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姦邪Ⅰ -家出編-
第4話 愛の意味
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「おはようシェリル、シン」
小鳥がチュンチュンと鳴き、太陽が世界を照らす頃、男は何食わぬ顔でリビングにいる俺達に向けて挨拶する。
「……おはよう。何食べる?」
シェリルは男に見向きもせず、キッチンに身体を向けたまま問う。今までと比べて明らかに声色が低く、まるで機嫌が悪いような印象を受ける。
「どうしたんだシェリル、体調悪いのかな?」
昨日までと露骨に態度が違うシェリルに対して、男は困惑したような表情で駆け寄ってそう言った。
「え、ええ……ちょっと疲れが」
「そっか……疲れが残ってるのなら無理しなくても大丈夫だよ。朝の家事は僕が代わるから、シェリルはゆっくりしておくれ」
そう言って、男がシェリルの肩にポンと手を乗せた……その時。
「ひっ……!」
シェリルは突然肩に手を置かれた事と、男に触れられた事に対する嫌悪感からか拒絶するような反応を見せてしまった。
「……」
……。
…………。
………………暫く、沈黙が続いた。
聞こえてくる音は、徐々に荒くなっていくシェリルの呼吸と、この世の穢れを知らない小鳥の鳴き声だけだった。
「ぁ……ご、ごめんなさい……ちょっと……ね、びっくり、しちゃったの……」
「シェリル……」
「なっ、何……?」
「……本当に疲れているみたいだね。今日は仕事行かずにゆっくり身体を休めた方が」
「それは嫌!! ぁ……えと……だって、私も稼がないとっ……ダメ、だから」
「そんな1日休んだ程度で給料も生活の質も変わらないよ」
「私は一度も遅刻した事がないし、欠勤した事もないの! 面子ってものがあるのよ、だから……!」
「……僕の善意を、受け止められないってことかい」
「ちっ、違うのっ! 私はっ、この家族の為に! ほ、ほらっ! 子供だっている訳だしっ!」
「じゃあ今日は僕がシェリルの分まで働く。それでいいでしょ」
「えっ……?」
「シェリルには常に健康で居て欲しいんだ、僕はどうなってもいいからさ。だからお願い……今日だけでもゆっくり休んでよ」
「……はい……わかりました」
シェリルは弱々しい声で頷くと、キッチンから離れて家の何処かへ行ってしまった。
すると男は一言も言葉を発する事なく、キッチンで料理を作り始めた。そして俺の座るテーブルの前にその料理が置かれた。
「……ごめん。僕料理とかあんまやった事なくて、卵焼きぐらいしか作れなかった」
男は引き攣った笑みを浮かべながら俺にそう言った。
目の前にある料理は、男曰く“卵焼き”らしいが……どう見てもスクランブルエッグである。だがまだ幼い俺にとってはこっちの方が食べやすくはある。
「僕はもう出るよ。まともに見てあげられなくてごめん、多分今日中は帰れないかも」
そう言うと、男は颯爽と家を出ていった。
俺は、テーブルの上に置かれた卵焼きを食べ始めた。調味料は一切使われておらず、良く言えば素材本来の味がした。
離乳食完了期を迎えて1~2年、当然だが俺はこの異世界での料理を食べている。しかしどうやらこの異世界の食文化や料理名も、前世で俺が生きていた世界のものと酷似している。異世界だからと言って調理法が変わる訳ではないということなのか、それともこれもまた“異世界転生モノあるある”というやつなのか……それはわからない。
「はぁ……やっと行ったわね」
すると、不機嫌そうに頭を掻きながらため息混じりにそんな事を言いながらシェリルがリビングに姿を現した。だがシェリルは既に仕事着に着替えており、見るからに仕事に行く気満々だった。
「何で……具合悪いんじゃ」
「そんな訳無いでしょ。あの人と出会ってから、こんな生活送るのがより一層嫌になっただけよ……変に優しくされても、気持ち悪いだけなのよ」
「っ……」
シェリルは鼻で笑うように告げた。
俺は、凄く複雑な気分になった。確かにあの男の異様な優しさは不気味で、癇癪を起こした時の暴力は許されないものだ。
シェリルにとってそれは苦痛なものであり、ましてや俺の存在なんて目障りでしかないはずだ。そりゃ仕事先で出会った優しい人に目移りして依存したくなる気持ちもわからなくはない。
