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黎明F -審判編-
第13話 色欲
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「……つまりアヴァリスを倒せば、俺はアプヤヤさんと同じ末路を辿るって事か」
俺はアリリの口から語られた昔話を聞き、それを今の自分に重ねて言った。
——些か疑問だった事が二つ。
太古の昔とはいえ、一度ラグナロクが起こったのならどうして人類は今現存しているのか。
もう一つは、何故この世界に生きる人間は魔術を使えるのか。
これらの疑問は全て、一つの結論で片付けられる。それは“色欲の悪魔アプヤヤが長い年月を掛けて人間を産み直したから”である。
アプヤヤが産んだ人間が子孫を残し続けていったから、今の人類がある。
今この世界に生きている人間全てが微量ながら悪魔の遺伝子を受け継いでいるから、悪魔と同じく魔術が使える。
悪魔に人間の攻撃が通用しないのも、きっと人間の遺伝子の大元が悪魔だからだろう。子が親に勝てないのと同じような原理だろう。
「シンさん……もうアヴァリスと戦うのをやめてください。どう転んでもアヴァリスの思う壺なんです……!」
「………………」
アリリの声は、そこまで強くない筈の雨の音で掻き消され、俺の耳まで届かなかった。
俺に課せられた“色欲”という罪が、こんなにも重過ぎるものだったのか……と思い知った。
もうラグナロクの儀式に必要な生贄は悪魔の命以外集まってしまっている。後は俺がアヴァリスを倒すか、俺がアヴァリスにやられるかだけという状況。
——もっと早く動いていれば、という後悔。
——勝てば良い訳じゃないというもどかしさ。
——どう足掻いても人類は滅亡し、俺はアプヤヤと同じ末路を辿るというほぼ確定した結末に対する……絶望。
それら全てに押し潰されそうに……いや、まるで頭上から目では見えないそれらが俺を潰さんと落ちてきたかのように、俺はその場に膝をついて崩れてしまった……かつてのアプヤヤと同じように。
「シン、さん……」
「——ごめん、ちょっと流石に……しんどいなぁ」
俺は地面に両膝をついたまま、雨が降る暗い空を見上げながら強がってアリリにそう言った……自分の声は、思っていたよりもかなり震えていた。
今まで色んな不幸に見舞われてきた。その度に“これほどの不幸は無い”と思って、毎回毎回辛くて苦しくて悲しくて、時には子供みたいにいじけて人に迷惑掛けてしまった時もあった。それでもってめげずに立ち上がってきた。
——しかし不幸というのは、どこまでもインフレするモノなのである。遂には人類滅亡に留まらず、その先にある途方もないほぼ確定した絶望とまで来てしまった。
途端に怖くなった。これ以上の不幸は無いだろう。でもそれは毎回言っていて、その都度インフレする……これ以上の不幸って、もはや何なのだろうか? 悪魔になったからって不幸まで悪魔的なレベルになるというのか?
泣き叫びたくなった。いやもう泣いてるのかもしれない。もしくはとっくに枯れてしまっているのかもしれない。それならこの雨は俺の涙の代わりに降っているとでも言うのだろうか?
「……どうして、強がっちゃうんですか」
すると、アリリはそう言いながら背中から俺を包み込むようにそっと優しく抱きしめてきた。
「アリリ……」
「苦しい時は……辛い時は、泣いたって良いんです……弱くなっても良いんです……寧ろ強いところだけ見せてると、損しちゃいますよ? 頼りになるからって何でもかんでも任されちゃって、気が付けば自分の手に負えなくなるほど大きくなっちゃって……だから嫌なモノは嫌だって、無理なモノは無理だって言っちゃっても……というか、言った方が良いんです」
「……」
「今、シンさんのこの命には人類の命が掛かっています……きっと、それで自分が何とかしなきゃって責任感じてるんだと思います」
「……そりゃ、そうだろ……俺はどうすればいいんだよ……!」
俺は精神的に追い詰められてしまい、アリリに八つ当たりするかのようにそう言ってしまった。
アヴァリスはやろうと思えば自害してラグナロクを起こす事だって出来る。しかしやり方を見るに、奴は契約者自身や相手自身の手で取り返しのつかない事をさせたい主義のようだから、極力俺に倒されようと考えているだろうが……アヴァリスは少しヒステリックな一面もある為、突発的にやりかねない。
「居たぞ! あそこだ!」
ふと、そんな叫び声と共にドタバタと複数の足音が雨の音に混じって聞こえてきた。声の方に振り向くと、武装した国民や騎士団員がこちらに向かって走ってきていた。
「皆んな……違うの、この人はっ!」
「アリリ、ごめん」
「えっ……ちょっ……!?」
俺は後ろから抱きつくアリリを無理矢理剥がすと、そのまま足を引っ掛けて地面に横たわせるとそのまま逃げるべく走っていった。
——きっと国民達の目には、最低な悪魔が騎士団総団長を倒したという構図に見えるだろう。
「大丈夫ですかアリリちゃん!」
「え……あ……ち、違うのっ! あっ、待ってくださいっ!! あの人はシンさんなんですっ!」
「何を仰いますか、あれはシン様に化けていた卑劣な色欲の悪魔なのです! まさか色欲の悪魔に魅了されてしまったのでは……!」
「違う違う違うのっ!! あれは本当に……もう、何で誰も信じてくれないの……!?」
逃走する背後で、アリリの悲痛な声と団員の融通の効かなそうな声が聞こえてくる。
弁明する必要なんてないのに。した所で人間の思い込みは激しく、強固なモノだ。ほぼ全国民の総意を捻じ曲げるのは例え騎士団総団長であっても難しいだろう……数が多い方が正義となるから。
