216 / 228
第九章 俺様、ダンジョンに潜る
(閑話)悪くない
しおりを挟む
「暗黒破壊神との戦いが、いよいよ近づいているそうだ。そこで、君には輜重部隊を率いて勇者一行に補給物資を届けてもらいたい」
「自分が、ですか?」
「君以外に誰がいるというのだね、ジルベルタ?」
エミーリオが出奔してから1年、貴族の思惑入り乱れる近衛騎士達をまとめるのに奔走していると陛下に呼び出された。
そして言われたのが、まさかの前線出向。
陛下の護衛をするのが近衛騎士の最重要任務であるというのに、私まで城を離れて誰が陛下をお守りするというのか。
エミーリオ不在の今、近衛の中で一番腕が立つのは私だと自負していただけにこの勅命は従い難かった。
「しかし、それでは誰が近衛を取りまとめ陛下をお守りするのですか?」
「心配は不要。結界もあるし、我々もおりますからな」
陛下の代わりに発言したのは何故か執務室にいた騎士団第二部隊隊長のノービレ。侯爵の息子で気位ばかり高い男だ。
近衛である第一部隊を煙たがっているのか、私やエミーリオとは事あるごとに対立している。
「現在王都で一番の実力者である君だからこそ、輜重部隊を護衛しつつ、勇者を補佐して欲しいのだよ」
陛下にこんなお言葉をいただいては嫌だとは言えない(それ以前に勅命を断ることなどできないのだが)。
実力の伴わない貴族ばかりの補給部隊員を思い浮かべ、内心ため息を吐いたのだった。
だが、私はすぐに思考を切り替える。
何も嫌なことばかりではない。
勇者と行動を共にする冒険者には、あの男……ドナート・オーリオ殿がいる。
オーリエンの元宰相の次男で、家が取り潰しになり冒険者としてセントゥロに流れてきた。
実際に彼を見たのは冒険者と騎士との合同訓練の打ち合わせをするのにギルドを訪れた際。
訓練場で弓を射るその凛とした姿に、私の目は釘付けになった。
「あの方と、お近づきになれる……」
あの時は、ドナート殿が私に気付くことはなく。私もまた話しかけることもできないまま打ち合わせに呼ばれ。
接点がなく会いに行けないままいるうちに、彼が貴族嫌いという噂を知り私は女としてのこの感情を封じたのだった。
しかし、ようやく接点ができる。行動を共にできる。
貴族嫌いでもいい。少しでも傍にいられるのなら。
期待に胸が高鳴った。
『必要ない。帰れ』
合流して最初に聖竜殿から告げられたのは拒絶の言葉。
聖竜殿を説得してくれたのはベルナルドだった。
しかし、彼は元死刑囚であり、黒の使徒である。
陛下が黒の使徒もまた人間であり共同生活を送れる隣人だと布告したにも関わらず、染みついた感情を取り払うことはできなかった。
輜重部隊の貴族たちがベルナルドを邪険に扱い、私もそれを当然としてしまった。
罪人のくせに事あるごとに指図をするベルナルドが気に入らなくて、始終イライラしてついに怒鳴ってしまった。
「ふざけるな! 誰が貴様の指図など受けるか! 身のほどを知れ!」
それが失敗だったのは明らかで。
気づけば温和だったルシア様が、怒りを顕わにされている。ドナート殿も、レガメのメンバーも、聖竜殿も、私を軽蔑の目で見ている。
私は、何をやっているのだ。
貴族であることをかさに着て威張る無能どもを抑え、上に立つ者たろうとしているうちに、私もまたその風潮に染まってしまっていたようだ。
驕っていたのは、周囲が見えなくなっていたのは私ではないか。
このままドナート殿に軽蔑されたまま去りたくはないし、私を推挙してくださった陛下にも顔向けできない。
「もう一度、チャンスをください! 今度こそ個を捨て、補佐に徹してみせます!」
私は地に額をつけ懇願した。
完全に赦されたわけではないが、同行を許可された。
聖竜達を再び説得してくれたのは、やはりベルナルドだった。
それから、黒の使徒への先入観を捨てただのベルナルドとして接するよう心掛けた。
すると、モンスターやダンジョンへの豊富な知識に驚かされた。
素早く適切な判断力、戦闘時の指揮、魔法の使い方など、私よりよほど優れている。
そして何より、レガメメンバー始めルシア様たちの仲の良いこと。
もはやベルナルドを罪人として扱うなどできなかった。
「手伝おう。これはどうしたら良い?」
「え……?」
「何だ、私が手伝うのがそんなにおかしいか?」
「いや、嬉しいですよ。ありがとうございます」
