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救いと勇気と④
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私――エヴァンは、アンフェリカが起こした奇跡を目の当たりにした。
その身体から生み出される花が、一人のエルフを救ったのだ。
今までトピアスの呪い――膨大な魔力による病で助かったものは一人もいない。中には、この地から去っていくものもいたが、生まれ育った故郷だ。その数は多くなかった。
ましてや、人間との国交を絶っている。出ていったとして、その地でどれだけうまく生きていけるかはわからない。
この国を捨てるという選択肢はもちろん考えた。
だが、その地が安住の地である保証は? 私達は森で住む種族だが、そこも魔力に侵されていたら? 森は人の手が入らず魔力で満たされることが多い。容易に考えられることだった。
だからこそ、私は探し続けた。
呪いを解くための恵みを。
かつて人間に奪われたあの花を。
そして、アンフェリカはその花の種をまるで当然のようにもたらしてくれた。彼女には感謝しかない。
もちろん、それは彼女のほんの一部だ。
私が惹かれたのは、彼女の美しい心。高貴な身分にも関わらず、隣にいる人と心を通わせてくれる彼女の心だ。
だからこそ、この種を使わない選択肢も当然ありうると思っていた。彼女が安心するのならむしろそのほうがいい。
だが、アンフェリカは望んでくれた。
彼女の手で、エルフを救うということを。
「アンフェリカと言います。エヴァン様と……共に生きるために参りました。以後、お見知りおきを」
そう力強く言いながら前を見据える彼女を、私は心の底から美しいと思った。
この後は大変な騒ぎだった。
医師や薬師は、慌てて種を植えに行き、村人達は大騒ぎだ。
救いがもたらされたということで、皆が夜中まで酒を飲みかわしたのだ。
ずっと暗い未来しかなかった私達エルフに光がさしたのだ。
これくらい羽目を外すのは吝かではない。
騒いでいる村人達とは裏腹に、アンフェリカは疲労の色が濃い。
それもそうだろう。
今日は長い旅を終えてこの村にたどり着いたばかり。そのままの流れで父上と会い、皆の敵意を浴び、花を生み出し、人を救ったのだ。
これで疲れないほうがおかしい。
私は、瞼の重くなっているアンフェリカを、さっと抱き上げた。
「な、なにを!?」
「疲れているだろう? 寝床を用意させる。しっかり休むんだ」
「でも……皆さんは?」
「君の身体のほうが大事さ。私も疲れたからね。今にも寝台に寝転がりたい気分さ」
私の腕の中で小さくなっているアンフェリカは、最初は緊張しているようだったが次第に表情もほぐれてくる。
にこりを微笑むと目と閉じた。
「……ありがとうございます。実は、恥ずかしい話、立ったまま眠りそうで」
「器用だな。だが、無理をするな。アンフェリカに身に何かがあったら、私は死んでしまうよ」
「大袈裟ですね」
「大袈裟なものか」
私はそのままイエロス――さきほどの白い建物のことだが――そこに彼女を連れていく。
父上の付き人に言えば、すぐに寝床を用意してくれた。
「ほら、もうすぐだ。ゆっくり眠るといい」
「はい……あ、エヴァン様?」
「なんだ?」
「ありがとうございます」
私は突然言われたお礼に心当たりがなかった。
続きを促すように首をかしげると、アンフェリカは眠そうな目を少しだけ開く。
「私……役に立てました。いらないって言われてたけど、私のスキルが、誰かの役に立つなんて……。嬉しくて」
「そうか」
「全部、エヴァン様のおかげです。本当にありがとうございます」
「そんなこと――」
そんなことない。
そう言おうとした次の瞬間には、アンフェリカは寝息を立て始める。
起こしてはまずいと口を噤んだ。
「何をいっているのやら……私こそ、お礼を言わねばならないのに」
そう。
お礼をいうべきは私だ。
君がいたから、私は狂わずに済んだ。
もう限界だったんだ。
あの街で、君と出会ったあの街で、もう私の心は壊れかけていたんだろう。
何年も探し続けて、それでも見つからなかったトピアスの恵み。
もう自分の立場すら忘れてすべてを諦めたいとさえ思っていたのに。
そんな私の心を支えてくれて、そして希望を与えてくれた。
君が、君こそが光だ。
私の光なんだ。
「いつか……そのすべてを伝えられたらいいのにな」
そんなことを呟いている間に、ようやく彼女の寝台にたどり着いた。
そっと寝かせると、アンフェリカは自分の身体を抱きしめるようにまるまった。
なんだ、その可愛い仕草は。
知らないうちにほほえみが溢れてしまう。
ずっと眺めていたい欲望に抗いながら、私は彼女の顔にかかっていた髪を指でかきあげた。
「おやすみ、アンフェリカ」
そういって私は部屋を後にした。
わずかな時間だったが、彼女と触れ合えた。その喜びに、胸が躍る。
その時――、
「なんだ、これは」
私の身体が淡く光っていた。
その光はすぐに収まったが、あの光はまるで……。
「アンフェリカ……もしかして――」
