上 下
69 / 101
第三章 王都攻防編

貴族の戦い⑤

しおりを挟む
 一晩経って、ようやく落ち着いたカトリーナは、仕事に行くというバルトを見送った。
 バルトは行くのを相当渋ったのだが、そこは責任のある副隊長。休むわけにはいかなかったのだ。
 
 代わりに、護身用や非常連絡用の高価な魔道具をいくつも持たせ、何度も振り返りながら仕事に向かっていった。

「バルト様ったら。こんなにたくさんあっても持ち歩けないのに」

 両手いっぱいになった魔道具を見ながら、彼女はほほ笑んでいる。
 その横から、ダシャとリリ、ララはやってきて声をかけた。

「カトリーナ様。朝の日課はおしまいですか?」
「あ、ダシャ。お疲れ様。今終わったところだけど、見てよ。これ。バルト様が置いてったのだけど」
「なんですか。その大量の魔道具は……。全く。バルト様も心配性ですね」
「そうなの。でもちょっぴり嬉しかったり」

 カトリーナとダシャは互いに目配せをしてほほ笑むと、ようやく本題へと入っていく。

「それはそうと、明後日に開かれる夜会の連絡がございました。穏健派に属する家々の女性が集まる夜会になります」
「女性だけの?」
「ええ。なんでも、穏健派のつながりを強くしようとある伯爵家のご婦人が発起されたのだとか。この度、バルト様とご結婚なされたカトリーナ様にもぜひにと……こちらが招待状になります」

 それを受け取ったカトリーナは静かに読み込んでいく。
 その表情は、どんどんと険しくなっていった。

「その伯爵家って……かなりの大物?」
「それはもう。現在の宰相の奥様がいらっしゃるそうですよ」
「それはまた……」

 そう呟きながら、頭を抱えているカトリーナにララがそっと紅茶を差し出した。

「奥様。紅茶でございます」
「ありがとう、ララ。それより、どうして二人ともここにいるのかしら? 何かあるの?」

 キョトンとした顔で問いかけたカトリーナの態度に、リリはむっとして、ララは可愛らしく怒る。

「何言ってるんですか! もう夜会は明後日ですよ? 奥様のドレスや装飾品の準備、そのお体を磨いたりと時間がいくらたっても足りません!」
「どうしてそんなこともわからないのよ……」
「リリ。そんなこと言わないの!」

 リリのボヤキは聞かなかったことにしながら、カトリーナはやはりキョトンとしたまま首をかしげている。

「でも……ドレスならそこにあるし、装飾品だって……。っていうか、磨くとかいいのよ。ちゃんと毎日洗ってるのよ?」

 何かを言おうとしたララの横から、リリがずいっと入ってきてカトリーナの目の前に立つ。
 未だ呆けているカトリーナの顔を覗き込むように睨みつけると、リリはどこか冷たい声で言い放った。

「奥様が以前いた場所は子爵家ですよね? でも、ここは公爵家です。その家にふさわしい格というものがございます。ドレスも新調するには間に合いませんが、おつくり直しが必要ですし、ほかの者もあったまま使うなんてことはあってはならないのです。常に流行を先取しなければ馬鹿にされるのです」
「は、はい。わかったわ……」

 怒涛のような説明にやや引き気味のカトリーナだったが、ようやく重要性が理解できたのだろう。
 大きなため息を吐いてダシャを見た。

「それって、三人に任せるとかは――」
「論外に決まっているじゃありませんか。さぁ、一息ついたらすぐに準備を始めますよ」
「はぁ、なんだか大変そう」
「大変そうじゃありません。大変なんです」

 さらっと言われた言葉に、カトリーナは絶望した。
 どちらかというと、冷静に何でもこなすダシャが大変だと言い切るのだから嫌な予感しかしない。
 慌ただしく動き始めるメイド達を見て、カトリーナは憂鬱な気持ちへと埋没していった。

