平凡な魔女は「愛」を捨てるのが仕事です

晶迦

文字の大きさ
上 下
4 / 25

4 解決

しおりを挟む
「その『愛』、捨ててみませんか?」


 そう問いかけると、夫人は思考が停止したように動かなくなった。
 この言葉はあまりにも唐突すぎたと反省し、補足の説明をする。

「実は私、魔女なんです」

「……魔女?」

 フリーズ状態から戻った夫人は、目の焦点を私にあわせる。
 
「そうです。そして、能力は【『愛』を結晶化する】ことです」

 彼女は深く考え込みながら、そっとティーカップの縁をなぞる。

「そう……。つまり、わたくしのこの厄介な状態を治してくださるということかしら?」
 
 こちらを見つめる瞳には、今まで人を引っ張ってきた領主としての威厳が垣間見える。それに、彼女自身も自分の人格の分離を自覚していたようだ。

(一から説明する必要がなくてよかった……)

「はい。前領主様への『愛』を結晶にして捨て去れば、もう一つの人格も自然と消え去ると思います」

 なぜなら、深い『愛』ゆえの悲しみに堪えきれなくなったせいで出来た人格だからだ。地盤となる『愛』がなくなれば、その上に成り立つ人格が消えるのが道理だ。



「あの~、それと、言わなければならないことが一つだけ……」

 先程まで滔々と語っていた魔女の尻込みする様子に、夫人は身構える。

「実は、今回の町の異変の原因が……」

「原因が?」

 夫人は急かすように言葉を繰り返す。
 魔女は言いずらそうに、顔を下に向けたまま話す。

「夫人だと思われます……」

「わたくし?」

「はい……」

 まさか異変の調査を依頼した自分自身が、その異変の原因だったとは思いもよらなかったのだろう。本日何度目かのフリーズ状態になっている。

「その、『愛』って飛ぶことがあるんです」

「飛ぶですって?!」

「そうなるのは『愛』が変化して『憎しみ』になった場合なんですが」
 
「『憎しみ』……」

「領民たちを憎いと思ったこと、ありました……?」

 人の心に深く踏み込む行為に、今更ながら体に緊張が走る。負の感情だからこそ、より慎重にならなければならない。

「数え切れないほどあるわ」

「ううん」

 あまりにもはっきりと言われ、感嘆の声を上げてしまう。




「夫が事故にあったのも、領民のための視察に向かう道中だったもの」

 複雑な感情をこめた言葉には、夫人の苦悩を感じる。

 彼女は今まで溜め込んできた苦しみを語った。
 あの事故は仕方のないことだった。それでも、あの時にあの人を引き留めていればと後悔は尽きない。そのやりきれない悲しみを、領民たちにぶつけるのはいけないとわかっていた。

 彼らが、自分に対してどんなに心無い言葉をかけてきても。



「でも、それで憎むのもお門違いよね。実際にあの人の命を奪ったのは彼らじゃないのだから」

 苦笑交じりにそう言う夫人の姿から、今までそうやって独りでたえてきたのだろうと思った。




「……感情はままならないものです。抑えれば抑えるほど、膨れ上がります」

 下手な慰めは悪手だと思いながら、なんとか言葉を紡ぐ。
 せめて気持ちが伝わるように、しっかりと顔を上げる。

「そう……、そうね……」

 少しだけしわのあるその頬には、一筋の涙がつたった。














「もう、大丈夫よ」

 ハンカチを目元から離し、いまだ潤んでいる瞳をこちらに向ける。
 ハンカチをもつ手は、少しだけ震えている。

「……いいんですか?」
 
 夫人の様子をうかがいながらも、最後の確認を行う。
 彼女の答えは、もう決まっているのだろうと思っていても。

「ええ。もういない人に執着していても、いいことがないと学んだもの」

 彼女は、故人への想いを断ち切る決断を下した。
 今ある大切なもの、領民たちのために生きると決めたようだ。

「彼らに思うところはあるけれど、それでもわたくしの大切な領民たちですから」

 笑顔をみせる彼女の本心はわからない。
 しかし、彼女にも多くの物語があったことだけは確かに感じた。







「それでは、始めます」

 魔女の言葉に夫人は静かに頷く。
 私は夫人のそばに座り、彼女の手を祈りを捧げるように握った。
 
 夫人は急激な眠気に襲われる。そして、そのまま気を失った。






 
 気が付くと、草花がそよ風に揺れる野原に立っていた。
 そばには一組の男女がいた。
 女性のほうは夫人だ。きっともう一方の男性は前領主だろう。

(とても幸せそう)

