上 下
57 / 59
第一章 死神と呼ばれた男

少年の始まりの物語⑦

しおりを挟む
 胸を貫かれたルクスは、時間が止まったような感覚におちいっていた。

 世界は白く染まり、その中で自分が浮かんでいる。

 そんな現実感のない世界に、ルクスはいた。それが死後の世界だと、そう思うのも無理はなかった。
 浮かびながら、ルクスはふと右側に視線を向ける。そこには、幼いルクスが木の棒を持って振り回している姿があった。

『ぼくは、ぼうけんしゃになる! わるいやつをやっつけるんだ!』

 無邪気に笑う幼いルクスは現実を知らない。自分に才能がないことなど微塵も考えていなかった。

 ――こんな夢、持ってたんだな。すっかり忘れてたよ。

 ルクスがほほ笑むと、幼いころの自分は薄れて消えていた。
 次に左側を見る。そこには、学校の制服を着た自分の姿があった。一人で、木の下にうずくまっているところだ。

『どうして僕はこんななんだ……みんなが僕をいらないって言う。ただ僕は――誰かから必要とされたいだけなのに』

 そういって涙を流す学生時代の自分も、すぐに白くぼやけて消えていった。

 ――お前を必要としてくれる人は現れるよ。だから、泣くな。

 
 こうして思い返してみると、ルクスが願ったことは、今どちらもが叶っていた。
 冒険者という夢をかなえ、誰かに必要とされながら戦う。

 今はまさに、かつての自分が願った自分自身だった。魔法適性とか、真理の実とか。多くの因果に巻き込まれた末の結果だが、満たされていたのだ。
 それに気づいたルクスの目からは涙が溢れだす。
 落ちる先のない涙は、きらきらと輝きながら白い世界に舞っていく。

 ――じゃあ、これでよかったのか。もういいんだ……。

 満たされた自分が、これから先求めるものなど何もない。だから、ここで力尽きても悔いはない。
 あれだけ痛めつけた悪魔なら、手負いの勇者達やマルクス、サジャやフェリカが力を合わせれば勝てるだろう。自分の役目は終えたのだ。十分だ。

 そう思って目をつぶる。

 さよならと告げる。

 そして、自分を必要としてくれた少女にありがとうと呟く。


 
 だが…………。

 ルクスの手は天に向かって伸びていた。
 なにかをつかもうと必死になってもがいていた。本当に満たされているのなら、そんなことはしない。

 ではなせ。なぜ、ルクスは何かを追い求めなければならないのか。

 そんなこと、決まっていた。悩む必要などなかった。

 ルクスは天に伸ばした手を握りしめ、閉じていた目を見開く。



「私がいるよ」



 ――刹那。

 目の前に世界が開けた。

 振り向くと、カレラが両手を広げてほほ笑んでいた。 
 その姿は後光がさしたように光り輝いており、その光はルクスへと降り注いでいた。

 胸元を見ると、傷口が塞がっており、痛みもない。

 カレラの命と自分の命がつながっている感覚。マンティコアと戦った時に感じたものと同じこの感覚。今、確かに二人の命はつながっており、カレラの生命力がルクスへと流れ込んでいるのがわかった。
 
 一瞬で傷を治す魔法。

 それは、カレラの命とつながっていたから。カレラの命を分け与えられていたから。

 だから、ルクスは何度でも立ち上がれた。何度でも立ち向かえた。何度でも刃を振り下ろした。

 一人じゃなかったから。

 二人だから。

 二人で。



「「勝とう」」



 止まったはずの時間は動き出す。

 ルクスは、先ほどの傷がなかったかのように、王水の刃を切り返し、横なぎにした。


 
 悪魔は、今度こそ小さく切り刻まれ、地面へと落ちる。

 そして、黒い霧となり消え去った。


 ルクスは勝ったのだ。


 一人ではなく二人で。

 皆の力で。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら

冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。 アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。 国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。 ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。 エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

処理中です...