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8 桃色と紫

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「はあ、はあ」

 走っても走っても、例の女性に出会うことができない。向かっている方向はあっているはずなのに、いっこうに会えない。

が指し示している場所は確かにこっちなのに)

 手のひらの中にある結晶を見る。
 桃色のそれは、少し欠けていて所々紫色に変色している。

(なんで王都に来て早々、魔女の仕事をしなくちゃいけないんだ……)

 『愛』が見えるのも考えものだ。普段であれば人は皆『愛』を自分の中にもっておけるが、精神的に大きなショックを受けると『愛』が体外に放出されることがある。それが、今まさに手の中にある結晶だ。

「あの人、ショックだったんだ……」

 あの女性に悪態をつかれた時は驚いたが、苛烈な人だなぁと新鮮に思っていた。
 しかし、この結晶を見て思った。

(素直じゃない人だなぁ)

 そう思うと、どうしても放っておけなくなった。まあ、結晶があらわれた時点で、魔女の私が動くのは決定事項だったんだけど……。












「あっ、いた!」

 狭い路地裏をさまよっていると、やっと例の女性を見つけた。体を丸めてうずくまっている。この結晶の光が指し示してくれなければ、きっと見逃していただろう。

 息を整え、動かないままでいる彼女のそばに寄る。

「こんにちは」

 ビクッと体を揺らした彼女は、私に顔を向ける。そして、相手が私だと気が付いて嫌そうな顔をした。少なからず、心にダメージを負った。悲しい。

「あんた……さっきの」

 そっぽをむいた彼女は、不機嫌そうにそう言った。どうやら、私のことを覚えていてくれたらしい。ライフが1回復した。

「どっかいってくれる?目障りなの」

 この言葉により、1のダメージを受けた。そして、ライフはゼロになった。しかし、リスポーンできるため全回復した。空元気というリスポーンをね!

「それは無理です。あなたに返さなければならないものがあるので……」

 興味がひかれたのか、彼女はこちらをむいた。その顔には涙の痕があった。やはり、彼への『愛』に苦しんでいたのだろう。

「何?別にあんたに返してもらう物なんてないんだけど」

 そう言いつつも、私の言葉が気になっているみたいだ。さっそく本題に入ることにした。

「あなたは、まだあの男性のことが好きですよね?」

「……あの浮気男のことを言ってるなら違うわ」

「いえ、その浮気男のことです」

 冷たい声色をしているが、目は動揺している。さらに手の中にある結晶も共鳴していることから、彼女の心が揺れ動いていることがわかる。

(人の心を勝手に覗いているようで居心地が悪い……)

「はあ?あんなクソ男が好きなわけないでしょ!さっさとどっかに行ってくれる?!」

 彼女は逆鱗に触れたように怒り狂う。それに呼応するように、結晶の色が紫色に変色し始める。桃色だった部分が、どんどん少なくなっていく。

「それでも愛していると、あなたは思っています」

「思ってない!!」

 結晶がひときわ眩く光る。しかし、あと一歩のところで砕けることはなかった。彼女はそうとう愛情深い人なのだろう。イザベラさんの時のように、『魔女の導き』をするしかないみたいだ。

「それなら、あなたのその『愛』を捨てさせてくれませんか」

「は?『愛』?」

「そう、『愛』です。私は『愛』を捨てる魔女ですから」




















「―――で?どうやってその『愛』とやらを捨てるの」

 私の魔女としての能力を説明した後、彼女はそう言った。
 どうやら私の話を信じてくれる気になったようだ。

「あなたの覚悟が必要です」

「それだけ?」

「そうです」

「なら簡単じゃない。さっさとやってくれる?覚悟なんてとっくにしているわ」

「………」

 彼女の痛々しい笑顔をみて、私は彼女に手をかざした。
 スーッと彼女の体から、桃色と紫色が混ざったオーラが出てくる。

 その様子を見た彼女は、目を見開いていた。
 漂っていたオーラは、私の手のひらにある結晶に吸い込まれていった。

「ねえ、それが……」

「はい、これが結晶化したあなたの『愛』です」

「そう……」

 深く何かを考え込みながら、私の手にある結晶を見つめる。握りしめた手を胸にあて、ぎゅっと目をつぶっている。しばらくそうした後、彼女は私に声をかけた。

「これで、あの男を捨てたってことね」

「はい、厳密には彼への『愛』を捨てたことになりますね」

「どっちでもいいじゃない!それじゃ、あたしはもう行くから」

 この路地裏でうずくまっていた女性はもういない。『愛』を捨て、前へと歩み始めた女性に生まれ変わった。この場を去っていった彼女のことを考える。

(……『愛』は、なかなか厄介なものですよ)