「とにかく私は仕事行くから、アイツにはくれぐれも言わないで」
「言わないよ。言わないけど……やっぱり、そういうのよくないと思う、俺」
「は? 何が言いたいワケ」
「確かに望まずして今の家庭を持つ事になったかもしれないよ。あの男の優しさが不気味だったり、癇癪起こさないように演技するのが大変なのもわかるよ。でも……でも過程はどうであれ、あの男のシェリルに対する優しさや想いは、本物だと思うんだ」
「……だから、何?」
「だから……せめて優しさを裏切るような事だけは」
……その途端、リビングにパチンと破裂音のような弾く音が響いた。それと同時に、俺の頬が痛く熱くなって、その場に倒れた。
「何言ってるの……じゃあ何? 私は生涯アイツの妻として生きろとでも言うの!? それがどれだけ苦痛か……私の事わかってくれてるんでしょう!? だったら何でそんな事言うの!? どうして私の幸せの邪魔するの!? ねぇっ!!?」
シェリルは頬を平手で叩いた後、倒れる俺の胸ぐらを掴んで持ち上げ、息を荒くしながら耳元でそう叫んだ。
頬が熱い。首が痛い。耳の中が痛い。泣きたい訳でもないのに、自然と涙が溢れてきてしまう。
「うっ……うぅ……」
「子供だからって泣けば許されると思わないでッ!! 大体貴方は私の望んだ子供じゃないっ!! 産みたくて産んだ訳じゃないっ、赤の他人なのっ!! 自分だけは安全圏に居るとでも思ったら大間違いっ!!」
シェリルはそう言うと、再び俺の頬を拳で思いっきり殴った。痛みと同時に視界がぐらりと揺らいで、意識が朦朧としだす。
なんだか気持ち悪くなってきて、嘔吐感に苛まれる。しかしそんな事一切気に留めず、シェリルは勢いよく玄関を開けて仕事へ出ていってしまった。
「うぅっ……うぇっ……」
俺は立ち上がれず、倒れたまま段々と意識が薄れていく。幾ら何でも、3歳児を大人が本気で殴ったら致命傷になるのではないだろうか。
前世では自ら望んで死んだのに、今世ではこんな形で早く死んでしまうのだろうか。
そんな死の瀬戸際にも関わらず、俺は何故か“サキュバス・ライト”を思い出した。人の形で男を騙してきた悪魔のサキュバスと、ただの青年が純粋な恋に落ちるという、あの作品だ。
——愛って、何なのだろうか。
小鳥がチュンチュンと鳴き、太陽が世界を照らす頃、男は何食わぬ顔でリビングにいる俺達に向けて挨拶する。
「……おはよう。何食べる?」
シェリルは男に見向きもせず、キッチンに身体を向けたまま問う。今までと比べて明らかに声色が低く、まるで機嫌が悪いような印象を受ける。
「どうしたんだシェリル、体調悪いのかな?」
昨日までと露骨に態度が違うシェリルに対して、男は困惑したような表情で駆け寄ってそう言った。
「え、ええ……ちょっと疲れが」
「そっか……疲れが残ってるのなら無理しなくても大丈夫だよ。朝の家事は僕が代わるから、シェリルはゆっくりしておくれ」
そう言って、男がシェリルの肩にポンと手を乗せた……その時。
「ひっ……!」
シェリルは突然肩に手を置かれた事と、男に触れられた事に対する嫌悪感からか拒絶するような反応を見せてしまった。
「……」
……。
…………。
………………暫く、沈黙が続いた。
聞こえてくる音は、徐々に荒くなっていくシェリルの呼吸と、この世の穢れを知らない小鳥の鳴き声だけだった。
「ぁ……ご、ごめんなさい……ちょっと……ね、びっくり、しちゃったの……」
「シェリル……」
「なっ、何……?」
「……本当に疲れているみたいだね。今日は仕事行かずにゆっくり身体を休めた方が」
「それは嫌!! ぁ……えと……だって、私も稼がないとっ……ダメ、だから」
「そんな1日休んだ程度で給料も生活の質も変わらないよ」
「私は一度も遅刻した事がないし、欠勤した事もないの! 面子ってものがあるのよ、だから……!」
「……僕の善意を、受け止められないってことかい」
「ちっ、違うのっ! 私はっ、この家族の為に! ほ、ほらっ! 子供だっている訳だしっ!」
「じゃあ今日は僕がシェリルの分まで働く。それでいいでしょ」
「えっ……?」
「シェリルには常に健康で居て欲しいんだ、僕はどうなってもいいからさ。だからお願い……今日だけでもゆっくり休んでよ」
「……はい……わかりました」
シェリルは弱々しい声で頷くと、キッチンから離れて家の何処かへ行ってしまった。
