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黎明F -審判編-
第6話 面会
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アリリに情報提供した後、俺はクリムと同じ“クレキュリオス”の苗字を持つ親族が入院している病院へと赴いた。
「あ、あれ……シンじゃないか?!」
「えーすごーい本物だ!」
「意外と若いんだな……」
「女の子みたいな顔してるー!」
病院に入ると、俺を見るや否や入院している患者達が騒めき始める。こういうのを黄色い声援とでもいうのだろうが、全くもって嬉しくないどころか、寧ろ嫌悪感が凄い。俺に英雄という肩書きは……重過ぎる。
俺は少し早歩きで受付に立つ知り合いの看護師リーヴァルの元へ向かう。
「どうしたシン? まさか怪我したから来た訳ではあるまいね」
「知ってるだろ、俺の治癒能力」
「もちろんさ。どんな傷も一晩寝れば全快なんてイカれてる」
魔術には属性が存在するとは言ったが、回復魔術だけは属性が存在しない。何故なら回復魔術は、神が人間に与えたものではなく、人間が自ら編み出した人工魔術だからである。
しかしそれ故に技術は発展しておらず、回復と言っても自然治癒の促進しか出来ないのが現状である。つまり薬草を使うのと何ら変わり無いのだ。
「俺を捕まえて研究とか人体実験とかするのやめてくれよ?」
「……どうかな?」
「本当にやめてくれ」
「しないよ。んで、何で来た?」
「ああ、通り魔事件の被害者の容態について知りたいのと、クレキュリオスって名前の患者に会いたいんだ」
「やっぱ今回の事件に首突っ込んだか」
リーヴァルは呆れたように、ため息混じりにそう呟いた。
「今回は悪魔絡みだからな……流石に俺が出ないと」
「それは自分が英雄だからっていう使命感ってやつ?」
「違う。大体、英雄なんて崇められるの……嫌なんだよ」
「でしょーね。でも嫌そうにしてる顔も可愛いよねーおまえ。髪伸ばすだけで変わった性癖をお持ちの変態騙せるんじゃないか?」
「揶揄うのはやめてくれ……」
「はいはい悪かったね。はい、これが被害者リスト兼カルテね」
そう言ってリーヴァルはあたかも俺が来るのを見越していたかのように、通り魔事件の被害者の容態が詳しく書かれたカルテを差し出してきた。
アリリが見て分からなかった事も、俺ならもしかしたらわかる事があるかもしれない。そう思い、カルテに目を通す。
~被害者~
第1被害者「ディエン・ソートス」
24歳女性。過去に暴力事件を起こし死者を出した事で現在服役中。
全身に傷の跡は幾つかあるが、具合から見て今回の事件の関連性は低いものと考えられる。脳にショックを与えられた形跡も無いため昏睡に至った原因は不明。発見場所は牢屋の中。
第2被害者「イルマ・バレンディア」
15歳女性。数年前から行方不明になっていた少女。
全身に痣や傷の跡が幾つかあるが、具合から見て今回の事件の関連性は低いものと考えられる。脳にショックを与えられた形跡も無いため昏睡に至った原因は不明。発見場所は空き家の中。
第3被害者「シェリー・フーミオ」
27歳女性。すごくきれいなひと。
顔に目立たない程度の傷の跡があるが、具合から見て今回の事件の関連性は低いものと考えられる。脳にショックを与えられた形跡も無いため昏睡に至った原因は不明。発見場所は路地裏。
第4被害者「アイリア・ルーミデンス」
31歳女性。スライムに寄生されていた女性。
全身に傷の跡が幾つかあるが、具合から見て今回の事件の関連性は低いものと考えられる。脳にショックを与えられた形跡も無いため昏睡に至った原因は不明。発見場所はシンの目の前。
~
「……」
「どうだ、シンの目から見て何かわかったか?」
俺はてっきり、アリリには解読能力が無いから捜査が難航しているのだと思い込んでいたが……どうやら一概にそうとも言えない事がわかった。
殆どが同じ文字の流用なだけでなく、節々でふざけている。一応カルテ兼被害者リストという事になっているようだが……カルテ要素は殆どなく、モロに被害者リストだ。
しかし俺が知りたいのは被害者の共通点だ。女性以外で何か共通点が無いか目を凝らしてみるが……年齢もバラバラで発見場所も一貫性が無い。一応傷の跡があるという共通点はあるが、これは暮らしている環境によるものだろう。
「女性以外の共通点が分かれば、これ以上被害を防げるかもって思ったが……やっぱサッパリだ」
俺はため息を吐きながら、カルテ兼被害者リストをリーヴァルに返した。
「……シンならてっきり“スライムに寄生された”って点に引っかかると思ってたけど」
