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第一章 死神と呼ばれた男

襲来⑧

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 ルクスは、やや隙間が空いたところを目指して飛び込んだ。

 周囲に魔物があふれかえってはいるが、人が下りれないほどではない。なんとか無事に着地をしたその瞬間、ルクスは自分の魔法を発動させる。その魔法とは、当然水魔法だ。
 魔法適性Dの水魔法は、精々抱えるほどの大きさの水しか生み出せない。しかし、元々持っていたルクスの特性である遠隔発動と大道芸で培った繊細な魔法操作。それと、真理の実から得た知識を用いれば、生物を死に至らしめるのはひどく簡単なことだったのだ。

 その方法。
 それは、肺を水で満たすこと。それだけだ。
 人の肺の容量は五リットル程度。魔物においても、やたら大きいものでなければ、肺はそれほど多い容量ではない。
 その肺が水で満たされてしまえば当然息はできない。窒息とは違い、肺を水で満たすということは、身体への酸素供給を即座に断ち切ることを意味している。急激に襲われる呼吸苦と重要臓器への酸素遮断。これによってもたらされるものは、ごくごく短時間で陥る意識消失だ。

 息ができないことが直接意識消失につながるのは理解しがたいかもしれない。だが、窒息のように肺に空気が残っているのと、まったくないのでは身体で起こる現象に天と地ほどの差が生じる。

 と、机上では無敵の魔法のように思えるが、実行するには多くの壁が存在した。

 まずは、自身と離れたところに魔法を発生させることが普通なら不可能だ。
 直接身体から生み出すのなら、それほど苦労はしないが、魔法とはそもそも体から離れたところでは発動することができない。
 ルクスは、その不可能を可能にし、ましてや、それを人体の肺にピンポイントで発動させるというのだから、魔法を使う人間にとってはありえないことだった。

 そのような荒業を、ルクスは淡々と繰り返していく。

 魔物が目に入った瞬間に、その生物の肺の位置をイメージして魔法を発動させる。
 大道芸で行っていた、水の空中静止や、膜を作るなどの複雑な魔法操作に比べれば、生み出したい場所に水を生み出せばいいというのはルクスにとっては楽だった。何度も繰り返すことで疲労感は蓄積していくが、そもそも魔力を大幅に消費させるほどの魔法ではない。

 ルクスは、迫りくる魔物達の命を一瞬で刈り取っていくと、死体に埋もれる前に場所を移動しながら延々とその作業を繰り返していった。そうして門の前まできたルクスだったが、その周囲には魔物はいない。近づくと倒れていく魔物をみて、魔物達自身も、門の内側にいる人間たちも驚愕しか感じえなかった。

 ――死ね。

 心の中でなども呟きながら魔法を繰り出していく。はたからみると、何もせず魔物が倒れていくのだから脅威以外のなにものでもない。

 ――死ね。

 そんな光景をみていると、魔物達も恐怖を感じるのだろう。ルクスと距離を取りながら、じりじりと後ずさっていくようになった。

 ――逃げるなよ。

 ルクスのその想いもむなしく、山盛りになっていく死体を後目に、弱い魔物達から徐々にその場から逃げるものが現れた。

 ――行かせるかよ。生かせてたまるか。

 逃がせば瘴気を放つカレラを襲うかもしれない。そんな焦燥感にもにた感情を抱きながら、少しばかり距離をとってルクスを見据えている魔物達を睨みつける。先ほどまでの勢いはすでになく、尋常ならざる存在のルクスを遠巻きにみているような状況だった。
 そこでできた隙をルクスは見逃さない。

 イメージするのは、小さい球体。
 その球体に圧力をかける様を想像した。小さい球体を、これでもかと圧迫していく。押しつぶされた水が、行き場をなくした水が、ルクスの手のひらで小さくなっていった。そして、水が押し返す力とルクスのイメージが拮抗したその時。
 ルクスは、その球体に小さい穴をあけた。

 弾かれるようにその穴かから水が飛び出していく。すさまじい速さで飛び出した水は、細い線になり地面と水平にひた走り、その水に触れた魔物は、一瞬でまっぷたつに切り裂かれていた。
 その水を剣のように振るいながらルクスは走る。逃げる魔物を追いながら、何度も水の刃を叩きつけた。
 射程が十メートルほどもあるその刃は、瞬く間に魔物達を葬っていく。その尋常ならざる威力に、魔物は混乱しつつもルクスに特攻をする。そして、そのすべてをルクスは水の刃で切り裂いた。

 走りながら、水の刃を振りかぶり切り付ける。
 うち漏らした魔物は走りながら肺を水びだしにして命を摘む。
 手のひらに生み出した球体がなくなれば再び水を圧迫し、魔力が尽きればすぐさま持っていた魔力回復薬を口にした。
 当然、魔物の中には水の刃では切り裂けないものや、呼吸を必要としないものもいるのだが、両方に耐えられるものはいなかった。
 気づくと、魔物は街の門に近づくことが出来なくなっていた。
 ルクスを中心に、円状に倒れていく魔物達。ルクスの後ろには、魔物はほとんどおらず、目の前にいる魔物達をルクスは水魔法で倒していく。





 そんなルクスを塀の中から見ていた衛兵の部隊長である男は、突然現れた少年の後ろ姿に驚愕した。

 自分の半分にも満たないであろうその少年は、なにやらわけのわからない方法で魔物を次々と殺していく。おそらくは魔法なのだろうが、部隊長はそのような魔法を見たことも聞いたこともなかった。
 だが、自分達が門の内側から消極的な方法で対処するしかなかったことの半面、少年はその身一つで魔物を蹂躙していく。その力のすさまじさに嫉妬と畏怖と感じながら、今が戦況を左右する重要な一幕であることを理解する。現状の戦力でどのように戦うか。そのことを考えるも、人手の少なさに歯噛みした。その時――。

「戦況はどうなっている!? ここで指揮しているものは誰だ! 私は、領主様の剣である騎士団の長であるマルクスだ!」

 部隊長はその言葉に歓喜した。
 そして、すぐさま駆け寄り戦況を伝える。そして、今までの戦果と被害を伝える。もちろん少年の奮闘についてもだ。

「ふむ……。もし少年が倒れれば元の木阿弥……。街の安全は保つには――」

 部隊長の話を聞いたマルクスは、しばし考えた後、その作戦を騎士団と部隊長に告げた。
 
 その作戦とは――。

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