すると男は一言も言葉を発する事なく、キッチンで料理を作り始めた。そして俺の座るテーブルの前にその料理が置かれた。
「……ごめん。僕料理とかあんまやった事なくて、卵焼きぐらいしか作れなかった」
男は引き攣った笑みを浮かべながら俺にそう言った。
目の前にある料理は、男曰く“卵焼き”らしいが……どう見てもスクランブルエッグである。だがまだ幼い俺にとってはこっちの方が食べやすくはある。
「僕はもう出るよ。まともに見てあげられなくてごめん、多分今日中は帰れないかも」
そう言うと、男は颯爽と家を出ていった。
俺は、テーブルの上に置かれた卵焼きを食べ始めた。調味料は一切使われておらず、良く言えば素材本来の味がした。
離乳食完了期を迎えて1~2年、当然だが俺はこの異世界での料理を食べている。しかしどうやらこの異世界の食文化や料理名も、前世で俺が生きていた世界のものと酷似している。異世界だからと言って調理法が変わる訳ではないということなのか、それともこれもまた“異世界転生モノあるある”というやつなのか……それはわからない。
「はぁ……やっと行ったわね」
すると、不機嫌そうに頭を掻きながらため息混じりにそんな事を言いながらシェリルがリビングに姿を現した。だがシェリルは既に仕事着に着替えており、見るからに仕事に行く気満々だった。
「何で……具合悪いんじゃ」
「そんな訳無いでしょ。あの人と出会ってから、こんな生活送るのがより一層嫌になっただけよ……変に優しくされても、気持ち悪いだけなのよ」
「っ……」
シェリルは鼻で笑うように告げた。
俺は、凄く複雑な気分になった。確かにあの男の異様な優しさは不気味で、癇癪を起こした時の暴力は許されないものだ。
シェリルにとってそれは苦痛なものであり、ましてや俺の存在なんて目障りでしかないはずだ。そりゃ仕事先で出会った優しい人に目移りして依存したくなる気持ちもわからなくはない。
「とにかく私は仕事行くから、アイツにはくれぐれも言わないで」
「言わないよ。言わないけど……やっぱり、そういうのよくないと思う、俺」
「は? 何が言いたいワケ」
「確かに望まずして今の家庭を持つ事になったかもしれないよ。あの男の優しさが不気味だったり、癇癪起こさないように演技するのが大変なのもわかるよ。でも……でも過程はどうであれ、あの男のシェリルに対する優しさや想いは、本物だと思うんだ」
「……だから、何?」
「だから……せめて優しさを裏切るような事だけは」
……その途端、リビングにパチンと破裂音のような弾く音が響いた。それと同時に、俺の頬が痛く熱くなって、その場に倒れた。
「何言ってるの……じゃあ何? 私は生涯アイツの妻として生きろとでも言うの!? それがどれだけ苦痛か……私の事わかってくれてるんでしょう!? だったら何でそんな事言うの!? どうして私の幸せの邪魔するの!? ねぇっ!!?」
シェリルは頬を平手で叩いた後、倒れる俺の胸ぐらを掴んで持ち上げ、息を荒くしながら耳元でそう叫んだ。
頬が熱い。首が痛い。耳の中が痛い。泣きたい訳でもないのに、自然と涙が溢れてきてしまう。
「うっ……うぅ……」
「子供だからって泣けば許されると思わないでッ!! 大体貴方は私の望んだ子供じゃないっ!! 産みたくて産んだ訳じゃないっ、赤の他人なのっ!! 自分だけは安全圏に居るとでも思ったら大間違いっ!!」
シェリルはそう言うと、再び俺の頬を拳で思いっきり殴った。痛みと同時に視界がぐらりと揺らいで、意識が朦朧としだす。
なんだか気持ち悪くなってきて、嘔吐感に苛まれる。しかしそんな事一切気に留めず、シェリルは勢いよく玄関を開けて仕事へ出ていってしまった。
「うぅっ……うぇっ……」
俺は立ち上がれず、倒れたまま段々と意識が薄れていく。幾ら何でも、3歳児を大人が本気で殴ったら致命傷になるのではないだろうか。
前世では自ら望んで死んだのに、今世ではこんな形で早く死んでしまうのだろうか。
そんな死の瀬戸際にも関わらず、俺は何故か“サキュバス・ライト”を思い出した。人の形で男を騙してきた悪魔のサキュバスと、ただの青年が純粋な恋に落ちるという、あの作品だ。
——愛って、何なのだろうか。
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