 その幸せな思い出を、私はこれから奪っていく。
 それが『愛』を捨てるということだから。『思い出』を捨てるということだから。

(ほんとに……役に立たない魔女)

 この能力が人を幸せにしたことなんてない。それでも、使わなければならない運命に交わる。

(もうずっと家にいたい)

 
 思いを巡らせていると、夫人の思い出の世界が消えていく。
 前領主の姿も、溶けるように消えていった。

(時間か……)

 消えてゆく世界を手で掬う。
 それらは手の平の上で結晶となった。
 淡い新緑の結晶。


 パリーンッ


 それは手の中で砕け散った。
 これで夫人は、故人に囚われることはなくなった。



(……帰ろう)

















「今回は本当に助かりましたわ!」

「……そうか」

 晴れやかな顔の夫人と釈然としない顔のテディさん。

 彼は異常な気配がする湖の方へ行っていたそうだ。しかし、突然その気配が消えたかと思ったら、この町の異変も収まっていた。そのため、一度この屋敷に帰ってきたら満面の笑みの夫人に出迎えられたというわけだ。

(その湖の異常な気配って……)

「……イザベラさん」

 テディさんがどこかに連絡を取るために席を外した間に、小声で夫人に声をかける。名前で呼んでいるのは彼女の要望だ。

「どうされたの?」

 声を潜める私にあわせて、彼女も小声で答えてくれる。

「湖になにか捨てました?」

「……ええ、夫との思い出の品を捨てたことがあるわ」

 ―――未練を断ち切りたくて

 彼女は苦笑しながらそう言った。
 やはり、そう簡単に人は切り替えられないだろう。彼女の目は何かを思い出すように遠くを見ていた。

「多分……それが呪いの媒介物みたいになっていたんだと思います」

「呪い?」

 
 『愛』は『憎しみ』に変容し、その『憎しみ』は強い呪いになることがある。
 夫人には、簡単にそう説明した。


「そう、今回の件は全てわたくしのせいだったのですね……」

 悔いるように俯く夫人に、私はおどけたように言った。

「いいえ?強いて言うならあなたが優しすぎたのが原因ですかね」

 予想外の言葉でキョトンとした顔に、私はほうけたような顔をしてみせる。

「あら……、褒めて下さってもマフィンしか出せませんことよ?」

「マフィン……!」

 子どものように目を輝かせる魔女を見て、夫人は楽し気に笑った。

















「この依頼は、これで完了としていいだろうか」

 テディさんが戻ってきて、話が再開される。

 彼はまだこの解決に納得がいっていないようだ。無表情だが、不満げな雰囲気を感じられる。
 それはそうだと思う。今回、私が魔女として行ったことは夫人に黙ってもらっているから。彼にとっては、いつの間にか解決していたという状況だ。納得できなくても仕方ない。

(まあ、それでも言う気はないけど)

 彼は魔女を探している。今回のことを全て話せば、王都に連行されることは間違いない。一部を隠しながら話しても、彼はこういう部分では鋭そうだから誤魔化せる気がしない。

「それでは、お見送りいたしますわ」

 考え込んでいるうちに、いつの間にか話は終わったようだ。
 最後も夫人が直々に見送ってくれるみたいだ。








「お待ちになって」

 テディさんのテレポートで帰ろうとしたその時、夫人に引き留められた。
 どうやら、私を呼んでいるらしい。

 屋敷の門の前に立つ夫人のもとまで歩いていく。

 そばまで行くと、彼女はそっと私の耳に顔をよせる。

「お困りになったら、ぜひお越しになって」

 親切な言葉を有難いと思いながら、返事はしなかった。
 困ったように微笑むだけにとどめた。






 こうして、今回の依頼は幕を閉じた。










(あれ?私めちゃくちゃ仕事してない?)

 魔女がそのことに気が付いたのは、家に帰りお風呂から出た後だった。









しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

「いなくても困らない」と言われたから、他国の皇帝妃になってやりました

ネコ
恋愛
「お前はいなくても困らない」。そう告げられた瞬間、私の心は凍りついた。王国一の高貴な婚約者を得たはずなのに、彼の裏切りはあまりにも身勝手だった。かくなる上は、誰もが恐れ多いと敬う帝国の皇帝のもとへ嫁ぐまで。失意の底で誓った決意が、私の運命を大きく変えていく。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

言い逃げしました

Rj
恋愛
好きになったのは友達の恋人。卒業式に言い逃げしました。 一話完結で投稿したものに一話加え全二話になりました。(3/9変更)

処理中です...