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黎明F -審判編-
第4話 団長
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「クリム、そして強欲の悪魔アヴァリス……それが通り魔事件の犯人ですか」
「ああ」
フェリノートを王宮へ置いていった後、俺は通り魔事件の犯人と遭遇した際に得た情報をアリリに報告した。
「……ていうか! サラッと悪魔って言いましたよね!?」
「言った」
「アヴァリスという人物が強欲の悪魔の名を騙ってる可能性は!?」
「無いだろうな。そもそも魂を抜くなんて、それこそ悪魔じゃなきゃ出来ないし」
「魂が抜かれた~はただの例えのつもりだったのにぃ……もう勘弁してくださいよぉ~!」
今回の事件が悪魔絡みだと確信付くと、アリリは露骨に嫌そうな表情をして団長室の机に頭を抱えながら伏せた。
アリリがこんな反応をするのは無理もない。悪魔絡みの事件は解決する事は出来ても、それを根絶やしにする事は不可能である為だ。その理由の一つとして、人間では悪魔を倒す事は出来ないからであり、仮に倒せたとしても、どういう原理かは不明だがその罪を継ぐ者がいずれ必ず現れるのだ。
つまり人間と悪魔は、悪い意味で切っても切れない縁で結ばれてしまっているのだ。
「泣き言言っても起こってしまったんなら向き合うしかない。生半可な覚悟で総団長になった訳じゃないんだろ」
「う……それは……」
「……少しは前任者を見習ったらどうだ」
「それは嫌ですッ! 国を守れていても、仲間達を守れていなければ意味がありませんから……!」
「騎士団ってのは戦う気が無い奴でもなれんのか?」
「え……?」
「……そんな訳無いだろ。騎士団はこの国を守りたいという強い思いがあり、その為なら自分の命さえ厭わない、そんな奴らで構成されている」
「そんなの、わかってます……!」
「わかってない。自分の命を賭けるって事は、それだけ周りを不安にさせるって事なんだよ……独身ばかりじゃないだろ、騎士団は」
騎士団総団長という肩書きを得るにはただ強いだけでは務まらない。勿論戦略を練る知恵や仲間を引っ張っていけるリーダーシップだけでなく、報告書を簡潔に纏められる事務的能力など、求められるスキルは数多い上に幅も広い。
しかし何よりも求められるのは、色んな事情を持った色んな人達の、仲間の数ほどある覚悟を背負える……鋼をも超えるメンタルである。
しかしかと言って割り切ってしまうのも違う上に、みんなを纏めて包み込める優しさも違い、一人一人の事をちゃんと考えられる繊細さも重要である。例え弱過ぎて名前すら覚えてもらえない一般兵ですら、それなりの覚悟があって騎士団にいるのだから。
誰一人として見逃してはいけない、そして理解せねばならない、向き合わなければならない、いつ訪れるかわからない仲間の死、そして失った者の悲しみを仲間の数だけ受け止めなくてはいけない……普通の人間では、その重圧には耐えられないだろう。
「だっ、だからその仲間達を守ろうとっ!」
「まぁ実際アリリが総団長になってから戦死者はゼロだから、自分に絶対的な信頼があるのは当然だ。だが別れとか終わりとかはある日突然、思わぬ形でやってくる……緊張感は持ったほうがいい」
「……来ない事を祈ります」
「そういう所がダメなんだ。目を逸らすな、いずれは嫌でも対峙するんだ……現に、今だって悪魔絡みの事件と対峙してる訳だし」
「……そ、そうですね」
俺の言葉に、アリリはただ深刻な表情を浮かべて頷くだけであった。
恐らくアリリは大切な人を失った経験が前世を含めても殆ど無いのだろう。だから自分の手が及ばなかった事で誰かを失う事とその悲しみに対する耐性が一切無いのだ。
まぁ失う事も悲しい事も起こらないに越した事はない上に、それに対する耐性なんて普通は無いし、無くていい。だから実は俺の方が間違えているのかもしれないが……アリリはもう普通の人では無く、色んな人の覚悟を背負っている総団長だ。その自覚を持ってもらわなくては、命を預けている者達が報われない。
「何でアリリは総団長になったんだ?」
