慟哭のシヴリングス

ろんれん

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姦邪Ⅰ -家出編-

第12話 二人きりの心

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 俺は走った。妹の久遠の手を引っ張り、なるべく遠くへ行く為に、知らない道を走った。
 無我夢中で走っていた俺は、改めて辺りを見渡す。ここは街でも村でもなく木々生い茂る森の中だった。
 足を止めると、周囲から葉や枝に雨がぶつかる音が聞こえる。まるで大自然による合唱のようだった。それは恵みの雨に対する歓喜の歌声なのか、激しい雨による怒りと悲しみなのかはわからないが。
 
「はぁ……はぁ……」
「……家出、しちゃったね」

 ふと、手を繋いでいた久遠が俺の耳元で囁くような小さい声でそう言った。

「ああ……そうだな……身寄りも無ければ、そもそも俺達は外の世界を知らない……お先真っ暗だ」

 俺はため息混じりにそう言う。
 実は、前々から家出を計画していた訳ではないのだ。狂ったシェリルから久遠を守らなくては、という想いによって突発的に起こした行動。だから食料も寝床も、何の前準備も無かった。
 あれだけこっぴどく言ったんだ、今更戻って“ごめんなさい”で済む訳がない……まぁ、そんな選択をする気は毛頭無いが。

「でも……これから私達は、喜ぶ時も楽しい時も、悩む時も悲しい時も苦しい時もずっと一緒。零にぃちゃんの意思は私の意思。たがう事なんて無いから」
「……そっか」

 久遠はそう言って優しく俺を抱きしめた。久遠の言葉に、俺は少し救われたような気がした。
 これからの事は正直、不安しかない。だがどんな困難でも二人でなら乗り越えられる……なんて一丁前な綺麗事は言えないが、どんなものであれその時の感情を共有出来る存在がずっと側にいるというのは、心強い。

「……零にぃちゃんの身体、あったかい」

 久遠は、俺の身体に抱きついたままそう呟いた。
 俺はなんだか恥ずかしくなって、思わず辺りをキョロキョロと見回す。すると、偶然にも雨宿り出来そうな洞窟を発見した。

「あっ、近くに洞窟があるぞ。そこで雨宿り兼休憩しよう!」
「うん……二人だけの、濃密な時間……」
「何を言ってるんだ?」
「ナニ、だよ……へへ……」
「…………」

 俺は敢えて何も言わず抱きつく久遠の身体を持ち上げて、洞窟の中へ入っていった。
 ここは異世界、何が起こるかわからない。急に洞窟の奥から得体の知れないバケモノが現れるかもしれないし、何か異変があってもすぐに逃げられるようにとそこまで奥までは入らず、出入り口付近で休憩する事にした。

「うぅっ……寒い……」

 隣に身を寄せて座っている久遠が身体を震わせながらそう言った。外は雨が降っていて気温が下がっている為か、洞窟内は冷え切っていた。久遠の服装も袖無しワンピースで肌の露出が割と多く、俺自身も指や足の先端が冷えていて辛い。

「ちょっと待ってて……よいしょ」

 俺は少しだけ久遠から離れ、葉っぱや枝を探すべく洞窟内を探索する。とは言っても奥に進み過ぎると久遠を不安にさせてしまうので、こちらから久遠の事が見える範囲で探す事にする。
 枝や葉っぱを炎属性魔術で燃やして暖を取ろうという算段なのだが……不思議な事に洞窟内の枝はカラカラに乾いており、燃やすには適していた。
 俺はある程度集め終えると久遠の側に戻って、集めた枝や葉っぱを炎属性魔術で燃やして擬似的に焚き火をした。

「あ……あったかい。こうしてると、私達ちゃんと生きてるんだって感じられる……」
「そうだな」

 枝や葉っぱがパチパチと音を立てながら燃え、目の前の炎に俺達は手を翳す。段々と焚き火によって洞窟内は暖かくなっていき、いつの間にか寒さを感じなくなっていた。

「うぅん……何か眠くなってきちゃった……零にぃちゃん、一緒に寝よ……?」
「……ああ、そうするか」

 俺は頷くと、久遠と一緒に横になった。ずっと走っていて疲れが溜まっていたのか、久遠は横になってすぐに寝息をあげて眠ってしまった。
 ……なお、俺は眠らなかった。決して眠くない訳ではないが、もし眠っている間に何かが起こったら対処出来ない。なので俺は眠るフリをして久遠を見守る事にした。

「すぅ……すぅ……」
「…………」

 久遠の安らいだ寝顔を見つめながら、俺は考えてしまう……“俺の選択は果たして正しかったのだろうか”と。
 家出するのは俺だけの方が良かったのではないかと。別にシェリルが要らなかったのは俺だけであって、久遠……フェリノートの事は寧ろ求めていた。例の運命の人との暮らしではフェリノートが殴られる事は無いだろうし、毎日美味しいご飯を食べて家族で団欒だんらんし、夜は温かいベッドで眠るのが当たり前の、何不自由無い日々を送っていただろう。
 本音を言えば、シェリルが幸せになるのがしゃくだったのだ。シェリルの口から“幸せ”という単語が出る事に嫌気がさしていた。

 ——要は久遠と一緒に家出したのは結局のところ、俺の我儘という事だ。

 前世が悲惨な最期だった分、今世の久遠には幸せでいてほしい。しかし俺が幸せから遠ざけているのではないか、そう考えてしまう。

「……零にぃちゃん、寝たかな……」
「……?」

 ふと、眠っていた筈の久遠がそう呟いた。寝言にしては、随分はっきりした声だった。

「ねぇ……零にぃちゃん……?」
「どうした?」
「あっ……ううん、なんでもない」
「大丈夫、俺はどこにも行かないから」
「う、うん……」

 少し悲しげに頷くと、久遠は再び寝息をあげて眠った。
 寝るという事は、目が見えない人にとって怖いものなのかもしれない。今の久遠は誰かの……俺の介護が無くてはまともに行動する事が出来ない。
 久遠は俺と同じで少しネガティブな一面がある。だからもし眠りから醒めて誰も居なかったら……なんて考えてしまうのだろう。そんな心配しなくても、俺が久遠の側を離れる事なんて無いのに。
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