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第一章 スキルと従者と本の世界

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僕が住んでいた街。

 つまり、孤児院があった街はサンタモスカという港街だ。

 院長の話だと、かなり大きな町みたい。たくさんの商船が貿易のためにやってくるのだそうだ。



 だけど、僕は孤児院から出たことがない。

 町はずれにある孤児院と森との往復しかしていないから詳しい様子などわからない。

 しかし、このまま孤児院の周辺にいても生きていくことはできない。そんな僕らはまずは生きていく糧を得なければならない。



 そうレイカと相談した僕は、街の一角にある蚤の市にやってきていた。

 ここで何をするつもりかというと、もちろん商売だ。

 本の世界でとれた果物を持ってきて、ここで売ろうという算段だ。

 僕は基本的に読み書きができないので、手続きなどはレイカにやってもらった。本当に従者として働いてくれるんだなぁと驚いていたら、しっかりとドヤ顔でほほ笑んできた。

 けれど、僕はわかっていなかったのだ。

 商売の難しさを。

 困難さを。

 だって、こうなるなんて思ってもみなかったのだ。

 まさか、こんな――。



 大繁盛するなんて。



「これは珍しい果物だねぇ! どんな味がするんだろうって、この小さく切ってるの、食べてもいいのかい? 気前がいいねぇ、お前さんは。って――! なんじゃ、このうまさは! こんなうまい果物、世の中にあってたまるかってぇの!!!! おい、これおくれ! え? それなりに値段がするって!? そんなもんいいんだよ! ほら、はやくおくれよ!!」

「このような珍妙な果物が銀貨一枚もするのか……なな! うまい! くれ! へ? 高すぎるって言ってただと? そんなもの、気のせいじゃ! いいからさっさとよこすのじゃ!」

「おい! ここだぞ、ここ! 珍しい果物売ってるところはよ! おい、店主。うちの店で出したいから定期的におろしてくれよ。な、いいだろ? 詳しい話はそっちだって! おお! これでうちの店も繁盛するってもんだ!」



 今日持ってきていたのは、レイカがパイナップルと呼んだ不思議な果物だ。

 ごつごつとしていて、大きな葉っぱが飛び出ていてお世辞にも美味しそうとは思えない。

 だが、固い皮をむいて食べてみると、その美味しさはおもわず飛び上がってしまうほどだったのだ。



 僕とレイカは話し合って、それを銀貨一枚で売ることに決めた。

 ちなみに金銭の価値は、銅貨がパンを買えるほど。

 それが百枚集まると、銀貨になる。

 銀貨一枚は大体宿に一泊、宿泊できるほど。

 その銀貨が百枚集まると金貨になり、庶民がなかなかお目にかかれるものではない。



 僕は、銀貨なんて見たこともなかったけど、レイカが絶対に売れると太鼓判を押してくれたのだ。そして、今はこの現状。あっという間に品切れになってしまった。

 実はいくらでも本の世界から持ってこれるけれど、明らかに不自然なのでやめることにしたのだ。



 パイナップルをこれでもかと売りさばいた結果、僕の手元には銀貨が二十枚、並んでいた。



「レ、レイカ!? これって銀貨だよね!?」

「はい、そうですよ。エンド様。あなたの力で手に入ったんです」

「すごいや!!」



 僕は興奮していた。

 最初こそ、お客さんは来てくれなかったけど、レイカが提案してくれた試食サービスを始めたらあっといまに持ってきた二十個のパイナップルがなくなったんだ。

 やっぱり、この果物の美味しさは異常だね。

 レイカ?が、「前世のものより数倍美味しい……」なんて呟いてたけど、どういう意味だったんだろう。

 それはよくわからない。



 とにかく、僕はお金を手に入れた。

 一般家庭での月収が銀貨五枚くらいだと聞いた。つまり、人が一か月で稼ぐお金の四倍のお金を僕は一日で稼いだんだ。

 その事実に、喜ばない人間なんていない。



「じゃあ、とりあえずこれで藁を買えば昨日よりもゆっくり眠れるかもね! それに、食べ物だって! パンだって二つ食べてもいいのかな! ねぇ、どう思う!? レイカ!」



 僕が問いかけると、レイカはなぜだか哀しそうな表情をしていた。そして、僕の頭をそっと撫でる。



「エンド様。それだけあればもっとたくさんのことを求めていいんですよ? 節約は大事ですが宿にも泊れますし、お肉だって白いパンだって食べられます。だから、もっと贅沢したっていいんです。今まで、できなかったんですから」



 そういって、レイカが僕を抱きしめてくれる。

 その抱擁が色恋などではなく憐れみを含んでいることにはすぐに気づいた。でも、誰かに包まれる温もりはとても心地いいのだと思った。



「そっか……そんなにすごいんだね」

「ええ。エンド様はすごいんですよ? ですから、誇っていいと思います」



 僕の言葉を、レイカは穏やかに頷いてくれる。

 こんなにも、自分の話を聞いてくれて、受け止めてくれるのが幸せなことだって思いもしなかった。

 あの孤児院では、みんなが僕を無能だと思っていたから。

 僕は誰からも必要とされない人間だったから。



 っと、あぶない。

 危うく昔のことを思い出して落ち込むところだった。

 今は、そんなことを考えなくていいんだ。

 これからは、たくさんお金を稼いで、いっぱい美味しいものを食べていくんだ。

 そう思考を切り替えていく。

 僕は、もう大丈夫とばかりにレイカをそっと体から離した。



「ありがとう。レイカがいてくれてよかったよ」



 その言葉に、レイカは大きく目を見開いたが、すぐにくしゃっと笑顔になる。



「はい、エンド様。私はあなたの従者ですから」



 そんなやり取りをしていた僕らの元にふいに影が落ちた。

 見上げると、そこには三人の厳つい顔をした男が立っていた。



「おめぇら。誰に断ってここで商売やってんだ? やけに稼いでたみてぇだが」



 さっきまで調子に乗っていた自分を、僕は呪った。  
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