慟哭のシヴリングス

ろんれん

文字の大きさ
上 下
24 / 93
姦邪Ⅰ -ルィリア編-

第24話 俺の夢

しおりを挟む
 俺が久遠と一緒に、ルィリアに風呂場まで案内してもらっている最中。

「そういえばレイ君」
「何だ?」
「他愛もない質問なんですけど、レイ君って今、言ってしまえば第二の人生を送っている訳でしょう?」
「まぁ、そうなるな」
「では、前世ではどんな夢を持っていたんですか? そして今もそれは変わらないんですか?」
「……夢?」

 ふと、何の脈略もなく突然ルィリアからそんな事を聞かれた。

「あー……ちょっと回りくどい言い方しちゃいましたね。要するにレイ君の将来の夢ってなんですか?」
「……夢なんて捨てたよ。抱くだけ無駄だって知ったから」

 ルィリアの問いに、俺は冷たく返した。
 夢というものは、高校3年生を卒業するまではキラキラしていたのに、社会人になって働くようになった途端に突然“どうせ叶う訳ない”と阿呆らしくなるのだ。
 だから異世界に転生してから、夢なんて一度も考えた事なかった。もう頭が勝手に“夢=手の届かないもの”という認識になってしまっているのだ。
 ——“時々凄く切なくなるが、時々凄く熱くなる”……本当にその通りだと、痛感した。

「捨てちゃったんですか……じゃあ人生つまらないでしょう?」
「ああ……つまらないよ。でも俺には夢を叶える才能が無い。いつか叶うって信じて食らいついても、減るのは時間と金だけだ。だったらいっそ諦めて普通に働いていた方が楽だって思ったんだ」
「夢はある種の呪縛ですからねぇ。でも夢って、叶う訳ないから夢なんじゃないですか?」
「……叶えてる人はいる。だから羨ましいし、妬ましい」
「そうですよね~。でも自分には到底叶わないような大きな夢を、レイ君は追いかけていたんでしょう? それって、とても立派な事だと思います」
「叶えられなかったんだから、結局は無様なんだよ」
「——今の方がよっぽど無様だと思いますが」
「っ……!」

 ルィリアは俺に放った一言が、まるで鋭利なガラスのようにグサリと心を突き刺した。

「本当は未練、あるんでしょう?」
「あるさ……あるに決まってる。でも俺には叶えられるほどの能力が無いんだよ……」
「どんな夢なんですか?」
「それは……別になんだっていいだろ」
「言ってくれなきゃ、応援も手助けもできないじゃないですか」
「——正義の、ヒーロー」

 俺はかつて抱いていた自分の夢を、恥ずかしくなりながら言った。
 正義のヒーローになるのが夢だなんて、笑われるに決まってる。だから言いたくなかったんだ。
 まぁもちろん現実に正義のヒーローなんて存在しないから、歳を重ねるにつれて俳優になろうと志していたが……やりたい役はやっぱりヒーローの主人公だった。

「……ほう?」
「……だから零にぃちゃんの部屋、おもちゃがいっぱい飾ってあったんだ……」
「久遠……」
「正義のヒーロー……じゃあ今からワタクシ、怪人やりますね!」
「は!?」
「ンナァーーッハッハッハー! オレサマは怪人オウゴンオニクワガタだぞぉ! 世界を支配してやるー! お、そこに可愛い女がいるなー、オレサマの女にしてやるーっ!」

 ルィリアは猫背になって怪獣のようなポーズを取って掠れまくった声で言うと、久遠に向かって走っていって捕まえるかのように抱き抱えた。

「き、きゃー助けてー零にぃちゃーん」
「……」
「どうしたぁ! 早く正義のヒーローに変身するんじゃぁああ!」
「きゃー。早くしないと私、オニ……えっと……お、オゴニ? クワガタのメスにされちゃうぅー」

 ルィリアはちょっと動きがオーバーな怪人を完璧に、久遠は棒読みのヒロインを演じて、俺を正義のヒーローにしようとしてくる。
 なんか、馬鹿にされているみたいでムカついてきた。

