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姦邪Ⅰ -家出編-
第2話 偽りの団欒
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あれから3年。
俺は自分で立てるようになり、普通に喋れるようにもなった。何も知らない親からすれば成長速度が早いと俺を褒めるのだろうが、2度目の人生なので喋る際の筋肉の動かし方なんて簡単にわかる。
「おはようシェリル、シン」
小鳥がチュンチュンと鳴き、太陽が世界を照らす頃、男は何食わぬ顔でリビングにいる俺達に向けて挨拶する。名前は、知らない。
「あら、おはよう。朝は何食べる?」
女……シェリルは澱みのない優しい笑みを浮かべながら男に向けて問う。
ここだけ切り取れば、俺達は何の変哲も無い普通な家庭だ。しかしこの4年間、シェリルは男の気分を害さない為に良妻を演じてきたのだ。俺も無口で内気な男の子という事になっている。
「そうだなぁ、シェリルの目玉焼きが食べたいな」
「えぇ、それって私の目玉を食べたいって事~?」
「うん。シェリルの目は食べちゃいたいくらい綺麗だけど……残念、卵の方」
「そっかぁ。でも私の目を料理しちゃったら、貴方の顔を見れなくなっちゃうもんね」
「そうだよ、シェリルの目は僕と息子であるシンを見る為だけにあるんだからね」
「うふふっ、じゃあすぐ作るから待っててね」
そういうと、シェリルは鼻歌を歌いながら料理に取り掛かった。
……毎回思うが、朝から何なんだこの会話。正直本当にキモすぎる。
シェリルは冗談で言ってるのだろうが、それに対して本気で返してるのが目に見えていて本当にキモい。いやキモいを通り越してもはや恐怖だ。それに対して嫌そうなそぶりを一切見せないシェリルの演技力には脱帽である。
◇
男は仕事の日は朝出ると夜遅くまで帰ってこない。その分休みの日が多いのだが。
だから男が家を出てから帰ってくるまでが、シェリルは素の自分に戻れるのである。しかしシェリルも働いている為、実際に素の自分に戻れる時間はもっと少ない。
「……はぁ……いつまでこんな生活を」
「シェリル……」
「シン、私も準備したら仕事に行くから。利口にしてて」
シェリルは冷たい表情で、俺にそう言った。
因みに俺がシェリルの事を母親と呼ばずに呼び捨てするのは、シェリル自身からそう言われた為である。
「大丈夫」
俺の返答を聞くと、シェリルは何も言わずそのまま仕事に出る支度を始めた。
聞けば、シェリルはギルドの受付嬢やウェイトレスをしているらしい……そりゃ冗談を言えるユーモアを兼ね備えていて、どんな人間にも愛想良く接せられる訳だ。シェリルの容姿は悪くない方だと思うし、愛想良く接せられたら勘違いする輩も居るだろう。
そして遂に行動に移してしまったのが、あの男という訳だ。訴える事も出来るはずだが、子供を産んだという既成事実とあの男の圧がそうさせてくれないのだろう。
「じゃ、行ってくるわね」
「うん。いってらっしゃい」
「……」
“行ってくる”と言ってから、シェリルは何故かその場から動かずそのまま立ち止まっていた。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもない。あなたが利口で本当、毎日助かってるわ」
「そりゃ、ね」
「……じゃ」
最後にそう言うと、シェリルは家を出て行った。
心なしか、少し微笑んでいるような気がした。多分あれが、母親の顔という奴なのだろう。
◇
両親が居なくなり、家には俺だけしか居なくなった。
シェリルが帰ってくるまでの数時間、俺はひたすら本を読み漁って過ごしている。この世界の文字を読めるようにする為……なのだが、不思議な事に、この世界の文字は日本語のひらがなとかなり酷似している。全く同じ文字もあれば、一画増えていたり欠けていたりする。だが異世界転生モノでは割とあるあるなので、あまり驚きは無かった。
