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第七章 俺様、南方へ行く
24、完全無視!
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皇帝と共に、引きこもり勇者のいる部屋の前に。
鍵はかかっていないという話だったが、押しても引いてもノックしてみてもうんともすんとも言わない。
押戸だというのでどうやら扉が開かないようにベッドか何かで押さえているようだった。
「勇者殿、聖女様と聖竜様が到着されて話がしたいと仰っている。中へ入れてはくれないか」
「……」
完全無視! いないのか? ……いや、いるな。
本来なら索敵には引っかからないのに、敵意というか、警戒というか、強い拒絶からか何となく扉の向こうにいるとわかる。
本来であれば皇帝と聖女の立場は同等。いや、この場においては皇帝の方が上と言っても良い。先ほどの人払いをして話していた時は聖竜殿と呼んでいたのに、今はこちらを敬うような言い方をしている。俺やルシアちゃんの方が上だと思わせることで、俺達と話しをしないと不興を買うぞと言外に含めているのだろう。食えない男だ。
「夜も遅いですし、眠っていらっしゃるのかもしれません。明日の朝、また来てみますわ」
『うむ、部屋も覚えたし明日は案内不要だ。皇帝としての務めに戻ると良い』
「……聖女様と聖竜様がそう仰るなら」
反応しないのは皇帝がいるからかもしれない、と考えたからか、ルシアちゃんが皇帝に明日出直すと言い出した。
それなら、こっそりと1号に引き合わせよう。あいつならどんな相手でも話せるだろうからな。それには皇帝がいるとモンスターと思われかねない。そう思って皇帝に案内不要と言ったら意外とすんなり承諾した。
もしかしたら、最初から厄介者の勇者の面倒を押し付ける気だったのかもな。
翌朝。
朝食後、やはり件の勇者は食事も取らず引きこもっていると聞いた俺は、城の厨房を借りた。
「えっと、本当にこれだけで良いんでしょうか?」
『ああ。あまり食べないと言っていたからな。いきなり普通の量を持って行っても胃が受け付けぬだろう』
エミーリオに作らせたのは、焼きおにぎり。米を炊き三角に握って醤油を塗って焼くだけのお手軽料理だ。醤油の香ばしい匂いが何とも食欲をそそる。
握る際にゴマや白魚、青じそを混ぜるとさらに旨いのだが無い物ねだりをしても仕方ないしな。懐かしの故郷の味に少しでも食欲が戻ると良いのだが。
米を米粉としてしか使用しないらしいこの国の人間にはその調理法が珍しいのか、料理人が数名火加減や調理時間などをメモしながらチラチラと覗き込んでいた。
作らせた焼きおにぎり2つを竹を編んだような小さなバスケットに入れ、布をかけると一度部屋に戻った。もちろん、1号を人目につかないよう勇者の部屋まで連れていくためだ。
そして、再び勇者の部屋に。
「香月、俺だよ。迎えに来たんだ。一緒に帰ろう」
「楓!?」
1号に呼びかけてもらうと、ガタガタと慌てたように何かを動かす音がして、しばらくするとキィ、と静かに扉が開いた。
そう、引きこもっていたのは、カナメさんの息子にして1号の甥、本庄だったのだ。
本庄は声の主が扉の前に見当たらずキョロキョロしている。
「初めまして、カツキ様。ルシアと申します。少し中でお話させていただけないでしょうか?」
「……どうぞ」
微笑みながら穏やかに話しかけるルシアちゃんを訝し気に見つめた後、それでも身を引いて中に入れてくれた。
それにしても、俺の知っている本庄は引きこもるとかそんなキャラじゃなかった。俺みたいな奴に声をかけては面倒を見るお節介な奴。カナメさんと似たお人よしだったのだ。
「香月、こっち来てから碌に食べてないんだって? ダメじゃないか。しっかり食べないと。ほら、これ食え。今作ってきたんだ。美味いぞ」
1号がバスケットの中から声をかける。
本庄はルシアちゃんに差し出されたバスケットを受け取ると、恐る恐る布を取った。焼きおにぎりの香りがふわり、と立ち上る。
「……楓、何できのこになってんの?」
「良いから食え。話はそれからだ」
あれ? 1号を見ても驚かない? それどころか、その正体を木下だってわかっているし。身内だからか?