 ◆

 カトリーナはあまり気乗のしない夜会の準備に勤しんでいると、玄関が騒がしい。
 何事かと思ってダシャ、リリ、ララと目線を合わせながら遠巻きに聞こえる声をそっと聞いていると、情報を集める前に騒ぎの人物が早々に目の前にやってきていた。
 いつもならもっと遅くなるはずのバルトが慌てた様子で屋敷に帰ってきていたのだ。
 その表情は険しく、最近の甘々なバルトからすると珍しい様相だった。
 カトリーナは不思議に思い、「何かあったの?」と問いかけようとするが、その前にバルトが口火を切る。

「やられた! 迂闊だった」

 そう悔しそうに言いながら、バルトはカトリーナの部屋のソファに座り込んだ。
 そして手を組んで膝に肘をつきうなだれる。

「バルト様、どうしたの? 帰ってくるなりいきなり」

 バルトはカトリーナの声を聞き、そして吟味するように飲み込むとすっと顔を挙げた。

「ヨハン殿下は、ラフォン公爵夫人が言い寄ってきたことへの抗議を俺に叩きつけてきた」
「え!?」
「な!?」

 その場にいる者は驚いてものが言えない。
 明らかにいらだった様子のバルトは、皆の疑問を待たずにどんどんと言葉を積み上げていく。

「しかも、それは既に王城では噂になっている……それを俺が嘘だと言ってもしょうがない。単なる水掛け論になるのが落ちだ。むしろ、昨日のうちに王家に対して抗議をすべきだった。もしくは、証人を作り上げるために第三者となり得る人物を呼ぶか、だ。俺も、カトリーナも迂闊だったと言わざるを得ない」
「お、穏健派の方々に助力を頼むというのは……?」
「ラフォン家より格の高い貴族はいない。それは難しいだろう」

 その言葉に、血の気が引いたカトリーナは、かろうじて言葉を絞り出す。

「でも、事実ではありません!」
「わかっている……だが、事実だろうとなかろうと、これを聞いたもの達がどう思うかが重要なんだ」
「申し訳ありません、私のせいで――」
「いや、これは殿下の策略だ。それにはまった俺達全員の失態だ。これほど早く仕掛けてくるとは思ってもみなかった」

 バルトとカトリーナは俯いている。
 そんな二人を見ながら、ダシャは静かに歯噛みしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨
ファンタジー
――小説3巻&コミックス1巻大好評発売中!――【旧題:聖女の姉ですが、国外逃亡します!~妹のお守りをするくらいなら、腹黒宰相サマと駆け落ちします!~】 12.20/05.02 ファンタジー小説ランキング1位有難うございます! 双子の妹ばかりを優先させる家族から離れて大学へ進学、待望の一人暮らしを始めた女子大生・十河怜菜(そがわ れいな)は、ある日突然、異世界へと召喚された。 召喚させたのは、双子の妹である舞菜(まな)で、召喚された先は、乙女ゲーム「蘇芳戦記」の中の世界。 国同士を繋ぐ「転移扉」を守護する「聖女」として、舞菜は召喚されたものの、守護魔力はともかく、聖女として国内貴族や各国上層部と、社交が出来るようなスキルも知識もなく、また、それを会得するための努力をするつもりもなかったために、日本にいた頃の様に、自分の代理(スペア)として、怜菜を同じ世界へと召喚させたのだ。 妹のお守りは、もうごめん――。 全てにおいて妹優先だった生活から、ようやく抜け出せたのに、再び妹のお守りなどと、冗談じゃない。 「宰相閣下、私と駆け落ちしましょう」 内心で激怒していた怜菜は、日本同様に、ここでも、妹の軛(くびき)から逃れるための算段を立て始めた――。 ※ R15(キスよりちょっとだけ先)が入る章には☆を入れました。 【近況ボードに書籍化についてや、参考資料等掲載中です。宜しければそちらもご参照下さいませ】

