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黎明F -審判編-
第8話 願望
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ごく普通の家庭に生まれ、ちゃんとした教育を受けて育ったごく普通の兄妹が居た。兄の名はクリム、妹の名はメリモア。
朝は家族でご飯を食べ、昼は学校で友達と勉強、夕方は友達と遊ぶなり家に帰るなり、夜はご飯食べてシャワー浴びて寝て……決して裕福な暮らしでは無かったが、不自由ない幸せな日々を送っていた。
「ねぇお兄ちゃん」
「なんだ?」
「将来の夢って何ー?」
「何だろうなー、オレは生きてりゃいいかな……」
「うん! 良いと思う!」
「逆にメリモアは?」
「お兄ちゃんのお嫁さん!」
「いやオレ達兄妹だし」
「兄妹以前に、異性だよっ! 別に血が繋がってても愛し合ったって良いと思うな!」
「……見る目無いな、メリモアは。世界中探せばもっと良い男なんてごまんと居んのに」
「じゃあ探すね! えーー……あっ、いたーっ!」
「お、おい抱きつくなよ!」
「良い男はっけーん! もう離さないっ!」
「はぁ、全く……」
こんなイチャラブした会話を毎日するくらいには、仲が良かった。当然学校でもこんなノリな訳で、周りからは万年夫婦漫才という変なコンビ名までつけられる始末だ。
——だが、そんな幸せな日々は……数年前のある日、突然終わりを迎えた。
王都の繁華街に起こった大火事。火は徐々に燃え広がり、やがて王都全土が火の海となったそれは、もはや厄災というに相応しかった。
その火事は、とある異世界転生者の手によって起こされたものだとかなんとか。この出来事がキッカケで、異世界転生者は恐れられ忌み嫌われるようになってしまったのだ。
「くっ、くそ!! このままじゃ本気で死ぬ……!」
この時、成す術のない者達は別の場所を転々と移動して避難をしていた。クリム達を含めた多くの人はまず学校へ避難したが、やがて学校も火の海と化してしまった。しかしクリム達だけは運悪く逃げ遅れ、出入り口が瓦礫で塞がって脱出不可能となってしまったのだ。
魔術もまともに覚えられていない子供二人が火の中に閉じ込められているのだ。流石の頼れる兄も焦りに焦った事だろう。
「お兄ちゃん……私達死んじゃうの……?」
「いや死なせねぇ! メリモアは死んでもオレが守る……! ケホッ、ケホッ……」
一酸化炭素中毒になったのか、クリムは度々咳をするようになった。
クリムはメリモアを励ますべく声を掛けるが、周囲の燃え盛る炎と崩れる建物を見て自分達は助からないかもしれないという不安が現実味を帯びる。
「お兄ちゃんっ……」
「……危ねぇっ!!」
突如、頭上の天井が崩落した。クリムは咄嗟にメリモアにかぶさるように庇ったのだ。この時メリモアを突き飛ばしていればより安全だったが……メリモアの身体に痛みを伴う事はなかったが、密着しているクリムの身体を通じて瓦礫が落ちてくる衝撃を感じ取っていた。
「お、お兄ちゃんっ!!」
「へっ……へへ……死んでも守るって、言ったろ……有言実行、ってヤツだ……」
「い、嫌……嫌だ嫌だ……お兄ちゃん……死なないで……!!」
「——悪ぃ、オレ兄失格だわ……ごめん、な……」
メリモアに対する謝罪を最期にクリムの身体は動かなくなり、徐々に熱が消えていった。
メリモアは、何も考えられなくなった。死に対する恐怖も、炎の温度も、悲しいという感情さえも、嘆くことも。ただ瞳から涙を流す事しか出来なかった。
「あ…………あ……」
夢であれば、どんなに良かった事か。