壁に隠された創世の腕輪とかいうアイテムを見つけ、輜重部隊が不要になってからも、私は何とか勇者たちと同行する事を許された。
輜重部隊がいなくなり初めての野営。
聖竜は階層ボスと暗黒破壊神の配下が戦闘している部屋を制圧しに、チェーザーレ殿と行ってしまった。
輜重部隊がいないから、武具の整備や食事の用意は全て自分達でやらなければならない。
すでにこのメンバーの中で役割分担ができているらしく、誰かに指示されることなくエミーリオとルシア様が炊事の準備、チェーザーレ殿とアルベルト殿は荷物の消費量の確認、他のメンバーは周囲の警戒に当たっている。
ベルナルドは多量の枝を横に置き、土魔法で石を崩れぬよう組み上げていた。
私だけが手持ち無沙汰で、枝を拾い上げてベルナルドに声をかけた。
「それでは、薪として使うその枝を、火が付きやすいようナイフで先端を割いていただけますか?」
「あぁ、分かった。任せろ」
ナイフの扱いには慣れている。
数本の枝を箒のような形状にしベルナルドに渡すと、あっという間に火が安定した。
そこに、食材を切り終えたルシア様が鍋を抱えてやってくる。
「もう準備が終わったのですね」
「ジルベルタ様が手伝ってくださったからね」
ベルナルドがルシア様と親しげに言葉を交わしている。
ルシア様には軽口なのに、私には敬語を使うのがとても気になる。
私などよりよほど身分の高いルシア様にこそ敬語を使うべきではないのか?
「わたくしが、皆さまと平等に接してくれと頼んだのですわ」
不快さが顔に出ていたのか、ルシア様が仰った。
また驕った貴族としての私が出てしまうところであった。
ひと呼吸して、冷静さを取り戻す。
「ならば、私にも敬語不要だ。共に暗黒破壊神を倒す仲間であろう?」
「……じゃあ、これからは普通に話す。これで良いかい?」
「あぁ、よろしく頼む」
ふと、視線を感じる。
ドナート殿と目が合った。
優しい眼差しで微笑む彼に、顔が熱くなるのを感じる。
「ジルベルタ、顔が赤くなってるぞ」
「うるさい、馬鹿」
からかうエミーリオは腹立たしいが、ようやく彼らの仲間と認めてもらえた気がした。
久しく忘れていたこの感覚。
たまにはふざけ合うのも悪くないな。
「自分が、ですか?」
「君以外に誰がいるというのだね、ジルベルタ?」
エミーリオが出奔してから1年、貴族の思惑入り乱れる近衛騎士達をまとめるのに奔走していると陛下に呼び出された。
そして言われたのが、まさかの前線出向。
陛下の護衛をするのが近衛騎士の最重要任務であるというのに、私まで城を離れて誰が陛下をお守りするというのか。
エミーリオ不在の今、近衛の中で一番腕が立つのは私だと自負していただけにこの勅命は従い難かった。
「しかし、それでは誰が近衛を取りまとめ陛下をお守りするのですか?」
「心配は不要。結界もあるし、我々もおりますからな」
陛下の代わりに発言したのは何故か執務室にいた騎士団第二部隊隊長のノービレ。侯爵の息子で気位ばかり高い男だ。
近衛である第一部隊を煙たがっているのか、私やエミーリオとは事あるごとに対立している。
「現在王都で一番の実力者である君だからこそ、輜重部隊を護衛しつつ、勇者を補佐して欲しいのだよ」
陛下にこんなお言葉をいただいては嫌だとは言えない(それ以前に勅命を断ることなどできないのだが)。
実力の伴わない貴族ばかりの補給部隊員を思い浮かべ、内心ため息を吐いたのだった。
だが、私はすぐに思考を切り替える。
何も嫌なことばかりではない。
勇者と行動を共にする冒険者には、あの男……ドナート・オーリオ殿がいる。
オーリエンの元宰相の次男で、家が取り潰しになり冒険者としてセントゥロに流れてきた。
実際に彼を見たのは冒険者と騎士との合同訓練の打ち合わせをするのにギルドを訪れた際。
訓練場で弓を射るその凛とした姿に、私の目は釘付けになった。
「あの方と、お近づきになれる……」
あの時は、ドナート殿が私に気付くことはなく。私もまた話しかけることもできないまま打ち合わせに呼ばれ。
接点がなく会いに行けないままいるうちに、彼が貴族嫌いという噂を知り私は女としてのこの感情を封じたのだった。
しかし、ようやく接点ができる。行動を共にできる。
貴族嫌いでもいい。少しでも傍にいられるのなら。
期待に胸が高鳴った。
『必要ない。帰れ』
合流して最初に聖竜殿から告げられたのは拒絶の言葉。
聖竜殿を説得してくれたのはベルナルドだった。