【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です

灰銀猫
恋愛
両親と妹にはいない者として扱われながらも、王子の婚約者の肩書のお陰で何とか暮らしていたアレクシア。 顔だけの婚約者を実妹に奪われ、顔も性格も醜いと噂の辺境伯との結婚を命じられる。 辺境に追いやられ、婚約者からは白い結婚を打診されるも、婚約も結婚もこりごりと思っていたアレクシアには好都合で、しかも婚約者の義父は初恋の相手だった。 王都にいた時よりも好待遇で意外にも快適な日々を送る事に…でも、厄介事は向こうからやってきて… 婚約破棄物を書いてみたくなったので、書いてみました。 ありがちな内容ですが、よろしくお願いします。 設定は緩いしご都合主義です。難しく考えずにお読みいただけると嬉しいです。 他サイトでも掲載しています。 コミカライズ決定しました。申し訳ございませんが配信開始後は削除いたします。

悪役令嬢、お城の雑用係として懲罰中~一夜の過ちのせいで仮面の騎士団長様に溺愛されるなんて想定外です~

束原ミヤコ
恋愛
ルティエラ・エヴァートン公爵令嬢は王太子アルヴァロの婚約者であったが、王太子が聖女クラリッサと真実の愛をみつけたために、婚約破棄されてしまう。 ルティエラの取り巻きたちがクラリッサにした嫌がらせは全てルティエラの指示とれさた。 懲罰のために懲罰局に所属し、五年間無給で城の雑用係をすることを言い渡される。 半年後、休暇をもらったルティエラは、初めて酒場で酒を飲んだ。 翌朝目覚めると、見知らぬ部屋で知らない男と全裸で寝ていた。 仕事があるため部屋から抜け出したルティエラは、二度とその男には会わないだろうと思っていた。 それから数日後、ルティエラに命令がくだる。 常に仮面をつけて生活している謎多き騎士団長レオンハルト・ユースティスの、専属秘書になれという──。 とある理由から仮面をつけている女が苦手な騎士団長と、冤罪によって懲罰中だけれど割と元気に働いている公爵令嬢の話です。

どうやらこのパーティーは、婚約を破棄された私を嘲笑うために開かれたようです。でも私は破棄されて幸せなので、気にせず楽しませてもらいますね

柚木ゆず
恋愛
 ※今後は不定期という形ではありますが、番外編を投稿させていただきます。  あらゆる手を使われて参加を余儀なくされた、侯爵令嬢ヴァイオレット様主催のパーティー。この会には、先日婚約を破棄された私を嗤う目的があるみたいです。  けれど実は元婚約者様への好意はまったくなく、私は婚約破棄を心から喜んでいました。  そのため何を言われてもダメージはなくて、しかもこのパーティーは侯爵邸で行われる豪華なもの。高級ビュッフェなど男爵令嬢の私が普段体験できないことが沢山あるので、今夜はパーティーを楽しみたいと思います。

インキュバスに監禁されてお嫁さんにされちゃうっ!

玉楼二千佳
恋愛
寂しい女子大生のなのはは、マンションに一人暮らし。 金曜日の夜、自分を慰めようと大人のおもちゃを買った。 しかし、ある男の訪問に邪魔されて……。 18歳未満の閲覧はご遠慮下さい。

結婚式後に「爵位を継いだら直ぐに離婚する。お前とは寝室は共にしない!」と宣言されました

山葵
恋愛
結婚式が終わり、披露宴が始まる前に夫になったブランドから「これで父上の命令は守った。だが、これからは俺の好きにさせて貰う。お前とは寝室を共にする事はない。俺には愛する女がいるんだ。父上から早く爵位を譲って貰い、お前とは離婚する。お前もそのつもりでいてくれ」 確かに私達の結婚は政略結婚。 2人の間に恋愛感情は無いけれど、ブランド様に嫁ぐいじょう夫婦として寄り添い共に頑張って行ければと思っていたが…その必要も無い様だ。 ならば私も好きにさせて貰おう!!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。