「そりゃまだ潜んでるだろうなとは思ってたが……」
「何か意外。もっと徹底してるもんだと」
実は、俺は不可抗力でエアトベル王国を離れていた時期があった。そのタイミングで、エアトベル王国で悪魔絡みの大事件が起こった。
——俺のかつての因縁の相手、暴食の悪魔“グラトニー”による、エアトベル王国崩壊だ。
しかしどういう経緯で、何があったのかは詳しく知らない。帰ってきたら国王を含めたほぼ全ての国民がスライムに寄生されていて、玉座にグラトニーが座っていた……という状態だった。
それから2年くらいの時間をかけて、俺が特殊な魔術を使って一人ずつスライムから解放していき、今の平和なエアトベル王国がある。
だが寄生された人と解放された人の割合が逆転してきた頃、各地でスライムを恨む者達が、スライムに寄生されているであろう人物を虐げるといった暴動が起こるようになった。俺が駆けつけると人間諸共殺されていた、なんて事もしょっちゅうあった。……その死体は、見るに堪えない凄惨な姿だった。
しかも死ぬ前にスライムから解放出来たとしても、寄生したスライムが人間に対して恐怖を覚えてしまうと、解放された後の宿主の心にも影響を及ぼす。やがて他人に対する不安と疑心暗鬼で精神病を患ってしまうのだ。
正義という言葉を軽々しく使って、そして正義の為であれば何だって出来てしまう人間の残酷さを、俺は目の当たりにしてしまったのだ。
「結局、人間が騒いでるだけだって気付いた。だからつい最近活動をやめたんだ」
「無責任な……」
「俺は責任が持てない酷いヤツなんだ。さて、そろそろクレキュリオスって人に会ってくるよ」
「あぁ、それなら106号室だ」
「ありがとう」
クレキュリオスに会う理由を敢えて聞かずに号室だけ伝えたリーヴァルに感謝を告げると、俺はクリムの親戚がいるであろう106号室へと向かった。
◇
コンコン、と106と刻まれた札の付いた扉をノックする。
「はーい……?」
扉の向こうから、弱々しい少女の声が聞こえてくる。
「あのー……クリムのことについてお伺いしたいのですが」
「ま、まさか騎士団……? は、はいどうぞ」
「失礼します」
俺は音を抑えるためにゆっくりと扉を開けて106号室に入室する。
106号室は病室というには少し異質な空間で、だだっ広い清潔感のある空間に病人用のベッドがポツンと配置されているだけというものだった。ベッドの横には小さい棚とか台とかはあったが……まるで外界から隔離されているような、広いのに圧迫感を感じるようだった。
そんなベッドの上から、少しだけ怯えている表情でこちらを見つめる少女が一人。
「しっ、シン様!?」
「……ん?」
少女は俺の姿を見るや否や、本当に病人なのか疑うほど裏返った声で俺の名前を告げた。
「もしかしてお兄ちゃんがサプライズでシン様が面会に来てくれるよう手配したの!?」
「え、いや……そういう訳じゃ」
「まぁなんでもいいや、シン様に会えて嬉しいです! あ、私の名前はメリモアって言います! どうぞ座ってください!」
まるで推しのアイドルを見ているような目で見つめられながら、俺は引き攣った表情で言われるがまま近くの椅子に座った。
「……えーっと、それで実は君に聞きたい事があって」
「私のお兄ちゃん——クリムの事についてですよね」
「……っ!」
「図星、みたいですね。やっぱりそっかぁ」
クリム……兄が自分の為に何かをしていると察したメリモアは、嬉しいような呆れているような、色んな感情が入り乱れている複雑な表情を浮かべた。
「何でわかったんだ?」
「だってお兄ちゃん、普段はむすっとしてるけど、私の事になると平気で無茶する人だから」
「……そっか」
「バカだなぁお兄ちゃん。私のことなんてどうでもいいのに」
「そんな訳ないよ。兄にとって、妹は命を捨ててでも守りたい大切な存在なんだ」
「でも死んだらおしまいだよ……もう、いいのに」
——複雑だ。
クリムを止めればメリモアは死ぬ……しかしクリムに好き勝手やらせれば被害者が増える。数で言ったら当然クリムを止めた方が良いのだが、家族を失う事がどれだけ辛いことなのかを俺は知っている。
「でもシン様が動くって事は、お兄ちゃんは相当な悪事をしてるみたいですね……流石にちょっと心配です」
「ご両親は……」
「いないよ、私と……お兄ちゃんだけ。心許せる友達もいない……みんな死んじゃった」
俺の質問にメリモアは食い気味に返した。
みんな死んだ、なんて……この二人はきっと壮絶な人生を送ってきたのだろう。本当にこの世界の不平等さには心底呆れてしまう——これだけ苦労している人が、どうして報われない?
