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カルテNo.1 約四百歳、女性、エルフ、金髪。全身擦過傷、栄養失調

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 ミロルは、その掛け声に戸惑いながら、食事へと手を付ける。純和食ではあるが箸が使えないためフォークだ。

 ミロルは見たことのない食事をじっくりと観察をして、そして一番馴染みがありそうな鮭の塩焼きに手を伸ばす。小さく切った鮭のかけらをゆっくりと口に放り込んだ。

「こっ、これは――!?」

 その途端、ミロルは目を見開き、驚きの声を上げる。
「なんじゃ、この魚は! 生臭さなどなく、むしろ魚が持つ油のいい香りが口の中に広がっていく。その油はコクがあり、甘美な蜜のような甘さ……。噛めば噛むほどあふれ出る油のうまみと言ったら今までに食べたことがないほどだ」
「おいしかったみたいでなによりだ」

 そんな声をかける悠馬などすでに視界に入っていない。ミロルは目の前の食事をみて、次はどれを食べたらいいか熟考している。

「これは……卵か? むっ――。これは、甘い。先ほどの魚のような甘さではない! むしろ菓子の如き甘さじゃ。しかし、その甘さが全然嫌な感じがしない。おっ! こっちの卵はなんとも不思議な食感じゃ。噛めばトロリと湧き出る黄身の濃厚さが喉からその奥までやさしく撫でていくかのように心地よい。かけてあるタレも独特な風味じゃがうまいの……。このスープも、黒い煮物も、すべてが素晴らしいの……」

 なにやらぶつぶつと言いながら、体をこわばらせたり、表情を弛緩させたりしながら食べているミロルを見ながら、奈緒はどこかほっとしたように微笑んでいた。

 しばらくすると、満足しきったのか頬を若干紅色に染めたミロルが大きく息を吐く。

「うまかったの……奈緒といったな。これほどの食事を振る舞ってくれて感謝する。しかし、礼のほうなんじゃが、今持ち合わせがなくての。少し待ってくれまいか?」
「え!? そんなのいいです! とりあえず、おいしかったみたいだからよかった!」
「まあそうだな。俺も奈緒の家には食費を入れてるし、足りないようだったら足しておくから気にしないでいいよ。で、ミロル。食事はもとより、この部屋の中を見ただけで色々あっちとは違うのがわかると思うけど。どう? こっちとあっちの世界が違うって実感はわいてきたかい?」

 悠馬の声に、ミロルは少しだけ表情を引き締めた。そして、部屋のなかをぐるりと見渡しておもむろに口を開く。
 部屋の中には、テレビやエアコンといった家電製品もあり明らかに向こうの様子とは違っていた。

「料理もさることながら、奇妙な物がたくさんあるの。それこそ、我が住んでいた森にはなかったものばかりじゃ。森の近くの村にもな……じゃが、それだけじゃなんとも判断はつかん。しかし、近くに感じる魔力の数が圧倒的に少ない……。こんな場所、我がいた森の近くでも、王都でもあり得なかった」
「魔力を持たないのが普通だからな、こっちの人たちは。だから、それも当然なんだ」
「じゃから、おぬしの言うことも落ち着いた今なら理解はできる。ここは、違う世界なのだとういう説明がな」
「それで十分だ。別に、その事実を認めさせたいわけじゃないんだ。俺だって最初は全く信じられなかったし……。
今だってあっちの世界の食べ物が懐かしいときはあるし」
「じゃあ、何を話したいのじゃ?」

 ミロルの質問に、悠馬は顔を強張らせる。
 その質問の答えはあっちの世界、異世界とでも呼べばいいのだろうか。異世界にいたものからすると、衝撃的な内容だからだ。
 少なくとも、悠馬とリファエルは絶望した。悠馬という身体がなかったら、それこそ生きていくことにすら困っただろう。だが、伝えないわけにはいかない。
 悠馬は背筋を伸ばしてミロルを見つめた。

「こっちの世界とあっちの世界。あぁ、なんか面倒だな。とりあえず、あっちを異世界、こっちを現世界とでも呼ぼうか? それをどう解釈してくれても構わない。けど、一つだけはっきりしてるのは異世界に帰ることは難しい。俺も、必死で方法を探したけど、帰り方は見つからなかった」

 ミロルは、悠馬の言葉をかみ砕く様に宙を仰ぎ見る。そして、腕を組み、しばらく考え込んでいたかと思うとじろりと悠馬を睨みつけた。

「状況証拠はそろっとる。じゃが、なぜ我らがいまいる場所が異世界じゃないと言えるのか。おぬしが言っていることが正しいと判断するだけの材料が乏しすぎる。そのあたりは我にどう説明するつもりじゃ?」

 当然の指摘に、悠馬はぎこちなく微笑んだ。そして、奈緒たちを一瞥する。
 今まで、誤魔化してきた手前、どう説明しようが悩むが、ありのままを語るしかないのだろう。
 そう決意した悠馬は、小さく息を吐いた。

「ふぅ……。ま、そうなるよな。その説明には俺達の自己紹介をすれば事足りるんだよ」
「自己紹介じゃと?」

 きょとんとした顔に、してやったりと悠馬は微笑む。

「ああ。じゃあ、順番にいこうか? まずは、この素晴らしくおいしい料理を作ってくれた黒髪の女の子。この子は俺の幼馴染の秋瀬奈緒だ。現役女子大生。巷ではプレミアがつく。当然、現世界生まれ、現世界育ち」
「ぷっプレミアってなによ!? 変なこといわないでよね! って、あ、自己紹介だよね? よ、よろしくお願いします」

 悠馬の声に促され、奈緒は小さく会釈をする。

「そして、その隣にいるのが奈緒のおやじさん。秋瀬道場の道場主をやっている。こんななりだけど、すっげぇ優しい。同じく生粋の現世界人」

 よくわからない流れだが、権蔵は小さく会釈をする。その立ち振る舞いに、むしろミロルが恐縮したようだ。

「よろしく頼む」

 権蔵とミロルのよくわからない頭の下げ合いが終わったのを確認すると、悠馬はリファエルに視線を促す。

「そしてその隣にいる銀髪は、うちの診療所の看護師であるリファエル。もろもろは省くけど、リファエルは異世界では天使をやってた。今じゃ天界から堕とされて堕天使って扱いらしいけど」
「もう、ユーマ様ったら。せめて元天使のほうが響きがよくありませんか?」
「堕天使のほうがかっこいいだろ? ほら、自己紹介してくれよ」
「もう。いいです。ミロルさん、よろしくおねがいします」

 そんな突拍子のない自己紹介に、目の前のエルフは口を半開きにして呆けていた。そして、何をいってるんだ? というような顔でじっとリファエルを見つめている。

「そんな顔するなよな。本当のことなんだから。ミロルなら聞いたことあるだろう? 聖なる神、ガイレスの補佐を務める三大天使の一人、リファエルの名前くらい」
「そうじゃが……」

 納得がいかないような表情のままだったが、悠馬はそれを敢えて流しつつ自己紹介を続けた。

「それで、俺は秦野医院の院長、秦野悠馬だ。ちなみに、こっちの世界では二十七だが、異世界では十六の若造。ちなみに、三級治癒魔法師(ヒーラー)をやっていた元冒険者。ひょんなことから、中身がこの体に上乗せされた、むこうじゃユーマだった悠馬だ」

 普通の人が聞いたら頭がわいていると思われるような自己紹介を終え、悠馬は満足そうに微笑んだ。
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