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姦邪Ⅰ -家出編-
第8話 常闇のナイト様
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あれから毎日、フェリノートは一人でも歩けるようにとリハビリを行ってきた。だがあの時のフェリノートはまだ2歳……考えてみれば普通はまだ歩ける歳頃ではないのに、歩くリハビリだなんておかしな話だ。
まずは壁を触らず俺の手を借りながら歩けるようになるべく、廊下を何度も一緒に往復した。ある程度感覚を掴むようになったら、俺の手を借りなくても廊下を歩ききれるように、敢えてサポートはしない。転倒しそうになったら俺が支えて……という方法だ。まぁ、多少手荒かもしれないが。
「よし、じゃあ歩いてみよう。俺の元まで来れたらクリアだからね」
「うん……そこに居て。居てくれないと、私……困るから」
「そんな意地悪しないから安心しろ」
そう言いながら、俺はフェリノートから離れて廊下の向こう側に立つ。途中で転んだり、壁に頼らず真っ直ぐ俺の元に来れればオッケーである。
「いっ、いくよっ……」
「おう」
「うっ、うう……」
フェリノートは恐る恐る足を少しずつ前に踏み込む。そこまで距離がある訳ではないが、ここからでもフェリノートの震えた呼吸が……不安な気持ちが伝わってくる。
目を瞑った状態で歩くのと、盲目……視覚によるヒントが一つも無い状態で歩くのとでは全然感覚が違うのだと日々フェリノートを見ていて感じる。
考えてみれば、フェリノートはそもそもこの家がどんな形をしていて、どんな色をしているのかを全く知らない訳だし、怖いのは当然か。それがどこ行っても一生ついて回るのだから、盲目でも生きようと努力している人は凄いと心から思える。
「あっ……うぅわぁあっ!?」
「っ!!」
突如フェリノートがバランスを崩し、俺に向かって倒れてきた。俺は突然の事で一瞬焦ったが、即座に両手を広げて倒れてくるフェリノートの小さな身体をキャッチして支えた。
「うっ、うう……怖かったよぉ……」
「何があったんだ? 順調そうだったのに」
「いけそうって思って……最後、調子乗っちゃった」
「気配? 俺のか?」
「うん……気、緩めちゃダメだね」
「時間はいっぱいあるんだ、気長にやろう」
「……うん」
俺の言葉に、フェリノートは小さく弱々しい声で頷いた。
リハビリを二人でするようになってからフェリノートは俺に対して嫌な感情を抱かなくなったのか、触れても嫌な顔をしなくなった。もしかしたら母親であるシェリルに似て淀みのない完璧な演技かもしれないが。
まぁ……もし本当に心を許したのであれば、正直嬉しい。
それから着々とフェリノートは一人で歩く事に慣れていき、リハビリも段々と高度なものになっていった。そしてフェリノートが4歳になる頃には俺が居なくても家の中なら一人で移動出来るようになった。つまり、リハビリの必要が無くなったという訳だ。
「……ねぇ」
「ん?」
いつものように本を読んでいると、フェリノートが声を掛けてきた。いつも同じ場所で本を読んでいる為、俺がいつもいる位置を把握しているのだろう。
「……今日は、しないの?」
「何を?」
「……リハビリ」
「必要無いだろ。フェリノートはもうこの家の中でなら一人でも大丈夫なんだし」
つい昨日、フェリノートはこの家の特定の部屋の場所や物が置いてある箇所まで、途中で転んだりする事もなく歩いてみせた。
家の中限定とはいえそこまで出来たのなら、もうリハビリをする必要は無いだろう。家を出る時は、流石に誰か……まぁきっと俺と一緒になるだろうし。
「……やだぁ」
「へ?」
「今までずっと、手を握ってくれてた。身体を密着させて、サポートしてくれた……それが終わるの、やだぁ……!」
フェリノートはそう言うと泣き出して、本を読む俺に優しく抱きつき肩を自身の涙で濡らしてきた。
あれから2年間、習慣としてやってきたリハビリ生活が終わったのだ。一番距離が近かった時間だった。手を互いに握って、時に身体を受け止めて、身体を密着させて歩き方を教えてきた。
目が見えないフェリノートにとって、その時間はとても有意義だった……それが突然無くなって寂しいのだろう。
「でも一人で歩けるようになったから便利だろ?」
「一人で歩けるようになっても、一人はやっぱり怖い。出来れば、ずっと側に居てほしい……」
「うーん……」
俺は頭を悩ませた。
この家にはとにかく暇潰し出来る物が少な過ぎる。俺がこうして本を毎日読んでいるのは、それくらいしか出来る事が無いからである。
しかし目の見えないフェリノートにとって、字を読むなんて不可能……もはやある種の侮辱である。
「だからこれからは身を寄せながら、お話……しよ?」