自分にとっては世界同然だった兄が目の前で、しかも自分を庇って死んだ。
生きる理由が無くなったのだ。だから死に対する抵抗感も消え失せ、早くこのどうしようもない虚無感から脱したいからと寧ろ死を望むようになった。
「——兄の死体を抱き枕にするなんて、余程愛が重いのね」
突然、声が聞こえた。火の海となった屋内の緊迫感とは全く似合わない、落ち着いた声。
「違う……違う……」
「わかっているわ。君を庇って亡くなったのでしょう……とても美しい愛」
「な……亡く、な……」
「無理しないで。今、君に与えられた選択肢は3つ。君だけ助かるか、このまま死ぬか……お兄さまと一緒に助かるか」
「……ぇ?」
「人は常に代償を払って生きている。なりたいものになる時、したい事をする時……時間や体力、努力という代償を前払いして願いを叶える。でもどうしたって叶わない願いだってある。例えば、死んでしまった人を蘇らせるとか」
「っ!!」
「でも悪魔には、代償を後払いにして……先に願いを叶えさせる事ができる。どんな願いでもね」
突如現れた悪魔はそう告げると、身動きの取れないメリモアの視界に入り、優しく微笑みかけた。この時のメリモアの目には、この悪魔が救いの女神かのように映った事だろう。
メリモアは声を出さなかった。救いの女神に縋るように、ただ頷いた。
「本当に? 例え代償が自分の命だとしても?」
悪魔の問いに、メリモアは頷いた。
悪魔は、浮かべた笑みを崩さずにゆっくりと頷いた。そしてそのか細い手のひらでメリモアの視界を覆い、メリモアは死にゆくように眠りについた。
~
「おい……メリモア……! 目を開けてくれ……頼むから……!!」
聞き慣れた声と、差し込む日光でメリモアは目を覚ます。目線の先には心配そうな表情をする、死んだはずの兄……クリムの姿。
「お兄……ちゃん……?」
「はぁ……あぁあっ!! 良かった!! マジで良かった!! 生きてた……オレちゃんと守れてた……!」
クリムは目を覚ました妹を見つめ、まるで自分の事のように泣いて喜んだ。
「お兄ちゃん……生きてるの……?」
「ああ生きてる! 瓦礫受けた時は本当に死んだって思ったが……オレ達生きてるんだよ!! 奇跡だ!!」
「……うん……うん!!」
クリムは自分が兄としての責務を全うして死んだ事を知らない。
メリモアはこの世界で唯一“クリムが死んだ”という事実を知っている。しかしあれは夢だったのだと、そう自分に言い聞かせた。死んだ人間が蘇るなんてあり得ない、兄は奇跡的に生きたのだと。例え代償が自分に降りかかるのだとしても、今は兄と共に生きる時間を大切にしようと誓った。
「おーい!! 誰か居ないかー!!」
「居たら返事してくださーいっ!」
ふと、遠くで知らない人達の声がした。
「おーーーいっ!! オレ達はここだぁアッ!!」
「そこか、今助ける!!」
ドタバタと急ぐ足音。数は二人。
途端、クリムの背中に乗っている瓦礫達が浮く。
「早く出てください!」
「メリモアっ、出るぞ!」
「うん……!」
クリムはメリモアを抱いて、瓦礫の山から脱出する。抱かれた瞬間に感じたクリムの体温で、やはり生きているのだとメリモアと体感した。
「大丈夫か、立てるか?」
「あぁ平気だ……だが妹が」
「私も大丈夫、お兄ちゃんが守ってくれたから」
「じゃあ二人とも平気だ!」
「……」
「どうかしたのか?」
「いや、二人とも無事で何よりだ。このまま二人で騎士団本部まで歩けるか?」
「ああ、二人で歩ける」
「そうか、じゃあ悪いけど俺達は行くよ……って、何隠れてんだよ」
クリム達を助けた男は、物陰に隠れている同伴者に向かってそう告げた。するとひょっこりと顔を現した。
