中二病ドラゴンさんは暗黒破壊神になりたい

禎祥

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第九章 俺様、ダンジョンに潜る

(閑話)夢のようなできごと

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「風呂でも作るか」

 1号様はそう仰るなりあっという間に本当に浴室をお作りになってしまわれました。
 以前ステータスを明かされた時は、あまりMPは多くないように感じましたのに。
 スキルレベルの高さからか、驚くほどのことを簡単になさいます。
 1号様にも勇者の称号がありましたが、これなら本当に勇者様としてご活躍されてしまうかもしれませんね。

「待て待て待て! レディーファースト! 聖女に野郎どもの残り湯使わせる気か?!」

 喜び勇んで鎧を脱ぎ始めた騎士達に、1号様が慌てて叫ばれました。
 その言葉に、騎士達が一斉に固まりました。

「レディーファースト?」
「ん? ああ、そういう風習はないのか。女性を先に、という考え方だよ」

 聞き慣れない言葉に問い返すと、1号様は噛み砕いて説明してくださいました。
 勇者様の世界では女性や子供など、弱者を優先する考え方が一般的なのだそうです。リージェ様が優しい訳ですわ。
 促されるままジルベルタと入浴を済ませ出ると、何故かボロボロになった騎士達が。

「待たせてしまってすみません。鍛錬をしていたのですか? 勤勉ですわね」
「い、いえ……し、失礼します!」

 僅かな時間にまで訓練していたと思って声をかけたのですが、何故か気まずそうに仕切りの中に入っていってしまいました。
 今、この仕切りの向こうでは騎士達が……。

「だめよ、ルシア。はしたない……でも、ちょっとだけなら……」

 いけないとは思いつつ、好奇心を抑え切れませんでした。
 壁にピッタリと耳を当てると、衣擦れの音や水音が聞こえます。
 レベルアップと共に肉体が強化されたようだと嬉しそうに話す声や、筋肉美を褒め称えたり触ろうとして怒られている会話も。

「うぅん……み、見えませんわ……」

 中が気になりすぎるのです。今きっと素敵な花園がこの向こうにあるというのに。
 背の丈よりさらに高い壁にはどこにも隙間など無く。
 こうなったら、結界を足場に……。

『ルシア、何をしている?』
「り、リージェ様……!」

 あん、見つかってしまいましたわ……。
 リージェ様は優しく私を結界から降ろすと、覗きなど聖女にあるまじき行為だと叱ってきます。
 わ、私が見たいのは殿方の裸体ではなく、殿方達が仲睦まじくしている光景ですわ。
 そう口答えしてしまったからでしょうか。いつもはお優しいリージェ様に、ゴツンとげんこつを落とされましたの。

『ルシアも年頃の女性なら、他人で妄想するより自分の相手を探してはどうだ?』
「私の、相手……」

 顔を上げると、私をまっすぐに見つめるリージェ様と目が合いました。
 途端に胸が高鳴り、顔が熱くなります。
 聖女と聖龍が結ばれた伝説は、本当にただの御伽話なのでしょうか?

「り、リージェ様……私は、リージェ様のことが……」
『気持ちは嬉しいがそうではない。異性の、人間の伴侶だ』

 人間の、伴侶……。
 ノルドで埋葬したリージェ様の前世のお姿が思い浮かびます。
 リージェ様が転生される前に出逢えていたら良かったのに。リージェ様が、人間だったら良かったのに。
 そんなことを、幾度願ったことでしょう。

『――祈りが一定値に達しました。≪リージェ≫にスキル≪人化≫を授けます――』
「え?」
『何っ?!』

 世界の言葉が聞こえたと同時に、リージェ様が煙に包まれました。
 いえ、これは、リージェ様から出ている?

「グッ……あああああっっ!」
「リージェ様?! ご無事ですか?! リージェ様!!」

 リージェ様の苦し気な呻き声が聞こえます。
 幾度も呼びかけますが、呻き声ばかりで返事をしてくださいません。
 意を決して煙の中に手を伸ばし、リージェ様を探します。

「リージェ様……えっ……?」

 指先に触れた柔らかなものを見失わないよう掴むと、煙が嘘のように消えました。
 そして、そこにいたのは、一人の青年。
 私は細くもしっかりと筋肉のついたその腕を握っていたのでした。

「リージェ、様?」

 青年は驚いた表情のまま、私を見つめてきます。
 姿形は変わっておりましたが、彼はリージェ様です。
 だって、転生される前のリージェ様にそっくりの顔立ち、そして、鱗の白銀と同じ色の髪。瞳だってリージェ様と同じ空色なんですもの。

「ルシア? 何故急に大きく?」
「いいえ、リージェ様が、人のお姿になられたのです」

 伝えると同時に、その胸に飛び込みました。
 リージェ様は慌てたようなご様子でしたが、私を抱き返してくださいました。
 私、それだけで凄く幸せな気分です。

「私のために、人のお姿になってくださったのですね……。リージェ様、お慕い申しております」
「ル、ルシア……その、だ、だめだ!」
「だ、ダメ……? 私の愛を受け入れてはくださらないのですか?」