「そ、そうか……悪い。でも本当に君の病気を治す事は出来ないのか?」
「……見ればわかりますよ」
メリモアは諦めたような声色でそう言うと、布団をめくって自分の身体を俺に見せて来た。露出している肌はまるで痣のように青紫色になっており、枯れ木のようにしわくちゃになって——腐っていたのだ。
「なっ……!?」
「私の病気は、今の技術じゃ治せないって診断されちゃって……余命を待つだけなんです。だからお兄ちゃんはきっと、悪魔と契約してでも私の病気を……って、ごめんなさい。お兄ちゃんは絶対、悪魔なんかと契約なんてしてないですよね」
「……」
「……シン様、どうしたんですか? 急に険しい顔をして」
「君のお陰で色々わかった、ありがとう」
「えっ……そうなんですか?」
「ああ。もうこれ以上クリムに罪を重ねさせないし、君の病気も治す」
「……無理ですよ」
「出来る。約束する……これは俺にしか出来ない事だ」
メリモアにそう告げると俺は立ち上がって病室を出ていき、グリーバルの元へ向かうべく廊下を歩いていた……その直後。
「なっ……シン!?」
「……マジか」
——なんと、妹のお見舞いなのか花束を持ったクリムとバッタリ会ってしまったのだ。
「あ、あれ……シンじゃないか?!」
「えーすごーい本物だ!」
「意外と若いんだな……」
「女の子みたいな顔してるー!」
病院に入ると、俺を見るや否や入院している患者達が騒めき始める。こういうのを黄色い声援とでもいうのだろうが、全くもって嬉しくないどころか、寧ろ嫌悪感が凄い。俺に英雄という肩書きは……重過ぎる。
俺は少し早歩きで受付に立つ知り合いの看護師リーヴァルの元へ向かう。
「どうしたシン? まさか怪我したから来た訳ではあるまいね」
「知ってるだろ、俺の治癒能力」
「もちろんさ。どんな傷も一晩寝れば全快なんてイカれてる」
魔術には属性が存在するとは言ったが、回復魔術だけは属性が存在しない。何故なら回復魔術は、神が人間に与えたものではなく、人間が自ら編み出した人工魔術だからである。
しかしそれ故に技術は発展しておらず、回復と言っても自然治癒の促進しか出来ないのが現状である。つまり薬草を使うのと何ら変わり無いのだ。
「俺を捕まえて研究とか人体実験とかするのやめてくれよ?」
「……どうかな?」
「本当にやめてくれ」
「しないよ。んで、何で来た?」
「ああ、通り魔事件の被害者の容態について知りたいのと、クレキュリオスって名前の患者に会いたいんだ」
「やっぱ今回の事件に首突っ込んだか」
リーヴァルは呆れたように、ため息混じりにそう呟いた。
「今回は悪魔絡みだからな……流石に俺が出ないと」
「それは自分が英雄だからっていう使命感ってやつ?」
「違う。大体、英雄なんて崇められるの……嫌なんだよ」
「でしょーね。でも嫌そうにしてる顔も可愛いよねーおまえ。髪伸ばすだけで変わった性癖をお持ちの変態騙せるんじゃないか?」
「揶揄うのはやめてくれ……」
「はいはい悪かったね。はい、これが被害者リスト兼カルテね」
そう言ってリーヴァルはあたかも俺が来るのを見越していたかのように、通り魔事件の被害者の容態が詳しく書かれたカルテを差し出してきた。
アリリが見て分からなかった事も、俺ならもしかしたらわかる事があるかもしれない。そう思い、カルテに目を通す。
~被害者~
第1被害者「ディエン・ソートス」
24歳女性。過去に暴力事件を起こし死者を出した事で現在服役中。
全身に傷の跡は幾つかあるが、具合から見て今回の事件の関連性は低いものと考えられる。脳にショックを与えられた形跡も無いため昏睡に至った原因は不明。発見場所は牢屋の中。
第2被害者「イルマ・バレンディア」
15歳女性。数年前から行方不明になっていた少女。