「おいっ! 正義のヒーローになるのかならないのか、どっちなんッだい!」
「……な……ぁぁあああるッ!!!」

 俺はルィリアの問いかけに対してそう答えて、助走をつけてこのムカついた気持ちを力に変えて思いっきりルィリアの二の腕を利き手じゃない方でぶん殴った。

「痛ァアアアアアアアア!!!!? えっ、ちょ、本当に超痛いんですけど!? スゥハァスゥハァスゥハァ!!」

 ルィリアは久遠を即座に下ろして俺に殴られた二の腕を押さえながら、驚くような表情をした後に痛みを感じなくなる呼吸法……システマをした。

「人の夢を馬鹿にするからだっ!!」
「……まぁ全然痛くないですが!」
「嘘つけ!!」
「ぐぅっ……でも本当に良い夢だと思います」
「……夢は所詮、夢だよ」
「大丈夫です……レイ君の夢、必ず叶いますよ。この世界には救いようのないくらいの悪い奴がいますから」
「……居ない方が、良いんだけどな」
「正義のヒーローを夢見るのって、難しいですよね。悪の根絶の為に戦うから正義のヒーローなのに、本当に悪を根絶したら正義のヒーローでは居られなくなっちゃうんですから」
「……」
「でもレイ君、これだけは覚えていてください。大事なのは夢を叶える事じゃなくて、です」
「夢を……追い続ける事……」
「案外、夢を叶えた後よりも夢を叶える為に必死に努力してる時の方が……楽しかったりするんですよ? 夢を叶えたワタクシが言うんですから、間違いありませんよ」
「……ああ、そうかもしれないな」

 俺は、深く頷いた。
 夢を追い続けるのは無謀だ。どれくらいでゴール出来るのかわからないマラソンを走るようなものだ。
 確かに夢が叶うかもしれないという希望を胸に生きていた日々は輝いていたと思うし、夢を諦めてしまってからの日々は酷く陰鬱だった。
 楽しい日々を送るために夢を追いかける……それはもはや夢を叶える事が目標じゃなくなっている。夢は叶わないもの……でも追い続けてみる。夢が叶わない事が確定した時の絶望は大きいかもしれないが、その絶望に怯えていてはチャンスすらやってこない。
 夢は呪縛だ。だが決して悪い物でもない。人そのものを希望にすることもあれば、絶望に叩き落とすこともある。まさに人生そのものと言えるだろう。

「……じゃあ次は、クオンちゃんの夢ですね!」
「わ、私……?」

 質問の矛先が自分に向けられた事に驚いているのか、久遠はあたふたし始めた。
 そういえば、久遠の夢ってなんだろう。俺が夢という単語に苦手意識を持っていたから聞かなかったけど、改めてみるとちょっと気になる。

「何を驚いてるんですか、レイ君にしか聞かないなんて不公平な事はしませんよワタクシ」
「えっ、えーっと……私は、普通だよ……」
「どんな?」
「……零にぃちゃんの妹であり続ける事……ずっと側に居る事……かな」
「きゃーっ可愛いーっ!!」

 ルィリアは尊死するオタクのような歓喜の声を上げると、久遠をまるで愛玩動物かのように抱きしめた。

「ぅ、ぅうん……」
「もー何で君達兄妹はそんな可愛いんですかー、素晴らしいですよホント! もはや逸材……! ぁああ食べちゃいたい!♡」
「気持ち悪い」

 俺は思わずルィリアに向けてそう言い放った。

「やめてくださいレイ君……! 今のワタクシは君達にメロメロです……! 罵倒ですらご褒美になって新たな性癖の扉を開いてしまいます……!」
「……クソ雑魚お姉さんっ」

 久遠がトドメを刺す。

「あぁあああああっ!! ダメですっ!! ワタクシ、ドMになってしまいますぅうううっ!!」

 顔を真っ赤にして興奮が最高潮に達したルィリアは、そう喘ぐと何処かへ走っていってしまった。

「お、おいー! 風呂の案内は!?」
「ああああもうそこですぅううぁああああ!!」
「え? あ、ホントだ」

 俺は振り戻って正面を見ると、銭湯でよく見るような“男(異世界の文字で)”と書かれた青色の暖簾と、“女(異世界の文字で)”と書かれた赤色の暖簾があった。

「……じゃあ、一緒に入ろっか零にぃちゃん」
「1人で入るからな俺は。前世では流石にそこら辺の線引き出来てたよな?」
「そうだっけ? 知らないなー……」
「とぼけても無駄だぞ、俺の記憶にはしっかり残ってるからな……まぁいいか、ちゃんと男湯と女湯で分かれてるみたいだし。ホント銭湯みたいだな」

 そう言って俺は青い暖簾を、久遠は赤い暖簾をくぐった。

「零にぃちゃん、また会ったね」
「暖簾の意味は雰囲気だけかよォオオオッ!?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

処理中です...