慟哭のシヴリングス

ろんれん

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姦邪Ⅰ -家出編-

第9話 兄妹の再会

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「じゃあ——私の事、すき?」
「……」

 フェリノートの何気ない質問に、俺は言葉を詰まらせた。
 最近、俺はフェリノートを無意識に前世での妹である久遠と重ねてしまうのだ。似ている箇所は……少し内気というところ以外無いのに。顔も髪色も瞳の色も声も、容姿に関しては何もかも違うのに、妹というだけで重ねてしまうのだ。
 俺はフェリノートの事を良く思っているのか否かが……自分の心のことなのにわからない。

「因みに私は……正直、好きになっちゃった」
「……」
「でも……好きになりたくない」
「……そっか」
「信じてくれるか分からないけど、私……実は前世の記憶があるの」
「なっ……!?」

 俺はここ数年で一番驚いた。まぁその割にあまり声が出ていないのだが。
 まさかフェリノートも俺と同じく異世界転生者だったとは。たまたまなのか何かしらの因果でもあるのかは不明だが、この異世界では転生者は普通じゃない家庭に何の能力も無く生まれてくるようなものなのか? もしそうだとして、俺達のいる異世界が舞台になった小説があるのだとしたら、なんて広がらなそうなのだろう。

「それでね……前世では、今と同じように兄がいたの。私は兄が大好きだった。お嫁さんになりたいって思うくらい。それは生まれ変わった今でも変わらないの……すっごく好き。でも貴方を好きになるって事は、浮気になっちゃうから……だから、好きになりたくない。でもっ、好きなんだ……」

 とにかく、フェリノートは前世の兄の事を異性として見ていて、結婚したいくらい大好きだという事はよくわかった。
 別に気にした事は殆ど無いのだが、改めて振り返ってみると、フェリノートは俺の事を“兄”と呼んだ事は一度もない。前世の兄が大好きであり自身にとっての兄は前世での兄なのだから、新しい兄である俺を受け入れたくなかったのだ。

 俺と同じって訳だ。前世での妹が……好きって訳ではないが、大切な存在だと思っている。だが守れなかった……守ったのに、結果俺だけが生き残った。そんな俺が、生まれ変わってまで生きていていいんだろうか。
 そう思っているのに……俺は自分の罪を忘れ、フェリノートの事を妹として接してしまっている。これじゃ、久遠に顔向けできない。

「俺の事はいい、前世の兄を好きでいてやってくれ。無理に重ねなくてもいい」
「うん……でも、もう会えないんだよ……世界が違うから。遠距離恋愛にも程があるよ」
「よく言うだろ、“離れていても心は一つ”みたいなさ」
「うん……でもやっぱり会いたいよぉ……れいにぃちゃん……」
「——今、なんて?」

 俺はフェリノートが発した単語を、もう一度聞こうと問う。
 。前世ではいつも妹が俺の事をそう呼んでいた。聞き間違いでなければ、そして同姓同名の別人もしくは偶然同じ呼び方でなければ、フェリノートの前世は……。

「えっ? 零、にぃちゃん……」
「零……それが、兄の名前か?」
「うん。本名は黒月零っていうの、かっこいいでしょ!」
「まさか、アンタ……久遠、なのか……?」
「……どうして、その名前を」
「知ってるよ……あぁもちろん知ってる……俺の、一番大切な妹の名前だからな……!」
「え……えっ……嘘……それって……本当に……!?」

 フェリノートは何も映さない虚ろな目を見開いて、驚きと喜びが入り混じった表情を俺に向ける。

「ああ……俺の前世の名前は黒月零。他の誰のでも無く、久遠の唯一の兄だよ……!」
「あ……ああ……本当に零にぃちゃんなんだね……うぅっ、零にぃちゃんっ!!」

 フェリノートは俺が前世で大切であった兄であると気付くと、喜びのあまり涙を流しながら更に強く抱きしめてきた。
 妹が亡くなり自分だけ生き残ったと知ったあの虚無感と絶望。生きる理由が無いと言って自殺してこの異世界に転生してからも、碌な事が無かった。生まれて早々にDVの現場を見せつけられ、シェリルが不倫、それに対してダメだと告げると殴られて、見返せるような転生モノ特有のチート能力も無し、あるとしても謎の再生能力。だからどれだけ殴られても傷という名の証拠が勝手に隠滅されてしまう。
 色々あった。本当に色々あったが……今この瞬間、それら全てが報われたような気がした。久遠が先に死んだ筈なのに俺よりも後に生まれた事が些か気になるが、こうしてまた久遠の兄として生きる事が出来る……その事実の方が、俺にとって大きかった……そう、だからこそ。

「……久遠」
「なぁに……?」
「……ごめんな。あの時、守れなくて……久遠を、死なせてしまった」

 ——脳裏に焼き付いた、光景トラウマを思い浮かべる。

 暴走したトラックから久遠を庇って、俺も事故に巻き込まれた。衝突した痛みを感じるよりも先に、俺は意識を失った。
 意識を取り戻すと同時に、全身の痛みに襲われた。身体中の骨が折れているのか、体が動かせなかった。
 ガヤの騒めく音と、遠くから救急車の音が聞こえていた。だがそれ以上に俺の耳に聞こえていたのは、弱々しく俺を呼ぶ久遠の掠れた声だった。
 力を振り絞って声の方向に顔を向けると、そこには目にガラス片が刺さって血塗れになっている久遠の姿があった。俺はどんな痛みを伴おうとも無理矢理にでも身体を動かそうとするが、言うことを聞いてくれなかった。
 ……地獄だった。久遠が俺を呼んで助けを求めているのに、何も出来ずただ見る事しか出来ず意識が遠のいていくだけというのは。

 転生した久遠が生まれつき盲目なのはきっと、死ぬ直前に目にガラス片が刺さっていたという因果によるモノだろう。

「零にぃちゃん……」
「俺は久遠が大切だった……! 守りたかった……死ぬなら俺でよかったのに、俺だけが生き残った……ずっとやるせなかったんだ……!」
「ううん……いいの。私、零にぃちゃんが庇ってくれた時の温もりは、今も憶えてるよ」
「命を賭けてでも妹を守ろうとするのは……兄として当たり前だろ……!?」
「当たり前……ふふっ、ありがと……零にぃちゃん。私は怒ってなんかいないよ、本当だよ」
「っ……」
「でもね、今の私は目が見えないんだ……だから零にぃちゃんが今どんな顔してるのかわからないの。離れたら何処にいるのかわからないんだ……だから私が転びそうになったら支えて欲しい。逆に零にぃちゃんが転びそうになったら、私も一緒に転んであげる。だからこれからはこうやって手を繋いで、ずっと私の側に居てほしいな」
「……ああ……ああ……今度こそ、ずっと一緒だ」
「うん……不束者だけど、よろしくね? 零にぃちゃんっ」

 フェリノート……いや久遠は俺の手をぎゅっと握りながら、俺に顔を向けて優しく微笑みながらそう言った。
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