上 下
6 / 51
カルテNo.1 約四百歳、女性、エルフ、金髪。全身擦過傷、栄養失調

しおりを挟む
「そうか」

 その言葉だけで、なにやら悟ったような顔をしている二人を後目に、奈緒は事態に追いつけていない。首を傾げながら悠馬へと問いかける。

「え? 人種って、そんな。エルフって言ってもゲームとかアニメの話でしょ? 耳はたしかにとがってるけど……」
「奈緒。説明は後でな。とりあえずこっちが先だ」

 奈緒にぎこちなく微笑んだ悠馬はすぐさまエルフと名乗った女へと身体を向ける。
 そして大きく息を吸う。

「君はエルフって言ったね。それは間違いない?」
「……見ればわかるじゃろう?」
「そう。見ればわかるんだ。あっちの世界の人にはね」
「あっちの世界……?」

 悠馬の言葉にひっかかりを覚えたのか、エルフは言葉をオウム返ししてしまう。
 それもそのはず。あっちだのこっちだの、世界に色々あったのでは困るのだ。そんなにたくさんの世界があるだなんて、それこそ、こっちの世界でもあっちの世界でもあり得ない話なのだから。
 だが、悠馬は続けた。さも当然であるかのように。

「結論から先に言わせてもらう。ここは君が住んでいた世界とは別の世界だよ。魔法もないしモンスターだっていない。あっちの世界と比べて科学が非常に発展していて、なによりエルフはいないんだ。この世界には」
「なっ――」

 その言葉に驚愕したのはエルフと奈緒。リファエルは鎮痛な面持ちで悠馬の後ろに控えている。

「だから、エルフである君がここにいるという事実は、正直驚くべきことなんだよ。この上なく」

 真顔でそう告げる悠馬の顔を見ながら、目を見開くエルフ。だが、すぐに首を振り力強い目つきで悠馬を睨みつけた。

「そんなはずないであろう!? なんじゃ、別の世界とは! そんなものがあるわけなかろう! エルフがいないといったが現に我はここにおる! それに、魔法がないといったな。それならば、なぜお主達には魔力があるのじゃ? お前らの魔力は尋常ではない。我よりも強い魔力を持つものなど世の中にそれほどいるはずがない。それとも何か? 魔法がないこの世界ではそれが常識だとでもいうのか?」
「それは……」

 どこか気まずそうに視線を外すリファエル。そんなリファエルを庇うように、悠馬はエルフの質問に応える。

「いや。俺やリファエルは特別だ。だから、君はここに来た。違うかい?」
「それはそうじゃが――」
「見る限り、体の傷は深くはない……けれど、身体中傷だらけで縛られた跡まである。見るからに何かあったのはわかるんだけど……」

 そう言いながら、悠馬は立ち上がりエルフへと近づく。そんな悠馬の行動に、びくりと体をこわばらせるエルフ。目の前の怯える女性に微笑みかけながら、悠馬は優しく語りかけた。

「大丈夫。とりあえず治療といこうか」

 そういうと、悠馬はエルフへ右手のひらを向け大きく息を吸った。そして、ぐっと歯を食いしばると意識を体の中に集中させた。

 唐突に悠馬の体内に熱が帯びる。それは、意識を集中させた右手へと収束していき、やがて光となって現れた。
 その光は眩しくも穏やかで、しかし決して電球や蛍光灯では表せない光。そんな現実感のない輝きが、診察室を包み込んだ。
 悠馬がだれかを救うために、ひたすらに行使しつつづけた力。それは確かに形となって、この世界で生まれていく。優しい光に照らされたエルフの身体からは傷がゆっくりと消えていった。
 これが自分の真骨頂だと言わんばかりに、悠馬は微笑みを崩さない。凡庸な医療だけでない力が自分にはあるのだと、そう示すかのように。

「お主……」
「ちょっと訂正だな……。魔法はないなんていったが、俺は三級の治癒魔法師なんだ。だから魔法も使えるし、治癒魔法師だから君の傷を癒すこともできる。俺達の説明は後にするとして……とりあえず、これで身体のほうは大丈夫か?」
「ああ……」
「ならよかった。ここには君を傷つけるものは誰もいない。だから安心してほしい……もしよければだけど、事情を聞いてもいいかな?」

 そんな悠馬の問いかけに、エルフはゆっくりと頷いた。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

強奪系触手おじさん

兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

処理中です...