俺は色んなものを読む。
魔術基礎の本……魔導書だったり、物語の描かれた小説。胡散臭い伝説が記載された本、中には洗脳魔術だとか、悪魔召喚なんて危ない魔導書も読んだ。因みにこの危ない魔導書はあの男の部屋から出てきたものだ。
つまりシェリルは交際してから子を産むまでの間、あの男に洗脳されていた……そう考えるのが妥当だろう。まぁ、だとすれば子を産んでから洗脳が解かれているのかが些か疑問だが。
ひとまず俺は、炎属性と水属性を覚えた。
とはいえ家の中では実践出来ないし、外に出ようにも身長が低いので出入り口のドアノブや窓に届かないのだ。
家の中の扉はスライド式なのに、外に出る扉はドアノブ式なのだ。まぁ、子供が脱走しないようにする為の工夫なのだろう。
しかしこの世界の物語は実に面白い。
良くも悪くも王道なものが多いが、どれもちゃんと展開や結末が異なり、設定もちゃんと納得できる。子供でもわかる故に教養にもなるし、大人が読んでもこの奥深さにハマってしまうのではないだろうか。
特に好きなのは、“サキュバス・ライト”という作品だ。自分の欲の為だけに男を騙してきたサキュバスが、ある男との出会いによって本当の愛を知るという内容だ。
「……」
とはいえ、やはり本を読んでいるだけでは暇である。最初の1~2年はシェリルが付きっきりで俺の世話を渋々していたが、こうして一人の時間が増えてから1年、言語の解読も終え、魔術も炎と水の二属性だけとはいえ習得し、この家にある殆どの本は読み終えた。丸暗記とまではいかないにしろ、タイトルを聞いただけで内容は大方わかる。
転生前は、あんなに死にたがってたのに。
それが今じゃ、異世界転生してのんびり一人時間過ごしてるなんて変な話だ。生きる理由が無いのは今も同じだが、不思議と“死ぬ”という選択肢は思い浮かばない。
まぁ、ただそれを実行する勇気が無いだけだが。あの時の俺はよっぽど追い詰められていたんだと思い知る。
——さて、夕方まで何して過ごそうか……。
俺は自分で立てるようになり、普通に喋れるようにもなった。何も知らない親からすれば成長速度が早いと俺を褒めるのだろうが、2度目の人生なので喋る際の筋肉の動かし方なんて簡単にわかる。
「おはようシェリル、シン」
小鳥がチュンチュンと鳴き、太陽が世界を照らす頃、男は何食わぬ顔でリビングにいる俺達に向けて挨拶する。名前は、知らない。
「あら、おはよう。朝は何食べる?」
女……シェリルは澱みのない優しい笑みを浮かべながら男に向けて問う。
ここだけ切り取れば、俺達は何の変哲も無い普通な家庭だ。しかしこの4年間、シェリルは男の気分を害さない為に良妻を演じてきたのだ。俺も無口で内気な男の子という事になっている。
「そうだなぁ、シェリルの目玉焼きが食べたいな」
「えぇ、それって私の目玉を食べたいって事~?」
「うん。シェリルの目は食べちゃいたいくらい綺麗だけど……残念、卵の方」
「そっかぁ。でも私の目を料理しちゃったら、貴方の顔を見れなくなっちゃうもんね」
「そうだよ、シェリルの目は僕と息子であるシンを見る為だけにあるんだからね」
「うふふっ、じゃあすぐ作るから待っててね」
そういうと、シェリルは鼻歌を歌いながら料理に取り掛かった。
……毎回思うが、朝から何なんだこの会話。正直本当にキモすぎる。
シェリルは冗談で言ってるのだろうが、それに対して本気で返してるのが目に見えていて本当にキモい。いやキモいを通り越してもはや恐怖だ。それに対して嫌そうなそぶりを一切見せないシェリルの演技力には脱帽である。
◇
男は仕事の日は朝出ると夜遅くまで帰ってこない。その分休みの日が多いのだが。
だから男が家を出てから帰ってくるまでが、シェリルは素の自分に戻れるのである。しかしシェリルも働いている為、実際に素の自分に戻れる時間はもっと少ない。
