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6、一目惚れ(side 真)
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本日何度目かになるため息を吐く。
いい加減鬱陶しくなったのか、隣の席の生島さんが声をかけてきた。
「何だ神戸、また振られたのか」
「……よくわかりましたね」
「そりゃ、そんなに陰気なオーラを出してりゃ、な。しかしこれで何度目だ? お前モテるのに、別れるの早すぎないか?」
「放っておいてくださいよ」
正直、自分がモテるのは自覚している。
女性が途切れる期間がないくらいだ。だけど、毎回続かない。
今回の彼女とだって、昨夜までは上手くいっていた。……つもりだった。
明け方までいつものように濃密な夜を過ごして、いつものように彼女の朝食と昼食を用意して。
なのに、起きてきた彼女の第一声が「別れて」だった。
「家事が苦手だ―、っていうから、毎日通って掃除して炊事に洗濯、全部やってあげてたんですよ。それなのに……」
「自分より家事ができる男は嫌だ、と」
「見てきたように言わないでください」
まぁ実際その通りなんだけど。
俺は恋人をべたべたに甘やかしたい。
デートで彼女にお金を出させたことなんて一度もないし、どんなに距離があったって俺の方から会いに行った。
できれば、掃除や洗濯だけじゃなく、口にする物、身に着ける物全部俺が用意してやりたい。
どろどろに甘やかしまくって、俺に依存して欲しい。俺なしじゃ生きていけないって思って欲しい。
「重いんだよ、お前の愛は」
「……放っておいてくださいよ」
俺の愚痴を聞いた生島さんがドン引きしている。
これが、俺が毎回振られる理由。
これまで付き合った女性は誰も、俺の愛には応えてくれなかった。
最初は喜んでいても、次第に「束縛されているみたいで嫌だ」と離れていくのだ。
笑ってしまうくらい、振られる口上は皆同じだった。
はぁ、とため息を吐き、机に突っ伏す。
あまり寝ていないせいですぐに眠気が襲ってくる。
欲望に素直な俺は、そのまま気持ちよく居眠りを始めた。
「……の、あの、大丈夫ですか?」
「んあっ?」
変な声出た。誰だ? 気持ちよく寝てたってのに。
顔を上げて睨むと、見慣れない男が俺を揺り起こしていた手を引っ込めた。
どこにでもいるような平凡な顔立ちに、眠そうな目。薄い唇。
だが、困ったように眉尻を下げるその表情に、トクン、と胸が高鳴った。
「あー、すまんが寝かせてやっておいてくれ」
「え、でも今仕事中……体調悪いなら、ここじゃなく家に帰したほうが」
無言で見つめ続ける俺に戸惑っている様子の男に生島さんが声をかけた。
ホッとしたように、男の表情が緩む。けれどやっぱり困ったような下がり眉だ。可愛い。
……ん? 可愛い?
結局、用があったのは俺じゃなく生島さんにだったみたいで、書類を渡して去っていった。横目で見上げている俺に少し心配そうな視線を投げて。
生島さんと話している間の彼は、はにかむような弱々しい愛想笑いで。色白で華奢なその姿はエネルギッシュな生島さんとは対照的に儚げで。
目線の高さにあった妙に細い腰が視界に入ると、何故か下半身に熱が集まる気がして必死で意識を散らした。
何でこんな気になるんだ? 相手は男だぞ?
だけど、一目見て彼に抱いたのは、これまで感じたこともないくらいの支配欲。
もっと困らせたい。いじめたい。そんな欲望が湧き上がる。
あの細い腰に触れてみたい。あの白い肌に、自分のものであるという証を刻みつけたい。
「生島さん、さっきの誰ですか?」
「ん? あぁ、富永だよ。開発部の」
「開発部……」
「見積プランいくつかできたから確認してもらってくれってよ。先方の急な要望変更に振り回されて、あっちは大変だよなぁ」
他人事のように言う生島さん。
その日から、俺は何故か彼の事が知りたくて仕方なくなった。
営業に行くと言っては、少し早めに出て彼のいるフロアを通ったり、人事部に出入りして彼の個人情報を盗み見たり。
「富永里桜、リオか。名前まで可愛いんだな」
人事部で聞いた彼の社内での評判はあまり良くないみたいだ。
曰く、ミスが多く入社6年目の中堅なのに未だに課長のフォローが必要だ。
曰く、いつも遅くまで残業をしなければ仕事が終わらないスケジュール管理のできない奴だ。
曰く、いつも眠そうな顔で話をきちんと聞いてないのではないか。
ここだけの話、と人事部の名前も知らない女が耳打ちしてくる。彼はリストラの候補に入っているのだと。
あんな冴えない中年にはなりたくないよな、と笑う連中を殴りたい衝動を必死で抑え込んだ。
そんなことより今夜お暇ですか、とわざと胸が当たるように身体を摺り寄せてくる女が気持ち悪かった。
「人事部もどこ見てるんだか」
少し開発部を覗いていれば、リオが本当は真面目で仕事ができる奴だってわかる。
課長がクズなんだ。開発部の部長や人事は何故あんなのを放置している?
