その腕に囚われて

禎祥

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3、異変

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「まただ……」

 連休明け、残業でまた日付が変わる頃に帰ってきた俺は再びドアノブに袋がかかっているのを見つけた。
 誰だか知らないが、間違えてますよ。どうすんだこれ。
 取り敢えず部屋に入り、袋を開けてみる。栄養ドリンクの瓶が1本と、メモが入っていた。

「はは、まさか文句とか書いてないだろうな」

 俺は二つ折りにされたメモを開く。
 そこには、綺麗な字で「お疲れ様です」とだけ書いてあった。

「なんだ、結局誰宛てかわからないじゃないか」

 連休前にかかっていた栄養ドリンクは、誰かが取りに来るかも、と結局飲まずに玄関に置いてある。
 俺はメモを袋に戻すと、2本目も玄関に放置した。
 すぐに賞味期限の切れるものでもなし、取りに来る人が現れたら返そうと暫く様子を見ることにしたのだ。

 しかし、翌日も、そのまた翌日もその差し入れは続いた。
 玄関に栄養ドリンクが山になっていく。こうなるとさすがに気味が悪い。
 二回目以降はずっとメモも添えられていたが、文面はいつも「お疲れ様」か「体調に気を付けてね」など労わりの言葉だけだ。

「まさか、俺宛て……? でも誰が?」

 思い当たるのは稜人くらいだ。さんざん枯れてるだのおっさんだのからかってくれたが、何だかんだ心配してくれているからな。
 後でそれとなく聞いてみるか、とその日も栄養ドリンクとメモは玄関に置いた。



   ******



「あれ?」

 翌日、昼休憩のため鞄を漁っていた俺は首をひねった。
 近くにいた同僚が「どうしました?」と聞いてくる。
 俺は、鞄の中身を全部出してひっくり返す。

「いえ、家の鍵が見当たらなくて……おかしいな」
「えっ、大変じゃないですか!」
「あっ、いやいや。単に俺が閉め忘れて来ただけかもしれないですし。大丈夫です」

 大げさに騒ぐ同僚に、念のため見に行ってみます、と声をかけて自宅に帰る。
 確かにかけたはず……だよな。でも実際鍵入ってなかったし。
 急いでいたせいもあって記憶が曖昧だ。
 恐る恐るドアノブに手をかけると、何の抵抗もなくカチリとドアが開いた。

「なんだ。やっぱりかけ忘れていただけか」

 ほっと溜息をついて、バカだな、と独り言ちる。
 鍵は玄関のダッシュボードの上にいつも通り置いてあった。
 昼休みが終わるまでに間に合うよう手早く昼食を済ませると、今度こそしっかりと施錠して急いで会社に戻った。




   ******




「へ?」

 その日の帰り、俺は自分の家の居間で素っ頓狂な声を上げた。
 ドアノブにあったいつもの栄養ドリンクが入った袋を取り落とす。

「なんで?」

 部屋を間違えたか? と慌ててしまう。
 何故なら、溜まっていた洗濯物は畳まれ、部屋中に散乱していたゴミは纏められている。
 家ではほとんど寝て過ごすだけだから、荒れ放題になってしまうのは無理もない。
 見覚えのある家具が、そこが俺の家だと確かに告げていた。

「あー、わかった。母さんだな」

 こんなことをしてくれる人は母さんくらいしかいない、と俺は一人納得する。
 来るなら来るって一言連絡くれても良いのに。
 実家にいた頃からよく、脱いだ服は洗濯に出せとブツブツ言いながらも全部やってくれていたんだ。俺は部屋でゴロゴロしているだけで掃除から洗濯から料理から全部やってもらっていた。
 一人暮らしして初めて、母の偉大さに気付いたってもんだ。

 もしかして、栄養ドリンクも母さんが? いや、それはないか。
 実家はとてもじゃないが毎日気軽に通える距離じゃない。電車で片道4時間だから行く気になれば行けるけど。
 だけど、合鍵を渡してあるのは実家ぐらいだ。だから部屋の様子から母さんが来ていたのは間違いない。
 ……だめだ、眠すぎて考えがまとまらない。


「次の休みに連絡してみるかな」

 思えばしばらく実家に帰っていない。
 今の会社に入ってからは3年連続で盆暮れ正月全部仕事だった。
 休日出勤も多いし、休みの日には力尽きて寝てることがほとんど。電話すらめんどくさがってしていなかった。
 少しだけ申し訳ないと思いつつ、眠気が勝ってその日もすぐに布団に倒れ込んだ。



 すぐに連絡して確認しなかったことを後悔することになるなんて、この時の俺は思いもしなかった。

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