下に張っていた氷は全て溶け、曇りガラスも割れ、扉も粉々に壊れ、壁にもヒビが入り、壁にあった装飾は砕け散り、何かが壊れるような音がそこかしこから聞こえてきた。
「グッ……ナンだコイツは……!? くっ……シッパイ……!」
死んだ筈の人間が突然立ち上がり、煙を放出しながら雄叫びを上げて周囲の物を破壊していく光景に戦慄したのか、暗殺者は壁に開いた風穴から外へ逃げていった。
「あ………はぁ……はぁ……」
ちょうどそのタイミングで俺は限界を迎えて、そのまま倒れ込んでしまった。
「レ……君!! しっ…………してく…………い!! あ……………………………………がっ……………………ん…………………………」
倒れた後、暫くルィリアの声が聞こえてきたが……なんて言ってるかは聞き取れず、そのまま俺は気を失ってしまった。
調子に乗った結果だ。
対して力も無いのに、炎と水を覚えてるだけでまともに戦闘経験も無いのに。
ああ……俺って馬鹿だ。
「……つまらない」
暗殺者はため息を吐いて愚痴をブツブツと言いながら、俺の身体に杭打ちされたナイフと剣を引き抜いていく。俺は地面にどちゃ、という音を立てながら落ちていった。
まだ、かろうじて意識はあった。
「……」
「ツギはシオン……アトあのオサナゴ……ギヒヒッ……おっと、ムこうからおデましだ……」
「零にぃちゃんッッ!!?」
「シン様……!?」
「れ、レイ……君……!」
ドタドタと複数の足音が聞こえた後、みんなの俺を呼ぶ声が聞こえてきた。ぶっ倒れていたはずのルィリアも、どうやら力を振り絞って来たようだった。
「ンホォ……シオンとオサナゴにクワえ、イいオンナもいる……ギヒヒッ」
「君がレイ君を……何故です……!? 狙いはきっと、わたしの筈です……!!」
「ジャマだったから……コロした」
「っ……!! そうだったんですか……ずっと1人で戦ってくれていたんですね……レイ君は」
「……」
「きっと怖かったでしょうに……わたしなんかの為に……どうして……どうしてわたしの大切な人は、みんな……」
震えた声でルィリアは言った。
きっと、俺と出会う前からルィリアは色んな大切な人を失ってきたのだろう……それを、全て自分のせいだと思い込んで今まで生きてきたのだろう。自責の念に駆られながら、明るく振る舞っていたんだ。
「そう……シオンのタイセツなヒト、みんなシオンのせいでシぬ! ツギはどっちにしようかなァ」
「……シャーロット、クオンちゃん。離れていてください」
「え?」
「ルィリア様、無茶です! 病み上がりの身体では!」
「聡明なシャーロットなら、どうせざるを得ないか理解出来ているはずです」
「ルィリア様……」
「大丈夫です、わたしは死にません。何故なら…………ワタクシは天才ですから」
「……わかりました。フェリノート様、行きましょう」
「えっ、ま、待って……! 零にぃちゃんは……!」
久遠の俺を気にかける声が、足音と共に徐々に遠のいていく。きっとシャーロットが久遠を抱き抱えるなり手を引っ張るなりしてルィリアとの距離を離しているのだろう。
「……わたしの事を旧名であるシオンと呼ぶという事は、君……もしくは君の依頼主はわたしの過去をよーく知っている人物という事になりますね」
「どうだろうかなァ……」
「その汚らしいボロ布で隠れた顔、拝ませてもらいましょうか……!」
ルィリアは今まで聞いた事のないような、怒りが伝わってくるようなドスの効いた声でそう言った。
俺は力を振り絞ってルィリアの方に顔を向ける。そこで見たのは、廊下がルィリアを中心に凍り始めているという光景だった。
「こ、コオリマジュツ……!?」
「ええ。数多に存在する属性の中で最も扱いが難しいとされている氷属性です……まぁ、ワタクシの頭脳であれば扱うなんて……容易いッ!」