彼女が寝ている部屋を振り返りながら、私は小さな可能性に心臓が跳ねるのを感じていた。
その身体から生み出される花が、一人のエルフを救ったのだ。
今までトピアスの呪い――膨大な魔力による病で助かったものは一人もいない。中には、この地から去っていくものもいたが、生まれ育った故郷だ。その数は多くなかった。
ましてや、人間との国交を絶っている。出ていったとして、その地でどれだけうまく生きていけるかはわからない。
この国を捨てるという選択肢はもちろん考えた。
だが、その地が安住の地である保証は? 私達は森で住む種族だが、そこも魔力に侵されていたら? 森は人の手が入らず魔力で満たされることが多い。容易に考えられることだった。
だからこそ、私は探し続けた。
呪いを解くための恵みを。
かつて人間に奪われたあの花を。
そして、アンフェリカはその花の種をまるで当然のようにもたらしてくれた。彼女には感謝しかない。
もちろん、それは彼女のほんの一部だ。
私が惹かれたのは、彼女の美しい心。高貴な身分にも関わらず、隣にいる人と心を通わせてくれる彼女の心だ。
だからこそ、この種を使わない選択肢も当然ありうると思っていた。彼女が安心するのならむしろそのほうがいい。
だが、アンフェリカは望んでくれた。
彼女の手で、エルフを救うということを。
「アンフェリカと言います。エヴァン様と……共に生きるために参りました。以後、お見知りおきを」
そう力強く言いながら前を見据える彼女を、私は心の底から美しいと思った。
この後は大変な騒ぎだった。
医師や薬師は、慌てて種を植えに行き、村人達は大騒ぎだ。
救いがもたらされたということで、皆が夜中まで酒を飲みかわしたのだ。
ずっと暗い未来しかなかった私達エルフに光がさしたのだ。
これくらい羽目を外すのは吝かではない。
騒いでいる村人達とは裏腹に、アンフェリカは疲労の色が濃い。
それもそうだろう。
今日は長い旅を終えてこの村にたどり着いたばかり。そのままの流れで父上と会い、皆の敵意を浴び、花を生み出し、人を救ったのだ。
これで疲れないほうがおかしい。
私は、瞼の重くなっているアンフェリカを、さっと抱き上げた。
「な、なにを!?」
「疲れているだろう? 寝床を用意させる。しっかり休むんだ」
「でも……皆さんは?」
「君の身体のほうが大事さ。私も疲れたからね。今にも寝台に寝転がりたい気分さ」
私の腕の中で小さくなっているアンフェリカは、最初は緊張しているようだったが次第に表情もほぐれてくる。
にこりを微笑むと目と閉じた。
「……ありがとうございます。実は、恥ずかしい話、立ったまま眠りそうで」
「器用だな。だが、無理をするな。アンフェリカに身に何かがあったら、私は死んでしまうよ」
「大袈裟ですね」
「大袈裟なものか」
私はそのままイエロス――さきほどの白い建物のことだが――そこに彼女を連れていく。
父上の付き人に言えば、すぐに寝床を用意してくれた。
「ほら、もうすぐだ。ゆっくり眠るといい」
「はい……あ、エヴァン様?」
「なんだ?」
「ありがとうございます」
私は突然言われたお礼に心当たりがなかった。
続きを促すように首をかしげると、アンフェリカは眠そうな目を少しだけ開く。
「私……役に立てました。いらないって言われてたけど、私のスキルが、誰かの役に立つなんて……。嬉しくて」
「そうか」
「全部、エヴァン様のおかげです。本当にありがとうございます」
「そんなこと――」
そんなことない。
そう言おうとした次の瞬間には、アンフェリカは寝息を立て始める。
起こしてはまずいと口を噤んだ。
「何をいっているのやら……私こそ、お礼を言わねばならないのに」
そう。
お礼をいうべきは私だ。
君がいたから、私は狂わずに済んだ。
もう限界だったんだ。
あの街で、君と出会ったあの街で、もう私の心は壊れかけていたんだろう。
何年も探し続けて、それでも見つからなかったトピアスの恵み。
もう自分の立場すら忘れてすべてを諦めたいとさえ思っていたのに。
そんな私の心を支えてくれて、そして希望を与えてくれた。
君が、君こそが光だ。
私の光なんだ。
「いつか……そのすべてを伝えられたらいいのにな」
そんなことを呟いている間に、ようやく彼女の寝台にたどり着いた。
そっと寝かせると、アンフェリカは自分の身体を抱きしめるようにまるまった。
なんだ、その可愛い仕草は。
知らないうちにほほえみが溢れてしまう。
ずっと眺めていたい欲望に抗いながら、私は彼女の顔にかかっていた髪を指でかきあげた。
「おやすみ、アンフェリカ」
そういって私は部屋を後にした。
わずかな時間だったが、彼女と触れ合えた。その喜びに、胸が躍る。
その時――、
「なんだ、これは」
私の身体が淡く光っていた。
その光はすぐに収まったが、あの光はまるで……。
「アンフェリカ……もしかして――」
彼女が寝ている部屋を振り返りながら、私は小さな可能性に心臓が跳ねるのを感じていた。
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