「……私の前任者、カナンは国を守るという正義感が強い故に常に厳しい人でした。だから仲間達に対してはただ厳しいだけで、そこに労りの気持ちとか信頼の気持ちとかは一切ありませんでした……中には、“貴様は使えない雑魚だ”なんて言われた人も居るそうで」
「……」
アリリの前任者、カナン・リゼルベラ。
実はカナンとは過去に少し交流があった。彼女はとても真面目で、自分の与えられた総団長という肩書きに誇りを持っているようだった。
俺は知っている……本当はカナンはとても仲間思いだという事。カナンは騎士団の団員達全員の名前を覚えていたし、一人一人がどんな事情を抱えて騎士団に入ったのかを理解していた。誰よりも、仲間達の覚悟に真摯に向き合っていたのだ。
俺は知っている……カナンは総団長である前に、一人の女性なのだという事。本当は仲間に優しくしたかった……しかし彼女は仕事に私情を挟まない主義。そして騎士団は国を守るための組織。彼女の性格と騎士団の在り方が、あの厳しいカナンを作り上げたのだ。
“きっと団員達は私を憎んでいる……仲間を守れなかった私を……常に厳しくする私を……! だから怖いんだ……夜道に背中を刺されるのではないかと……寝込みを襲われるのではないかと……”
——カナンがかつて俺に見せた、あの恐怖に満ちた表情が……カナンの苦悩や女性としての一面を全て表していたと思う。
しかし騎士団の人間から見るカナンは、ただ厳しいパワハラ上司にしか見えていないというのがなんとも悲しい話だ。おまけにアリリが後任になってからは戦死者ゼロというのも……酷な話だ。そりゃカナンの事を再評価する者なんて居ない。
「私はカナンに打ち拉がれる仲間達を見ていられなくて……それで、カナンを総団長の座から引き摺り下ろしたんです。この、生まれた時から備わっていた魔術や戦闘スキルをフル活用して」
「……そうか」
俺はただ、返事を返すだけだった。
カナンの事など殆ど知らないアリリに、カナンの本当の姿を明かす事もなく……ただ頷いた。アリリは覚悟なんて二の次で、ただ苦しむ仲間達を助ける為に動いたのだ。その結果、成り行きで総団長になってしまったのだろう。
——世の中というのは本当に理不尽で偏りが激しく、不憫だ。
「ああ」
フェリノートを王宮へ置いていった後、俺は通り魔事件の犯人と遭遇した際に得た情報をアリリに報告した。
「……ていうか! サラッと悪魔って言いましたよね!?」
「言った」
「アヴァリスという人物が強欲の悪魔の名を騙ってる可能性は!?」
「無いだろうな。そもそも魂を抜くなんて、それこそ悪魔じゃなきゃ出来ないし」
「魂が抜かれた~はただの例えのつもりだったのにぃ……もう勘弁してくださいよぉ~!」
今回の事件が悪魔絡みだと確信付くと、アリリは露骨に嫌そうな表情をして団長室の机に頭を抱えながら伏せた。
アリリがこんな反応をするのは無理もない。悪魔絡みの事件は解決する事は出来ても、それを根絶やしにする事は不可能である為だ。その理由の一つとして、人間では悪魔を倒す事は出来ないからであり、仮に倒せたとしても、どういう原理かは不明だがその罪を継ぐ者がいずれ必ず現れるのだ。
つまり人間と悪魔は、悪い意味で切っても切れない縁で結ばれてしまっているのだ。
「泣き言言っても起こってしまったんなら向き合うしかない。生半可な覚悟で総団長になった訳じゃないんだろ」
「う……それは……」
「……少しは前任者を見習ったらどうだ」
「それは嫌ですッ! 国を守れていても、仲間達を守れていなければ意味がありませんから……!」
「騎士団ってのは戦う気が無い奴でもなれんのか?」
「え……?」
「……そんな訳無いだろ。騎士団はこの国を守りたいという強い思いがあり、その為なら自分の命さえ厭わない、そんな奴らで構成されている」
「そんなの、わかってます……!」
「わかってない。自分の命を賭けるって事は、それだけ周りを不安にさせるって事なんだよ……独身ばかりじゃないだろ、騎士団は」
騎士団総団長という肩書きを得るにはただ強いだけでは務まらない。勿論戦略を練る知恵や仲間を引っ張っていけるリーダーシップだけでなく、報告書を簡潔に纏められる事務的能力など、求められるスキルは数多い上に幅も広い。