しかし、彼は元死刑囚であり、黒の使徒である。
陛下が黒の使徒もまた人間であり共同生活を送れる隣人だと布告したにも関わらず、染みついた感情を取り払うことはできなかった。
輜重部隊の貴族たちがベルナルドを邪険に扱い、私もそれを当然としてしまった。
罪人のくせに事あるごとに指図をするベルナルドが気に入らなくて、始終イライラしてついに怒鳴ってしまった。
「ふざけるな! 誰が貴様の指図など受けるか! 身のほどを知れ!」
それが失敗だったのは明らかで。
気づけば温和だったルシア様が、怒りを顕わにされている。ドナート殿も、レガメのメンバーも、聖竜殿も、私を軽蔑の目で見ている。
私は、何をやっているのだ。
貴族であることをかさに着て威張る無能どもを抑え、上に立つ者たろうとしているうちに、私もまたその風潮に染まってしまっていたようだ。
驕っていたのは、周囲が見えなくなっていたのは私ではないか。
このままドナート殿に軽蔑されたまま去りたくはないし、私を推挙してくださった陛下にも顔向けできない。
「もう一度、チャンスをください! 今度こそ個を捨て、補佐に徹してみせます!」
私は地に額をつけ懇願した。
完全に赦されたわけではないが、同行を許可された。
聖竜達を再び説得してくれたのは、やはりベルナルドだった。
それから、黒の使徒への先入観を捨てただのベルナルドとして接するよう心掛けた。
すると、モンスターやダンジョンへの豊富な知識に驚かされた。
素早く適切な判断力、戦闘時の指揮、魔法の使い方など、私よりよほど優れている。
そして何より、レガメメンバー始めルシア様たちの仲の良いこと。
もはやベルナルドを罪人として扱うなどできなかった。
「手伝おう。これはどうしたら良い?」
「え……?」
「何だ、私が手伝うのがそんなにおかしいか?」
「いや、嬉しいですよ。ありがとうございます」
壁に隠された創世の腕輪とかいうアイテムを見つけ、輜重部隊が不要になってからも、私は何とか勇者たちと同行する事を許された。
輜重部隊がいなくなり初めての野営。
聖竜は階層ボスと暗黒破壊神の配下が戦闘している部屋を制圧しに、チェーザーレ殿と行ってしまった。
輜重部隊がいないから、武具の整備や食事の用意は全て自分達でやらなければならない。
すでにこのメンバーの中で役割分担ができているらしく、誰かに指示されることなくエミーリオとルシア様が炊事の準備、チェーザーレ殿とアルベルト殿は荷物の消費量の確認、他のメンバーは周囲の警戒に当たっている。
ベルナルドは多量の枝を横に置き、土魔法で石を崩れぬよう組み上げていた。
私だけが手持ち無沙汰で、枝を拾い上げてベルナルドに声をかけた。
「それでは、薪として使うその枝を、火が付きやすいようナイフで先端を割いていただけますか?」
「あぁ、分かった。任せろ」
ナイフの扱いには慣れている。
数本の枝を箒のような形状にしベルナルドに渡すと、あっという間に火が安定した。
そこに、食材を切り終えたルシア様が鍋を抱えてやってくる。
「もう準備が終わったのですね」
「ジルベルタ様が手伝ってくださったからね」
ベルナルドがルシア様と親しげに言葉を交わしている。
ルシア様には軽口なのに、私には敬語を使うのがとても気になる。
私などよりよほど身分の高いルシア様にこそ敬語を使うべきではないのか?
「わたくしが、皆さまと平等に接してくれと頼んだのですわ」
不快さが顔に出ていたのか、ルシア様が仰った。
また驕った貴族としての私が出てしまうところであった。
ひと呼吸して、冷静さを取り戻す。
「ならば、私にも敬語不要だ。共に暗黒破壊神を倒す仲間であろう?」
「……じゃあ、これからは普通に話す。これで良いかい?」
「あぁ、よろしく頼む」
ふと、視線を感じる。
ドナート殿と目が合った。
優しい眼差しで微笑む彼に、顔が熱くなるのを感じる。
「ジルベルタ、顔が赤くなってるぞ」
「うるさい、馬鹿」
からかうエミーリオは腹立たしいが、ようやく彼らの仲間と認めてもらえた気がした。
久しく忘れていたこの感覚。
たまにはふざけ合うのも悪くないな。
0
お気に入りに追加
128
あなたにおすすめの小説

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは


【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる