慟哭のシヴリングス

ろんれん

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黎明F -審判編-

第19話 真意

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「仲間の力で復活って事かしら……虫唾が走るっ!! うるぁあッ!!」

 アヴァリスは三日月状の斬撃を魔法陣のシールドで防ぐと、無数の氷柱を生成し、俺に向けて一斉に放ってきた。

「何が起こったのかはよくわからないけど……ありがとうな、アリリ」
「えへへっ……お礼、期待してますからね?」
「平和に終わったらな。はぁッ!!!」

 俺は鞘と刀を擦り合わせてそれぞれに着火させると、炎の翼を背中に展開し、向かってくる氷柱へジェット機のように飛んでいった。そして、炎を纏った刀と鞘を二刀流に見立てて次々と氷柱を破壊し蒸発させていく。

「ちっ……!」
「知ってるか、炎で溶けない氷は無い……それが物理法則って奴らしいぞッッ!!」

 俺は全ての氷柱を破壊されて舌打ちするアヴァリスに向けてそう告げると、空中で炎の翼を止めて刀を一旦鞘に納め、蒸発して水蒸気になった氷柱を気体中から鞘付きの刀の上に集中させるように再生成して一本の氷の剣を作り出すと、それをアヴァリスに向けて振り下ろす。

「あっ、そうッ!!」
「っ……!!」

 その途端、アヴァリスは先程のやり返しと言わんばかりに炎属性魔術を竜の咆哮のように放ってきた。当然、氷の剣はアヴァリスに届く前に溶けてしまい、ただの鞘付きの刀へ戻ってしまった。

「氷で来るのなら、炎で対処すればいい……それが物理法則、なんでしょう?」
「ああ……そうだな、だがッ」

 俺は空中で刀を勢いよく一振りして、アヴァリスに向けて鞘を飛ばす。

「それで目眩しのつもりかしらッ!!」

 アヴァリスは飛んできた鞘を簡単に蹴り飛ばしながら、イラついているようなドヤ顔のような表情でそう言った。

「ああ、目眩しだ……0.01秒でも隙を作る為のな!」
「何……?」

 俺はほんの一瞬の間に気体中にある、先程までは氷の剣だったり氷柱だったりだった水蒸気を左手にかき集める。アヴァリスが鞘を蹴ってドヤ顔する頃には既に水蒸気は溜まりに溜まってサッカーボール程の大きな水玉にまでなっている。

「おらっ……どーーんっ!!」

 そして左手にあったサッカーボール程の大きな水玉をアヴァリスに向けて思いっきり投げ飛ばし、跳ねた水の雫一つ一つを氷柱に変化させ、指をパチンと鳴らす。すると水に濡れて寒そうなアヴァリスの身体の至る箇所に氷柱が突き刺さっていく。

「うぁああああっ痛いっ、痛いぃいっ……!!」
「寒そうだな、暖かくするよ」

 寒そうにブルブルと身体を震わせ、戦意喪失しているかのように見える隙だらけのアヴァリスに、俺は慈悲無しと刀身に炎を纏わせたアッツアツの刀を振り下ろした。

「がぁああああああっ!!」
「ハァアアッ!!」

 俺は地面に着地しアヴァリスの身体を焼き切ると、左手に炎を纏わせてアヴァリスの顎にアッパーを喰らわせて天井……星空に向けて殴り飛ばした。
 そして力無く空へ飛んでいくアヴァリスを追いかけるように、瞬時に炎の翼を展開して飛び、一瞬でアヴァリスの元へ手が届く距離まで詰めると、俺はアヴァリスの口元を覆うように強く掴み、水属性魔術を発動させてアヴァリスの口の中に水を流し込んで喉を水で満たし、擬似的に溺れている状態にする。

「んごぉっ!? おごご……ぼぼ……ォッ!?」

 そしてアヴァリスの体内に満たされている水を全て凍らせる。血液も、体液も、喉いっぱいに満たされた水も全て。更に偶然、星空から流れ星が降ってきてアヴァリスに追撃した。
 俺はそのままアヴァリスを地面に向けて投げて叩きつけ、更に追い討ちをかけるように炎を纏わせた刀を投げつけて地面に杭打ちした。

「……ふう」

 俺は一息吐きながら、地面に着地する。アヴァリスは俺の刀で杭打ちされているが、抵抗はせず全てを諦めたような……死を受け入れているかのような表情を浮かべていた。
 まぁ元々アヴァリスはラグナロクの生贄として死ぬつもりだっただろうし、どれだけボコボコにされようが彼女の掌の上なのだが。