しかし何よりも求められるのは、色んな事情を持った色んな人達の、仲間の数ほどある覚悟を背負える……鋼をも超えるメンタルである。
しかしかと言って割り切ってしまうのも違う上に、みんなを纏めて包み込める優しさも違い、一人一人の事をちゃんと考えられる繊細さも重要である。例え弱過ぎて名前すら覚えてもらえない一般兵ですら、それなりの覚悟があって騎士団にいるのだから。
誰一人として見逃してはいけない、そして理解せねばならない、向き合わなければならない、いつ訪れるかわからない仲間の死、そして失った者の悲しみを仲間の数だけ受け止めなくてはいけない……普通の人間では、その重圧には耐えられないだろう。
「だっ、だからその仲間達を守ろうとっ!」
「まぁ実際アリリが総団長になってから戦死者はゼロだから、自分に絶対的な信頼があるのは当然だ。だが別れとか終わりとかはある日突然、思わぬ形でやってくる……緊張感は持ったほうがいい」
「……来ない事を祈ります」
「そういう所がダメなんだ。目を逸らすな、いずれは嫌でも対峙するんだ……現に、今だって悪魔絡みの事件と対峙してる訳だし」
「……そ、そうですね」
俺の言葉に、アリリはただ深刻な表情を浮かべて頷くだけであった。
恐らくアリリは大切な人を失った経験が前世を含めても殆ど無いのだろう。だから自分の手が及ばなかった事で誰かを失う事とその悲しみに対する耐性が一切無いのだ。
まぁ失う事も悲しい事も起こらないに越した事はない上に、それに対する耐性なんて普通は無いし、無くていい。だから実は俺の方が間違えているのかもしれないが……アリリはもう普通の人では無く、色んな人の覚悟を背負っている総団長だ。その自覚を持ってもらわなくては、命を預けている者達が報われない。
「何でアリリは総団長になったんだ?」
「……私の前任者、カナンは国を守るという正義感が強い故に常に厳しい人でした。だから仲間達に対してはただ厳しいだけで、そこに労りの気持ちとか信頼の気持ちとかは一切ありませんでした……中には、“貴様は使えない雑魚だ”なんて言われた人も居るそうで」
「……」
アリリの前任者、カナン・リゼルベラ。
実はカナンとは過去に少し交流があった。彼女はとても真面目で、自分の与えられた総団長という肩書きに誇りを持っているようだった。
俺は知っている……本当はカナンはとても仲間思いだという事。カナンは騎士団の団員達全員の名前を覚えていたし、一人一人がどんな事情を抱えて騎士団に入ったのかを理解していた。誰よりも、仲間達の覚悟に真摯に向き合っていたのだ。
俺は知っている……カナンは総団長である前に、一人の女性なのだという事。本当は仲間に優しくしたかった……しかし彼女は仕事に私情を挟まない主義。そして騎士団は国を守るための組織。彼女の性格と騎士団の在り方が、あの厳しいカナンを作り上げたのだ。
“きっと団員達は私を憎んでいる……仲間を守れなかった私を……常に厳しくする私を……! だから怖いんだ……夜道に背中を刺されるのではないかと……寝込みを襲われるのではないかと……”
——カナンがかつて俺に見せた、あの恐怖に満ちた表情が……カナンの苦悩や女性としての一面を全て表していたと思う。
しかし騎士団の人間から見るカナンは、ただ厳しいパワハラ上司にしか見えていないというのがなんとも悲しい話だ。おまけにアリリが後任になってからは戦死者ゼロというのも……酷な話だ。そりゃカナンの事を再評価する者なんて居ない。
「私はカナンに打ち拉がれる仲間達を見ていられなくて……それで、カナンを総団長の座から引き摺り下ろしたんです。この、生まれた時から備わっていた魔術や戦闘スキルをフル活用して」
「……そうか」
俺はただ、返事を返すだけだった。
カナンの事など殆ど知らないアリリに、カナンの本当の姿を明かす事もなく……ただ頷いた。アリリは覚悟なんて二の次で、ただ苦しむ仲間達を助ける為に動いたのだ。その結果、成り行きで総団長になってしまったのだろう。
——世の中というのは本当に理不尽で偏りが激しく、不憫だ。
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