 彼女に伝えられなかった言葉を心の中で呟き、まだ手の中にある結晶を見つめた。















「あれ、テディさん?」

 しばらく路地裏で考え込んでいると、少し息を切らしたテディさんが立っていた。いつの間にいたんだろう。まったく気がつかなかった。

「………」

 彼は無言で私の腕を掴むと、急にテレポートした。宿の前に来たかと思ったら、その中に引きずられるように入っていった。




「……すみませんでした」

 私に割り当てられていた部屋に連れ去られ、向かい合って椅子に座っている。目の前の机には水があるけれど、とても飲めるような雰囲気じゃない。とりあえず、怒っている様子のテディさんに謝る。

「………」

「………」

(き、気まずい!)

 普段ですらあまり話さないのに、怒ったらもっと無口になるとは思わなかった。非常に困った状況になった。これではテディさんが何に怒っているのかわからない。

 困り果てていると、テディさんはゆっくりと口を開いた。

「シロ殿は、嫌だったか」

「??」

 話がまったくつかめない。てっきり怒られる思っていたから、「ごめんなさい」という言葉が口からこぼれかけた。

「何がですか?」

 私の問いに、テディさんは重苦しく答える。

「あなたを迎えに行ったこと」

「……?」

「くっ、はははは!」

「!?」「……」

 少し開けていた部屋のドアから、急に人が入ってくる。
 あの時、伝言を頼んだ騎士だ。

「あ~、おもろすぎ!お前そのこと気にしてたのか」

「キリル、お前に入室の許可を出した覚えはない」

「えー、俺もシロちゃん探すの手伝ってやったのにー」

「頼んでない」

「ひでぇ」

 テディさんが珍しい掛け合いをしている姿に驚きながら、彼らの様子を見ていると例の騎士がこちらを向いた。

「シロちゃん、俺はキリル。よろしくな!」

 彼は一瞬で私のそばまで来ると、そう言って抱き着いてきた。
 そして、吹っ飛んだ。

「いったぁー」

「黙れ、そこを動くな」

 あの滅多に動じないテディさんが剣を抜こうとしている。ただ事ではないその様子に、ドン引くことしかできない。それなのに、どうしてキリルさんは笑っているのだろう。

「抱き着くなんて挨拶のうちだろ~」

「もう一度、殴られたいようだな」

 流石に室内で剣を抜くのはダメだと気づいたのだろう。テディさんは剣のかわりに拳を構えている。

(いや、攻撃の姿勢は変わってなかった!)

「テディさん、ただの挨拶ですから……」

「ほら~」

 なんとか仲裁しようと、彼らに声をかける。そしてキリルさん、火に油を注ごうとしないでほしい。テディさんの顔がこわくなるから。

「シロ殿、こいつに触らないほうがいい」

「病原菌みたいな扱いしないで」

 一方は真剣な顔で、一方はまったくこたえた様子がない顔だ。もう二人とも帰ってほしいと思うのは仕方ないと思う。

「お二人とも、もう暗いので話は明日にしませんか?」

 その提案が採用され、私はひと時の休息を得ることができた。
 テディさんはキリルさんに絡まれて嫌そうな顔をしながら部屋を出ていった。

(今さら気づいたけど、キリルさん普通に不法侵入してない?)

 色々とツッコミどころがあったが、これからしなければならないことを考えて、食事とお風呂を終えることにした。ちなみに、どちらも最高だった。さすが高級そうな宿。

 就寝の準備が整い、ベッドに入った。
 布団に包まれながら、これからのことを考えた。

(あの女性、これから見守らなきゃ)
 
 そして、私は眠りに落ちた。












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