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19、戸惑い
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目が覚めると、そこにシンの姿はなかった。
今は夜なのか、部屋の中は真っ暗だ。
起き上がろうとするが、体が怠い。それだけでなく、長時間繋がっていたせいかまだ中にシンのものが入っているような感覚が残っている。
好きだ、と繰り返し囁かれたシンの声や自分の痴態が蘇ってきて、恥ずかしさで顔が熱くなる。
思い出すなと思えば思うほど、最中のことが細かく蘇ってきてしまう。
シンの荒い吐息や、抱きしめる腕の強さ、自分と同じように早いシンの鼓動。そして、中に侵入してきたあの熱量と快感。
流されてはいけないと思いつつ、与えられる快楽を期待して抗えない自分が確かにいた。
記憶をかき消すように首を振り、今何時だ、と思ったところで振動音と共に床が光った。
「……え?」
恐らく昨日触っていてそのまま忘れていったのだろう、床に転がったままのスマホを拾い上げると、そこには何故かシンの名前が表示されていた。
戸惑いながら画面を開く。
『今夜はもうそっちにはいかないから、しっかり戸締りして寝ること。
それから、夕食と朝食を用意してあるからちゃんと食べること。
じゃあ、また明日。おやすみ』
恋人というよりは母親みたいだ。
思わずクスリと笑ってしまう。
いつの間にアドレスを登録したのかは知らないが、勝手に家に入り込んでいたことを思うとアドレスを知られていてもおかしくはないか。
着信履歴にも幾度もシンの名前が並んでいた。時間的に稜人といた頃だろうか。
普通なら怖がるべきところなんだろうけれど、何故か許せてしまっている自分がいる。
「何でだろ……?」
いや、本当は薄々わかっている。
俺はシンの事が嫌いじゃない。
確かに最初、姿を見せずに家の中に入られていたのは怖かったし、気持ち悪かった。
だけど、シンが相手だとわかってからは怖いどころか、触れられて気持ち良いと感じてしまっている。
俺のことを慈しむような愛撫。同じように触れられても、社長が相手だと恐怖と気持ち悪さしかなかったのに。
――どうしたら、俺のこと好きになってくれる?
シンの必死な声が蘇る。
シンのことは嫌いじゃないどころか、これまでの行為を許してしまえるくらいには好き、だと思う。
ただ、今の関係が嫌なんだと思う。脅されて、こちらの意思に関係なくシンの思うままにされることが。
「恋人だって言うなら、少しは俺の気持ちも考えてくれよ……」
面と向かって言えたら良いのだけど。
なんて無理か。だって、俺でさえ俺の気持ちがよくわからない。
俺はシンとどうなりたいんだろう……?
もやもやした気持ちのまま、それでも動きにくい体を引きずって食卓に座るのはきっとシンと約束したからだろう。
きちんと食事を摂ること。そんな約束がなければきっと動くのが辛いのを理由に朝まで寝ていただろう。
テーブルに置いてあったのは小さな土鍋。そこに入っていた卵おじやはまだほんのり温かく。
「美味しい」
とても優しい味だった。
写真の件がなければ、シンの好意を素直に受け入れられたかもしれない。
ストーカー行為がなかったら、脅迫なんてされなかったら……。
不意にとても悲しい気分になって、涙が零れた。
翌日、エレベーターでまたシンと遭遇した。
何となく気恥ずかしくてシンの顔を見れず俯いていると、シンが俺の顎を掴んで自分の方を向かせる。
いつもの満員に近いエレベーター内。少し見上げる高さのシンの顔は、今にも口付けしてきそうなほど近く。
キャー、と女性達から悲鳴が上がった。
「うん。顔色、少し戻ったね」
「何で顔色見るのにいちいち顎掴むんだよ」
「え? わざとに決まってるじゃない」
ニヤリ、という形容詞が似合う笑顔でシンが言う。
女性達から物凄く睨まれるからやめて欲しいんだけど。
シンがいる営業課と違って、俺のいる開発課は女性と男性が半々くらいだ。
仕事に感情を挟むような人はいないと信じたいが、昨日の青木さんみたく根掘り葉掘り聞いてくる人もいるわけで。つまるところ、居心地が悪くて仕方がない。
「今日こそは一緒にお昼しようね」
「分かったから、いい加減離せ」
「やった! じゃ、約束したからね。後で迎えに行くから」
「はいはい」
子供のように喜ぶシンは、ようやく俺の顔を離してくれた。
最初に会った時のキリッとした人物とは別人のようだ。
「そうだ。リオ、手出して」
「?」
言われるままに右手を出すと、逆、と言われて左手を取られる。
その薬指に、シンは指輪を填めた。
「うん、ピッタリ。似合ってるよリオ」
「な、何だよこれ!?」
「リオが俺のものだっていう印。社長除けにしてね」
チュッ、と軽い音を立てて指輪にキスをされた。
こいつ……! 男が恋人だって隠す気がないのか?
