その腕に囚われて

禎祥

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15、気まずい

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「里桜の会社の社長さん?」

 一触即発、といった空気の中、稜人が最初に口を開いた。
 俺が後ろに隠れてしまったから、シンのことを社長だと勘違いしたらしい。

「違う」
「そうか。じゃあ里桜の恋人さんの方か。里桜、何隠れてるんだよ?」

 稜人はあくまで自分が提案した「恋人のフリを続けて画像を消させる」という案を通すつもりのようだ。
 シンは稜人の口から飛び出た恋人という単語に呆気に取られ、少しだけ表情を緩めた。

「俺は文京稜人。里桜の幼馴染だ。街中で泣きじゃくっていたこいつを保護したんで送ってきた」
「そうか、すまなかったな。俺は神戸真だ」

 シンがおいで、と両手を出す。
 俺が稜人に助けを求める視線を送ると、良いからいけと返ってきた。うぅ……。
 シンと昼食を一緒にという約束を破ってしまっているから、少しバツが悪い。
 俺がぐずぐずと稜人の影に隠れているものだから、シンがまた稜人を睨んだ。

「言っておくが、俺には新婚ラブラブな奥さんがいるから。里桜とは何もない。何もないが……里桜は俺達の大事な弟分だ。男と付き合おうが幸せなら口出ししない。けどな、今日みたく泣かせるようなことあったら許さねぇからな」
「……わかってる。お前に言われるまでもなく幸せにする」
「なら、里桜が嫌がるような真似してるんじゃねぇよ」

 稜人が自分の指の結婚指輪を見せながら俺とはただの友人関係だと宣言する。
 直接ではないけど、写真を消せと言ってくれてるのがわかる。
 わかるけど、こんな外で話す内容じゃないと思う。
 いつ誰が来るかわかったもんじゃない。

「あの、とにかく、中入って?」

 俺は急に恥ずかしくなって、稜人もシンもまとめて家に押し込む。
 シンは普通に勝手知ったる我が家と言わんばかりに、三人分のお茶を淹れた。
 キャラメルのような甘い香りのする紅茶だ。シンが持ち込んだものだろう。
 温かさと甘い香りがホッとする。

「たぶん、里桜が言いたがらないと思うから俺が言うけど」
「稜人? 何を……」
「里桜が、会社の社長に襲われたそうだ」
「!」

 まさかと思ったらそのまさかだった。
 シンの目つきが凶悪になる。凄く怖い。
 だけど、稜人はそんなシンの様子にも構わずに話を続ける。

「あんたは、他の男の手垢が付いたからって里桜を許せないと思うか?」
「まさか! 許せないのは守であってリオじゃない」
「「守?」」

 俺と稜人の声がハモる。
 シンは、社長の名前知らないとか言わないよな、と呆れ気味に俺を見た。

「神戸守。俺の従兄だよ」
「そうか。なら、相手が社長であっても里桜へのちょっかいをやめさせられるな?」

 俺はシンの説明に驚いていた。
 そういえば、昨日シンに告白された時にも出た名前だ。つまり、シンは俺が社長に狙われているって知っていたわけだ。
 驚く俺の横で、稜人が俺を社長から守れと言っている。
 シンは「勿論だ」と頷いた。

「だ、そうだ。良かったな、里桜」
「う、うん」

 稜人は本気でシンと社長をぶつける気らしい。
 俺としては社長に迫られるのは嫌だから、ありがたいと言えばありがたいけれど。
 シンの俺への気持ちを利用するって、何だか申し訳ない気もする。
 いっそ、他の男に手を出されるような奴は要らないって捨ててくれれば良かったんだけど。

「じゃあ、俺は聞きたい言葉が聞けたし帰るよ。お茶ご馳走様」
「えっ……稜人?」

 行っちゃうの? と言いかけた俺に、稜人は頑張れ、と肩を軽く叩いて席を立った。
 そのままスタスタと出ていくのを、シンと一緒に見送る。
 二人きりになると、気まずくてシンの顔が見れない。
 先に沈黙を破ったのはシンの方。
 俺を怖がらせないようにか、落ち着いた口調で微笑みを浮かべながら話しかけてきた。