「い、いや~……人前に顔見せれないっていうか」
「人助けしたい奴が言う台詞じゃないな……まぁとにかく、兄なら妹を守り通せよ、じゃあな」
男はクリムに振り戻ってそう告げると、また他の人を助けにいくのか颯爽と去っていこうとする。
「……あ、待ってくれ!」
「ん、なんだ?」
「お前の名前は?」
「名乗るほどの者じゃないよ」
「助けてくれたヤツの名前くらい知っておきたいんだ」
「——シン。シン・トレギアスだ、じゃあ!」
「えとっ、因みに私は」
「いいから行くぞ!」
「あっ、あぁあ~!」
クリム達を助けた男……シンは名乗った後、同伴者の女の手を引っ張って瓦礫の山となった学校から去っていった。
彼らの背中は、まるでヒーローのようだった。
「なんかヒーローみたいなヤツだったな」
「私も同じ事思った」
「しっかしオレ達は良いとして、母さんや親父……みんなは無事なのか?」
それを確かめるべく、クリム達は学校の外へ出ていった……が、絵画とかに出てくるようなお洒落な建物が並んでいた住宅街は燃えて灰になっていたり、一部が欠損しており、視界に広がった光景は荒れ果てた街だった。
クリム達は絶句すると同時に、不安が心に押し寄せる。どこを歩いても灰色一色だった。自分達の家があった場所にも誰も居ない。
「……マジかよ」
自分達だけが生き残ったという状況に、クリムはその場に膝から崩れ落ちてしまった。
「お兄ちゃん……死んだ方が良かったって、思ってる?」
「んな事ねぇ……そんな訳ねぇけど……うぅ」
「シンって人が騎士団まで歩けるかって言ってた、もしかしたらみんなそこに避難してるかも」
「……行くか」
クリムは息を荒くしながらも立ち上がり、皆が避難しているであろう騎士団本部へと向かった。道中、人とすれ違うことはあったが、みんなボロボロになっていたり悲しみの表情を浮かべる者達ばかりであった。
足を一歩踏み出す度、ネガティブな感情が更に大きくなっていく。騎士団本部に着く頃には、まるで夜みたいに視界が澱んでいた。
「……ん、君達は?」
偶然、クリム達の目の前に当時の騎士団総団長、カナン・リゼルベラが立ち止まった。
「な、なぁ……オレ達の両親を見掛けなかったか」
「名は?」
「……クレキュリオス」
「っ……そうか。ついてこい」
名を聞いた途端、カナンは目を瞑って深呼吸をして、クリム達に自身についてくるよう指示した。
案内された場所は——死体安置所だった。
「うそ、だろ……うぅっ……オレ達だけなのかよ……親父も……母さんも、爺ちゃんも婆ちゃんもみんな……ぅぅうああああああああああッッ!!!」
クリムはその場に崩れ落ち、押し込んでいた感情を爆発させるように泣き叫んだ。クリムの悲痛な声が死体安置所に響き渡る。
メリモアも自分達以外が帰らぬ人となり、2度と一緒に笑う事も話す事も出来なくなった事実に嘆きたい気持ちでいっぱいだったが……この時のメリモアは、これが契約の代償なのだと思い込んでいた。故に、自分が招いた結果だと思っていた。だから素直に泣く事が出来なかった。
たった一人を蘇らせるために、それ以外の多くの大切な命を失っただなんて……これでは本末転倒だ。
「……すまない。私の力不足が招いてしまったんだ」
「ううん、総団長様は悪くない……悪いのは……」
自分だ、と言おうと思った。でも怖かった。それでクリムが自分は一度死んでいる存在だと知って、みんなが死んだのは自身が蘇るための代償だと知ったら……と怖くなってしまって、
「……この街を火の海にしたヤツだよ」
メリモアは、そう言った。
——しかしメリモアは後に知る事になる。
