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第一章 死神と呼ばれた男

聖女の願い⑩

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 ルクスの感じた違和感。
 それは、砂に走る一筋の線だ。うっすらと見えるその線は、風が作り出したにしてはやけにまっすぐだった。
 よくよくみると、その線にそった片側が微妙に盛り上がっていることに気づいた。そして、その線と盛り上がりは、ルクスの大道芸人としての部分に警笛を鳴らす。

「あれってなによ。別に何もないじゃない」
「……?」

 ルクスの視線に誘われるように、二人も同じ方向を見ているがわからないようだ。それに気づいたのは、ルクスが培ってきた何かを隠すという大道芸人としての能力のおかげなのだろう。
 手品などをやるときは、観客の目を欺く必要がある。そうでなくても、現実を隠しながら夢の世界を提供する。大道芸人である彼らにしかわからないような、小さな綻び。
 ルクスはそれを見抜いたのだ。
 何かを隠したいという、人の思惑をも。

「だめだっ――にげ」
 
 ルクスが叫ぶのと同時だろうか。
 その線にそって地面が途端に盛り上がる。その盛り上がりの下から出てきたのは大きな白い布であり、その奥から多くの影が飛び出してきた。

 ルクスが気づいた一か所だけでなく、いくつもの場所からそれらは飛び出してくる。影が飛び出してきた場所は大きな穴があけられており、その上に布が覆われ、砂で隠していたのだろう。
 そこから出てきた影たちは、あっというまに祠のそばに立っている三人ごと、周辺をぐるりと囲んでしまった。
 皆が同じ服装をしており、その姿は白で統一されている。全身を包む甲冑は、大きな白いマントで覆われており、ところどころ赤で彩られたそれは、気品すら漂うものだった。

「なんだ、こいつらは!?」
「嘘でしょ!?」

 悲鳴にも近い疑問を叫びながら、ルクスは短剣を抜き、フェリカは身構える。カレラだけが、それらの姿をみてこれでもかと歯を噛みしめていた。

「……神聖騎士団」

 カレラのつぶやきに、ルクスは眉をぴくりと上げる。

「それって、神聖皇国の?」
「ん。うちの国の騎士達」
「それがなんでこんなところにいるのよ!?」
「……わからない」
 
 相手の正体を知っても、三人の疑問は打ち払えない。
 封印の強化のサポートか、とルクスは最初は思ったが、それならばこのような奇襲のようなまねをするはずもなく、取り囲むなどといった敵意をむき出しにされる所以もない。
 であるならば、何が目的なのか。カレラの命を狙う理由ももはやないはずなのに。
 ルクスは、極大魔石があり封印の強化ができるという情報が伝わっていないのかもしれないと、そんな懸念を抱いた。

「一体、これはなんだ! もしお前達が聖女の命を奪おうと思っているのなら筋違いだぞ! 見ろ! こうして極大魔石を手にして、封印を強化する術は手に入れた! 封印の乗せ換えはもうする必要がないんだ!」

 ルクスは必死で叫んだ。それこそ、腹の底から力の限り。
 だが、騎士団達は微動だにしない。それどころか、徐々に距離をつめてくる始末だ。

「聞け! 聞いてくれ! もう大丈夫だって言ってるだろ!!」

 その間も、ルクスはしきりに訴えるも、騎士団達は止まらない。やがて、隙間なく円を描いたところで止まり、垂直に姿勢を整える。そして、その奥から一人の人物が現れた。
 その人物は、周囲とほぼ同じ服装をしているが、たたずまいは身分のあるものなのだと遠目でもわかった。
 その男は、取り囲んでいる円よりも、少しルクス達に近づき、顔を隠している兜を取り去った。そこに隠されていた顔は、ルクスにとっても見覚えのある顔だった。

「噂を聞いてまさかと思ったが……まさか本当にお前だったとはな。このような所で見たい顔ではなかったが、それも神の思し召しということか」

 低すぎず、よくとおる声の男は、ルクスを見て顔を歪めた。

「……兄さん」

 おそらくは誰に聞かせるでもなかったつぶやきは、カレラとフェリカには届いてしまう。二人は、表情を険しくさせながらルクスの兄だという男を見つめている。

 男は、ぞくりとするくらい冷めた顔を浮かべていた。
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