リオをいじめて良いのは俺だけだ。
いつしかリオの観察が日課になっていた。
職場でのリオは色んな表情をしている。困った顔、はにかむような笑顔、真剣な顔。
眠そうにも見えるのは切れ長の目を伏し目がちにしているからだ。隈に見えるのは長いまつ毛が落とす影。
仕事終わりに警備員と談笑している時のリオは、気が抜けたようにふにゃりと笑う。
仕事中はそんな顔をしたことがないのに。誰かを殺してやりたいと思ったのは生まれて初めてだ。
夜は夜で、リオの表情や細い腰、白い肌を思い出しながら抜く。
彼女がいた頃だってこんなに毎日盛ったりはしなかったのに。
あぁ、リオ。リオ。可愛いリオ。
もっとリオの事が知りたい。
仕事中には見られない、素の表情が見たい。
リオはどんな顔をしてイく?
あの白い肌が朱に染まったら、どんなに美しいだろう……。
俺がリオの後をつけて部屋番号を調べ、鍵を鞄から拝借して合鍵を作るまで、そう時間はかからなかった。
ときどき、男相手に何やっているんだとか、こんなの犯罪だと我に返る時もあった。
けれど、欲求の方が勝った。
気づけば、リオの部屋の至る所に隠しカメラと盗聴器を仕掛けていた。
いい加減鬱陶しくなったのか、隣の席の生島さんが声をかけてきた。
「何だ神戸、また振られたのか」
「……よくわかりましたね」
「そりゃ、そんなに陰気なオーラを出してりゃ、な。しかしこれで何度目だ? お前モテるのに、別れるの早すぎないか?」
「放っておいてくださいよ」
正直、自分がモテるのは自覚している。
女性が途切れる期間がないくらいだ。だけど、毎回続かない。
今回の彼女とだって、昨夜までは上手くいっていた。……つもりだった。
明け方までいつものように濃密な夜を過ごして、いつものように彼女の朝食と昼食を用意して。
なのに、起きてきた彼女の第一声が「別れて」だった。
「家事が苦手だ―、っていうから、毎日通って掃除して炊事に洗濯、全部やってあげてたんですよ。それなのに……」
「自分より家事ができる男は嫌だ、と」
「見てきたように言わないでください」
まぁ実際その通りなんだけど。
俺は恋人をべたべたに甘やかしたい。
デートで彼女にお金を出させたことなんて一度もないし、どんなに距離があったって俺の方から会いに行った。
できれば、掃除や洗濯だけじゃなく、口にする物、身に着ける物全部俺が用意してやりたい。
どろどろに甘やかしまくって、俺に依存して欲しい。俺なしじゃ生きていけないって思って欲しい。
「重いんだよ、お前の愛は」
「……放っておいてくださいよ」
俺の愚痴を聞いた生島さんがドン引きしている。
これが、俺が毎回振られる理由。
これまで付き合った女性は誰も、俺の愛には応えてくれなかった。
最初は喜んでいても、次第に「束縛されているみたいで嫌だ」と離れていくのだ。
笑ってしまうくらい、振られる口上は皆同じだった。
はぁ、とため息を吐き、机に突っ伏す。
あまり寝ていないせいですぐに眠気が襲ってくる。
欲望に素直な俺は、そのまま気持ちよく居眠りを始めた。
「……の、あの、大丈夫ですか?」
「んあっ?」
変な声出た。誰だ? 気持ちよく寝てたってのに。
顔を上げて睨むと、見慣れない男が俺を揺り起こしていた手を引っ込めた。
どこにでもいるような平凡な顔立ちに、眠そうな目。薄い唇。
だが、困ったように眉尻を下げるその表情に、トクン、と胸が高鳴った。
「あー、すまんが寝かせてやっておいてくれ」
「え、でも今仕事中……体調悪いなら、ここじゃなく家に帰したほうが」
無言で見つめ続ける俺に戸惑っている様子の男に生島さんが声をかけた。
ホッとしたように、男の表情が緩む。けれどやっぱり困ったような下がり眉だ。可愛い。
……ん? 可愛い?