 拒絶の言葉に、一転して悲しい気分になってしまいました。
 涙がこぼれるのを、止めることができません。

「その、俺様は竜で、ルシアは人間で……だから」
「かつて聖竜と聖女が結ばれたこともあります。何の問題もございません。それとも、リージェ様は私をお嫌いですか?」
「そんなことはない!」

 よかった。否定してくださいました。
 少しだけ体を離し、お顔を見つめるとリージェ様の透き通るようなお肌が赤く染まっておりました。
 ですが、視線はきょろきょろと忙しなく動き、私を見ようとしてはくださいません。

「リージェ様……」
「……コホン」

 リージェ様のご様子に、少しムッとした私は再びリージェ様に身を寄せました。
 すると、わざとらしい咳払いが聞こえて反射的に離れてしまいました。
 アルベルト様が、リージェ様にマントを被せます。そういえばずっと近くで警戒をして下さっていたのでした。

「……お前達の関係を反対するつもりはないが、まだそういう行為は早いと思うぞ?」
「ち、違う!」
「?!」

 リージェ様が慌てたようにマントで前を隠され、今更ながらに私はリージェ様が一糸まとわぬお姿だと思い出しました。
 人間のお姿になられた衝撃と嬉しさで、すっかり失念していたのです。
 そんな状態のリージェ様に抱きつく私を見て、アルベルト様は勘違いをなさったのでしょう。

「あ、わ、私、なんてはしたないことを……」
「大丈夫、リージェに責任を取らせれば」
「おい?!」

 羞恥心で湯気が出そうなほど顔が熱くなってしまいました。
 アルベルト様の肩から顔を覗かせた1号様が責任、という重い言葉を軽い口調で仰いました。
 反射的にリージェ様が否定するそぶりを見せたので、私悲しくなってしまいました。

「いや、そうじゃない。ルシアが嫌というわけではないのだ」
「そこは俺の嫁になれで良いんじゃないの?」
「黙れ、焼いて食うぞ」
「酷い!」

 焦った様子で謝るリージェ様。やはり優しいです。
 プロポーズの言葉を言わせようとする1号様。
 期待の目でリージェ様を見てしまいましたが、やはり仰ってはくださらないようです。
 でも、嫌われていないのですから、これからもっと好きになってもらえば良いのです。

「今のはお前が悪い。こういうことはからかうもんじゃないぞ」
「はぁい……」

 1号様をアルベルト様が窘めました。
 しかし、とアルベルト様がリージェ様に話しかけました。

「その姿はお前の意思で変えられるのか?」
「いや、俺様も急なことで何が何やら……ステータスは、大幅に下がっているようだ」
「つまりは戦闘向きではないってことか」

 リージェ様が頷かれました。
 人間のお姿だと武器の装備が可能なため、訓練次第では騎士達と同じようなスキルを授かるかもしれませんがそんな時間はありません。
 やはり、竜のお姿でないと暗黒破壊神やモンスターとは対峙できないでしょう。
 本来の力を発揮させずに命を散らすことは、私の本意ではありませんし。

「む、スキルのほとんどが使えないが、人化とかいうスキルが増えているな。これを解除……あぁ、できそうだ」
「お、お待ちください!」

 人化を解こうとするリージェ様に縋りついて止めました。
 これは私のわがまま。これからの戦い、生きて帰れるかわからないのです。なら、今だけでも……。

「この場所は、安全なのでしょう? ですから、今夜だけは、このお姿のまま、私のそばにいてくださいまし……」

 リージェ様の顔が見られないまま言葉を紡ぎました。
 自分でも大胆なことを言っていると、顔が熱くなります。
 リージェ様に身を寄せているので、ドキドキしているのが伝わってしまったかもしれません。

「……あぁ、構わんぞ。ルシアの傍にいよう」

 リージェ様が頭を優しく撫でてくださり、拒絶されるのではという不安は霧散しました。
 ですが、用意されたテントに入った途端、とても恥ずかしくなってしまい、お顔がまともに見られません。
 チラリと窺い見たリージェ様も同じようで、お顔は逸らされたまま、こちらに向いていたお耳が真っ赤になっていらっしゃいました。

 結局碌にお話もできないまま、添い寝をしていただいただけで。
 私が期待したような、ジルベルタが危険視したようなことは何も起こらなかったのです。
 朝起きるとリージェ様はテントの外で竜のお姿で。

「わたくしは、ゆめをみていたのでしょうか……?」

 リージェ様が私の想いを受け止めることを望んでいるのは元からですが、夢に見てしまうほど人間のお姿になることを期待していたなんて。
 夢の中とはいえ、なんと大胆な行動を取ったのでしょう。

「夢じゃねぇよ」

 1号様が何か呟かれた気がしたのですが、聞き返そうとした時にはリージェ様に連れられていってしまわれたのでした。
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