慟哭のシヴリングス

姦邪Ⅰ -家出編-

第5話 孤独の心

「うっ……うぅん……」

　俺は唸り声を上げながら目を覚ました。当たり前だが、そこは見慣れてしまったリビングだった。
　窓の外が暗く、あれからどれくらいの時間が経ったのかと時計を確認する。時刻は午後5時を過ぎており、もうすぐシェリルが帰ってくる頃合いだった。
　今日はあの男は家に帰ってこないし、きっとシェリルは残業と称して例の惚れた男との時間を過ごすため帰りが遅くなるのだろう。
　あの男は確かに狂った人物ではあるが、今は体調の悪い妻の稼ぎを補う為に一日中働いているという状態だ。その間、妻は何してるかって言われれば、仕事先でお目当ての男とイチャついているという。

　——なんだよ、それ。

　俺は転生したあの日から今まで、あの男に対して何の感情も抱かず、ずっとシェリル側として過ごしてきた。きっと辛いだろうから、せめて理解者が一人でもいればちょっとは気が楽になるだろうと思ってたから。
　でも今は……シェリル側では居たくないのが本音だ。不思議だ、たった1日で他人への評価は180度変わるもんなんだな。

「……たすけて」

　無意識に、俺は天井に向かってそう呟いたらしい。
　そんな事微塵も思っていないつもりだった。何も感じていないつもりだった。ただ自分はどうすればいいのかわからなかっただけだった。
　しかし俺の目からは、涙が溢れてくる。別に悲しくなんてない……辛くなんかない……頬がまだ痛む訳でもない。
　初めて知った。SOSというのは、本人の意思とは関係なく出てしまうものなんだと。

　でも、もう誰も俺を見てなんかいない。
　誰からも助けてもらえない。
　誰かに“助けて”と言える勇気が無い。

　異世界転生者って、理由もなく何か強い能力持ってたり、恵まれた環境で育ったりするんじゃないのかよ。
　……俺には何も無いじゃないか。恵まれた環境でもなければ、特出した能力を持っている訳でもない。寧ろ、狂った家庭に生まれ、俺を産んだ女性からは“望んで産んだ訳じゃない”とまで言われる始末だ。
　なんで転生してまで俺は生きているんだろうか。
　
　——妹を守れなかった報い、とでもいうのだろうか。

　俺は報いを受ける為に生かされているのか。
　もしそうなのだとしたら……なんて生きようって気を起こさせない理由なんだろうか。
　それに、俺なんかよりも妹……久遠くおんの方が転生した方がいいに決まってる。勿論こんな家庭にではなく、それこそ王族だとか恵まれた環境にだ。
　いやもしかしたら実は既に転生していて、どこかの国で王妃として愛されているかも。

　もしそうだったら……いいな。