結局、用があったのは俺じゃなく生島さんにだったみたいで、書類を渡して去っていった。横目で見上げている俺に少し心配そうな視線を投げて。
生島さんと話している間の彼は、はにかむような弱々しい愛想笑いで。色白で華奢なその姿はエネルギッシュな生島さんとは対照的に儚げで。
目線の高さにあった妙に細い腰が視界に入ると、何故か下半身に熱が集まる気がして必死で意識を散らした。
何でこんな気になるんだ? 相手は男だぞ?
だけど、一目見て彼に抱いたのは、これまで感じたこともないくらいの支配欲。
もっと困らせたい。いじめたい。そんな欲望が湧き上がる。
あの細い腰に触れてみたい。あの白い肌に、自分のものであるという証を刻みつけたい。
「生島さん、さっきの誰ですか?」
「ん? あぁ、富永だよ。開発部の」
「開発部……」
「見積プランいくつかできたから確認してもらってくれってよ。先方の急な要望変更に振り回されて、あっちは大変だよなぁ」
他人事のように言う生島さん。
その日から、俺は何故か彼の事が知りたくて仕方なくなった。
営業に行くと言っては、少し早めに出て彼のいるフロアを通ったり、人事部に出入りして彼の個人情報を盗み見たり。
「富永里桜、リオか。名前まで可愛いんだな」
人事部で聞いた彼の社内での評判はあまり良くないみたいだ。
曰く、ミスが多く入社6年目の中堅なのに未だに課長のフォローが必要だ。
曰く、いつも遅くまで残業をしなければ仕事が終わらないスケジュール管理のできない奴だ。
曰く、いつも眠そうな顔で話をきちんと聞いてないのではないか。
ここだけの話、と人事部の名前も知らない女が耳打ちしてくる。彼はリストラの候補に入っているのだと。
あんな冴えない中年にはなりたくないよな、と笑う連中を殴りたい衝動を必死で抑え込んだ。
そんなことより今夜お暇ですか、とわざと胸が当たるように身体を摺り寄せてくる女が気持ち悪かった。
「人事部もどこ見てるんだか」
少し開発部を覗いていれば、リオが本当は真面目で仕事ができる奴だってわかる。
課長がクズなんだ。開発部の部長や人事は何故あんなのを放置している?
リオをいじめて良いのは俺だけだ。
いつしかリオの観察が日課になっていた。
職場でのリオは色んな表情をしている。困った顔、はにかむような笑顔、真剣な顔。
眠そうにも見えるのは切れ長の目を伏し目がちにしているからだ。隈に見えるのは長いまつ毛が落とす影。
仕事終わりに警備員と談笑している時のリオは、気が抜けたようにふにゃりと笑う。
仕事中はそんな顔をしたことがないのに。誰かを殺してやりたいと思ったのは生まれて初めてだ。
夜は夜で、リオの表情や細い腰、白い肌を思い出しながら抜く。
彼女がいた頃だってこんなに毎日盛ったりはしなかったのに。
あぁ、リオ。リオ。可愛いリオ。
もっとリオの事が知りたい。
仕事中には見られない、素の表情が見たい。
リオはどんな顔をしてイく?
あの白い肌が朱に染まったら、どんなに美しいだろう……。
俺がリオの後をつけて部屋番号を調べ、鍵を鞄から拝借して合鍵を作るまで、そう時間はかからなかった。
ときどき、男相手に何やっているんだとか、こんなの犯罪だと我に返る時もあった。
けれど、欲求の方が勝った。
気づけば、リオの部屋の至る所に隠しカメラと盗聴器を仕掛けていた。
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