親族や友達が全員亡くなったのは、代償ではなかったという事を。それはつまり、これから自分が兄を蘇らせた願いの代償を、いつか自身の命で払う事になるという事である。
朝は家族でご飯を食べ、昼は学校で友達と勉強、夕方は友達と遊ぶなり家に帰るなり、夜はご飯食べてシャワー浴びて寝て……決して裕福な暮らしでは無かったが、不自由ない幸せな日々を送っていた。
「ねぇお兄ちゃん」
「なんだ?」
「将来の夢って何ー?」
「何だろうなー、オレは生きてりゃいいかな……」
「うん! 良いと思う!」
「逆にメリモアは?」
「お兄ちゃんのお嫁さん!」
「いやオレ達兄妹だし」
「兄妹以前に、異性だよっ! 別に血が繋がってても愛し合ったって良いと思うな!」
「……見る目無いな、メリモアは。世界中探せばもっと良い男なんてごまんと居んのに」
「じゃあ探すね! えーー……あっ、いたーっ!」
「お、おい抱きつくなよ!」
「良い男はっけーん! もう離さないっ!」
「はぁ、全く……」
こんなイチャラブした会話を毎日するくらいには、仲が良かった。当然学校でもこんなノリな訳で、周りからは万年夫婦漫才という変なコンビ名までつけられる始末だ。
——だが、そんな幸せな日々は……数年前のある日、突然終わりを迎えた。
王都の繁華街に起こった大火事。火は徐々に燃え広がり、やがて王都全土が火の海となったそれは、もはや厄災というに相応しかった。
その火事は、とある異世界転生者の手によって起こされたものだとかなんとか。この出来事がキッカケで、異世界転生者は恐れられ忌み嫌われるようになってしまったのだ。
「くっ、くそ!! このままじゃ本気で死ぬ……!」
この時、成す術のない者達は別の場所を転々と移動して避難をしていた。クリム達を含めた多くの人はまず学校へ避難したが、やがて学校も火の海と化してしまった。しかしクリム達だけは運悪く逃げ遅れ、出入り口が瓦礫で塞がって脱出不可能となってしまったのだ。
魔術もまともに覚えられていない子供二人が火の中に閉じ込められているのだ。流石の頼れる兄も焦りに焦った事だろう。
「お兄ちゃん……私達死んじゃうの……?」
「いや死なせねぇ! メリモアは死んでもオレが守る……! ケホッ、ケホッ……」
一酸化炭素中毒になったのか、クリムは度々咳をするようになった。
クリムはメリモアを励ますべく声を掛けるが、周囲の燃え盛る炎と崩れる建物を見て自分達は助からないかもしれないという不安が現実味を帯びる。
「お兄ちゃんっ……」
「……危ねぇっ!!」
突如、頭上の天井が崩落した。クリムは咄嗟にメリモアにかぶさるように庇ったのだ。この時メリモアを突き飛ばしていればより安全だったが……メリモアの身体に痛みを伴う事はなかったが、密着しているクリムの身体を通じて瓦礫が落ちてくる衝撃を感じ取っていた。
「お、お兄ちゃんっ!!」
「へっ……へへ……死んでも守るって、言ったろ……有言実行、ってヤツだ……」
「い、嫌……嫌だ嫌だ……お兄ちゃん……死なないで……!!」
「——悪ぃ、オレ兄失格だわ……ごめん、な……」
メリモアに対する謝罪を最期にクリムの身体は動かなくなり、徐々に熱が消えていった。
メリモアは、何も考えられなくなった。死に対する恐怖も、炎の温度も、悲しいという感情さえも、嘆くことも。ただ瞳から涙を流す事しか出来なかった。
「あ…………あ……」
夢であれば、どんなに良かった事か。
自分にとっては世界同然だった兄が目の前で、しかも自分を庇って死んだ。
生きる理由が無くなったのだ。だから死に対する抵抗感も消え失せ、早くこのどうしようもない虚無感から脱したいからと寧ろ死を望むようになった。
「——兄の死体を抱き枕にするなんて、余程愛が重いのね」
