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黎明F -審判編-
第15話 約束
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王都の何の特徴もないただの広場。
雨が降る中、まるで捨てられた人形のように地面に座り込むクリムの姿があった。
辺りは一見誰も居ないように見えるが、実際はまた神出鬼没なアヴァリスを警戒して隠れている国民達が囲んでいる。
そんな状況の中、俺はクリムの元へ歩み寄る。決して人間の味方アピールをする訳ではない。
「……大丈夫か」
「……………………」
声を掛けても、案の定返事は無かった。
大丈夫な訳がない。自分が実は死んでいて、妹が悪魔と契約したおかげで蘇って、その代償で妹が苦しんでいる……遠回しに、妹が苦しんでいるのは自分が生きているからだと告げられたようなものだ。兄にとって、これほどの絶望は無い。
仕方がないので俺はクリムを負ぶって、大鎌を片手に何処かへ向かって歩きだした。
「……おろせ」
不意に、クリムが弱々しく俺に向かってそう言った。
「何でだ?」
「……オレはもう……死んでたんだってさ……あん時は奇跡だーって喜んでた……馬鹿みてぇだな……」
「……」
「……助けたくて動いてたってのに……全部無意味だった……オレが今生きてる時点で……助けられてたんだ」
「……」
「もう……誰かオレを殺してくれよ……もう生きる気力がねぇんだ……死人は大人しくあの世に帰るべきなんだ」
「——それは、違うと思うな」
背後から聞こえてくるクリムの自暴自棄になってる言葉を、俺は否定した。
「あ……?」
「経緯はどうであれ、クリムとメリモアが過ごしてきた時間は本物だったんじゃないのか」
「……メリモアは死ぬんだ……夢の時間は、もうじき終わる」
「人生なんてそんなもんさ。幸せなんてあっという間で、不幸は突然向こうからやってくる。その度に落ち込んで、“死にたい”とか考えて……でも不幸に見合ってないくらいのちっぽけな幸せで、“また頑張ろう”って立ち上がれる。生きる理由なんて、案外すぐ見つかる。人間の心って、複雑そうに見えて実は単純だからな」
「……何が人生だ……人の心なんて無い悪魔じゃ説得力無いぜ……妹の居ない世界が、どれだけ辛いものか知らないだろ!?」
「——知ってるさ。妹が死んでこの世に居ないって気付いた時の虚無感も……妹を守れなかった罪悪感もな」
「え……?」
俺の言葉に、クリムは静かに驚愕するような声を出す。
——前世。
暴走したトラックから妹を庇ったのに、俺が生き残って、妹は亡くなった。
あの日の出来事は、未だ脳裏に焼き付いている。ガラス片が目に刺さってもがき苦しむ妹の……久遠の姿。そんな状態でも、久遠は俺の事を呼んでいた。“零にぃちゃん、零にぃちゃん”と。零とは、俺の前世の名前だ。
——何も出来なかった。
妹が助けを求めているのに、俺の身体は動かなかった。テレビの中の主人公みたいに想いが力となり……みたいな奇跡は起こらず、その光景を最後に俺は意識を失ってしまった。多分、久遠より早く。
俺が気を失っている間も久遠が命尽きるまで助けを求めていたと思うと……やるせない。
病院で目が覚めた時に告げられた、“久遠が死んだ”という言葉は……とても重かった。生きた心地がしなかった。最終的に俺は、真夜中に病院の屋上から飛び降りてしまったのだ。
「……お前、どこに向かってんだ?」
ふと、クリムがそんな事を問う。
「メリモアのところだ」
「……何でだ……どんな顔して会えばいいってんだ」
「逆に、妹がもうすぐ死ぬっていうのにどうして側に居てやらないんだ」
「メリモアは俺のせいでっ!」
「なら尚更側に居てやれよ。それにメリモアは、罪悪感植え付ける為に兄を……クリムを蘇らせた訳じゃないだろ」
「それは……」
「きっと死ぬまで一緒に居たかったから、蘇らせたんじゃないかな」
「……っ!」
「でもこの死ぬまでが寿命じゃなくて、代償による死なのは……ちょっと切ないけど」
「……お前、どうしてそこまでオレ達を?」
「——約束したからな、クリムにこれ以上罪を重ねさせないし、メリモアの病を治すって」
「……方法はあんのか?」
「アヴァリスを倒す」
「倒すって……そうか、お前悪魔だもんな」
「代償を払い終える……今回の場合ならメリモアの命が無くなるまでが契約期間だから、その間に契約を交わした悪魔を倒せば契約は強制的に破棄され、代償は戻ってくるけど叶った願いも取り消される」
「……それって」
「——正直に言う。俺はメリモアを救う為に、クリムには申し訳ないけど……死人に戻ってもらおうと思ってる」
クリムに罪を重ねない為に、再び死人に戻す……言葉の綾である。1番の理想はメリモアもクリムも生きた状態でハッピーエンドを迎える事だが、そんな都合のいい展開を迎える方法は無い。
「……それが、最善の選択なんだろ。元々死んでるんだ、寧ろ本来あるべき形に戻ってメリモアも救われんなら、オレは構わないぜ」
クリムは明るい声色でそう言った。でも明るく振る舞ったからこそわかりやすかった。その声は、明らかに震えていた。
単なる強がり。本当はクリムだって出来ることならメリモアと一緒に生きていたいのだろう。だがそのメリモアを救おうとすると自分が死んでしまうと告げられて、兄という立場だったり妹を想う優しさで“じゃあやめる”なんて安易に言えないのだ。