そう言えば昨日は会社では富永さんって呼んでいたのが、今日はリオって……。
お揃いだと自分の左手の薬指の指輪を見せるシンに、周囲にいた女性達から再び悲鳴が上がる。
どういうことだと騒つく女性達から殺気のようなものまで漂い始め、居た堪れない。
開発課のフロアに着くなり逃げるように降りた。
シンが何を考えているのか、何をしてくるのかわからなくて怖い。
会社内でくらいシンのことを考えずに平穏に過ごしたかったのに。
「ちょっと富永さん! さっきのどういうこと?!」
足早に逃げてきた俺を、青木さんは追いかけてきたらしい。どちらにしろデスクが隣だから逃げようもないのだけど。
座る前に捕まってガクガクと揺さぶられる。
「何で指輪……! お揃いって……! 俺のって!」
青木さんは相当興奮しているのか、単語ばかりの詰問をしてくる。
俺より小柄な青木さんは自然と上目遣いになる。美人だしシンとどうこうなる前なら喜んだかもしれないけれど、凄い剣幕だし素直に喜べない。
一見青木さんが俺に縋りついてきているこの状況、おまけにさっきの台詞はかなり誤解を招く。そう気づいた時には案の定、周囲にいた男性達から睨まれていた。
「そこ、出勤したならまずタイムカードを押したまえ。遅刻扱いになるよ」
困っていると、騒がしい中にも関わらずよく通る声が辺りを鎮めた。
今は夜なのか、部屋の中は真っ暗だ。
起き上がろうとするが、体が怠い。それだけでなく、長時間繋がっていたせいかまだ中にシンのものが入っているような感覚が残っている。
好きだ、と繰り返し囁かれたシンの声や自分の痴態が蘇ってきて、恥ずかしさで顔が熱くなる。
思い出すなと思えば思うほど、最中のことが細かく蘇ってきてしまう。
シンの荒い吐息や、抱きしめる腕の強さ、自分と同じように早いシンの鼓動。そして、中に侵入してきたあの熱量と快感。
流されてはいけないと思いつつ、与えられる快楽を期待して抗えない自分が確かにいた。
記憶をかき消すように首を振り、今何時だ、と思ったところで振動音と共に床が光った。
「……え?」
恐らく昨日触っていてそのまま忘れていったのだろう、床に転がったままのスマホを拾い上げると、そこには何故かシンの名前が表示されていた。
戸惑いながら画面を開く。
『今夜はもうそっちにはいかないから、しっかり戸締りして寝ること。
それから、夕食と朝食を用意してあるからちゃんと食べること。
じゃあ、また明日。おやすみ』
恋人というよりは母親みたいだ。
思わずクスリと笑ってしまう。
いつの間にアドレスを登録したのかは知らないが、勝手に家に入り込んでいたことを思うとアドレスを知られていてもおかしくはないか。
着信履歴にも幾度もシンの名前が並んでいた。時間的に稜人といた頃だろうか。
普通なら怖がるべきところなんだろうけれど、何故か許せてしまっている自分がいる。
「何でだろ……?」
いや、本当は薄々わかっている。
俺はシンの事が嫌いじゃない。
確かに最初、姿を見せずに家の中に入られていたのは怖かったし、気持ち悪かった。
だけど、シンが相手だとわかってからは怖いどころか、触れられて気持ち良いと感じてしまっている。
俺のことを慈しむような愛撫。同じように触れられても、社長が相手だと恐怖と気持ち悪さしかなかったのに。
――どうしたら、俺のこと好きになってくれる?