全身に痣や傷の跡が幾つかあるが、具合から見て今回の事件の関連性は低いものと考えられる。脳にショックを与えられた形跡も無いため昏睡に至った原因は不明。発見場所は空き家の中。
第3被害者「シェリー・フーミオ」
27歳女性。すごくきれいなひと。
顔に目立たない程度の傷の跡があるが、具合から見て今回の事件の関連性は低いものと考えられる。脳にショックを与えられた形跡も無いため昏睡に至った原因は不明。発見場所は路地裏。
第4被害者「アイリア・ルーミデンス」
31歳女性。スライムに寄生されていた女性。
全身に傷の跡が幾つかあるが、具合から見て今回の事件の関連性は低いものと考えられる。脳にショックを与えられた形跡も無いため昏睡に至った原因は不明。発見場所はシンの目の前。
~
「……」
「どうだ、シンの目から見て何かわかったか?」
俺はてっきり、アリリには解読能力が無いから捜査が難航しているのだと思い込んでいたが……どうやら一概にそうとも言えない事がわかった。
殆どが同じ文字の流用なだけでなく、節々でふざけている。一応カルテ兼被害者リストという事になっているようだが……カルテ要素は殆どなく、モロに被害者リストだ。
しかし俺が知りたいのは被害者の共通点だ。女性以外で何か共通点が無いか目を凝らしてみるが……年齢もバラバラで発見場所も一貫性が無い。一応傷の跡があるという共通点はあるが、これは暮らしている環境によるものだろう。
「女性以外の共通点が分かれば、これ以上被害を防げるかもって思ったが……やっぱサッパリだ」
俺はため息を吐きながら、カルテ兼被害者リストをリーヴァルに返した。
「……シンならてっきり“スライムに寄生された”って点に引っかかると思ってたけど」
「そりゃまだ潜んでるだろうなとは思ってたが……」
「何か意外。もっと徹底してるもんだと」
実は、俺は不可抗力でエアトベル王国を離れていた時期があった。そのタイミングで、エアトベル王国で悪魔絡みの大事件が起こった。
——俺のかつての因縁の相手、暴食の悪魔“グラトニー”による、エアトベル王国崩壊だ。
しかしどういう経緯で、何があったのかは詳しく知らない。帰ってきたら国王を含めたほぼ全ての国民がスライムに寄生されていて、玉座にグラトニーが座っていた……という状態だった。
それから2年くらいの時間をかけて、俺が特殊な魔術を使って一人ずつスライムから解放していき、今の平和なエアトベル王国がある。
だが寄生された人と解放された人の割合が逆転してきた頃、各地でスライムを恨む者達が、スライムに寄生されているであろう人物を虐げるといった暴動が起こるようになった。俺が駆けつけると人間諸共殺されていた、なんて事もしょっちゅうあった。……その死体は、見るに堪えない凄惨な姿だった。
しかも死ぬ前にスライムから解放出来たとしても、寄生したスライムが人間に対して恐怖を覚えてしまうと、解放された後の宿主の心にも影響を及ぼす。やがて他人に対する不安と疑心暗鬼で精神病を患ってしまうのだ。
正義という言葉を軽々しく使って、そして正義の為であれば何だって出来てしまう人間の残酷さを、俺は目の当たりにしてしまったのだ。
「結局、人間が騒いでるだけだって気付いた。だからつい最近活動をやめたんだ」
「無責任な……」
「俺は責任が持てない酷いヤツなんだ。さて、そろそろクレキュリオスって人に会ってくるよ」
「あぁ、それなら106号室だ」
「ありがとう」
クレキュリオスに会う理由を敢えて聞かずに号室だけ伝えたリーヴァルに感謝を告げると、俺はクリムの親戚がいるであろう106号室へと向かった。
◇
コンコン、と106と刻まれた札の付いた扉をノックする。
「はーい……?」
扉の向こうから、弱々しい少女の声が聞こえてくる。
「あのー……クリムのことについてお伺いしたいのですが」
「ま、まさか騎士団……? は、はいどうぞ」
「失礼します」
俺は音を抑えるためにゆっくりと扉を開けて106号室に入室する。
106号室は病室というには少し異質な空間で、だだっ広い清潔感のある空間に病人用のベッドがポツンと配置されているだけというものだった。ベッドの横には小さい棚とか台とかはあったが……まるで外界から隔離されているような、広いのに圧迫感を感じるようだった。
そんなベッドの上から、少しだけ怯えている表情でこちらを見つめる少女が一人。
「しっ、シン様!?」
「……ん?」
少女は俺の姿を見るや否や、本当に病人なのか疑うほど裏返った声で俺の名前を告げた。
「もしかしてお兄ちゃんがサプライズでシン様が面会に来てくれるよう手配したの!?」
「え、いや……そういう訳じゃ」
「まぁなんでもいいや、シン様に会えて嬉しいです! あ、私の名前はメリモアって言います! どうぞ座ってください!」
まるで推しのアイドルを見ているような目で見つめられながら、俺は引き攣った表情で言われるがまま近くの椅子に座った。
「……えーっと、それで実は君に聞きたい事があって」
「私のお兄ちゃん——クリムの事についてですよね」
「……っ!」
「図星、みたいですね。やっぱりそっかぁ」
クリム……兄が自分の為に何かをしていると察したメリモアは、嬉しいような呆れているような、色んな感情が入り乱れている複雑な表情を浮かべた。
「何でわかったんだ?」
「だってお兄ちゃん、普段はむすっとしてるけど、私の事になると平気で無茶する人だから」
「……そっか」
「バカだなぁお兄ちゃん。私のことなんてどうでもいいのに」
「そんな訳ないよ。兄にとって、妹は命を捨ててでも守りたい大切な存在なんだ」
「でも死んだらおしまいだよ……もう、いいのに」
——複雑だ。
クリムを止めればメリモアは死ぬ……しかしクリムに好き勝手やらせれば被害者が増える。数で言ったら当然クリムを止めた方が良いのだが、家族を失う事がどれだけ辛いことなのかを俺は知っている。
「でもシン様が動くって事は、お兄ちゃんは相当な悪事をしてるみたいですね……流石にちょっと心配です」
「ご両親は……」
「いないよ、私と……お兄ちゃんだけ。心許せる友達もいない……みんな死んじゃった」
俺の質問にメリモアは食い気味に返した。
みんな死んだ、なんて……この二人はきっと壮絶な人生を送ってきたのだろう。本当にこの世界の不平等さには心底呆れてしまう——これだけ苦労している人が、どうして報われない?
「そ、そうか……悪い。でも本当に君の病気を治す事は出来ないのか?」
「……見ればわかりますよ」
メリモアは諦めたような声色でそう言うと、布団をめくって自分の身体を俺に見せて来た。露出している肌はまるで痣のように青紫色になっており、枯れ木のようにしわくちゃになって——腐っていたのだ。
「なっ……!?」
「私の病気は、今の技術じゃ治せないって診断されちゃって……余命を待つだけなんです。だからお兄ちゃんはきっと、悪魔と契約してでも私の病気を……って、ごめんなさい。お兄ちゃんは絶対、悪魔なんかと契約なんてしてないですよね」
「……」
「……シン様、どうしたんですか? 急に険しい顔をして」
「君のお陰で色々わかった、ありがとう」
「えっ……そうなんですか?」
「ああ。もうこれ以上クリムに罪を重ねさせないし、君の病気も治す」
「……無理ですよ」
「出来る。約束する……これは俺にしか出来ない事だ」
メリモアにそう告げると俺は立ち上がって病室を出ていき、グリーバルの元へ向かうべく廊下を歩いていた……その直後。
「なっ……シン!?」
「……マジか」
——なんと、妹のお見舞いなのか花束を持ったクリムとバッタリ会ってしまったのだ。
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