「……はぁ……いつまでこんな生活を」
「シェリル……」
「シン、私も準備したら仕事に行くから。利口にしてて」
シェリルは冷たい表情で、俺にそう言った。
因みに俺がシェリルの事を母親と呼ばずに呼び捨てするのは、シェリル自身からそう言われた為である。
「大丈夫」
俺の返答を聞くと、シェリルは何も言わずそのまま仕事に出る支度を始めた。
聞けば、シェリルはギルドの受付嬢やウェイトレスをしているらしい……そりゃ冗談を言えるユーモアを兼ね備えていて、どんな人間にも愛想良く接せられる訳だ。シェリルの容姿は悪くない方だと思うし、愛想良く接せられたら勘違いする輩も居るだろう。
そして遂に行動に移してしまったのが、あの男という訳だ。訴える事も出来るはずだが、子供を産んだという既成事実とあの男の圧がそうさせてくれないのだろう。
「じゃ、行ってくるわね」
「うん。いってらっしゃい」
「……」
“行ってくる”と言ってから、シェリルは何故かその場から動かずそのまま立ち止まっていた。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもない。あなたが利口で本当、毎日助かってるわ」
「そりゃ、ね」
「……じゃ」
最後にそう言うと、シェリルは家を出て行った。
心なしか、少し微笑んでいるような気がした。多分あれが、母親の顔という奴なのだろう。
◇
両親が居なくなり、家には俺だけしか居なくなった。
シェリルが帰ってくるまでの数時間、俺はひたすら本を読み漁って過ごしている。この世界の文字を読めるようにする為……なのだが、不思議な事に、この世界の文字は日本語のひらがなとかなり酷似している。全く同じ文字もあれば、一画増えていたり欠けていたりする。だが異世界転生モノでは割とあるあるなので、あまり驚きは無かった。
俺は色んなものを読む。
魔術基礎の本……魔導書だったり、物語の描かれた小説。胡散臭い伝説が記載された本、中には洗脳魔術だとか、悪魔召喚なんて危ない魔導書も読んだ。因みにこの危ない魔導書はあの男の部屋から出てきたものだ。
つまりシェリルは交際してから子を産むまでの間、あの男に洗脳されていた……そう考えるのが妥当だろう。まぁ、だとすれば子を産んでから洗脳が解かれているのかが些か疑問だが。
ひとまず俺は、炎属性と水属性を覚えた。
とはいえ家の中では実践出来ないし、外に出ようにも身長が低いので出入り口のドアノブや窓に届かないのだ。
家の中の扉はスライド式なのに、外に出る扉はドアノブ式なのだ。まぁ、子供が脱走しないようにする為の工夫なのだろう。
しかしこの世界の物語は実に面白い。
良くも悪くも王道なものが多いが、どれもちゃんと展開や結末が異なり、設定もちゃんと納得できる。子供でもわかる故に教養にもなるし、大人が読んでもこの奥深さにハマってしまうのではないだろうか。
特に好きなのは、“サキュバス・ライト”という作品だ。自分の欲の為だけに男を騙してきたサキュバスが、ある男との出会いによって本当の愛を知るという内容だ。
「……」
とはいえ、やはり本を読んでいるだけでは暇である。最初の1~2年はシェリルが付きっきりで俺の世話を渋々していたが、こうして一人の時間が増えてから1年、言語の解読も終え、魔術も炎と水の二属性だけとはいえ習得し、この家にある殆どの本は読み終えた。丸暗記とまではいかないにしろ、タイトルを聞いただけで内容は大方わかる。
転生前は、あんなに死にたがってたのに。
それが今じゃ、異世界転生してのんびり一人時間過ごしてるなんて変な話だ。生きる理由が無いのは今も同じだが、不思議と“死ぬ”という選択肢は思い浮かばない。
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