28 / 228
第二章 俺様、ダンジョンを出る
14、どんだけ食い意地張ってんだよこのおっちゃん
しおりを挟むこれはまだ、事務所が男二人で経営されていた頃の話。
九条氏が経営する事務所に勤める伊藤は、両手に沢山のお菓子を持って歩いていた。
道ですれ違う人々が時々不思議そうな顔をして振り返る。ああ、透明のビニール袋にするんじゃなかった、と彼は後悔した。
ぶら下げている袋の中にはポッキーで溢れかえっていた。
ここ最近、かなり内容的に厳しい調査があり、昨日夜ようやく解決を迎えた。多分、あの九条さんだから家にも帰らず事務所で寝入っているに違いない。そう彼は確信していた。
仕事を終えた後、普通の人間ならば酒を飲んだり、美味しい食事をしたりして打ち上げるだろうが彼は違う。酒よりA5ランクのステーキより好きなものがある。
見慣れたビルに入りエレベーターで5階へ上がる。一番奥の扉を開けた途端、まずソファから飛び出ている足が見えた。やはり、九条氏だった。
「九条さーん! 疲れてるのわかりますけど、風邪ひきますよー?」
呆れて彼は大きな声をかける。寝起きの悪い九条氏は普通の呼びかけではなかなか起きない。ため息をついた伊藤は、持っていた袋からポッキーを取り出して一本寝ている男の口に突っ込んだ。そこでようやく、ゆっくり九条氏が目を開ける。
「九条さーん!」
「……ふぁい」
「せめて仮眠室で寝たらどうですか! 風邪ひきますよ」
寝起きのぼんやりした顔で、とりあえずもぐもぐと棒を食べる。面倒くさそうに起き上がった彼の後頭部には立派な寝癖がついていた。
「まあ今回の調査大変だったでしょうけどー。普通家の方がゆっくりできるじゃないですか、こんな狭いソファで寝なくても」
「帰るのが面倒で、次の日出勤するのも面倒で」
「もう、今日は休みにして帰ったらどうですか」
「ところで伊藤さん、ずいぶんまた大量に購入してきてくださったんですね?」
九条氏は置いてあるビニール袋を指さした。普段から事務所には大量のポッキーのストックがあるのだが、今日はまた山盛りだ。
伊藤がああ、と思い出したようにいう。
「ほら、今日って11月11日! ポッキーの日じゃないですか、安売りしてたから沢山買っちゃいました!」
笑顔でそう告げた途端だ。九条氏が目を丸くして勢いよく伊藤を振り返る。その様子に少し驚いた伊藤がたじろいだ。
「え。ど、どうしました九条さん」
「……不覚」
「え?」
「私ともあろうが……そんな一大イベントを忘れていたなど……! 土下座して謝りたい……」
「誰に土下座するつもりなんですか」
呆れて伊藤は言う。
この九条という男、天然なのかいつも人とズレているし意味がわからないことが多々ある。そんな彼に突っ込むのも伊藤の仕事の一つだ。
「そもそも一大イベントって言ったって、何かするわけでもないでしょう? 普通の人は今日はポッキー食べよ♪ ってなるけど、九条さんは毎日食べてるんだから」
「いえ、毎年この日はポッキーが生まれてきたことに感謝して三食ポッキーにするようにしてるんです」
「彼女の誕生日と勘違いしてませんか?」
「何言ってるんですか伊藤さん、私今彼女なんていませんよ」
「たとえですよ、例ええええ!!」
だめだ、ツッコミ疲れる! 毎日毎日、どうして九条さんはこんなにボケてるんだ! 伊藤は心の中で嘆く。
九条氏ははあと切なげにため息をつき、新しくポッキーを齧った。
「忘れていたなんて……ポッキーの日を……」
「前から思ってたんですけど九条さん、もし今彼女がいたとして、ポッキーと私どっちが好きなの!? って迫られたらどうするつもりなんですか」
自分でも馬鹿馬鹿しいと思う質問を投げかけた。でもそういう状況が安易に想像ついてしまう。てゆうか経験あるんじゃないかな九条さん。
彼はぽりぽりとお菓子を食べながら平然と言った。
「そんなことを言う人とはお付き合いしません」
「わあ……揺るがないなあ……」
「その代わり私も相手が好きなものは尊重します。相手が好きなものを否定するのはいかなる仲でも行わないべきだと思います」
まあ、意外とまともな答え。伊藤は納得する。九条さんの場合度を超えてるんだけども。
九条氏はなお続ける。
「伊藤さんお米好きですよね」
「好きですよ、日本人ですもん、米ない生活なんて無理です」
「私の場合それがたまたまポッキーだっただけです。おにぎりと同じ立ち位置です。主食でこれがないと無理なんです」
「ううん、なんかうまいこと言って納得させられてる気がするけど、とりあえずいつか九条さんと付き合う彼女は大変だろうなってことだけはわかりましたよ」
「それは同感です」
「同感するんですか」
伊藤は大きく笑う。顔はいいけど中身これじゃあな。扱いが上手い人じゃなきゃ九条さんの相手は務まらない。
そう思えば、彼女じゃなくたって……。今この事務所でもう一人誰かを雇いたがってるけど、九条さんとペアで調査するなんてめちゃくちゃ苦労するだろうな。どんな人が来るかわからないけど、今から心配だ。
「どうしました伊藤さん」
「いや。もしうちにもう一人増えたとして、その人は大変だろうなって同情してたんです」
「はあ、霊相手に働くのは根気がいりますからね」
(霊よりも九条さんとやって行く方が根気いると思う)
口には出さず、心の中だけで彼はつぶやいた。
0
お気に入りに追加
128
あなたにおすすめの小説

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは


【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。

あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる