慟哭のシヴリングス

ろんれん

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姦邪Ⅰ -ルィリア編-

第27話 暗闇の笑い声

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 どうやら日々の運動不足が祟ったらしいルィリアを担いだシャーロットと共に、ルィリアの部屋へと向かう。
 長い廊下を歩いている最中、俺は1日を振り返っていた。ルィリアと出会い、養子になり、豪邸に住むことになり、シャーロットと出会い、この豪邸での日常を体験し、ルィリアの世間からの理不尽な評価を知り、美味しいご飯を食べて……今日は転生してから最も濃い1日だった。
 面倒くさい事も大変な事もあるだろうが、これからここで暮らすのが当たり前になる事に胸を馳せていた。ルィリアからは魔術を、シャーロットからは料理を教わろう……なんて考えたりもした。

「さて、ここがルィリア様のお部屋です。もう夜遅いですから、御二方もご自身の部屋で就寝なさってください」
「……部屋がわからない」
「私わかるよ、零にぃちゃん」
「じゃあ大丈夫。おやすみ、シャーロット」
「ええ、おやすみなさいませ」

 シャーロットは微笑みながら言うと、ルィリアを担いだまま部屋へ入っていった。一瞬だけチラッと部屋の中を覗いてみたが、特に変わったものは無さそうだった。

「じゃあ、案内頼むよ」
「零にぃちゃん……私の目が未だ見えなかったらどうするつもりだったの……?」
「まぁその時は探検と称して彷徨ってたかもな。ほら、俺って昔から方向音痴だろ? 異世界転生してもそれは変わらなかったみたいだ」
「……そういえば、そうだったね……まぁ頼られるのも、悪くないけどさ」
「まぁ兄としては情けない限りだけどな」
「兄……そっか。今の私達は兄妹だもんね」
「何言ってるんだ、前世からもずっと兄妹だったろ」
「転生しても兄妹でいられるなんて、やっぱり私って恵まれてると思ったの」
「……そっか」

 久遠の嬉しそうな表情と言葉に、俺はただ頷いた。その後、久遠と一緒に自分の部屋へ向かった。
 転生しても兄妹でいられて恵まれているなんて……そんなの、俺だって同じだ。



 俺は久遠に手を引っ張られながら、長い廊下を歩いて曲がってを繰り返して俺達の部屋へ向かっていた。同じような光景が続く上に、来た時にはあったような無かったような装飾や置物を通り過ぎていく。……絶対甲冑なんて置かれてなかったと思うのだが。

「……なぁ久遠、本当にこの道で合ってるのか?」
「うん。確か」
「あんな甲冑絶対無かったよな!?」

 俺は無かったと断言出来る甲冑を指さしながら久遠にそう言った。

「……え? どこに甲冑なんてあるの?」
「いやだからそこに……あれ?」

 久遠は、まるで俺が意味不明な事を言っているかのような反応をした。俺は指さす方向にある甲冑の方に目を向けたのだが……さっきまであったはずの甲冑が姿を消していた。

「零にぃちゃん、疲れてるの?」

 久遠は呆れたような声で俺を労った。
 いや、そんな筈はない。別に俺は疲れてはいないし、幻覚にしてはかなりはっきりと見えていた。確かにあったのだと伝える為、久遠の方に振り向くと……。

「——久遠ッッ!!」
「え?」

 俺は咄嗟の判断で久遠を抱き寄せて左へ飛んだ。次の瞬間、金属が地面に叩きつけられるような音が廊下に響き渡った。

 ——久遠の前で、甲冑が剣を振り下ろそうとしていたのだ。

 どうやって重そうな甲冑が音も出さずに久遠の前に移動したのか、どうして久遠を殺そうとしたのか、そもそもこの甲冑が何者なのか……様々な疑問が生まれたが、何よりも俺達は今絶体絶命のピンチを迎えているという事だけははっきりとわかった。

「…………」
「なっ、なに……これ!?」
「とにかく久遠は逃げて、ルィリア……はぶっ倒れてるから、シャーロットにこの事を伝えるんだ、いいな!?」
「れ、零にぃちゃんは!?」
「大丈夫、前世ではトラックに直撃しても生き残ったんだ……時間稼ぎぐらいは出来るさ……!」
「丸腰だし無茶だよ!!」
「いいから行け!!」

 久遠の心配する声に食い気味でそう叫ぶと、久遠は少し躊躇うような仕草をした後に廊下を走っていった。甲冑は逃げる久遠をガシャガシャと金属の煩い音を立てながら俺の事を気に留めず追いかけようとする。

「俺を忘れんなこのロリコンッ!!」

 俺は甲冑の無防備な背中にそう叫びながら飛び蹴りをする。しかし次の瞬間、甲冑はまるで意思を失ったかのようにバラバラと崩れていってしまった。

「ど、どういう事だ……? まさか幽霊の類い……」

 着地して、地面に散らばっている甲冑を見つめながらそう言うと、目の前に大きな黒い影がこちらに向けてナイフを振り下ろそうとしている事に気付き、俺は咄嗟に甲冑が持っていた剣を拾い上げて防いだ。

「……じゃなさそうだな!!」
「…………!!」
「はぁっ!!」
「……!」

 俺は勢いに任せて剣を振り回すと、危険と判断したのか大きな黒い影は軽々と飛んで俺と距離を取った。大きな黒い影の姿は、黒い全身タイツの上から黒のボロ布を被っているような、暗闇に紛れられたら目視で捉えるのが困難そうな……まさに暗殺者アサシンと形容するに相応しい見た目をしていた。

「何者だアンタ……誰の差し金だ!!?」

 俺は暗殺者に向かって問う。
 見るからにこのルィリア邸の住人ではなさそうだし、明らかに俺達を殺す事が目的のように見えたので、“何が目的だ”ではなく“誰の差し金だ”と問う事にした。……まぁ答える訳は無いとは思うが。

「……」
「だろうな……何故俺達を狙う?!」
「……シオン」
「何……?」
「……シオン、コロす……それがイライ……」

 暗殺者は喋る事に慣れていないのか、まるでカタコトの外国人のようにそう言った。
 依頼、という事はこの暗殺者はやはり誰かに頼まれてルィリアを殺そうとしている訳だ。どうやらルィリアは俺が思っている以上に良く思われていないのかもしれない。
 それにシオンって……恐らくルィリアの事だろう。コイツもルィリアの事を“シオン”と呼んでいるという事は、依頼主はルィリアの事をよく知っている人物?

「っ……」
「シッパイ……ユルされない……」

 暗殺者はそう言うと、無気力な声とは裏腹に素早い動きで俺の真正面まで迫ってきた。俺は重い剣を再び振り回そうとした途端、暗殺者は俺の両足にナイフを突き刺して地面に杭打ちして身動きを取れなくしてきた。

「あぁあっ……!!」
「コドモ……カンケイない……クヒヒ」

 痛みに悶絶する俺の姿を見て、暗殺者は楽しんでいるように笑った。

「ぐうぅっ!! ぅうううっ!!」

 俺は剣を捨てて足に杭打ちされたナイフを引き抜こうと引っ張るが、かなり奥深くまで刺さっているのか子供の身である俺の力では抜く事は出来なかった。それに、抜こうとするとそれはそれでまた別の痛みに襲われる。

「ああ……カワイい……もっと……もっとイタそうにしておくれ」
「ふ、ふざけんな……あ、頭イカれて……んのかアンタ……!?」
「またそのコトバ……もうキきアきた」
「じゃあ……新しい展開見せてやるよぉっ……うぐァアアアアアアアアッ!!!」

 俺はそう言って、痛みのあまり叫びながら両足に深々と杭打ちされたナイフを勢いよく引き抜いて、暗殺者に向けて思いきり投げ飛ばした……が、難なくキャッチされてしまう。

「ヘタくそ」
「あぁそうだな……」

 俺は適当に相槌を打つと、おもむろに指をパチンと鳴らす。すると突然暗殺者がキャッチしたナイフがまるで花火のように爆発したのだ。

「ナッ……!?」
「……っ!!」

 突然目の前が爆発して、暗殺者が驚きでよろめいた一瞬の隙をついて、俺はもう一本のナイフを逆手に持ち替えて距離を詰めると、顔めがけて斬りつけようとする。

「アッ……!!」
「くっ!」

 しかし寸前で暗殺者に気付かれてしまい、避けられてしまう。だがその動きによってボロ布でフードのように覆われていた顔が露わになった。
 暗殺者は、当然だが知らない顔をしていた。だが暗殺者には似合わない、茶髪で大きな目をした優しそうな男の綺麗な顔だった。

「ウッ……」

 暗殺者は慌てて自分の顔を隠すと、俺を壁に向けて蹴り飛ばした。俺は成す術なく吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた瞬間に、しかし今度は両手を含めた計4箇所をナイフで杭打ちされてしまった。

「ぐぁあぁ……くそっ……」
「クヒヒ……ギヒヒヒヒヒッ!!」

 暗殺者は俺が捨てた剣を拾い上げて、それをまるで人生で初めて見たかのようにまじまじと見つめた後、壁に磔にされた俺の方にゆっくりと目を向けると不気味に笑い始めた。

「ぐっ……うぅっ!! ぁああああああ!!!」

 俺はこれから何をされるのかを察し、何とかこの場を脱しようともがくがただ杭打ちされた部分がより痛むだけであった。
 今の俺の表情は、きっと恐怖で染まっている事だろう。きっと目から涙が溢れている事だろう。この暗殺者が喜びそうな表情をしている事だろう。

「クヒヒッヒヒッギィヒヒヒヒヒ!!」

 暗殺者は不気味に笑いながら、まるで俺が恐れているのを楽しんでいるかのようにゆっくりと剣の先端を俺の胸に向けて、ゆっくりと近づいて来る。
 このままでは俺は殺されてしまうだろう。しかしナイフを抜こうにも両手足が塞がっていて力が上手く入らないし、シャーロットや助けが来るまで時間稼ぎするにもまともに口を聞いてはくれないだろうし、このまま胸に剣を刺されるのを待つしか出来ない。

「……終わりか……俺……」
「ンキヒヒッ!!」

 ——嗤う暗殺者の剣は、俺の心臓を貫いた。
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