平凡な魔女は「愛」を捨てるのが仕事です

晶迦

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2 面倒事の予感

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 日光が射し込む窓。

 薬窯の火はもうすでに消えていた。そのそばにある作業台で突っ伏している者が一人。そう、深夜中ずっと薬の調合を行っていた魔女だ。深夜テンションではっちゃけたのか、現在はピクリともしない。


 そんな魔女の家の前に、一人の来訪者が立っていた。


 コンコン

「…………」

 魔女は全く動かない。


 コンコン コンコン


「うーん……」


 コンコンコンコン


「う、るさ、い……」

 やっと目を覚ました魔女は、しつこいノックをしてくる者を確認しようと玄関へ向かう。寝ぼけていたからか、途中で何度か壁に体をぶつける。その鈍い音が外まで聞こえていたのか、あのうるさいノックはやんでいた。きっと家主が気づいたことを察したからだろう。


 ガチャ


 躊躇なくドアを開ける。


 ガチャン


 そして、躊躇なくドアを閉めた。



(なんで昨日の騎士がここに……!)

 衝撃の事実に、魔女は今までの眠気が吹っ飛んだ。あれほど体を壁にぶつけまくった時に、眠気が消えなかったことの方が不思議である。


 ガチャ

 
 魔女が閉めたドアの前で脳をフル回転させていると、ドアが勝手に開く。


「昨日の今日ですまない。頼みがあるんだ」

 逆光で表情のみえない騎士が、太陽を背負ってドアの前に立っていた。


 









「早急に、その頼みごとを述べてください。そして帰ってください」

 焦りに焦った魔女は思考が停止し、思わず本音が口から出る。

「急ぎの用があるのか。それならば話は後でも」

「今すぐ言ってください」

 配慮をみせた騎士をバッサリと切る魔女。
 

 彼女はきっと、後で一人になった時にこのことを悶え苦しむだろう。人の好意をさえぎることは、彼女にとって途轍もなく気まずい行為であるから。


「そうか、わかった」

 なかなか辛辣な魔女の対応(本人は意図していない)にも、騎士は時に気にした様子もなく会話を続ける。やはり騎士たる者、心にも鎧を装備しているのかもしれない。


「簡潔に言う。私と共に来てくれ」

「……は?」

 彼女は体を強張らせた。

 まさか、私が魔女であることがバレた……?


「貴殿が魔女でないことは、昨日の夜に判明している」

(よかった……、バレてなかった……!)

「しかし、魔女に関する手掛かりはここ以外にもうない。よって、その最後の手掛かりの渦中にいた貴殿に手を貸してもらたい」


「……私、まったく関係ないのでは?」

 斜め上の頼みに、困惑を隠せない。

 その最後の手掛かりが違ったのだから、私を巻き込むのはお門違いだと思うのだが。


「いや、これも何かの縁だろう」

 真っ直ぐな瞳を向けられる。
 こんなにも純真無垢な目で見つめられると、なんだが滅されそうだ。ほら、魔女って魔の者っぽいし、聖属性に弱そうだから。


「了承していただけないか」

 あまりにも真摯に頭を下げられ、罪悪感に苛まれる。

 それでも、それでも……!今世ではノーと言える人間になると誓ったんだ!

「そうでなければ、王命で強制」

「なんでもやります」

 華麗な手のひら返しを行う。

 危ない、ナチュラルに王命ハラスメントを受けかけた。いや、もう受けてしまったと言った方がいいかもしれない。平穏な日常に、王命などという異物は混入させたくない。さっさと手伝ってさっさと終わらせよう。


(どうせ、魔女は見つけられない)

 私が容姿・能力ともに平凡な魔女である限り、誰も私を魔女だと思わないから。


(早く諦めて帰ってくれないかなぁ)


 こうして、王命を受けた騎士と平凡な魔女は、『魔女を探す』という命を達成するため手を取り合った。




 さて、この騎士は手を取り合った相手こそが探し人であったことに気づく日がくるだろうか。それとも、永遠にこないだろうか。


 
 とりあえず、平凡な魔女の日常がこれからかき乱されることだけは確定している未来である。























 これからの協力体制を話し合うために、魔女の家に入った。
 流石に今回は、魔女も騎士と向かい合って座っている。椅子を限りなく騎士から遠ざけようと、後ろに下げているのはご愛嬌だろう。


「では、協力関係になるにあたって、貴殿の名を教えていただけるか」

 礼儀正しい騎士は、まず名乗り合いから始めるようだ。
 それに答えようとして、思わず声がつまる。

「……っ」

 拒絶するような体の反応に、魔女は何かを思い出したようだった。そして、何事もなかったかのように騎士に向かって言った。

「シロです」

「……そうか、シロ殿か」

 騎士は魔女の一瞬の異変に気付いていたが、何も言わずに魔女の答えを受け取った。

「私は」

「あの、すみません。できれば略称でお願いします」

 失礼とわかっていたものの、名乗りをさえぎってお願いをする。名というものは、魔女にとっては重要なものだから。いくら私が平凡な魔女だといっても、世の中なにがあるかわからない。気を付けておいて損はない。

「ふむ、わかった。では私のことはテディと呼んでくれ」

「ぐふッ」

 ちょうど口に入れていたお茶を吹きかける。

(なんて可愛らしい略称なんだ!)

 改めて、彼の容姿をみる。
 引き締まった体は、流石騎士だと思う。白い制服がとても似合っている。視線を上に向けると、短めの白髪に縁どられた整った顔がある。真っ直ぐにこちらを見てくる瞳は、左右で異なる。彼の右目は深い海を凝縮したような青、左は宝石のように煌めく金だ。とても神秘的な美しさだ。

(それなのにテディ?!名前の可愛らしさときれいな容姿が合わなすぎてギャップがすごい)


「大丈夫か」

 こうなった原因が自分だとは露知らず、彼はハンカチを差し出してくれる。幸い、お茶を吹き出すという惨事にはならなかったため、その厚意を断る。

「大丈夫です。……テディさん」

 呼ぶのになかなか勇気のいる名前を口にする。
 あれ、なんか背中に変な汗をかいてるような……。

「そうか」

 差し出したハンカチをそっとしまうテディさん。
 心なしか喜んでいるような雰囲気が気になる。喜ぶ要素なんてあっただろうか?

「それではシロ殿、これからの計画について話そうと思う」

「はい」




 彼らはしばらくの間、今後の方針を話し合った。




 








 






(怒涛の一日だった……)

 騎士、いやテディさんは報告をするために一旦王都へと帰った。
 別に、ずっとこっちに来なくてもいいんだけど。


「とりあえず、魔女の情報を集めるフリをしないと……」

 彼に頼まれた通り、まずは情報収集から始めなくてはならない。

 これから無意味なことをするということに、頭痛を感じる。
 しかし、平穏を取り戻すためには仕方のないことだ。

 え?素直に自分が魔女だって白状したほうがいい?
 ……魔女たちの威厳のためにも、私のような魔女がいることは黙っていたほうがいい。それに、彼女たちはプライドが高いから、自分の同族がバカにされたと思ったら諸々を滅ぼしかねない。この隠蔽行為は、世界の平和のためでもある。決して、面倒くさいからとかいう理由じゃない。……本当だよ?


「なんか、事態がややこしくなった気がしないでもない」

 そう呟きながらも、町に行く準備をする。
 自分の仕事はきちんと果たそうと思う。





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