「……貴方……バケモノね……氷柱が身体に刺さるの……とっても痛いじゃない……何で耐えられるのよ……人間、なんかのために」
「それより痛いものを知ってるから」
「ははは……これより痛い事、あるの……?」
「——大切な人を失って、何もかもがゼロになった時の……心の痛みだ」
「……くっ……じゃあ何だって言うの……私が悪魔になって人間に裏切られたこの絶望は……氷柱が刺さる痛みに負けるとでも言うの……!?」
「え……!?」
「私はただ……幼馴染を助けたかっただけだった……悪魔として選ばれ、やがて悪魔になってしまう事に毎晩怯えて、震えて泣いてた幼馴染を……自分で言うのは恥ずかしいけれど、それこそ貴方の言うって奴でね」

 アヴァリスは皮肉を言うように、かつての自分を鼻で嘲笑うかのようにそう言った。その目には、涙が浮かんでいた。
 俺は驚愕のあまり、その場で呆然と立ち竦むしか出来なかった。
 あれだけ悪魔らしくある事に拘っていたアヴァリスが、実は元々人間だったなんて……いや、もしかしてあれは。

「別に感謝されたかった訳じゃない……優しい人を演じたかった訳でもない……悪魔になるって事は苦しい事だってわかってた……でも、一人くらいは理解者が居てくれたらって思ってた」

 何故彼女に限らず誰かが悪魔にならなければいけなかったのかはわからないが、とりあえず今俺の目の前に倒れている女は、かつて他人に代わって悪魔になった。
 女に戻ってしまってからの俺と同じように、信頼されていた者達から恐れられ蔑まれ虐げられるようになる事も、彼女はわかっていたのだ。
 でもという事実は揺るがない。そしてそれを知る者も少なからず居る。だからどんなに辛くても、自分の事を知ってくれている人が居るから耐えられると……当時の彼女は思っていたのだろう。

「なのに幼馴染アイツは、私の事なんて知らん顔でのうのうと平和に暮らして、良い子ぶって村の人気者になって、やがて男の人と結婚して、子供も産んで……幸せそうだった」
「……」
「大好きな人が幸せに今を生きてるならって思ってたけど……やっぱり心の奥底では許せなかった……!! 誰のおかげでその暮らしができてると思ってるのよ!! だから私は誓った……人の心を全部捨てて、人々から恐れられ掌で弄ぶような最低最悪の悪魔として生きると!!」
「アヴァリス……」
「……なのに、何で色欲の悪魔は人と共存出来るのよ……!! 私と同じ悪魔なのに……私は人との関わりを絶って悪魔として何百年と生きてきた!! なのに……どうして……どうして」

 アヴァリスは歯軋りをしながら、情けなく……まるで人間の子供のように泣きながらそう言った。
 
 ——“悪魔のくせに、人間に媚び売って縋って生きているのが見ていて不快なの……人間を騙し、共存しなければ生きていけない貴方が、私達と同格の悪魔として存在している事が気に食わない……!!”

 ——“貴女の発言一つ一つが癪に障る……! 抗えないくせに知ったような事抜かして、主人公気取りかしら……貴女は悪魔!! 人から忌み嫌われ恐れられ、人の不幸を愉しむ悪者なの!! もう人間じゃないのよォオオオオオッ!!!”

 ——“……理由なんて無い、楽しいからよ! 間抜けな人間どもが私の掌の上で転がって、絵に描いたような不幸を味わう……それが堪らないのよっ!!”

 ——“人間が生まれるまでは貴女が不幸だからノーカンよ……大体、弱い癖に強がって醜態晒す人間なんてさっさと滅んでしまえばいいのよ”

 ——“何……何なの、貴女……悪魔なのに……悪魔なのにどうしてそこまでして人間を守ろうとする!! 貴女は悪魔という理由だけで、人間共に常に蔑まれてきたんじゃないの!?”

 ——“貴女に人間の醜さを見せてやりたかったのよ!! 同時に、貴女は悪魔であってもう人間ではないと思い知らせたかったのよ!!”

 ——“その優しさは都合の良いように利用されて砕け散る……貴女がそう言ったんでしょう!?”

 今まで彼女が俺に向けて放った言葉達。アヴァリスの過去を知った今なら、その真意がよく理解出来る。

 これらは……ある種の自虐のようなものだったのだ。

 きっと彼女には、俺がかつての自分と重なって見えたのだろう。ただ周りの人間が周知していなかったとはいえ、色欲の悪魔である俺が人間社会に溶け込んで生活出来ているという事が、悪魔になってしまったからこそ人とは共存出来なくなった彼女にとって許せなかったのだろう。
 だから自分と同じような状況を作り出して、人間の醜さを俺に叩き込んで……俺を正真正銘のに仕立て上げたかったのだ。つまり彼女の真の目的はラグナロクではなく……。

「——アンタ、理解者が欲しかったんだな」
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