ルィリアは喋りながらネクタイを解いて、それを自身の手に一回りして巻きつけ、一振りする。するとネクタイが一瞬で凍り、まるで氷の剣のようになった。加えて、廊下なのに天井から雪が降ってきた。
俺は魔術に関しての知識はゼロに等しいが、この一瞬でルィリアが自らを“天才”と称する事と、グリモワールなんとか賞を受賞した事に納得した。
「グゥッ……」
「——Shall we dance?」
ルィリアは氷の剣を向けながらその言葉を発すると、氷の張った地面を普通にゆっくりと歩いて、暗殺者との距離を詰める。
「ウワァッ!?」
暗殺者も動こうとするが、氷の上の移動に慣れていないからかその場で情けなく転んでしまった。その時も頭のボロ布が取れないように手で押さえて自分の顔が露わにならないよう徹底していた。
そして暗殺者が転んだ瞬間、ルィリアは指をパチンと鳴らす。途端、空中に氷柱が生成された……かと思いきや、一瞬にして氷柱が水に変化し、暗殺者に集まっていった。やがてドーム状になった水の中に閉じ込められ、暗殺者は水の中でもがき苦しんでいた。そして暗殺者を閉じ込めたドーム状の水は徐々に空中に浮き始め、1メートルくらい浮いたところで、
「はいっ、どーーんっ!!」
ルィリアは腕を上に掲げた後、勢いよく振り下ろす。するとドーム状の水に閉じ込められた暗殺者は勢いよく地面に叩き落とされた。
そして飛び散った水は瞬時に氷柱となり、倒れる暗殺者の元へ飛んでいって拘束した。
「動けなくて冷たいでしょう? ねぇっ!!」
ルィリアは拘束して動けない暗殺者に駆け寄ると、囁くような優しい声で喋った後に足を大きく上げて、暗殺者の股間を思いっきり踏みつけた。
「ぐっ……!」
「悶絶するくらい痛いと思いますよ……男でも女でも、ここは弱点ですからね。でもレイ君は……いや、君が殺してきた人達はもっと痛かったはずです」
「グッ……ギヒヒヒヒヒッ!!」
「笑える余裕があるみたいですね」
ルィリアは冷酷にそう言うと、再び氷柱を生成して暗殺者の太腿に突き刺した。
「あがぁっ……!! ヒヒ、ヒヒヒ!」
「……」
絶体絶命のピンチに何故か笑う暗殺者に、ルィリアはもはや何も言わずに氷柱を体の至る箇所に突き刺していく。
しかしそれでも暗殺者は痛々しい声を上げた後、何故か嬉しそうに笑うだけだった。
「キヒヒ、ヒヒヒヒヒ」
「強がってるんですか、それとも単にドMなだけ……? まぁ、狂ってなきゃ暗殺者なんて出来っこありませんからね。でも悪いですが、君にはワタクシの評判向上に利用させてもらいます。数々の人を殺してきた暗殺者を捕まえれば、少しは世間からの評判も良くなるでしょう……さぁ、その顔を晒してください」
そう言って、ルィリアは暗殺者の顔を隠すボロ布に手を伸ばした。途端、暗殺者は自身を拘束し杭打ちされている氷柱を破り、ルィリアに向けてナイフを突き刺そうとした。
「……君の考えなんてお見通しですよ。どうやったら破ったかの原理は知りませんが」
ルィリアは一切物怖じせず淡々とそう告げると、ずっと手に持っていた氷の剣を暗殺者の脇腹に突き刺した……だが、暗殺者のナイフは狙いは外れたもののルィリアの肩に突き刺さってしまった。
「くっ……今ですッ!」
「んなッッ!?」
ルィリアは肩にナイフを突き刺されたまま、顔を隠すボロ布を剥いで暗殺者の顔を露わにした。
俺はもう一度見たので知っているが、ルィリアの目には、目が大きくて茶髪の男が映っている事だろう。
「……え?」
途端、ルィリアは驚愕の表情をして、動きを止めてしまった。それと同時に、手にあった氷の剣が溶けてしまい、ただの濡れたネクタイへ戻ってしまった。
「くっ、ううっ!」