突然、声が聞こえた。火の海となった屋内の緊迫感とは全く似合わない、落ち着いた声。
「違う……違う……」
「わかっているわ。君を庇って亡くなったのでしょう……とても美しい愛」
「な……亡く、な……」
「無理しないで。今、君に与えられた選択肢は3つ。君だけ助かるか、このまま死ぬか……お兄さまと一緒に助かるか」
「……ぇ?」
「人は常に代償を払って生きている。なりたいものになる時、したい事をする時……時間や体力、努力という代償を前払いして願いを叶える。でもどうしたって叶わない願いだってある。例えば、死んでしまった人を蘇らせるとか」
「っ!!」
「でも悪魔には、代償を後払いにして……先に願いを叶えさせる事ができる。どんな願いでもね」
突如現れた悪魔はそう告げると、身動きの取れないメリモアの視界に入り、優しく微笑みかけた。この時のメリモアの目には、この悪魔が救いの女神かのように映った事だろう。
メリモアは声を出さなかった。救いの女神に縋るように、ただ頷いた。
「本当に? 例え代償が自分の命だとしても?」
悪魔の問いに、メリモアは頷いた。
悪魔は、浮かべた笑みを崩さずにゆっくりと頷いた。そしてそのか細い手のひらでメリモアの視界を覆い、メリモアは死にゆくように眠りについた。
~
「おい……メリモア……! 目を開けてくれ……頼むから……!!」
聞き慣れた声と、差し込む日光でメリモアは目を覚ます。目線の先には心配そうな表情をする、死んだはずの兄……クリムの姿。
「お兄……ちゃん……?」
「はぁ……あぁあっ!! 良かった!! マジで良かった!! 生きてた……オレちゃんと守れてた……!」
クリムは目を覚ました妹を見つめ、まるで自分の事のように泣いて喜んだ。
「お兄ちゃん……生きてるの……?」
「ああ生きてる! 瓦礫受けた時は本当に死んだって思ったが……オレ達生きてるんだよ!! 奇跡だ!!」
「……うん……うん!!」
クリムは自分が兄としての責務を全うして死んだ事を知らない。
メリモアはこの世界で唯一“クリムが死んだ”という事実を知っている。しかしあれは夢だったのだと、そう自分に言い聞かせた。死んだ人間が蘇るなんてあり得ない、兄は奇跡的に生きたのだと。例え代償が自分に降りかかるのだとしても、今は兄と共に生きる時間を大切にしようと誓った。
「おーい!! 誰か居ないかー!!」
「居たら返事してくださーいっ!」
ふと、遠くで知らない人達の声がした。
「おーーーいっ!! オレ達はここだぁアッ!!」
「そこか、今助ける!!」
ドタバタと急ぐ足音。数は二人。
途端、クリムの背中に乗っている瓦礫達が浮く。
「早く出てください!」
「メリモアっ、出るぞ!」
「うん……!」
クリムはメリモアを抱いて、瓦礫の山から脱出する。抱かれた瞬間に感じたクリムの体温で、やはり生きているのだとメリモアと体感した。
「大丈夫か、立てるか?」
「あぁ平気だ……だが妹が」
「私も大丈夫、お兄ちゃんが守ってくれたから」
「じゃあ二人とも平気だ!」
「……」
「どうかしたのか?」
「いや、二人とも無事で何よりだ。このまま二人で騎士団本部まで歩けるか?」
「ああ、二人で歩ける」
「そうか、じゃあ悪いけど俺達は行くよ……って、何隠れてんだよ」
クリム達を助けた男は、物陰に隠れている同伴者に向かってそう告げた。するとひょっこりと顔を現した。
「い、いや~……人前に顔見せれないっていうか」
「人助けしたい奴が言う台詞じゃないな……まぁとにかく、兄なら妹を守り通せよ、じゃあな」
男はクリムに振り戻ってそう告げると、また他の人を助けにいくのか颯爽と去っていこうとする。
