慟哭のシヴリングス

ろんれん

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黎明F -審判編-

第17話 親心

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 まるでこの国全体が悲しんでいるように、未だ雨は降り続ける。国が流す涙に濡れながら、俺はクリムを抱えて王宮へ目指す。
 道中、正義感溢れる国民に襲われる事も遭遇する事もなく、俺は王宮の前へ辿り着くが……。

「止まれッ! 貴様、シン様になりすましていた色欲の悪魔だなッ!」

 当然、王様が居る場所なのだからそれを守る門番というのが居る訳で、国民の目には俺の姿が“シンになりすましていた色欲の悪魔”としか見えない。そんな奴を、当然易々と王宮に入れてくれるわけもなく、俺は二人の門番から槍を向けられてしまう。

「……頼む。彼を妹に会わせてやりたいんだ」
「そんな嘘で我々が通すとでも思ったかッ!」
「じゃあ彼だけでも中に入れてやってくれ。こんな雨の中じゃ、目が覚めた時に風邪引いてしまう」
「……どうします、嘘言ってるようには見えませんけど」
「騙されるな、コイツは国民全員を騙していた悪魔だぞ」
「でも背中に乗ってる彼だけは入れてあげても……」
「協力関係にあるかもしれない奴を入れるのか? それで何かあったら責任取れるのか?」
「そ、それは……」
「——通してあげなさい、私が許可します」

 すると、門番の向こうから聞き慣れた声が聞こえてきた。そしてまるで俺を招き入れるかのように、ゆっくりと王宮の出入り口の扉が開かれて、声の主が姿を現した。

「い、イェレス王妃!?」
「よろしいのですか!? 此奴は悪魔なのですよ!?」
「ええ……何かがあったら私が責任を取る。そうね……王妃の座から降りましょう」
「なっ……そんな事!」
「とにかく彼を通しなさい。これは命令よ」
「は……はっ!」

 イェレスに従い、門番は一瞬だけこちらを睨みつけた後、渋々道を開けた。俺は頭を少し下げて開けられた道を通り、イェレスの元へ歩み寄る。すると突然イェレスは俺の肩を掴んでぐいっと顔を耳元に寄せて、

「……あなた、シンでしょう?」

 ——そう、囁いた。その声は周りの人には雨の音で掻き消されて聞こえないくらいの声量だった。

「っ……!」
「とにかく、中でゆっくり話しましょう……これ着てついてきて」

 イェレスはそう言うと俺にフード付きの全身が隠れるほどの大きいポンチョを被せて、隙だらけの背中を向けて王宮の中へと入っていった。俺はフードを深々と被ると、イェレスの背中を追って王宮へ入っていった。

 王宮内にはメイドや兵士、そしてリーヴァルの病院から避難してきた医者や看護師、そして患者で溢れていた。しかしこのポンチョのお陰なのかみんな俺を見ても何の反応もしなかった。
 道中、ベッドの上で死んだように眠るメリモアを見つけたので、俺は駆け寄って隣にクリムをそっと下ろすと再びイェレスの背中を追って足を動かした。

「——さて、ここなら気軽に話せるわね……シン」

 そう言って連れてこられたのは、長年使われてなさそうな物置部屋だった。清潔な王宮内とは思えないくらい埃っぽくて、こんな所で深呼吸なんてしたら咳が止まらなくなりそうだ。
 ……いや、そんな事より。

「どうして俺がシンって」
「性別が変わってもわかるわよ……望まぬ形だったとはいえ、あなたはお腹を痛めて産んだ私の子だもの」
「……」
「それに……あなたが色欲の悪魔だなんて言われてしまっているのも私のせい。私が色欲の悪魔に体を乗っ取られている時にあなたをみごもったから……きっとその時に悪魔の力がお腹の中のあなたに宿ってしまったのよ」
「……ああ」
「気が付いたら知らない男と結婚していて、お腹の中にも身に覚えのない子供がいて……気が狂いそうだった。あなたには、酷い事をしたって思ってるわ……!」
「わかってる……わかってるんだよ……アンタがどんな思いで俺を殴ってたのかなんて……あの頃から理解出来てた……だからやり返せなかった」
「っ……シン……」
「だから俺の事なんて忘れればいいんだ!! 家族扱いしなくたっていいんだよ!! 俺は望まぬ形で産まれた紛い物……俺の存在そのものが、アンタにとっての尊厳破壊だろ!!」
「でも、フェリノートはあなたの事を兄だって思ってる」
「それは……」

 俺は喉まで出かかっていた言葉を……と言えなかった。
 今まで散々兄として接してきて、守ってきて……今更、妹じゃないなんて言ったっての一言で片付けられる。

 ——俺の妹……はもう、この世に居ないのだ。

 寧ろ、異世界での妹であるフェリノートと、前世での妹である久遠を重ねて見てしまう俺の方がおかしいのだ。でも……性格も全く違うのに、どうしても割り切る事が出来ない。

「騎士団総団長のアリリ殿から大方話は聞いているわ。あなた……これからどうするつもりなの?」
「どうするって……最終的にはアヴァリスを倒すつもりだ」
「そういう事じゃなくて、その後の話よ」
「その、後……」

 俺はアヴァリスを倒して、メリモアを救うつもりだ。しかしそれをすればラグナロクが起こり、人類は下級悪魔へ変貌を遂げ……事実上、滅亡する。そうなれば俺に待ち受けているのは、途方もない時間が掛かる人間という種の産み直し。
 そんな事したい訳がない。しかし俺が倒そうが殺されようが、どう転んでもそれは避けられない。

「あなたは色欲の悪魔として人々から蔑まれながら生きていくの? それともシン・トレギアスとして生きていくの?」
「どちらにせよ人類は滅ぶ。そうなったら、色欲の悪魔として生きていく一択だろ」
「……もし、滅ばなかったら?」
「え……?」
「何か奇跡が起きて、ラグナロクが起こらなかったら、あなたはどうしたいの?」
「奇跡って……そんなの起こる訳ないだろ」
「私は信じているわ。あなたと、アリリ殿ならきっと……ラグナロクを起こさずアヴァリスを倒してくれるって」

 どうしてそこでアリリの名が出たのか疑問に思ったが、アリリは選定の剣を持つ選ばれし者。魔を祓う存在故に、悪魔とも対等に戦える。イェレスは、悪魔である俺と選ばれし者であるアリリが協力してアヴァリスを倒す事で何かしら奇跡が起きると信じているのだろう。

「……だと、いいな」

 俺はそう呟いた。奇跡なんて起こる訳が無いとは思いつつ、不思議と少しだけ口角が上がってしまった。
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