——強がるな、と……俺は言えなかった。
雨が降る中、まるで捨てられた人形のように地面に座り込むクリムの姿があった。
辺りは一見誰も居ないように見えるが、実際はまた神出鬼没なアヴァリスを警戒して隠れている国民達が囲んでいる。
そんな状況の中、俺はクリムの元へ歩み寄る。決して人間の味方アピールをする訳ではない。
「……大丈夫か」
「……………………」
声を掛けても、案の定返事は無かった。
大丈夫な訳がない。自分が実は死んでいて、妹が悪魔と契約したおかげで蘇って、その代償で妹が苦しんでいる……遠回しに、妹が苦しんでいるのは自分が生きているからだと告げられたようなものだ。兄にとって、これほどの絶望は無い。
仕方がないので俺はクリムを負ぶって、大鎌を片手に何処かへ向かって歩きだした。
「……おろせ」
不意に、クリムが弱々しく俺に向かってそう言った。
「何でだ?」
「……オレはもう……死んでたんだってさ……あん時は奇跡だーって喜んでた……馬鹿みてぇだな……」
「……」
「……助けたくて動いてたってのに……全部無意味だった……オレが今生きてる時点で……助けられてたんだ」
「……」
「もう……誰かオレを殺してくれよ……もう生きる気力がねぇんだ……死人は大人しくあの世に帰るべきなんだ」
「——それは、違うと思うな」
背後から聞こえてくるクリムの自暴自棄になってる言葉を、俺は否定した。
「あ……?」
「経緯はどうであれ、クリムとメリモアが過ごしてきた時間は本物だったんじゃないのか」
「……メリモアは死ぬんだ……夢の時間は、もうじき終わる」
「人生なんてそんなもんさ。幸せなんてあっという間で、不幸は突然向こうからやってくる。その度に落ち込んで、“死にたい”とか考えて……でも不幸に見合ってないくらいのちっぽけな幸せで、“また頑張ろう”って立ち上がれる。生きる理由なんて、案外すぐ見つかる。人間の心って、複雑そうに見えて実は単純だからな」
「……何が人生だ……人の心なんて無い悪魔じゃ説得力無いぜ……妹の居ない世界が、どれだけ辛いものか知らないだろ!?」
「——知ってるさ。妹が死んでこの世に居ないって気付いた時の虚無感も……妹を守れなかった罪悪感もな」
「え……?」
俺の言葉に、クリムは静かに驚愕するような声を出す。
——前世。
暴走したトラックから妹を庇ったのに、俺が生き残って、妹は亡くなった。
あの日の出来事は、未だ脳裏に焼き付いている。ガラス片が目に刺さってもがき苦しむ妹の……久遠の姿。そんな状態でも、久遠は俺の事を呼んでいた。“零にぃちゃん、零にぃちゃん”と。零とは、俺の前世の名前だ。
——何も出来なかった。
妹が助けを求めているのに、俺の身体は動かなかった。テレビの中の主人公みたいに想いが力となり……みたいな奇跡は起こらず、その光景を最後に俺は意識を失ってしまった。多分、久遠より早く。
俺が気を失っている間も久遠が命尽きるまで助けを求めていたと思うと……やるせない。
病院で目が覚めた時に告げられた、“久遠が死んだ”という言葉は……とても重かった。生きた心地がしなかった。最終的に俺は、真夜中に病院の屋上から飛び降りてしまったのだ。
「……お前、どこに向かってんだ?」
ふと、クリムがそんな事を問う。
「メリモアのところだ」
「……何でだ……どんな顔して会えばいいってんだ」
「逆に、妹がもうすぐ死ぬっていうのにどうして側に居てやらないんだ」
「メリモアは俺のせいでっ!」
「なら尚更側に居てやれよ。それにメリモアは、罪悪感植え付ける為に兄を……クリムを蘇らせた訳じゃないだろ」
「それは……」
「きっと死ぬまで一緒に居たかったから、蘇らせたんじゃないかな」
「……っ!」
「でもこの死ぬまでが寿命じゃなくて、代償による死なのは……ちょっと切ないけど」
「……お前、どうしてそこまでオレ達を?」
「——約束したからな、クリムにこれ以上罪を重ねさせないし、メリモアの病を治すって」
「……方法はあんのか?」
「アヴァリスを倒す」
「倒すって……そうか、お前悪魔だもんな」
「代償を払い終える……今回の場合ならメリモアの命が無くなるまでが契約期間だから、その間に契約を交わした悪魔を倒せば契約は強制的に破棄され、代償は戻ってくるけど叶った願いも取り消される」
「……それって」
「——正直に言う。俺はメリモアを救う為に、クリムには申し訳ないけど……死人に戻ってもらおうと思ってる」
クリムに罪を重ねない為に、再び死人に戻す……言葉の綾である。1番の理想はメリモアもクリムも生きた状態でハッピーエンドを迎える事だが、そんな都合のいい展開を迎える方法は無い。
「……それが、最善の選択なんだろ。元々死んでるんだ、寧ろ本来あるべき形に戻ってメリモアも救われんなら、オレは構わないぜ」
クリムは明るい声色でそう言った。でも明るく振る舞ったからこそわかりやすかった。その声は、明らかに震えていた。
単なる強がり。本当はクリムだって出来ることならメリモアと一緒に生きていたいのだろう。だがそのメリモアを救おうとすると自分が死んでしまうと告げられて、兄という立場だったり妹を想う優しさで“じゃあやめる”なんて安易に言えないのだ。
——強がるな、と……俺は言えなかった。
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