その腕に囚われて

禎祥

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7、噂 (side 真)

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 初めてリオの部屋に侵入した時は驚いた。
 汚い。その一言に尽きる。

 服は散乱し、どれが洗濯済みのものでどれが脱いだものかわからない。
 家具に埃は積もり、本当に使われているのかと疑いたくなる。
 料理をかつてはしていたようだが……台所は腐海としか表現の仕様がない。
 小さなテーブルの上も周囲も、コンビニ弁当の残骸や空き缶、ペットボトルでいっぱいだった。

「よくこんな部屋で生きていけるな」

 俺だったらこんな部屋に住んだら数日で病気になる。
 部屋を見て、だからあんなに華奢で青白いのかと妙に納得してしまった。
 汚い部屋で幻滅するかって? 逆だ。ぞくぞくする。
 家事が苦手だなんて、最高じゃないか。

 片付けたい。添加物テンコ盛りのコンビニ弁当なんて今すぐやめさせて、俺の手料理を食べさせたい。
 散らかっているから、カメラなんて隠し放題で。
 リオのいる開発部と違いほぼ定時で帰れる俺は、合鍵を作ってからはリオの部屋にまず帰り、掃除をするのが日課になった。
 終わればリオが帰ってくる前に、差し入れの栄養ドリンクをドアノブに下げて帰る。
 帰宅後すぐに食事を済ませ、カメラでリオの様子を見ながら抜く。

「ふふ、驚いてる。可愛い……」

 数日カメラで見ていてわかったのは、リオはほとんど家では寝て過ごすということ。
 連日遅くまで残業しているし、相当疲れが溜まっていたんだろう。
 あどけない寝顔も可愛い。
 俺が部屋をいじる度に、慌てふためいているところも可愛い。
 見れば見るほど、愛おしいと思える。

 本当に不思議だ。
 これまで付き合ってきた彼女にだって、こんなに執着はしなかった。
 誰かと談笑をしているのが許せないと思ったり、今すぐに押し倒したいと思うようなこともなかった。
 リオだけが、自分でも知らなかった俺をどんどん引き出してくれる。

「好きだ、リオ」

 画面の向こうのリオにそっと触れる。
 いや、好きだなんて言葉じゃ足りない。
 愛している。
 リオが欲しい。俺がリオを求めるのと同じくらい、俺を求めて欲しい。
 俺に依存して欲しい。俺の側から離れられないくらい、俺を必要として欲しい。

「どうしたら、俺のものになる?」

 ねぇ、リオ。
 こんなに誰かを渇望したのは初めてなんだ。








    **  **  **  **





「おはようございます」
「あ、お、おはようございます」

 毎朝リオの出社時間に合わせて出社し、エレベーターで挨拶をする。
 社内でのリオは素っ気ない。
 言葉を返してはくれるけど、目線を合わせてはくれない。
 あまり他人と会話するのが得意でなさそうだとは日頃の観察でわかってはいるけれど。
 どもるところもオドオドした態度も可愛いけれど。

 少し、気に入らない。
 顎を掴んででも無理矢理俺の顔を見るよう躾けたくなる衝動を必死で抑える。
 今日も言葉を交わせた。焦ったらだめだ。逃げられてしまう。
 少しずつだけど俺達の仲は進展している。そうだろう、リオ?


「神戸、お前富永を追い回してるってマジなのか?」
「……だから何です? 生島さんに迷惑はかけてないでしょう?」

 今日もリオと話せた、とウキウキ気分で自分の席に着くと、挨拶もそこそこに話しかけられた。
 どうやら、俺が人事部でリオについて聞きまくったり、用もないのに開発部に出向いてはリオを見ていたのが噂になっているらしい。
 他部署の女性社員からも真相を聞いてくれと拝み倒されたとか。

 正直、鬱陶しい。
 同時に、何人もの女性から俺のことで問い詰められているという生島さんには少し申し訳ないと思う。
 ここは誤魔化しておこうか。
 俺の気持ちを伝える前に女共に邪魔されても困るし。

「ゲ、お前……女に振られすぎて、とうとうおかしくなったのか?」
「何となく、親しくなりたいってだけですよ」

 お前なら女なんて選り取り見取りだろうに、と言う生島さん。
 そういうんじゃないです、と心にもないことを言って噂を否定する。
 リオを確実に手に入れるまで、誰にも邪魔させはしない。

「そうか、ならそう言っておくよ」
「何だかすいませんね」
「良いさ。俺も女の子と話せるし、役得役得」
「内容が俺のことでもですかw」
「言ったな、こいつ」

 生島さんもなぁ、頼れる兄貴って感じでそれなりに狙っている女子社員はいるんだが。
 他人のことには敏感で自分のことには鈍感ときたもんだ。




「あ、あの、神戸さん。今夜、一緒に夕食でもいかがですか?」

 その日の昼休み、早速女子が声をかけてきた。
 確か、この前人事部でリオのことを聞いた時に胸を当ててきた……。
 興味なさすぎて、名前を覚える気も起きなかった人だ。
 そうか、生島さんに俺とリオについて探りを入れていたのはこいつか。

「すみませんが、今日はちょっと。明日の取引先での交渉の段取り考えたくて」
「そ、それなら、明日! 明日はどうでしょう」

 俺の腕に絡みついてしつこく食い下がってくる。
 わざと胸を押し当てて、上目遣いで媚びるような口調。
 自分の使い方、男の喜ばせ方を解っている女の仕草だ。
 遠回しに断ったんじゃだめか。本当、イラっとくる。

「悪いけど、俺あんたに興味ないんで。男が皆あんたに靡くと思ったら大間違いなんで、今後も業務外で話しかけてくるのはやめてくれます?」
「そんな……酷い、そんな言い方」

 はっきりきっぱり断ったら、目を潤ませている。凄く、わざとらしい。
 男が皆自分の思い通りになると思い込んでいる、俺が一番嫌いなタイプだ。

「そうそう、自分から胸を当ててきておいて、セクハラだとか騒ぐのもやめてくださいね。あんたが嫌いな男性上司をそうやって何人も解雇に追い込んでいるの、社長ももう知っていますから」
「なっ! 何で、それ……」
「あれ? 知らないんです? 俺が社長の従弟だってこと、けっこう有名なんですけど」

 実際、それで言い寄ってくる女子社員も多いのだが、彼女は本当に知らなかったみたいだ。
 顔を青褪めさせて、肩を震わせている。これはきっと演技ではないと思う。

「それと、富永さんに迷惑がかかるので、俺が富永さんをどうこう、って噂を流すのもやめてください」
「それは私じゃ……」
「なら、やめさせてください。俺も富永さんも迷惑です」

 ね、と念押しする。
 これは遠回しな脅し。
 社長の親族だってことは隠してはいないけど、コネを利用したこともするつもりもなかった。
 だけど、リオに関して邪魔が入るようなら、なりふり構わずとことん利用してやるつもりだ。
 怯えたような表情になった女性は、逃げるように去っていった。


「……ふむ、食事か……」

 台所も片付けたし、そろそろリオに夕食でも作ってあげようか。
 リオは細いし疲れ気味だから、栄養満点な豚の生姜焼きにしよう。野菜もつけて栄養バランスよく。
 帰ってきたリオは、どんな顔をするだろうか。
 食べてくれたら嬉しいな。

 俺は女性にイラついたことなどすっかり忘れ、リオに食事を作るという素敵な考えでうきうきしながら午後の業務を終えた。

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