——良いんだアリリ、一人でもわかっていてくれれば……それで。
俺はアリリの口から語られた昔話を聞き、それを今の自分に重ねて言った。
——些か疑問だった事が二つ。
太古の昔とはいえ、一度ラグナロクが起こったのならどうして人類は今現存しているのか。
もう一つは、何故この世界に生きる人間は魔術を使えるのか。
これらの疑問は全て、一つの結論で片付けられる。それは“色欲の悪魔アプヤヤが長い年月を掛けて人間を産み直したから”である。
アプヤヤが産んだ人間が子孫を残し続けていったから、今の人類がある。
今この世界に生きている人間全てが微量ながら悪魔の遺伝子を受け継いでいるから、悪魔と同じく魔術が使える。
悪魔に人間の攻撃が通用しないのも、きっと人間の遺伝子の大元が悪魔だからだろう。子が親に勝てないのと同じような原理だろう。
「シンさん……もうアヴァリスと戦うのをやめてください。どう転んでもアヴァリスの思う壺なんです……!」
「………………」
アリリの声は、そこまで強くない筈の雨の音で掻き消され、俺の耳まで届かなかった。
俺に課せられた“色欲”という罪が、こんなにも重過ぎるものだったのか……と思い知った。
もうラグナロクの儀式に必要な生贄は悪魔の命以外集まってしまっている。後は俺がアヴァリスを倒すか、俺がアヴァリスにやられるかだけという状況。
——もっと早く動いていれば、という後悔。
——勝てば良い訳じゃないというもどかしさ。
——どう足掻いても人類は滅亡し、俺はアプヤヤと同じ末路を辿るというほぼ確定した結末に対する……絶望。
それら全てに押し潰されそうに……いや、まるで頭上から目では見えないそれらが俺を潰さんと落ちてきたかのように、俺はその場に膝をついて崩れてしまった……かつてのアプヤヤと同じように。
「シン、さん……」
「——ごめん、ちょっと流石に……しんどいなぁ」
俺は地面に両膝をついたまま、雨が降る暗い空を見上げながら強がってアリリにそう言った……自分の声は、思っていたよりもかなり震えていた。
今まで色んな不幸に見舞われてきた。その度に“これほどの不幸は無い”と思って、毎回毎回辛くて苦しくて悲しくて、時には子供みたいにいじけて人に迷惑掛けてしまった時もあった。それでもってめげずに立ち上がってきた。
——しかし不幸というのは、どこまでもインフレするモノなのである。遂には人類滅亡に留まらず、その先にある途方もないほぼ確定した絶望とまで来てしまった。
途端に怖くなった。これ以上の不幸は無いだろう。でもそれは毎回言っていて、その都度インフレする……これ以上の不幸って、もはや何なのだろうか? 悪魔になったからって不幸まで悪魔的なレベルになるというのか?
泣き叫びたくなった。いやもう泣いてるのかもしれない。もしくはとっくに枯れてしまっているのかもしれない。それならこの雨は俺の涙の代わりに降っているとでも言うのだろうか?
「……どうして、強がっちゃうんですか」
すると、アリリはそう言いながら背中から俺を包み込むようにそっと優しく抱きしめてきた。
「アリリ……」
「苦しい時は……辛い時は、泣いたって良いんです……弱くなっても良いんです……寧ろ強いところだけ見せてると、損しちゃいますよ? 頼りになるからって何でもかんでも任されちゃって、気が付けば自分の手に負えなくなるほど大きくなっちゃって……だから嫌なモノは嫌だって、無理なモノは無理だって言っちゃっても……というか、言った方が良いんです」
「……」
「今、シンさんのこの命には人類の命が掛かっています……きっと、それで自分が何とかしなきゃって責任感じてるんだと思います」
「……そりゃ、そうだろ……俺はどうすればいいんだよ……!」
俺は精神的に追い詰められてしまい、アリリに八つ当たりするかのようにそう言ってしまった。
アヴァリスはやろうと思えば自害してラグナロクを起こす事だって出来る。しかしやり方を見るに、奴は契約者自身や相手自身の手で取り返しのつかない事をさせたい主義のようだから、極力俺に倒されようと考えているだろうが……アヴァリスは少しヒステリックな一面もある為、突発的にやりかねない。
「居たぞ! あそこだ!」
ふと、そんな叫び声と共にドタバタと複数の足音が雨の音に混じって聞こえてきた。声の方に振り向くと、武装した国民や騎士団員がこちらに向かって走ってきていた。
「皆んな……違うの、この人はっ!」
「アリリ、ごめん」
「えっ……ちょっ……!?」
俺は後ろから抱きつくアリリを無理矢理剥がすと、そのまま足を引っ掛けて地面に横たわせるとそのまま逃げるべく走っていった。
——きっと国民達の目には、最低な悪魔が騎士団総団長を倒したという構図に見えるだろう。
「大丈夫ですかアリリちゃん!」
「え……あ……ち、違うのっ! あっ、待ってくださいっ!! あの人はシンさんなんですっ!」
「何を仰いますか、あれはシン様に化けていた卑劣な色欲の悪魔なのです! まさか色欲の悪魔に魅了されてしまったのでは……!」
「違う違う違うのっ!! あれは本当に……もう、何で誰も信じてくれないの……!?」
逃走する背後で、アリリの悲痛な声と団員の融通の効かなそうな声が聞こえてくる。
弁明する必要なんてないのに。した所で人間の思い込みは激しく、強固なモノだ。ほぼ全国民の総意を捻じ曲げるのは例え騎士団総団長であっても難しいだろう……数が多い方が正義となるから。
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