本庄は恐る恐るといった様子で少しだけ口に含むと、「美味しい」と呟いてバクバクと勢いよく食べ始めた。その眼からは大粒の涙が。
俺もルシアちゃんも本庄が泣きながら食べる様子をただ見守っていた。
「さて、元気出たか?」
「……うん」
本庄は1号を膝の上に乗せて小さく頷く。まだ不安げで泣きそうで。まるで小さな子供のようだった。
部屋に入れてはくれたものの、昨夜は俺達を拒絶していたようだし、ここは1号に話を進めてもらった方が良いだろう。
「香月、改めて言うぞ。迎えに来たんだ。日本に帰ろう」
「帰れるの?」
「ああ。俺に任せておけ! だが、それには色々条件があってな。取り敢えずこの部屋にいると帰してやれないから、ここにいる聖女達と一緒に国を出て欲しい」
本庄はそこでルシアちゃんと俺の顔を順にじっと見た。その視線はまるで俺達の人柄を見定めるような、何とも落ち着かない感じだ。
「僕は、戦えないよ? レベル1のままだし」
「皇帝陛下から伺っておりますわ」
『大丈夫だ。戦闘をやらせる気はない』
他の勇者達にも絶対に死なないよう言い含めてあると伝える。
本庄はしばらく何やら考え込んだ後、「信じるよ」と言った。
しかし、こいつ、何で引きこもっていたんだろう? 食事まで拒否して。
鍵はかかっていないという話だったが、押しても引いてもノックしてみてもうんともすんとも言わない。
押戸だというのでどうやら扉が開かないようにベッドか何かで押さえているようだった。
「勇者殿、聖女様と聖竜様が到着されて話がしたいと仰っている。中へ入れてはくれないか」
「……」
完全無視! いないのか? ……いや、いるな。
本来なら索敵には引っかからないのに、敵意というか、警戒というか、強い拒絶からか何となく扉の向こうにいるとわかる。
本来であれば皇帝と聖女の立場は同等。いや、この場においては皇帝の方が上と言っても良い。先ほどの人払いをして話していた時は聖竜殿と呼んでいたのに、今はこちらを敬うような言い方をしている。俺やルシアちゃんの方が上だと思わせることで、俺達と話しをしないと不興を買うぞと言外に含めているのだろう。食えない男だ。
「夜も遅いですし、眠っていらっしゃるのかもしれません。明日の朝、また来てみますわ」
『うむ、部屋も覚えたし明日は案内不要だ。皇帝としての務めに戻ると良い』
「……聖女様と聖竜様がそう仰るなら」
反応しないのは皇帝がいるからかもしれない、と考えたからか、ルシアちゃんが皇帝に明日出直すと言い出した。
それなら、こっそりと1号に引き合わせよう。あいつならどんな相手でも話せるだろうからな。それには皇帝がいるとモンスターと思われかねない。そう思って皇帝に案内不要と言ったら意外とすんなり承諾した。
もしかしたら、最初から厄介者の勇者の面倒を押し付ける気だったのかもな。
翌朝。
朝食後、やはり件の勇者は食事も取らず引きこもっていると聞いた俺は、城の厨房を借りた。
「えっと、本当にこれだけで良いんでしょうか?」
『ああ。あまり食べないと言っていたからな。いきなり普通の量を持って行っても胃が受け付けぬだろう』
エミーリオに作らせたのは、焼きおにぎり。米を炊き三角に握って醤油を塗って焼くだけのお手軽料理だ。醤油の香ばしい匂いが何とも食欲をそそる。
握る際にゴマや白魚、青じそを混ぜるとさらに旨いのだが無い物ねだりをしても仕方ないしな。懐かしの故郷の味に少しでも食欲が戻ると良いのだが。
米を米粉としてしか使用しないらしいこの国の人間にはその調理法が珍しいのか、料理人が数名火加減や調理時間などをメモしながらチラチラと覗き込んでいた。
作らせた焼きおにぎり2つを竹を編んだような小さなバスケットに入れ、布をかけると一度部屋に戻った。もちろん、1号を人目につかないよう勇者の部屋まで連れていくためだ。
そして、再び勇者の部屋に。
「香月、俺だよ。迎えに来たんだ。一緒に帰ろう」
「楓!?」
1号に呼びかけてもらうと、ガタガタと慌てたように何かを動かす音がして、しばらくするとキィ、と静かに扉が開いた。
そう、引きこもっていたのは、カナメさんの息子にして1号の甥、本庄だったのだ。
本庄は声の主が扉の前に見当たらずキョロキョロしている。
「初めまして、カツキ様。ルシアと申します。少し中でお話させていただけないでしょうか?」
「……どうぞ」
微笑みながら穏やかに話しかけるルシアちゃんを訝し気に見つめた後、それでも身を引いて中に入れてくれた。
それにしても、俺の知っている本庄は引きこもるとかそんなキャラじゃなかった。俺みたいな奴に声をかけては面倒を見るお節介な奴。カナメさんと似たお人よしだったのだ。
「香月、こっち来てから碌に食べてないんだって? ダメじゃないか。しっかり食べないと。ほら、これ食え。今作ってきたんだ。美味いぞ」
1号がバスケットの中から声をかける。
本庄はルシアちゃんに差し出されたバスケットを受け取ると、恐る恐る布を取った。焼きおにぎりの香りがふわり、と立ち上る。
「……楓、何できのこになってんの?」
「良いから食え。話はそれからだ」
あれ? 1号を見ても驚かない? それどころか、その正体を木下だってわかっているし。身内だからか?
本庄は恐る恐るといった様子で少しだけ口に含むと、「美味しい」と呟いてバクバクと勢いよく食べ始めた。その眼からは大粒の涙が。
俺もルシアちゃんも本庄が泣きながら食べる様子をただ見守っていた。
「さて、元気出たか?」
「……うん」
本庄は1号を膝の上に乗せて小さく頷く。まだ不安げで泣きそうで。まるで小さな子供のようだった。
部屋に入れてはくれたものの、昨夜は俺達を拒絶していたようだし、ここは1号に話を進めてもらった方が良いだろう。
「香月、改めて言うぞ。迎えに来たんだ。日本に帰ろう」
「帰れるの?」
「ああ。俺に任せておけ! だが、それには色々条件があってな。取り敢えずこの部屋にいると帰してやれないから、ここにいる聖女達と一緒に国を出て欲しい」
本庄はそこでルシアちゃんと俺の顔を順にじっと見た。その視線はまるで俺達の人柄を見定めるような、何とも落ち着かない感じだ。
「僕は、戦えないよ? レベル1のままだし」
「皇帝陛下から伺っておりますわ」
『大丈夫だ。戦闘をやらせる気はない』
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