「話?」
「うん……私、まだ貴方の事よく知らない。教えてほしいな」
「教えて欲しいって言われてもなぁ……逆に何を教えて欲しいんだ?」
「じゃあ——私の事、すき?」
まずは壁を触らず俺の手を借りながら歩けるようになるべく、廊下を何度も一緒に往復した。ある程度感覚を掴むようになったら、俺の手を借りなくても廊下を歩ききれるように、敢えてサポートはしない。転倒しそうになったら俺が支えて……という方法だ。まぁ、多少手荒かもしれないが。
「よし、じゃあ歩いてみよう。俺の元まで来れたらクリアだからね」
「うん……そこに居て。居てくれないと、私……困るから」
「そんな意地悪しないから安心しろ」
そう言いながら、俺はフェリノートから離れて廊下の向こう側に立つ。途中で転んだり、壁に頼らず真っ直ぐ俺の元に来れればオッケーである。
「いっ、いくよっ……」
「おう」
「うっ、うう……」
フェリノートは恐る恐る足を少しずつ前に踏み込む。そこまで距離がある訳ではないが、ここからでもフェリノートの震えた呼吸が……不安な気持ちが伝わってくる。
目を瞑った状態で歩くのと、盲目……視覚によるヒントが一つも無い状態で歩くのとでは全然感覚が違うのだと日々フェリノートを見ていて感じる。
考えてみれば、フェリノートはそもそもこの家がどんな形をしていて、どんな色をしているのかを全く知らない訳だし、怖いのは当然か。それがどこ行っても一生ついて回るのだから、盲目でも生きようと努力している人は凄いと心から思える。
「あっ……うぅわぁあっ!?」
「っ!!」
突如フェリノートがバランスを崩し、俺に向かって倒れてきた。俺は突然の事で一瞬焦ったが、即座に両手を広げて倒れてくるフェリノートの小さな身体をキャッチして支えた。
「うっ、うう……怖かったよぉ……」
「何があったんだ? 順調そうだったのに」
「いけそうって思って……最後、調子乗っちゃった」
「気配? 俺のか?」
「うん……気、緩めちゃダメだね」
「時間はいっぱいあるんだ、気長にやろう」
「……うん」
俺の言葉に、フェリノートは小さく弱々しい声で頷いた。
リハビリを二人でするようになってからフェリノートは俺に対して嫌な感情を抱かなくなったのか、触れても嫌な顔をしなくなった。もしかしたら母親であるシェリルに似て淀みのない完璧な演技かもしれないが。
まぁ……もし本当に心を許したのであれば、正直嬉しい。
それから着々とフェリノートは一人で歩く事に慣れていき、リハビリも段々と高度なものになっていった。そしてフェリノートが4歳になる頃には俺が居なくても家の中なら一人で移動出来るようになった。つまり、リハビリの必要が無くなったという訳だ。
「……ねぇ」
「ん?」
いつものように本を読んでいると、フェリノートが声を掛けてきた。いつも同じ場所で本を読んでいる為、俺がいつもいる位置を把握しているのだろう。
「……今日は、しないの?」
「何を?」
「……リハビリ」
「必要無いだろ。フェリノートはもうこの家の中でなら一人でも大丈夫なんだし」
つい昨日、フェリノートはこの家の特定の部屋の場所や物が置いてある箇所まで、途中で転んだりする事もなく歩いてみせた。
家の中限定とはいえそこまで出来たのなら、もうリハビリをする必要は無いだろう。家を出る時は、流石に誰か……まぁきっと俺と一緒になるだろうし。
「……やだぁ」
「へ?」
「今までずっと、手を握ってくれてた。身体を密着させて、サポートしてくれた……それが終わるの、やだぁ……!」
フェリノートはそう言うと泣き出して、本を読む俺に優しく抱きつき肩を自身の涙で濡らしてきた。
あれから2年間、習慣としてやってきたリハビリ生活が終わったのだ。一番距離が近かった時間だった。手を互いに握って、時に身体を受け止めて、身体を密着させて歩き方を教えてきた。
目が見えないフェリノートにとって、その時間はとても有意義だった……それが突然無くなって寂しいのだろう。
「でも一人で歩けるようになったから便利だろ?」
「一人で歩けるようになっても、一人はやっぱり怖い。出来れば、ずっと側に居てほしい……」
「うーん……」
俺は頭を悩ませた。
この家にはとにかく暇潰し出来る物が少な過ぎる。俺がこうして本を毎日読んでいるのは、それくらいしか出来る事が無いからである。
しかし目の見えないフェリノートにとって、字を読むなんて不可能……もはやある種の侮辱である。
「だからこれからは身を寄せながら、お話……しよ?」
「話?」
「うん……私、まだ貴方の事よく知らない。教えてほしいな」
「教えて欲しいって言われてもなぁ……逆に何を教えて欲しいんだ?」
「じゃあ——私の事、すき?」
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