シンの必死な声が蘇る。
シンのことは嫌いじゃないどころか、これまでの行為を許してしまえるくらいには好き、だと思う。
ただ、今の関係が嫌なんだと思う。脅されて、こちらの意思に関係なくシンの思うままにされることが。
「恋人だって言うなら、少しは俺の気持ちも考えてくれよ……」
面と向かって言えたら良いのだけど。
なんて無理か。だって、俺でさえ俺の気持ちがよくわからない。
俺はシンとどうなりたいんだろう……?
もやもやした気持ちのまま、それでも動きにくい体を引きずって食卓に座るのはきっとシンと約束したからだろう。
きちんと食事を摂ること。そんな約束がなければきっと動くのが辛いのを理由に朝まで寝ていただろう。
テーブルに置いてあったのは小さな土鍋。そこに入っていた卵おじやはまだほんのり温かく。
「美味しい」
とても優しい味だった。
写真の件がなければ、シンの好意を素直に受け入れられたかもしれない。
ストーカー行為がなかったら、脅迫なんてされなかったら……。
不意にとても悲しい気分になって、涙が零れた。
翌日、エレベーターでまたシンと遭遇した。
何となく気恥ずかしくてシンの顔を見れず俯いていると、シンが俺の顎を掴んで自分の方を向かせる。
いつもの満員に近いエレベーター内。少し見上げる高さのシンの顔は、今にも口付けしてきそうなほど近く。
キャー、と女性達から悲鳴が上がった。
「うん。顔色、少し戻ったね」
「何で顔色見るのにいちいち顎掴むんだよ」
「え? わざとに決まってるじゃない」
ニヤリ、という形容詞が似合う笑顔でシンが言う。
女性達から物凄く睨まれるからやめて欲しいんだけど。
シンがいる営業課と違って、俺のいる開発課は女性と男性が半々くらいだ。
仕事に感情を挟むような人はいないと信じたいが、昨日の青木さんみたく根掘り葉掘り聞いてくる人もいるわけで。つまるところ、居心地が悪くて仕方がない。
「今日こそは一緒にお昼しようね」
「分かったから、いい加減離せ」
「やった! じゃ、約束したからね。後で迎えに行くから」
「はいはい」
子供のように喜ぶシンは、ようやく俺の顔を離してくれた。
最初に会った時のキリッとした人物とは別人のようだ。
「そうだ。リオ、手出して」
「?」
言われるままに右手を出すと、逆、と言われて左手を取られる。
その薬指に、シンは指輪を填めた。
「うん、ピッタリ。似合ってるよリオ」
「な、何だよこれ!?」
「リオが俺のものだっていう印。社長除けにしてね」
チュッ、と軽い音を立てて指輪にキスをされた。
こいつ……! 男が恋人だって隠す気がないのか?
そう言えば昨日は会社では富永さんって呼んでいたのが、今日はリオって……。
お揃いだと自分の左手の薬指の指輪を見せるシンに、周囲にいた女性達から再び悲鳴が上がる。
どういうことだと騒つく女性達から殺気のようなものまで漂い始め、居た堪れない。
開発課のフロアに着くなり逃げるように降りた。
シンが何を考えているのか、何をしてくるのかわからなくて怖い。
会社内でくらいシンのことを考えずに平穏に過ごしたかったのに。
「ちょっと富永さん! さっきのどういうこと?!」
足早に逃げてきた俺を、青木さんは追いかけてきたらしい。どちらにしろデスクが隣だから逃げようもないのだけど。
座る前に捕まってガクガクと揺さぶられる。
「何で指輪……! お揃いって……! 俺のって!」
青木さんは相当興奮しているのか、単語ばかりの詰問をしてくる。
俺より小柄な青木さんは自然と上目遣いになる。美人だしシンとどうこうなる前なら喜んだかもしれないけれど、凄い剣幕だし素直に喜べない。
一見青木さんが俺に縋りついてきているこの状況、おまけにさっきの台詞はかなり誤解を招く。そう気づいた時には案の定、周囲にいた男性達から睨まれていた。
「そこ、出勤したならまずタイムカードを押したまえ。遅刻扱いになるよ」
困っていると、騒がしい中にも関わらずよく通る声が辺りを鎮めた。
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