「……あ、待ってくれ!」
「ん、なんだ?」
「お前の名前は?」
「名乗るほどの者じゃないよ」
「助けてくれたヤツの名前くらい知っておきたいんだ」
「——シン。シン・トレギアスだ、じゃあ!」
「えとっ、因みに私は」
「いいから行くぞ!」
「あっ、あぁあ~!」
クリム達を助けた男……シンは名乗った後、同伴者の女の手を引っ張って瓦礫の山となった学校から去っていった。
彼らの背中は、まるでヒーローのようだった。
「なんかヒーローみたいなヤツだったな」
「私も同じ事思った」
「しっかしオレ達は良いとして、母さんや親父……みんなは無事なのか?」
それを確かめるべく、クリム達は学校の外へ出ていった……が、絵画とかに出てくるようなお洒落な建物が並んでいた住宅街は燃えて灰になっていたり、一部が欠損しており、視界に広がった光景は荒れ果てた街だった。
クリム達は絶句すると同時に、不安が心に押し寄せる。どこを歩いても灰色一色だった。自分達の家があった場所にも誰も居ない。
「……マジかよ」
自分達だけが生き残ったという状況に、クリムはその場に膝から崩れ落ちてしまった。
「お兄ちゃん……死んだ方が良かったって、思ってる?」
「んな事ねぇ……そんな訳ねぇけど……うぅ」
「シンって人が騎士団まで歩けるかって言ってた、もしかしたらみんなそこに避難してるかも」
「……行くか」
クリムは息を荒くしながらも立ち上がり、皆が避難しているであろう騎士団本部へと向かった。道中、人とすれ違うことはあったが、みんなボロボロになっていたり悲しみの表情を浮かべる者達ばかりであった。
足を一歩踏み出す度、ネガティブな感情が更に大きくなっていく。騎士団本部に着く頃には、まるで夜みたいに視界が澱んでいた。
「……ん、君達は?」
偶然、クリム達の目の前に当時の騎士団総団長、カナン・リゼルベラが立ち止まった。
「な、なぁ……オレ達の両親を見掛けなかったか」
「名は?」
「……クレキュリオス」
「っ……そうか。ついてこい」
名を聞いた途端、カナンは目を瞑って深呼吸をして、クリム達に自身についてくるよう指示した。
案内された場所は——死体安置所だった。
「うそ、だろ……うぅっ……オレ達だけなのかよ……親父も……母さんも、爺ちゃんも婆ちゃんもみんな……ぅぅうああああああああああッッ!!!」
クリムはその場に崩れ落ち、押し込んでいた感情を爆発させるように泣き叫んだ。クリムの悲痛な声が死体安置所に響き渡る。
メリモアも自分達以外が帰らぬ人となり、2度と一緒に笑う事も話す事も出来なくなった事実に嘆きたい気持ちでいっぱいだったが……この時のメリモアは、これが契約の代償なのだと思い込んでいた。故に、自分が招いた結果だと思っていた。だから素直に泣く事が出来なかった。
たった一人を蘇らせるために、それ以外の多くの大切な命を失っただなんて……これでは本末転倒だ。
「……すまない。私の力不足が招いてしまったんだ」
「ううん、総団長様は悪くない……悪いのは……」
自分だ、と言おうと思った。でも怖かった。それでクリムが自分は一度死んでいる存在だと知って、みんなが死んだのは自身が蘇るための代償だと知ったら……と怖くなってしまって、
「……この街を火の海にしたヤツだよ」
メリモアは、そう言った。
——しかしメリモアは後に知る事になる。
親族や友達が全員亡くなったのは、代償ではなかったという事を。それはつまり、これから自分が兄を蘇らせた願いの代償を、いつか自身の命で払う事になるという事である。
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