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姦邪Ⅰ -家出編-
第6話 悪夢の経過観察
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あれから数日が経過し、この偽りの家庭が少しずつ変化していった……だがそれは悪い方向に、だ。
男はあの日の残業がきっかけで出世したが、その分残業が増え、疲れているのかあまり喋らなくなった。
一方、シェリルは男が疲れていて話しかけてこなくなったのをいい事に、常に上機嫌になった。朝に関しては鼻歌を歌っているくらいだ。
俺は……まぁいつも通り。
「じゃあ行ってくるわねっ」
「うん……気を付けて」
男は上機嫌なシェリルを見送ると、深いため息を吐きながらリビングへ戻ってきた。
今日は珍しく男が休みでシェリルが出勤だった。
「……あのさ」
「ん……どうしたんだいシン?」
「シェリルが不倫してるかもって考えた事、ある?」
怒鳴られるかもしれない、殴られるかもしれない。でも俺は意を決して男に聞いた。
「……まぁ、あれはしてるだろうね」
男は少し微笑んで、ため息混じりにそう返した。
「どうして……なんで何も言わないんだ?」
「いつかはこうなるって……わかってたから。僕とシェリルは、本当の愛で結ばれた訳じゃないんだ」
「……」
「僕のシェリルに対する想いは本物。でもそれ以外は全部、偽りなんだ」
「全部偽り……じゃあ、俺は?」
「シンは……うん、本物だよ」
男は俺から目を背けてそう言った。その仕草だけで、それが本心ではない事はすぐに察した。
確かに俺は偽物か本物かで問われれば、後者かもしれない。だが俺は男にとっての“罪”であり、シェリルにとっての“絶望”でもある……存在価値は、無い。
「嬉しくないな」
「でも唯一の救いは、シンがシェリルに一度も暴力を振るわれてないって事かな」
「え……?」
男の発言に、俺は思わず声を出してしまった。
確かに数としては少ないが、それでも痕になるくらいの強さで何度か頬を殴られた事はある。殴られてから時間が経っているとはいえ、殴られた俺の顔を見た事があるはずだ。
たった一夜で痣が癒えたとでもいうのだろうか?
普通じゃあり得ない話だが、この俺には強引にでも納得せざるを得ない要因が一つだけある。
——俺は異世界転生者である、という事だ。
死んでも本人だけ記憶を保有した状態で時間を逆行出来るなんて設定だって存在するんだ、どんな傷も一夜を明かせば治ってしまう……なんていう能力だってあるだろう。
しかしよりにもよってそんな能力だなんて……俺はつくづくツイてない。
「……殴られた事があるのかい?」
「いや……………………無い」
俺はかなり間を開けて、結局嘘をつく事にした。
男は俺の返答に、目を瞑って無言で頷いた。しかしその眉間には皺が寄っており、小さく歯軋りのような音も聞こえたゆえ、俺が嘘をついている事になんとなく気付いていたのだろう。
その後、俺達が会話をする事はなく、シェリルが帰ってくる前に俺は眠ってしまった。
◇
それから数週間後、シェリルは新しく子供を孕った。男もシェリルも喜んでいたが、きっと男は表面上だけだろう。
だってその子供は自分とシェリルとの子供ではなく、不倫相手との子供だとわかっていたから。それでも男はシェリルを問いただす事なく、素直に喜んでいるように見せた。
俺が4歳になった頃、シェリルは不倫相手との子供を出産した。女の子だった。俺も男もシェリルもみんな黒髪だったが、産まれてきた女の子の髪は薄めのオレンジという明るい色をしており、誰の顔とも似ていなかった。
明らかに遺伝子が異なっているにも関わらず、男は何も言わなかった。シェリルも、シラを切るばかりであった。
——俺は2度目の妹に、意外にも何の感情も抱かなかった。
男はあの日の残業がきっかけで出世したが、その分残業が増え、疲れているのかあまり喋らなくなった。
一方、シェリルは男が疲れていて話しかけてこなくなったのをいい事に、常に上機嫌になった。朝に関しては鼻歌を歌っているくらいだ。
俺は……まぁいつも通り。
「じゃあ行ってくるわねっ」
「うん……気を付けて」
男は上機嫌なシェリルを見送ると、深いため息を吐きながらリビングへ戻ってきた。
今日は珍しく男が休みでシェリルが出勤だった。
「……あのさ」
「ん……どうしたんだいシン?」
「シェリルが不倫してるかもって考えた事、ある?」
怒鳴られるかもしれない、殴られるかもしれない。でも俺は意を決して男に聞いた。
「……まぁ、あれはしてるだろうね」
男は少し微笑んで、ため息混じりにそう返した。
「どうして……なんで何も言わないんだ?」
「いつかはこうなるって……わかってたから。僕とシェリルは、本当の愛で結ばれた訳じゃないんだ」
「……」
「僕のシェリルに対する想いは本物。でもそれ以外は全部、偽りなんだ」
「全部偽り……じゃあ、俺は?」
「シンは……うん、本物だよ」
男は俺から目を背けてそう言った。その仕草だけで、それが本心ではない事はすぐに察した。
確かに俺は偽物か本物かで問われれば、後者かもしれない。だが俺は男にとっての“罪”であり、シェリルにとっての“絶望”でもある……存在価値は、無い。
「嬉しくないな」
「でも唯一の救いは、シンがシェリルに一度も暴力を振るわれてないって事かな」
「え……?」
男の発言に、俺は思わず声を出してしまった。
確かに数としては少ないが、それでも痕になるくらいの強さで何度か頬を殴られた事はある。殴られてから時間が経っているとはいえ、殴られた俺の顔を見た事があるはずだ。
たった一夜で痣が癒えたとでもいうのだろうか?
普通じゃあり得ない話だが、この俺には強引にでも納得せざるを得ない要因が一つだけある。
——俺は異世界転生者である、という事だ。
死んでも本人だけ記憶を保有した状態で時間を逆行出来るなんて設定だって存在するんだ、どんな傷も一夜を明かせば治ってしまう……なんていう能力だってあるだろう。
しかしよりにもよってそんな能力だなんて……俺はつくづくツイてない。
「……殴られた事があるのかい?」
「いや……………………無い」
俺はかなり間を開けて、結局嘘をつく事にした。
男は俺の返答に、目を瞑って無言で頷いた。しかしその眉間には皺が寄っており、小さく歯軋りのような音も聞こえたゆえ、俺が嘘をついている事になんとなく気付いていたのだろう。
その後、俺達が会話をする事はなく、シェリルが帰ってくる前に俺は眠ってしまった。
◇
それから数週間後、シェリルは新しく子供を孕った。男もシェリルも喜んでいたが、きっと男は表面上だけだろう。
だってその子供は自分とシェリルとの子供ではなく、不倫相手との子供だとわかっていたから。それでも男はシェリルを問いただす事なく、素直に喜んでいるように見せた。
俺が4歳になった頃、シェリルは不倫相手との子供を出産した。女の子だった。俺も男もシェリルもみんな黒髪だったが、産まれてきた女の子の髪は薄めのオレンジという明るい色をしており、誰の顔とも似ていなかった。
明らかに遺伝子が異なっているにも関わらず、男は何も言わなかった。シェリルも、シラを切るばかりであった。
——俺は2度目の妹に、意外にも何の感情も抱かなかった。
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