「遅くなったけど昼食用意するよ。何か食べられそうか?」
「あの……今日はごめん」

 約束破って、と謝ったら、シンはキョトンとした。
 それから、俺の顔に向かって手を伸ばしてきた。
 エレベーター内での恐怖を思い出しビクリとしてしまった俺に苦笑すると、そのまま頭をクシャリと撫でた。

「リオのせいじゃないだろ。怒ってないよ」

 食欲はまったくないと言ったのだけど、無理にでも何か口に入れろと怒られた。
 シンがキッチンに立つ間、ダイニングテーブルで居心地悪く待つ。
 暫くすると、良い香りが漂ってきてお腹が鳴った。

「消化が良くて食べやすそうなもの、と思ってポトフにしてみた。少しでも良いから食べて」
「うん。……いただきます」

 コンソメと野菜の甘さの優しい味。
 スープは飲めた。けど、野菜を口に入れた途端、舌に触れた固形物で社長に無理矢理キスされた時の気持ち悪さが蘇ってきて。
 思わず吐き出してしまった俺に、シンは「無理しなくていい」と言ってくれた。

 シンは、俺にとても良くしてくれる。写真の件が無ければ、普通に良い人なんだけどなぁ……。
 まぁ、写真の件が無かったら恋人になることもなかったんだけど。

「そういえば、会社戻らなくて平気?」
「うん、早退してきた。リオが早退したって聞いて」

 営業に出る前に開発課のフロアに寄ったら、俺が社長に恋人抱きされながら帰ったと聞かされたのだと言う。

「こ、恋人抱き?!」
「かなり親密そうで、どんな関係だって騒がれてたよ」
「明日会社行きたくないなぁ……」

 社長と顔を合わせるかも、ってだけでも気が重いのにそんな風に騒がれているなんて。
 社長と、顔を合わせる……?
 きっぱり断ったし、ないよな? でも、シンの従兄だし、シンと同じように諦め悪いかもしれない。
 また迫られたら、と思うと身体が震えてくる。

「行かなくて良いよ」
「えっ?」
「俺が養うから、一緒に暮らそう? リオは、俺が帰ってくる時に出迎えてくれればそれで良いから」

 それはそれで、嫌なんだけど。
 俺は恋人のフリをしているだけだ。そこまでシンの好意に甘えたくない。
 男としての矜持だってある。養われるだけとか、ダメ人間まっしぐらだ。
 今既にシンの好意を利用していることだって心苦しいのに。

「大丈夫。ただの愚痴だよ。明日はちゃんと行く」
「残念。弱っている所につけ込もうかと思ったのに」

 首を横に振って断る俺に、シンが冗談めかして言う。
 でも、さっきの言葉は本気だったと思う。そのくらい、真剣な顔だった。

「じゃあ、約束破ったリオにお仕置きタイムだね」
「えっ? ちょ、ちょっと!」

 さらっと笑顔で恐ろしいことを言って、シンは俺を立たせると姫抱きした。

「さっき、俺のせいじゃないって」
「ん? だって、可愛い顔見せちゃだめって言ったのに守に見せただろ」
「可愛い?! 誰が」

 動転して騒ぐ俺をものともせずに、寝室に運ばれる。
 少し乱暴に投げられると、ネクタイを緩めながらシンが俺に跨ってきた。

「あぁ、ほら、そういう顔だよ」

 シンが眼鏡を外す。
 欲情した獣のような顔つきは、俺を帰さないと言って捕まえてきた社長とそっくりで。
 再び恐怖がこみ上げてきた。
 逃げたい、けど、シンに押さえつけられていて逃げられない。
 ギシ、とベッドが軋んだ。
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