ルィリアが硬直してしまった隙を見て、暗殺者は氷の上で何とか動いて距離を離した。
「な……何で……何で君が……?」
「き、きっと驚いているよね……死んだ僕がここに居るんだから」
カタコトだった筈の暗殺者は、突然流暢に喋り始めた。優しそうな顔に相応しい声色にも変わった。
「ち、違う……君は偽物……! 死者が蘇るなんて……いやそんな事よりも……あり得ません……! 君はわたしを騙そうと彼を演じているだけです!!」
「そう思われても仕方が無いよね……ただ、厳密に言うと僕は蘇っていないんだ」
「どういう事……?」
「この布には、暗殺者の魂が宿っている。これを被ると、身体を乗っ取られてしまうんだ」
「じゃあそのボロ布を捨てれば……!」
「でも定期的にこれを被らないと、僕は再び死体に戻ってしまうんだ。だから……うわぁあっ!?」
すると突然、顔を隠していたボロ布が意思を持っているかのように動き始め、ルィリアと何かしらの縁がある男の顔に被さってしまった。
「……ンハァアアッ!! さぁコロしあおう……!! さっきみたいにツララをツきサしてみろォ……!」
「くっ……」
暗殺者はルィリアを煽りながら、距離を徐々に詰めていく。俺の目線からでないと見えないが、ナイフを隠し持っている。
しかしルィリアは相手が知り合いの身体を使っているという事もあってか、手を出す事に躊躇してしまっているようだった。
このままではルィリアが殺されてしまう。暗殺者は今ルィリアに夢中で、俺の方には死んだと思い込んでいるのか一切気が向いていない。だから窮地を脱する為には、死んだ筈の俺というイレギュラーが必要だ。
——動け……俺の身体……!!
俺はまるで全身に鉛を詰め込まれたかのように重い身体を、無理矢理にでも動かそうと力を振り絞る。一瞬でもいい、あの暗殺者を一瞬でも気をこっちに向けられればいいんだ……!
そう思って、声にならない声を上げて身体を動かそうとしたその時。
突如、全身を駆け巡る血が蒸発するんじゃないかと思うほど身体が熱くなり、節々から煙が上がってきた。それだけでなく、ナイフによって開けられた手足の傷穴が徐々に塞がっていった。
「うぅうううっ……ぅうううううウッ!!!」
「ナッ、なんだ……!?」
「レイ……君……?!」
獣のような唸り声を上げ、全身から煙を出しながら俺は重い身体を徐々に立ち上げた。
身体が熱い。熱い。熱すぎて焼け死にそうだ。
内で何かが煮えたぎっていて、それが今にも外へ溢れてしまいそうだった。感覚的には、気持ち悪くなって嘔吐しそうになった時によく似ている。
「ウァアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
俺は中にあったものを外に吐き出すように、本能のままに叫んだ。
すると廊下に張っていた氷は全て溶け、曇りガラスも割れ、扉も粉々に壊れ、壁にもヒビが入り、壁にあった装飾は砕け散り、何かが壊れるような音がそこかしこから聞こえてきた。
「グッ……ナンだコイツは……!? くっ……シッパイ……!」
死んだ筈の人間が突然立ち上がり、煙を放出しながら雄叫びを上げて周囲の物を破壊していく光景に戦慄したのか、暗殺者は壁に開いた風穴から外へ逃げていった。
「あ………はぁ……はぁ……」
ちょうどそのタイミングで俺は限界を迎えて、そのまま倒れ込んでしまった。
「レ……君!! しっ…………してく…………い!! あ……………………………………がっ……………………ん…………………………」
倒れた後、暫くルィリアの声が聞こえてきたが……なんて言ってるかは聞き取れず、そのまま俺は気を失ってしまった。
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